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異世界オープナー  作者: マノイ
戦争になんて関わりたくない編

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8. いきつけ料理屋のシェフと魔力禁止の小箱

「よお!アケィラいるか!」


 強烈な勢いで扉が開かれて壊れてしまいそうだ。


 背が高くガタイが良い、屈強な体格の男。


 頬に大きな傷跡があり歴戦の戦士と言われても納得してしまう風貌だが、大きなエプロンを装着して真っ白なコック帽を被っているところから察するにシェフなのだろう。


 アケィラは机に上半身を突っ伏したまま、視線もやらずに雑に話しかける。


「オッサンか。ドアは優しく開けろっていつも言ってるだろ」

「かっかっかっ!オープナーなら常に開けとけば良いだけの話だろ!」

「いや、その理屈はおかしい」


 アケィラの抗議に全く聞く耳を持たないシェフは、大きな足音を立ててズカズカと店の中に入って来た。


「帰れ。今日は休みだ」

「冗談はその営業態度だけにしておけ」

「俺はご近所さんのちょっとした悩みしか受け付けん」

「俺のレストランだってご近所だろうが」

「チッ」

「客に舌打ちとか、お前じゃなきゃぶん殴ってるところだ」

「痛え!殴ってるじゃねーか!」

「おっとつい」


 拳骨を喰らってしまい痛そうに頭を押さえて起き上がるアケィラ。

 店主も店主だが、客も客だ。

 尤も、こういう態度が許される間柄というだけのことだが。


「今回の依頼を受けたらツケをチャラにしてやる。これならやる気出るだろ」

「う゛……」


 アケィラはシェフの店でかなりの金額の飲み食いをしているのに、ほぼ未払いだ。

 そのツケは相当な金額に膨れ上がっていて、それをチャラにしてくれるのは非常に美味しい。


「ぐぬぬ……」

「何だ。そんなに迷うのか。いつものお前ならすぐに食いついて来るだろうに」

「今は時期が悪いんだよ」

「時期?」


 アケィラが悩んでいるのは、先日のござる侍の時に仕入れた情報が原因だった。


「近々戦争があるんだろ。どうせそれに関係する依頼に決まってる。俺は戦争なんかに関わりたくねーんだよ」


 物事には流れというものがある。

 戦争という大きな流れに触れてしまったアケィラは、このままだと強引に引き摺り込まれて深く関わらせられてしまう嫌な予感があったのだ。


「かー!相変わらず情けない奴だな!男なら武勲を立てて成り上がりたいって思わないのかよ」

「武勲より平穏の方が遥かに大事だ」

「枯れてんなぁ。まだ夢見る歳だろうに」

「夢なら夜にたっぷり見てるさ」


 そう言ってアケィラは再びテーブルに突っ伏してしまった。


「おいコラ寝るな」

「だから帰れって言ってるだろ。俺は仕事を受ける気は無い」

「これを見ても同じことが言えるか?」

「あぁ?」


 シェフはポケットから手乗りサイズの小さな箱を取り出した。

 蓋側が弧を描いていて、まるで小さな宝箱だ。

 装飾は控えめで、手前には鍵穴と思わしき穴が開いている。


「鍵を紛失した箱だ。これを開けてもらいたい」

「だからやらねーって言ってるだろ」

「この中に魔力が近づくと腐食する食材が入っていて、魔力を使った解錠が出来ないと言ってもか?」

「なんだと?」


 これまでアケィラは多くの場合、己の魔力を対象に纏わせて解錠してきた。

 だが今回は宝石箱の時と同様にその方法を使えないらしい。


 実はアケィラは魔力無しでの解錠の方が好きであり、嫌々ながらも気になりだした。


「そんな食材本当にあるのか?」


 興味を惹くために嘘を吐かれているのではと訝しむ。


「料理人として誓おう。間違いなく存在すると。本当にそれがこの中に入っているかは知らないがな」

「というと?」

「貰いものなんで、真偽は不明ってことだ」

「なるほど……」


 誓うとまで言っているので信じかけたが、誓ったのは特殊な食材がこの世に存在しているということだけだ。本当は中身が別の物だと分かっていて、魔力に弱い食材が入っているかもしれないと嘘をついて興味を惹かせようとしている可能性もある。これなら誓いには抵触しない。


