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異世界オープナー  作者: マノイ
戦争になんて関わりたくない編

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9. 冒険者ギルドのマスターと罠の魔導書

「ふわぁあ、眠……」


 ガチャ。


「臨時休業だ!」


 店の扉が開き、客の姿が見えるかどうかと言うタイミングで即行で背後の自室へと退避しようとしたアケィラ。


「何処へ行こうと言うんだ」

「ぎゃあ!」


 しかし自室へと続く扉の前に、いつの間にか筋骨隆々のオッサンが立っていて道を塞がれていた。


 なお筋骨隆々と言っても前回のシェフではなく別のオッサンである。具体的に言うと頭が禿げている方。


「禿げてねーよ!剃ってるんだよ!」

「何も言ってねぇだろうが!」

「心の声が聞こえた」

「病院行け」

「はっはっはっ、面白いことを言うじゃねーか」

「いだいいだい!アイアンクローすな!」


 右手で顔を鷲掴みにされたアケィラは床から持ち上げられて定位置のカウンターへと戻された。


「商売人が客から逃げてどうする」

「危険な客が来たら逃げるのは当然だろ」

「誰が危険だ」

「オッサンだよ!冒険者ギルドのマスターが直々に来るだなんて、どうせ戦争に参加しろとかそんな話だろ!絶対に行かねぇからな!どうしてもって言うなら他国に逃げてやる!」


 目の前で不敵に笑うオッサンは冒険者ギルドのマスター。

 魔王軍との決戦に多くの冒険者が強制的に駆り出されることになり、マスター自身も戦場へ向かう。


「何を勘違いしてるんだ。そもそもお前は冒険者ギルドに登録してないだろ。無関係な奴を強引にしょっ引くことなど、いくら俺でも出来んわ」

「そんなこと言って、強引に屁理屈つけて巻き込むのがお前らのやり方だろうが」

「はっはっはっ、面白いことを言うじゃねーか」

「いだい!頭を叩くな!オッサンの馬鹿力で叩かれたら破裂するわ!」


 抗議しながらアケィラはどうやってこの状況から逃げ出すかを必死で考えていた。

 このままでは本当に戦争に参加させられる羽目になってしまう。


 後方支援で良いから、なんて言われているのに気づいたら最前線で戦う羽目になっていた、なんてよくあるオチまで想像出来た。


「少なくとも今回はお前を連れて行くつもりはねーよ」

「本当か?」

「ああ、本当だとも。そもそも大規模な戦争でお前が役立つだなんて誰も思ってないさ」


 アケィラは精密な魔力操作は出来るが、真っ当な攻撃手段をほとんど(・・・・)持たない。しかも今回の戦争はかなり大規模であり、大量の敵軍を殲滅するための大規模な力が必要となる。大量の人員、強大な魔法、無双可能な強者など。だがそれらはアケィラには不向きな話であり、絶望的な状況で肉壁を募集するような状況で無ければ連れて行くことはない。


 そんなことはアケィラにだって分かっている。

 分かっているけれど、それでも強引に関わらせられる嫌な予感がするからここまで抵抗しているのだ。


「なら何しに来やがった」

「だから客として来たんだよ」

「…………どうせ戦争関連なんだろ」

「そのくらい協力しろや」

「うげぇ」


 本当は断りたい。

 だが店の入り口から一瞬でアケィラの背後まで移動するような実力者であるギルマスから逃げ切れるとも思えない。依頼の内容次第ではあるが、それを開けるだけで良いのであれば受けても良いかもしれないと考える。


「そんなに嫌そうな顔をするな。報酬もしっかり出すし、それにお前が喜びそうなものだぞ」


 そうしてギルドマスターが何処かから取り出したのは、凝った装飾が目立つ一冊の分厚い本だった。


「魔法書?」


 この世界での魔法書は、魔法を覚えられる物ではなく、書物を開くことで魔法が自動的に発動するものだ。魔法が使えない人でもこれを持っているだけで魔法が使えるため重宝されるが、一つの魔法書で一つの魔法しか発動しないため、発動する魔法の内容次第でその魔法書の価値は大きく異なる。


「ああ、しかも罠の魔法書だ」

「ダンジョン産のトラップアイテムかよ」


 罠の魔法書。

 それはダンジョンで時折発見される魔法書であり、それを開くと持ち主にとって不利な効果が発揮される。パーティー全体が状態異常にかかってしまう、なんてのがよくある話で、貴重な魔法書を発見して嬉々として使ってみようと思ったら全員が寝てしまい、そこを魔物に襲われて全滅することもあり得る。


