42. 最後の戦いとカロール村の開放 前編
教会軍の全てのリーダーを撃破した王国軍は、脅されて教会に協力せざるを得なかった人々の処置などの戦後対応をする組と、カロール村を修復する組、残党の不意打ちに備える組に分かれて作業を進めていた。
「これで後は村の歪みを直すだけだね」
戦争は終結したが、ここからがまた大きな問題である。
小さな歪みはアケィラ以外でも修復出来るようにはなったが、果たして本当に村レベルの巨大な歪みを修復可能なのだろうか。
「もう終わったようなものだろ」
だがアケィラは成功を確信しているかのようで、全く心配している様子が無く汗だくな体の方が気になっていた。
「ちょっと風呂入ってくる」
「ここからが良いところなのに!?」
「いやだって汗臭いだろ」
「別に気にしないのに」
「そう、気にしない」
「そこは気にしろよ!」
ここは王族が長期間避難が可能な部屋として作られているため、風呂も用意されている。アケィラは特に綺麗好きというわけではないが、汗を流し疲れを癒すために入りたかった。
「じゃあ私も入る!」
「うう、流石に、恥ずかしい」
「はいはい、姉さんは待ってろ」
姉の言葉を本気に受け取らず、アケィラはさっさとこの場から離れて風呂へと向かってしまった。
「安心して風呂に入ってたらヤバイことになってたなんてお約束だが、流石にしばらくは修復準備の時間だろうし大丈夫だろう」
不穏なことを呟きながら、アケィラは風呂場に入る。
風呂にはすでにお湯が張られていて、身体をさっと洗ってから浸かった。
「ふぅ~疲れたぁ……」
極度の集中による疲労感が、程よい温かさのお湯に包まれることで徐々に解されてゆく感じがして超絶気持ち良さそうだ。
『あれ? 鍵がかかってる』
『そりゃ、そうですよ』
『ふふん、この程度の鍵なんて簡単に壊せちゃうもん』
『本気で、怒られるから、止めた方が、良いですよ』
『え~、でも貴方もアケィラちゃんと一緒に入りたいでしょ?』
『…………』
『ということで突入けって~い! あれ? 壊せない!? どうして!?』
外から声が聞こえてくるような気もするが、あまりの気持ち良さにアケィラは気付いていない。あるいは気付きたく無くて無意識にシャットアウトしているだけかもしれないが。
「これからどうしよっかなぁ」
王族とズブズブに関わり、異世界人だとカミングアウトし、国に対してとてつもない功績をもたらした。
どう考えても面倒な毎日が続く未来しか想定できない。
カロール村の修復に力を貸したことにも、教会にケンカを売ったことにも後悔はしていないが、それとこれとは話が別だ。決して平穏さんを手放したかった訳ではなく、今すぐにでも自分の店に戻ってぐぅたらしたい気持ちが強いのだ。
「逃げたら逃げたで、今まで以上に血眼になって捜索されそうだし、やはりアレをやるしかないか」
どう考えても詰んでいる状況にしか見えないが、アケィラにはまだ平穏を取り戻す策があった。しかし、これまでの平穏を求めた攻防に悉く敗北しているため、どうにも信頼できない話だ。
「あんまり気乗りはしないが、あいつから許可貰ってるし良いよな」
策とは何なのか、あいつとは誰なのか。
考えることすらしたくないほどに疲れていたアケィラは、思考を封鎖して回復に努めることにした。
そうして心も体もさっぱりし、幾分か元気を取り戻したアケィラはエィビィ達の元へと戻って来た。
「アケィラちゃん! もう始まるよ!」
「ん?」
エィビィが風呂の鍵の話をせずに、慌ててアケィラを呼んだ。
もっと準備に時間がかかるかと思いきや、現地では迅速に作業が進み、もう村の歪みの修復が行われようとしていたのだ。
「妙だな。どうしてそんなに焦ってるんだ?」
「分からないの。でも、なんか聖女の封印を気にしているみたい」
アケィラがソファーに座り画面を見ると、封印されている場所に人が集まって真剣な表情で何かを調査していた。
「この映像からじゃなんとも言えないな。教会が最後に嫌がらせでもしたのかね」
「とりあえず全体も見せるね」
拡大が解除され、遥か上空から村を見下ろす視点へと変化した。
すると村の歪みを囲むように多くの魔法使いが配置されていた。
