35. 宰相と開けてはいけない扉
「暗殺者が目を覚ました?」
「うん。取り調べも終わったみたいだから、おにいちゃん会ってみる?」
「いや会わない」
感謝されるのかそうでないのかは不明だが、教会の元暗殺者と会うだなど、どう考えても面倒なことにしかならず、アケィラが会う訳がない。
与えられた安全な部屋でノリィ王女の相手をしている癒しの時間の方が遥かに大事だ。
しかしそんな時間も予期せぬ相手の来訪により終わりを迎えることになってしまった。
「ふむ。ならワシが話をしよう」
「宰相様!?」
いきなり部屋に宰相が入って来たのだ。
「そのままで良い。そなたは賓客扱いなのだからな」
「そう言われましても」
「勇者や次世代の最強候補を従えておいて謙遜する必要もなかろう」
「従えてない!」
今日アケィラの守護を任されているのは勇者とカミーラ。
どちらも最強レベルの実力者であり、そんな実力者が懇意にしている相手など、カロール村の件がなくとも国だって気を使うものだ。
「確かにアケィラ君は自分の立場を過小評価するきらいがありますね」
「そうそう。アケィラはすげぇ奴なんだから堂々としろよな」
「お前らは黙ってろ!」
絶対に関わりたくないメンバーに囲まれていて気が滅入るところをノリィ王女に癒されながらどうにかメンタルを保っていたが、流石にこれには口を挟まざるを得なかった。
すでに手遅れな気しかしないが、これ以上国からの評価が上昇すると平穏さんが一生かけても戻って来てくれないからだ。
「おにいちゃんは凄いです!」
「うっ……あ、ありがとう。でも俺なんてまだまださ」
「そんなことないです!おにいちゃんは世界一凄いです!おにいちゃんが師匠で嬉しいです!」
「ぐうっ!」
曇りの無い眼でそう言われてしまっては、自分は凄くないだなど断言出来なかった。
「ははっ、あのアケィラが押されてやがる」
「アケィラ君にも弱点があったんですね」
「だからお前らは黙ってろ!」
宰相が来ていることなど忘れているかのようにアケィラはカミーラ達へと嚙みついた。
「というかなんでカミーラがここにいる。教会の仲間だって疑われてただろ」
ゆえにアケィラはしばらくの間カミーラと会うことは無かったのだが、疑いが晴れたのか今日久しぶりに再会した。再会直後は構って欲しそうに近寄って来たが、ノリィ王女を盾に拒否した。
「疑う奴らがおかしいんだよ!あんな奴らの仲間になるわけがないだろ!」
「お前馬鹿だから仲間じゃなくても無自覚に利用されてると思われたんだろ」
「馬鹿じゃないし、そんなこと……あ、ありえねーし!」
「自分でもやらかすかもしれないって自覚してるじゃねーか」
思いっきり目を逸らすカミーラ。
どうやら自分の性格ならやらかしてしまう可能性があると理解しているらしい。素直にアケィラから距離を取って国の調査を受けたのは、自分が気付いていないうちにやらかしてしまってアケィラに迷惑をかけるかもしれないと思っていたからだった。
「勇者君も、今はこんなとこにいる場合じゃないだろ。ちゃんと先生役をやれよ」
魔力を視る練習、そしてその先の課題を解決するために魔法を使える人々は特訓中だ。アケィラはまずは勇者をはじめとした数人を指導し、その数人が他の人に教えるという手法をとっている。つまり勇者は先生役としての仕事をしていなければおかしいのだ。
「大丈夫。もうかなり育ってるから他の人に任せてるんだ」
「だとしても勇者君が先生した方がモチベーション上がるだろ」
国の偉い人が教えてくれるというのも有難いだろうが、勇者が教えてくれるというのはよりレア度が高い。否応が無しにやる気が出るというものだ。
「だとしても、アケィラ君を守る方が優先度が高いんだって」
「もう作戦は伝えてるんだ。俺がいなくても平気だろ」
カロール村解放作戦。