 ゆえに魔法書は入手しても開かずに持ち帰り、魔法の内容を鑑定するのが基本である。


 今回ギルマスが取り出した魔法書が罠の魔法書だと分かっているということは、鑑定済みということなのだろう。問題はそれが何の罠かということだ。


「これは大混乱の魔法書。開いたらその人物を起点として超広範囲の対象が混乱してしまう効果がある」

「これを敵に開かせて混乱させようってつもりか。だがそんなこと可能なのか?」

「案はある。だがそのためにはこれを開き、任意の状態で発動出来るようにしたいのだ」

「それで持ち込んだって訳か……」


 正直なところやりたくない。

 戦争の戦況を大きく左右するような話であり、それが原因で偉い人から褒美をもらったり魔王軍から恨みを買ったりなんかした日には、のんびりライフが妨げられてしまうだろう。


 一方で魔法書を魔法を発動させずに開けという依頼はオープナーとして面白そう。戦争が関係していなければ喜んで受けただろう。


「う~ん……」


 アケィラが悩むことを予想していたのだろう。

 ギルマスは彼を頷かせるための言葉を用意していた。


「お前がこれに関わったことは絶対に漏らさん。俺がここに来て、この依頼をしていることも誰にも言ってない。だから安心して受けろ」

「…………分かったよ」


 しぶしぶ、と言った感じでアケィラは依頼を受けることを承諾した。


「んじゃ、それ寄こせ」


 ギルマスから魔法書を受け取ったアケィラは、まずはそれをじっくりと観察した。


「とりあえず開けてみるか」

「おい馬鹿やめろ!」

「冗談だって。でも不思議だよな。開けたまま連発出来ないだなんて」

「閉じられている間に発動に必要な魔力をチャージしている、というのが定説だな」


 魔法書は開くと発動するが、一度発動すると自動的に閉じてしまう。

 閉じないように強引に手で抑えても、魔法は続けて発動されない仕組みになっている。


「そういや、大混乱に耐性のあるやつが敵のど真ん中でこれを開くんじゃダメなのか?」

「罠の魔導書は敵味方の選別をしているらしく、敵には効果が無い。だから敵が自発的にこれを開かなければ意味が無い」

「敵味方で判断なのか。人間と魔物じゃなくて」

「ああ。ダンジョンで調査済みだ」

「(敵味方という感覚によるものを自動で判別しているとか、超高性能だな)」


 機械での判断が難しいことを知っているアケィラだからこその考えだが、超常的な魔法という存在が認められているこの世界では理解してもらえないだろう。ゆえにアケィラは最後の言葉だけは口にしなかった。


「さて、やるか」


 解錠前の情報収集はここまでにして、本格的に作業に取り掛かる。


「魔法書そのものに魔力は感じない。本の中に完璧に内包されている。そりゃあ魔力が漏れたらその質だけで何の魔法書なのかバレちまうからな。それでも特定しちまう鑑定スキルはまさにチートってわけか」


 その鑑定スキルがあればオープナーとして便利だろうが、それを羨ましいだなんて思わない。


「(分からないから面白いのに、鑑定でパッと分かったらつまんねぇだろ)」


 試行錯誤して、構造を特定して、解錠方法を導き出すのが楽しいのだ。

 鑑定で一部をショートカットするだなど、アケィラのタイプではない。


 あくまでも彼は仕事ではなく趣味の一環としてこの店を開いているのだから。


「さて、中を視てみるか」


 本そのものは普通の紙で作られている。

 だとすると魔力を貫通させれば中の様子が見られるだろう。あるいは本の隙間から中に魔力を差し込んでも良い。ぴっちりと閉じられていても、完全に隙間が無いなどありえないのだから。


 どちらの方法でも魔法書を調査可能なことをアケィラは知っている。冒険者学校に通っていたころに、教材用の魔法書を借りてこっそり解析を試したことがあるのだ。


「うお、なんだこの魔力量は!」


 本の中はとてつもない量の魔力で満ちており、慌ててアケィラは魔力を引っ込めた。


「これだけの魔力があるってことは、相当広範囲に罠が発動するな。ダンジョンだとワンフロア全体が範囲なんじゃないか?なんて恐ろしい魔法書なんだ。相当深くで見つけたレアモノだなこりゃ」


