十七話 ~道を求めて
キリ爺がひょいと顎をしゃくった。
僕を呼んでいる。
「まだ食べおわってないって」
「おう、早く食えよ」
「自分勝手だなぁ……朱は大丈夫?」
三分の一になったパンを口に放り込み、牛乳で流しこんだ。
朱はコーヒー牛乳をもらっていたようで、四角いパックのストローをちゅるちゅるとすすっている。
「準備万端だ! 行こうではないか、隼!」
朱は手際よく僕に繋がれたコードを外すと、僕へ手を伸ばした。
「つかんでいいぞ!」
「……ありがと」
僕よりずっと小さい朱の手は、肘がピンと伸びて、僕に差し出されている。
まるで小さな子が必死にフォローしてくれているようで、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ『きゅん』としたのは内緒だ。
「隼、病衣に下着だけだな! 着替えるか?」
「ガラパンに病衣ってもっと先に言ってよ!」
きゅん。なんて幻だった……。
僕は慌ててベッドの近くにかけてあったTシャツとスエットのパンツを履いて、身支度を整えると、キリ爺が僕の右腕にスプレーをかける。
「おう、これは一応な。臭い消しだ」
「ありがと」
改めて歩きだしたが、鉄の壁廊下をぐにぐに進んでいく。
まるで迷路だ。
「おう、隼、元の部屋、帰れるか?」
「これぐらいなら。まだ見分けるところあったし」
「おう、やるじゃねぇか」
「隼、ボクを絶対置いていくな! 同じところをグルグル回ってるようにしか感じないぞ!」
僕のTシャツの裾をつまみながら朱はついてくるけれど、目を見ると、少し回っているみたい。
「隼、吐きそうだ!」
「やめてよ、ここで吐かないでよっ!」
「おうおう、もう着いたぞ」
キリ爺が右に折れたすぐに、分厚い鉄扉の前へと到着した。
「おう、隼、まだ入ったことないよな? すげぇんだぞ、ここ」
指紋認証と網膜認証を重ねて開いた扉は、見た目通りの重低音を響かせながら横にスライドしていく。
広がった部屋は天井が低いものの、小ぶりの体育館ぐらいの広さがある。
その中には、小型の装甲車から、各種銃にナイフ、弓に手榴弾、そして、格闘用の鎧が所狭しと並んでいる。
「……なにこれ……すっごい………!」
「おう、これもワシの仕事よ」
「ジャンクしか売ってないって思ってた……」
「おうおう、ジャンクだって整備しなきゃ使えねぇだろ?」
キリ爺はスタスタと中央付近まで歩いていくと、
「カゲロウからプレゼントだ、隼」
慣れた手つきで天井から下ろしてきたのは、鎧一式だった。
十勝石のように真っ黒で艶やかな鎧は、御煙番の鎧に引けをとらないほどの出来に見える。
「ここここれがプレゼント……?」
「おう、らしいぞ? レディを守るなら必要だろってな」
目の前に降りてきた鎧に朱は駆け寄ると、目を目一杯開き、爛々に輝かせながら、舐めるように上から下まで眺めていく。
「……隼、これは素晴らしい出来だ!」
鎧のデザイナーである朱にかかれば、どんなものかがすぐにわかるようだ。
もう一度眺め、小さく二度うなずいた。
「……間違いないものだ。安心して使うと良い! ちゃんと、取り返した兜も黒に染め直したぞ!」
全身用のスーツのため、首、手、足以外を全て覆うことができる鎧だ。
だが胴、脇楯、袖は蒸気石を練りこまれた板で保護され、籠手、脛当ては刃物を防ぎ、攻撃にも対応できるよう厚みのある造りになっている。
兜は手長足長から取り返したものだ。
頬、額、顎を覆うように形が変化し、色も黒に変化している。
「こんな簡単に色なんて変えれるの?」
僕が兜を手に取り言うと、朱は大いばりで胸を張った。
胸もぽよんと揺れて自慢げだ。
「ボクが彼らの親分だ! 色ぐらい、ボクの指示に従うのさっ!」
キリ爺は、ひとつ咳払いをすると、
「おう、朱坊、自慢は終わったか?」
「まだ足りないがいいだろう!」
キリ爺は鎧からワイヤーをはずしにかかる。
僕はそれを近ず離れず見守りながら、感動に浸っていた。
「朱が間違いないっていうなら信じられるよ。だってカゲロウ、ジャンク屋だからさ。だって、これもジャンクの詰め合わせでしょ、きっと……」
朱とキリ爺がなぜか目を合わせて笑っている。
どこか含んだ笑いだけれど、意味が読み取れない。
「……そうだな。だが良い継ぎ接ぎだ。むしろ金継ぎされた鎧と言っても良い!」
「へぇ、褒めるね」
驚く僕にキリ爺が鎧を渡してくる。
「おう、隼、調整するから着てみろや」
キリ爺に言われた通り、鎧に体を通していくけど、ドキドキが止まらない。
一度は着てみたいと思っていた『鎧』だ。
御煙番たちはもっとすごい鎧を着ているんだろうけれど、これでも十分僕にとっては本気のコスプレみたいな感じ。