その内容について、アケィラは考えていたことの大半を伝えてある。まだ物足りない部分はあるが、ここでアケィラが居なくなったとしても誰かが引き継いで進めてくれるだろう。
「確かに後は任せてって言いたいところだけれど、まだアケィラ君が必要だって気がするんだよね」
「は?」
「勇者としての勘、かな」
「いや、そういうのマジで求めてないんで」
「ふふ。それが無くても僕は君を守るけどね。僕自身が守りたいと思ってるから」
「チェンジで」
「なんで!?」
今の王城には他にも実力者が沢山いる。
護衛されるならば、面倒事を引き起こしそうにないノーマルな人物が良いと心から願うアケィラであった。
「ほう。随分と仲が良いのだな」
「あっ、申し訳ありません」
「良い良い」
宰相を放置していたことに気付き焦って謝罪するアケィラだが、宰相は楽しそうに笑っていて気を害したと言うことは無さそうだ。
「こうして雑に扱われるのも新鮮な感じじゃ」
「ほんっとうに申し訳ありませんでした!」
「良い良い。冗談じゃ」
アケィラを揶揄って更に笑いを深めた宰相は、ソファーの空いている席に腰を下ろした。
「さて、暗殺者の話じゃが、不可思議なことになっておる」
「不可思議?」
「これを見るが良い」
宰相は懐から大きな丸い水晶のような球を取り出した。
そしてそこに魔力を籠めると、ある風景が映し出された。
それは特定の範囲を映像として記録する魔道具。
そこは窓も無い殺風景な一室で、ベッドが一つ置かれているだけ。
ただし物は無いが人は多く、医者やメイドらしき人物と多くの警備兵がいる。
そして肝心のベッドの上では、一人の幼女が眠っていた。
「…………暗殺者は?」
てっきり暗殺者の現状を見せてくれるのかと思っていたが、どこにも映っていないことをアケィラは訝しんだ。
「映っているぞ」
「え?」
「ベッドで寝ているのがそうじゃ」
「は!?」
目を凝らして何度見ても、ベッドで寝ているのは幼女にしか見えない。
アケィラを襲って来た暗殺者は、お色気ムンムンなナイスバディの女性である。もしもそれがパッドなどで作られたものだったとしても、背格好がまるで異なる幼女になるだなどあり得ない話だ。
「貴殿でも、信じられぬか」
「そりゃあそうですよ」
「だが事実なのじゃ。あの暗殺者を確保した直後、全くの別人へと変化してしまったと報告を受けている」
「別人にすり替わって逃げられてしまったということですか?」
暗殺者が教会の情報を口にしないように自爆させる仕組みまで用意されていた。それならば、更に念には念を入れて何らかの手段で人を入れ変えて回収する仕組みまで用意されていたのではないか。そうアケィラは考えた。
「いや違う。彼女は間違いなく暗殺者そのものじゃった。その証拠に、彼女には暗殺者としての記憶が残っている」
「記憶が?」
「うむ。彼女は身寄りを失くした貧しい出自の者で、教会に拾われ怪しげな儀式を受けて大人の身体に変化したらしい。その瞬間、別人格の意識が生まれて心も体も乗っ取られ、暗殺者として育てられた」
「確かに教会がやりそうなことですね。ですが本当のことなのですか?」
「不明じゃ」
ありえそうだからこそ、そこには嘘が含まれているのではないかと疑う必要がある。アケィラも宰相も敵の話を簡単に鵜呑みにはしない。
「彼女は非常に協力的で情報をペラペラとしゃべってくれるが、細心の注意を払って対応している」
他人の言葉が本当か嘘かを判別する魔道具のようなものが存在すれば楽なのだが、残念ながらこの世界にはそのようなものは存在していなかった。
「(まぁ情報はどうでも良いか)」
今のところアケィラが必要としている情報は特になかった。
カロール村の空間の歪みの解除方法。
聖女への聖力の供給。
これら最も大きな課題については解決の見込みがあるのだ。
