第31話 午前六時
「天城さん、起きてください。そろそろ帰りますよ」
「んぅー……? あーい……」
公園を出たあと。
急いで帰宅するという選択肢もあったが、もう少し二人っきりでいたいという天城さんの要望で、僕たちは二十四時間営業のマックに身を寄せた。
二人でセットを頼み、一度ポテトを追加注文し、ひたすら朝まで粘る。
最初は楽しそうだった天城さんも睡魔に敗れ、電車の始発が出始めた頃、彼女の肩を揺すって起こす。
「佐伯っ」
「何ですか?」
「好きって言って!」
「好きですよ」
「うへへぇ~~~♡」
数時間前から、もうずっとこの調子。
最初は僕も楽しかったが、このやり取りが三十回を過ぎた頃から作業と化した。
はぁ……ったく、もう……。
いきなり自棄になって家を飛び出して、電車で全然知らないところまで行って、告白した途端にこれだ。女心と秋の空とか言うけど、本当にそうだな。機嫌の寒暖差に、こっちが風邪ひきそうになる。
「あたしも好きっ♡ 大好きだよぉ~~~♡」
……まあ、でも。
天城さんが笑ってるなら、何でもいいんだけど。
「佐伯の家に着いたら、皆に謝らなくちゃだね」
「ですね。一応連絡はしてますけど、心配かけたと思いますし」
「ぶ、無礼な女にうちの息子はやらんとか言われちゃったらどうしよ……!?」
「そんなこと言う親じゃないので、安心してください」
一月二日、午前六時。
電車の中はガラガラ。適当なところに並んで座り、大きく息をつく。温かな座席に、疲労ごと身体が溶けてゆく。
車窓から朝日を眺め、目を細めた。
ガラスに反射する僕は、徹夜明けで酷い顔だが、少しだけ大人になったような気がした。
「佐伯、大丈夫? ずっと起きてたんでしょ? 駅着くまで、寝てていいよ?」
「えっ? あぁ……いや、平気ですよ。ちょっと考え事してて」
「考え事って?」
「付き合うって具体的に何するんだろうなぁとか、親にどういう風に言おうかなぁとか、アパートの片付け面倒だなぁとか……まあ、そういうことを」
「か、片付け……そっか、そうだよね……」
彼女の表情に、ふっと影が差した。
【不純異性交遊はしないこと】
一人暮らしをする上で、守らなければならないルールの一つ。
昨夜、僕はそれを破った。偶然でも、強要されたわけでもなく、自らの意思で。
「…………やだっ」
「はい?」
「やだっ! やぁーだぁー! 実家に帰っちゃやだーっ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「だって、そうなったら一緒にいられる時間減っちゃうじゃん!? せっかく付き合えたのに、意味ないじゃんかよぉー!!」
「少し前まで僕を惚れさせて実家に帰す気満々だったのに、惚れたら惚れたで帰したくないってメチャクチャですね……」
「そうだよ! でも佐伯、そういうとこも丸っと含めて好きって言ってたしいいの! 有咲ちゃんはメチャクチャで自分勝手なの!」
「開き直った!?」
僕の腕に抱き着いて、天城さんはギーギーと騒ぐ。
気持ちはわかる。僕だって、ずっとそばにいたい。いたい、けど……。
「ダメです。約束は約束なので、僕は洗いざらい全て両親に話して実家に戻ります」
「……どうしても?」
「はい。家賃や光熱費を払ってくれているのは両親ですし、不義理はできません。他の兄弟たちにも、示しがつかなくなりますし」
父さんの稼ぎはかなりいい方だと思うが、子どもの多さが全てを打ち消している。
そんな中、僕は無理を言って一人暮らしをさせてもらっているのだから、ルールを破ったのなら素直に申告しないと。
「せっかく、恋人同士でお隣同士なのに……毎日イチャイチャし放題で、えっちなこともし放題なのに……むぅ……」
ブツブツと下心丸出しの台詞を吐いて、どっとため息を漏らす。
悲しそうに、残念そうに、その双眸は窓の外を見つめている。
「…………あっ」
と、いきなり声をあげて。
鞄を開いて中に目をやり、今度は僕を見てニタァと妖しく笑った。
「――諦めるのはまだ早いよ、佐伯♡」