 ダンジョンは深く潜れば潜るほど良いアイテムが見つかるが、凶悪なアイテムも見つかりやすくなる。この罠の魔導書の凶悪さは明らかに浅い階層のものではない。


 そしてそのことで一つ問題点が浮かび上がった。


「(魔法書を開いたまま再発動させる裏技はあるにはあるが、本来必要な魔力の数倍の魔力を籠めなければならないはずだ)」


 ゆえにあまりにもコスパが悪すぎるため使われることは滅多にない。

 だが今回はその技をギルマスは使おうとしている。


「(一体どうやってこれほどの魔力を準備するつもりだ?それにどうやって敵陣にこれを設置して、魔力を溜め、しかも敵軍が発動した扱いにするつもりだ?)」


 チラっとギルマスを見たが、すぐにその疑問を捨て去った。


「(ダメだダメだ。聞いたら手伝えとか言われかねない。余計なことは考えるな)」


 自分がやるべきことは、これを発動させずに開けることだけ。

 自分の興味もまた同様だ。


 好奇心など猫にでも食わせてしまえと、アケィラは目の前の作業に再度集中する。


「とはいっても、実は簡単なんだよな」


 ポイントは本の中に溜まった魔力の扱いをどうするか。


「魔力がなければ魔法は発動しない。それなら魔力を空にしてしまえば良い」


 アケィラは簡単にそう言うが、世の中の魔法使いが聞いたら鼻で笑うか卒倒するかの二択だろう。


「まずは中の魔力を……よし、掴んだ」


 魔力そのものを掴むことなど、普通の魔法使いには出来ない。

 やろうと思っても掴めずに変に混ざり合ってしまったりするのが普通であり、そもそも掴む形にすることすらままならないだろう。アケィラの魔力制御の精細さが異常なのだ。


「そして外に移動、と」


 掴んだ魔力を移動させるだなんてことも、もちろん出来ない。

 空気を掴んで手前に引き寄せるにはどうしたらよいか、という話とほぼ同じなのだ。


「このままだと外から魔力を補充してしまうから、魔力遮断の防壁を張って……と」


 しかも超精密操作と同時に、本が魔力を自動で補充しないように防壁で覆うだなど神業とでも言うべき技術。これがどれだけ凄いことなのか、アケィラは分かっていない。


 これらを簡単だと言い放ち、あっという間に作業を終えてしまう姿を有識者が見たら何を思うだろうか。


「うし、出来た。それじゃ開くぞ」


 もし失敗したらこの街は大混乱に陥ってしまうだろう。

 だがアケィラは絶対に大丈夫だという自信があるため、さらっとそれを開いた。


 突然のことにギルマスがビクっと少し震えたことには気づかなかったようだ。


「中に特殊な魔法陣が書かれている訳でもない。インクも普通っぽいよな。やっぱり開けるという動作そのものをキーとして発動する魔法なのか。どうすればそんなことが可能なんだ……」


 もしその方法が分かればアケィラの解錠技術は更にレベルアップ出来るかもしれない。そう思ったからこそ、アケィラはこの依頼を受けたのだった。


「いや待てよ。開ける瞬間に僅かだけど別の魔力が感じられるな」


 本の開け閉めを何度も繰り返すと、何かが見えて来る気がした。


「おい。開いたならそろそろ良いか?」


 ギルマスの依頼はすでに完遂している。

 本来ならばすぐにでも返すべきだが、調査を待ってくれていたのはギルマスの優しさだろう。


 というか、ここですぐに返せといって調査時間を与えずヘソを曲げられたら今後が面倒だとでも思ったのかもしれない。


 とはいえギルマスも戦争直前で多忙な身。

 そろそろ返せと急かして来た。


「ああ。大体分かった」

「報酬は金で良いよな」

「いらない」

「あぁ?」


 万年金欠店主なのだから、喜んで貰うかと思いきやまさかの拒否にギルマスは少し驚いた。


 だがすぐに思い至る。


「ああ、金よりも戦争に関わらせないことの方が重要だったか」


 こいつはそういう奴だと苦笑した。

 だがアケィラの望みは少し違っていた。


「それは依頼を受けるための条件だ。そうじゃなくて、報酬はもう貰ったからいらないって話だ」

「なんだと?何も渡してないぞ?」

「ふふ、貰ったさ。とても大事な『技術』をな」

「技術……?まぁいいや。お前がそれで良いってなら問題ない。もう行くぞ」

「帰れ帰れ、そしてもう来んな」

「次は厄介ごとをたっぷり持って来てやる」

「絶対来んな!」

「はっはっはっ、じゃあな!絶対に勝って帰るから安心して待ってろ!」

「フラグを立てるんじゃねーーーー!」


 怒りながらギルマスを追い出したアケィラだが、内心では全く怒っていなかった。

 というよりも怒るよりもやるべきことがあった。


「ふふ……ふふふふ……ようやく指向性魔力の仕組みが分かりそうだぜ!」


 先ほどの魔法書を調査したことで、新しい魔力操作の方法を思いつきそうなのだ。

 今日ばかりは本当に店を閉め、アケィラは研究に没頭するのであった。


 その時の顔は、珍しく生き生きしていた。

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取り出した魔力はタンクに溜めて再利用できたりしないのかな。 着々と危ないことに関わって…
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