「あの短期間でこれほどの人数に教えるとか、やるじゃねーか」
アケィラが指導したのは最初の数人だけ。
そこからはその数人が教師役となり教えを広げていった。
最初の数人が優秀だったから勘違いされそうだが、決して簡単な訓練では無かった。習得出来ず苦労する人の方が多かっただろう。
だが王国は成し遂げた。
必要人数を見事に用意してみせたのだ。
「トゥーガックスもいるな」
もちろん勇者や宮廷魔術師長のような魔法が得意な人達も並んでいる。
「本当はアケィラちゃんもあそこにいるべきなのにね」
「止めてくれ。俺なんかが居ても役に立たないさ」
アケィラが考えた村の修復方法には、膨大な魔力が必要だ。
精密操作が得意でも魔力量が少ないアケィラでは全く役に立たないため、あの場に居てもお荷物になるだけであり、人外じみた魔力量を保有するエィビィならば活躍できるだろう。
「そういう話じゃないんだけどなぁ」
役に立つなどという意味ではなく、単に立役者なんだから現場にいるべきだという話である。あるいはトラブルが起きた時に迅速に対応できるという意味も含まれているのかもしれない。
「お、そろそろ始めるみたいだぞ」
エィビィの言葉を意図的に無視し、アケィラは画面を食い入るように見つめている。エィビィは何かを言いたかったが、本当に大きな動きがあったから仕方なく言わずに我慢した。
「しかしすげぇな、あの人数分の魔道具を用意したのか」
「魔道具? どれのこと?」
「全員がリストバンドつけてるだろ。あれをつけていると、無属性の魔力に異常固定解除……つまり空間の歪みを修復する性質を付与させられるんだ」
「へぇ、そんな便利な魔道具作ったんだ」
エィビィの感想は軽いものだったが、実際は壮絶な苦労の末に作り上げたものだった。
その特別な性質を理解できている人物が少ない。
それを使いこなせる人物はもっと少ない。
そもそも魔道具を作れる人も多くはない。
厳しい条件を辛うじて満たした数名が、村の解放に挑む百人を越える人々のために、文字通り寝る間も惜しんで作業し続けたのだ。ちなみにアケィラのような規格外を除き、一つの魔道具を作るのに数日かかるのが普通である。
「ほとんどの奴が無属性の魔力を操るだけで精一杯だったらしいから、それなら性質付与は道具で補えば良いだろってアドバイスしたんだが、まさか本当にやるとはな」
せっかく教会を撃退したのに、魔道具師に恨まれて刺されるのではないかと戦々恐々なアケィラであった。
「あれ、姉さんなんか来るぞ」
「おっとっと」
画面を見ていたら、下から何かが打ち上げられてミニ鳳凰にぶつかりそうになってしまった。
敵だと思われて迎撃されそうになったのかと不安になったが、どうやらそれは偶然こちらに飛んできただけらしい。
その何かは空高く飛ぶと、爆発した。
するとそれを合図に、村を囲っていた人々が魔法を唱えだす。
「なるほどな。声だと遠くまで届かないから、大きな音を立てて開始の合図としたわけか」
空間の歪みを一部だけ修正すると、元に戻ろうとする力と歪んだままでいようとする力がぶつかりあって何が起きるか分からない。ゆえに修正するのであれば一気にやる必要がある。
そのため全員が同時に作業する必要がある。
アケィラが一人でコツコツ修正するという方針を取らなかったのもこれが理由である。
優秀な魔法使い達が体内から無属性の魔力を取り出し、ブレスレットの力を借りてそこに特殊な性質を付与させる。そしてそれを一斉に村の歪みに向けて解き放った。
するとみるみるうちに歪んでいた空間が元に戻るではないか。
王国を長い間悩ませていたカロール村は、ほんの数分で元の長閑な風景を取り戻したのであった。
が、しかし。
「なにあれ!?」
「黒い、穴?」
カロール村の中央広場の空間に、突然禍々しい黒い穴が発生したのだ。
「もしかして何か失敗しちゃったのかな?」
「いや、あれは違う。あれは歪みとは全く違う性質の魔力だ」
だとすると一体何が起きているというのだろうか。
上空から見ていたアケィラ達はその異常にすぐに気付いたが、王国軍の大半は村が元に戻ったことで歓喜に湧いていて気付かない。
一部の実力者だけがその異常に気付き、慌てて現場へと向かった。