「(このオッサンがそこまで頭が回るわけ無いか)」


 シェフと仲が良く、彼の事を良く知っているからこそ疑うことに意味が無いと気が付いたようだ。


「中身が食材ならめんどうなことにはならないか」


 戦争に関わるような話では無さそうだと判断したアケィラは小箱を受け取った。


「ふぅん。箱そのものは金属で出来てるのか。でもこれならぶっ壊せば中身取り出せそうだぞ」

「分かってる。ただ、中身をぶちまけたくないから出来れば普通に開けたいってだけの話だ。お前でダメならそうするつもりさ」

「なら責任は無きに等しいってことか」


 中身を取り出すための代替手段があるのであれば、開かなければ誰かが悲しむなんてことがないため気楽に作業が出来そうだ。もちろん失敗するつもりなんて毛頭ないが。


「とりあえず、だ」


 物理的に解錠するために必要なピッキングツールを何処かから取り出した。宝石箱を解錠した時と同じ物であり、オープナーには必須の道具である。


 そのツールの中から一本、先端が細くなっている金属製の棒を取り出して鍵穴に突っ込んだ。


「……うん……うん……なるほど」


 棒から伝わってくる感触を元に、中がどうなっているのかを想像する。

 何かを確認しては手が止まり、時にはツールを追加して突っ込んで中の様子を確認した。


 そうして十分程度が経過しただろうか、アケィラが鍵穴から棒を全て取り出してテーブルに置いた。


「どうだ。開きそうか?」

「いけるな。だが……」

「だが?」

「一見普通の小箱に見えるのに鍵の構造が複雑すぎる気がする。なんかすげぇ嫌な予感がするんだが」


 これが金庫であれば分からなくは無いが、一般家庭で使われているちょっとした物を入れておくだけの鍵付き小箱であれば、試しに素人が鍵穴に何かを突っ込んでカチャカチャやれば開けられるかもしれない程度の構造なのが普通だ。宝石箱を開ける時よりも難易度が高いと感じる程の複雑な構造は普段使いする小箱の鍵にしては過剰であり、そのことに物凄く嫌な予感がするアケィラであった。