しっとりとした黒色が、僕の胸、腹、脇、背……と次々に体を覆っていく。
どこで計算したのかというぐらい、僕の体に密着していく……。
「……鎧ってこんなにピッチピチなの?」
鎧を着るのを手伝ってくれる朱を見ると、大きくうなずいた。
「そうじゃないと動きづらいんだ! 不思議だろ?」
「うん。なんか、全身矯正ギプスしてるみたい……」
「なんだそれは」
朱がデザイナーだというのが、それが本物だというのがようやくわかった気がする。
僕に着せて調整するのもキリ爺がするはずだったのに、朱が仕切っているし、なにより正確だ。
僕が少し肘を曲げただけで、背筋の部分の調整までしてしまう。
キリ爺は三〇分はかかるといっていた調整だけど、朱にかかれば十五分で済んでしまった。
それでも、途中、中休憩を入れてだ。
「おう……。やっぱりデザイナーさんってのはすげぇな」
「そんなことはない! 素晴らしい鎧だからな! つい手を出してしまった。すまなかった」
「おうおう、謙遜しないでくれよ」
僕の姿を眺め、キリ爺はタバコを挟んだ指をクイッと上げる。
「おう、回って見せてみろ」
僕は全身の蒸気石を確認し、かかとに力を込めた。
「咲け」
とたんに吹き上がる蒸気。
僕の体は簡単に持ち上がる。
それに連動して脹脛、太腿からも蒸気が舞う。
僕は全身を呼応させる。
───浮いて、回る。
頭の中でイメージをしてから、もう一度呟く。
「咲けっ」
全身の蒸気が僕の体を持ち上げる。
まるで無重力だ。
僕が浮きたいと思うところから蒸気が噴出し、体が持ち上がってくれる。
今までのは言い換えればサーフィンだ。
足と腰で蒸気靴に乗っていた。
だけど、鎧は、ぜんぜん違う──!
「……すごい。すごいよ! 僕、浮いてるっ。ふわ、ふわ! なにこれ、なにこれ!」
「蒸気靴であれほど飛んでたじゃないか!」
驚く僕に驚く朱だけど、意味が違う。
「朱、違うんだよ。全身で浮いてる感じ。水の中で浮いてるみたいなんだ……!」
隠密なら誰でもできる、蒸気浮遊。
これが、隠密の浮遊で、景色で、感覚なのか………。
「はぁ……もう死んでもいいかも……」
「それは早い! ボクを守って死んでくれ!」
「そうだった」
シュルシュルと空中で止まり、前転、側転、さらに回し蹴りにシャドーボクシングをしてみる。
蒸気の反動を利用してスピードも、拳の重さもでそうだ。
床に着地し、くるりと体を回転させる。
あたりに立ち込める蒸気は、人肌程度。
「……よし」
全身を確認する僕に、朱は笑う。
「すごい努力をしているんだな、隼は」
言い返す言葉がうまくでてこない。
褒められたことが少なすぎて、どう返せばいいのか……。
カゲロウからは体幹と足が丈夫だから、としかいわれなかったし、これぐらいはできて当たり前ぐらいに言われていたから、それは必死に練習したけど、それを努力として認めてもらうと、なんだかこそばゆい。
「隼、上級蒸気石を二〇本準備した。腰周り、胸元にストックホルダーがある。使いやすいようにカスタムしてくれ」
「……あ、ありがと、朱」
「死ぬとはいっても、守ってから死んでもらわないとな」
「確かにね」
他にも撒菱や苦無、煙玉も装備することになったけど、それにだってお金がかかるわけで。
キリ爺が楽しそうにそろばんを弾いてる。
「うわ、あれ、相当金額いってんじゃない?」
「大したことはない」
「いや、朱、僕もお金はあるから、装備くらいは僕が」
「何をいってる。一人暮らしではないか!」
「これでも母が少し残してくれてるから」
「それはお母様の気持ちだろ! これらは、ボクからの気持ちだ! 踏みにじらないで欲しいっ」
言いながら、各種武器を眺め、僕に合う装備がないかとチェックに余念がない。
「朱、僕、使いこなせるかわかんないし……」
「備えあれば憂いなしだぞ!」
「朱はいつでも前向きだね」
「ああ。だって道は前にしかない。後ろを見たつもりでも、歩き出せばそこが前だ。だからボクは一瞬でも後悔することはしたくない。絶対に自分が正しかったと思えることをしたいんだ」
探すことに夢中なのか、いつもの「!」がなかったけれど、そのせいなのか、朱の言葉が胃にどしんと響く。
『──道は前にしかない』
僕は、目の前の何を見ているんだろ……。
包帯の巻かれた拳を見ながら、僕は口をつぐんでしまう。
だけど、朱はいつもどおりの笑顔で僕に告げた。
「さ、装備をそろえるぞ!」
「……そうだね」
……もう、この声がないと、僕は前には進めないみたいだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
だんだんと朱と隼のバディ感が増してきました!
次回は準備の巻。
ご期待ください。