最初にカミーラがその場所に到達した時、黒い歪みは消滅し、代わりにあるものが出現する。
『お前は!?』
映像には音が入ってこないため、カミーラの言葉は聞こえなかったが、口の動きからそう言っていることが明らかだった。
カミーラが、そして後に続いた面々が対峙したのは、引き締まった浅黒い筋肉質な肉体と、頭から生えた二本の曲がった角が特徴的な魔族の男。
「うそ、あれってオーマジクじゃない!」
「オーマジク?」
「魔王軍、四天王の、一人、豪魔の、オーマジク、最強の、魔法使い」
「アレで魔法使いなのか。ムキムキだからてっきり物理系かと思った」
かといって物理が苦手というわけでも無いのだろう。物理も得意だが、それを遥かに上回るくらいに魔法が得意ということ。
「魔王軍が教会の援軍に来なかったから不思議に思っていたが、ここで来るとはな」
相手の強さがどれほどのものなのかはアケィラには分からないが、解決したと思わせた瞬間に最強の敵が出現する嫌らしい仕組は、教会らしいやり方だと納得できるものであった。
「あるいはあいつも歪みに巻き込まれて永遠に退避していただけなのか?」
だとすると魔王軍が教会に手を貸さず戦争に参加しなかった理由に説明がつく。王国軍が歪みを直せるとの情報を入手したのであれば、オーマジクを救出するために教会と縁を切って直してもらう必要があったからだ。
「まぁどっちでも良いか。あいつを倒さなきゃこの戦いは終わらないってことに変わりは無いからな」
画面の向こうではカミーラがオーマジクに斬りかかっていた。
魔法職を倒すには接近戦。
その定番通りに戦士タイプである彼女が真っ先に動いた。
「マジかよ。あのカミーラが翻弄されてるんだが」
素人目には追うのがやっとな程に高速に攻めているが、オーマジクは涼しい顔で全てをいなし、魔法による反撃で着実にカミーラにダメージを与えている。
それならばと攻守交替で勇者や騎士団長が攻めに出るが結果は変わらない。軽々と叩き伏せられている。
「身体強化を使っているとはいえ、あれで魔法使いとか反則だろ」
たった一人に、人類最強クラスの猛者達が敵わない。
それこそが魔王軍四天王。
そしてそれこそが。
「歩く災害とも言われてる世界最強の魔人。あれは私でも相手にならないわ」
個人の戦闘能力では魔王軍の中でも突出した実力の持ち主。
ようやく教会を退けたと思ったら、その先に待っていたのは更なる絶望。
「王妃様が村全体が歪むほどの魔法を放とうとしていたのは、こいつが原因だったのかもな」
村の調査に訪れた所で遭遇した最強の敵。
王妃はそれを撃退すべく、全力で魔法を唱えようとした。
そのタイミングで教会が例の壊れた魔道具を使い、王妃の魔法を意図的に暴走させたのだろう。
「やばいな。耐えるだけで精一杯じゃないか」
せっかく修復したカロール村が戦火に燃えている。
このままでは王国軍は壊滅し、勇者達も聖女も国王も全て殺されてしまうかもしれない。
「アケィラちゃん、どうにかならないの?」
「どうにかって言われても……」
「ほら、いつもの魔法を封じるやつとか、遠隔で出来ない?」
「…………無理だ。あいつは封じられない。マジかよ、あんなの反則だろ」
そもそも魔力は体を覆う特殊な膜に開いた穴から放出する。その特殊な穴を塞ぐことで魔力の放出を防ぎ魔法を使えなくするのがアケィラの技術なのだが、なんとオーマジクはその膜そのものが存在していなかった。
つまり全身の至る所から魔力を放出し放題であり、それを止めることなど不可能だった。
「それならあれは? 力を入れたら身体が動かなくなるやつ」
「ダメだ。あそこまで魔法抵抗が高いと効果は無い」
つまりこれまでアケィラが強敵相手に使っていた小細工が一切通用しない相手なのだ。
「危ない!」
勇者の右腕が黒い炎に包まれ、消滅するところだった。辛うじてミュゼスゥの魔法で回復出来たが、いつ死んでもおかしくない。
「アケィラちゃん……どうしよう……」
「このままじゃ、まずい」
だがそう言われても対策案など全く思い当たらない。
膜が無くフルオープンで魔力使い放題の相手に、オープナーが出来ることなど無い。
何故ならば開けるまでもなくすでにオープンしているのだから。