「…………」

「おい目を逸らすな、こっち見ろ」

「ソ、ソウダッタノカー、露店デ買ッタヤツデ、ソンナニ複雑ダナンテ知ラナカッタワー」

「それで騙されると思うか!お前マジでふざけんなよ!言え!これの出どころは何処だ!」

「はっはっはっ、気にすることは無いさ。ちょっとした貴ぞ……」

「帰れ」


 シェフが全部言い終わる前にアケィラは小箱を突っ返してしまった。


「今すぐ帰れ、とっとと帰れ、光速で帰れ」

「待て、待て待て待て!」


 そして強引にシェフの身体を押して店外へと押し出そうとするではないか。


「貴族なんて面倒なやつらと関わりたく無いんだよ!」


 先日男爵がやってきたが、アレはあくまでも想定外。

 来てしまったから対応したが、本来は権力から逃げてひっそりと自由気ままに生きたいタイプ。


 少しでも貴族との関わりがありそうならばお帰り頂くのは当然だった。


 だがシェフもはいそうですかとは帰れない。


「頼む!俺だって貴族様の依頼を断れなかったんだよ!中身が食材だからってどうして俺の店に!」

「知るか!壊して開けろ!」

「貴族様の持ち物を壊せるわけないだろ!?」


 実際は壊して開けても良いとは言われてるが、そんな選択肢など取れるはずが無い。


「とにかく帰れ!」

「くそ!ならお前のことを貴族様にチクってやる!開けられるのに貴族の物だと知ったらわざと開けなかった敵がいるってな!」

「卑怯だぞ!?」

「かっかっかっ、なんとでも言え。俺が助かるためならお前くらい軽く差し出してやるわ!」

「ぐぅ……なんて奴だ」


 関わりたくないのに、このまま帰したら最悪な形で関わらざるを得なくなる。

 最悪は別の国に逃げることになり、あまりにも面倒すぎる。


「分かった。開けるから絶対に俺のことを言うなよな」

「もちろんだ。俺からは(・・・・)絶対に言わない」

「…………寄こせ」

「あれ、てっきりそれじゃダメだと言うかと思ったんだがな」

「貴族様から問い詰められて平民が誤魔化しきれるとは思ってねーよ」


 今回は卑怯な真似を使われたが、アケィラはこれでもシェフの人柄をそれなりに信じている。

 貴族から問い詰められても上手く誤魔化そうとしてくれるだろうとは思っていたし、それで誤魔化しきれなかったら運が悪いと思うしかない。そう割り切った。


「すぐに開けるから待ってな」

「すぐに開くのか?」

「俺を誰だと思ってるんだ」

「だが貴族様だって専門家を雇って開けようとしたはずだ。それなのに開かなかったということは、相当解錠が難しいのだと思ってたんだが」


 何故貴族様がこれを開けられなかったのか。 

 それにはこの世界特有の理由があった。


「解錠のスキルなんてものがあるから、スキル無しでこういうのを開けられるような奴はそんなにいないんだよ」


 基本的に魔法で解決する世界だ。

 複雑な鍵を開けたければ解錠の魔法スキルのレベルが高い人を呼べば良い。多くは居ないが、貴族なら探し出して呼びつけることなど容易であろう。


 だが今回は魔法禁止の小箱だ。

 魔法なしで物理的に複雑な機構の鍵を開ける技術の持ち主などまず居ない。


 それこそオープナー・フルヤにでも来なければ開けられないだろう。


「ならなんでお前は開けられるんだよ」

「こういうのが好きだから、だよ」


 いつの間にかカウンターに戻っていたアケィラは、話をしながらサクサクとピッキングツールを鍵穴に突っ込みカチャカチャと動かす。すると十分もかからずにあっさりと解錠できてしまった。


「マジか。すげぇな」

「それほどでもあるな」

「そこは謙遜しろよ」


 シェフはテーブルの上に置かれた小箱の蓋に触れ、それをそっと持ち上げた。

 すると中には緑色の丸薬のようなものが詰まっていた。


「緑に変色した胡椒みたいだな。こんなのが本当に食材なのか?」

「間違いない。これこそが霊緑胡椒だ」

「霊緑胡椒?」

「魔素が極端に薄い清らかな湖のほとりにのみ咲くと言われている幻の植物、霊緑草が三年に一度だけ生らせる果実の事だ」

「超高級食材じゃねーか!」


 しかも小箱とはいえそれがぎっしりと詰まっている。

 これ一箱で豪邸を立てられるのではないだろうか。


「どうりで貴族様が持っているはずだ」

「だな」

「(場末のレストランのシェフのオッサンがどうしてこんな超高級素材を知っているのか。それにどうして貴族がオッサンに依頼して来たかも気になるところだが、藪蛇になりそうだから聞かないでおこう)」


 聞いたらその貴族とやらとのパスが強固に繋がってしまいそうと感じたため、湧いた疑問を埋め戻した。


「いやぁ、助かった。マジ助かった。お代はツケ全額チャラだ」

「自分で言うのもなんだが、本当に全額もチャラにしてくれるのか?貴族が関係しているから面倒ではあるが、技術的には簡単だったぞ」


 もちろんアケィラ的には、という話であり世間一般では非常に難しい部類に入るだろう。だがそうだとしても全額チャラにするのはやりすぎではないかとアケィラは感じた。


 一体どれだけツケをためているのやら。


「これを零さず余すことなく使えるってのはそれだけ価値があるってことさ」

「そりゃあ箱をぶち壊して落としでもしたら勿体ないとは思うが……」

「違う違う。そうじゃない。勿体ないレベルじゃないんだよ」

「え?」


 とてつもなく嫌な予感がする。

 アケィラの背中を寒い物が走った。


「これって栄養豊富で、スープにほんの少し入れるだけですげぇ元気になるんだよ」

「…………」

「しかも体の調子を整えてくれて状態異常耐性もついて、僅かだけど回復効果もあるんだぜ」

「…………」

「これを使った料理を食べれば万全の状態で戦える(・・・)し、兵士や冒険者の疲れもあっという間に吹き飛んじまう」

「…………」


 それは最早食材というよりも薬といった方が相応しいのではないか。

 そうツッコミを入れたい気持ちをアケィラは必死で抑えた。


 何故ならば彼にとって非常に大事なことが別にあるから。


「これがあるかないかで戦争(・・)の勝率がぐっと変わるらしいぜ。長期戦になるかもしれないから欠片たりとも無駄にはできん。お前のおかげでこれを余すことなく使えるようになった。これで決戦は貰ったな」

「やっぱり戦争関係じゃねーか!!!!!!!!」


 絶対に関わりたくない二大巨頭。


 貴族と決戦。


 食材が入っているだけの箱だったはずなのに、その両方に深く関わる依頼だったことに今更ながら気づき、アケィラは放心状態になるのであった。


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― 新着の感想 ―
がっつり、かかわっちゃいましたねえ。  運命の流れというものでしょうか。 次は何が出てくるのかなあ。
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