それ以外については戦争慣れした偉い人達に任せるべきであり、素人が口を出すべきではない。アケィラはそう思っているから、暗殺者がもたらした新たな情報に興味が無かった。
だが暗殺者について完全に興味が無いわけではない。
「あの時の暗殺者は確かに普通の大人の人間だった。あの子供が大人に変わっていたとして、どうして見破れなかったんだ?」
魔力を使って相手を観察するのはアケィラの得意分野だ。
暗殺者についても襲われる前に徹底的に観察したのだが気付かなかった。
「全身に付与されていた呪いの紋……いや、アレにはそんな効果は無さそうだった。だとするともっと体内にあったのか? あるとするとどんな魔力の使い方をすればそうなる……う~む分からん」
宰相と話をしている途中だと言うのに思考の海に沈んでしまうアケィラ。
暗殺者には会いたくないし情報に興味も無いが、身体を変化させる方法についてはやり方の想像が出来ず興味津々であった。
「ほう。これが噂に聞く集中モードというものじゃな」
「そうなったらこいつ、話しかけても戻ってきませんよ」
「アケィラ君が一番楽しそうにしてる時だから、邪魔したくないんですよね」
しかし今回に限っては宰相を無視し続ける訳には行かない。
アケィラも脳内で少しはその意識が残っていたのだろうか、すぐに正気に戻った。
「はっ、す、すいません」
「良い良い。むしろ迷惑をかけた君に興味を抱ける情報を提供できたことを嬉しく思う」
「あ、あはは。恐縮です」
お願いだから国の偉い人が自分なんかに丁寧に扱わないで欲しいと願うアケィラ。何故ならば面倒事の種にしかならないから。
だがノリィ王女に尊敬の目で見られている以上、下手に謙遜しすぎることも出来なかった。
「そんな貴殿に一つ忠告する」
「え?」
突然、宰相が真剣な表情になり、アケィラ達に緊張が走る。
「暗殺者に会わないという選択肢は正解じゃ。これからも決して会ってはならぬ」
「……はい、そのつもりです」
もっと厳しい忠告なのかと思っていたので拍子抜けするアケィラ。だが宰相は厳しい表情を崩さない。
「どうやら軽く考えている様子じゃの。ならばこれを見るが良い」
どうやらアケィラが考えている以上に大事な忠告だったらしい。宰相は手元の録画魔道具を操作すると、今度は同じ部屋の別場面が映し出された。
『あの、私を助けてくれた人にお礼を言いたいんですが』
「(暗殺者が起きている。それに今度は声付きか)」
録画の魔道具は声のオンオフが可能な優れものである。
『申し訳ありませんが、それは許可されません』
暗殺者お付きのメイドが暗殺者の要望を断った。
当然のことである。
いくら正気に戻ったと言われようが、それが本当なのか確信が持てないのに暗殺対象に会わせることなど出来る筈が無いからだ。
『お願いします!どうしても、どうしても謝罪とお礼が言いたいんです!』
「許可できませんし、されません」
『うう……ですよね……』
少なくとも画面からは暗殺者の様子に異常は感じられず、普通の子供のようにしか見えない。
『言葉くらいならお伝え出来るかもしれませんが』
『いえ、それでは私の気持ちは伝わりませんので』
確かに謝罪やお礼を間接的に伝えるだなど、本気でそう思っているのかと疑われても変では無い。
『現状を考えたら会えないのは誰でも理解できます。言葉だけでも良いのでは?』
『それじゃあダメなんです!』
突然の大声に、警備兵が警戒を強めるのが画面越しでも分かった。しかし暗殺者は全く動じていない。
『だってそれじゃあ詰って貰えないじゃないですか!』
「…………」
「…………」
「…………」
アケィラ、カミーラ、勇者の三者が固まってしまった。
特にアケィラは、頬のひくつきを止められない。
『な、何を言っているの?』
『いくら操られていたとはいえ、暗殺しようとした最低な私を救ってくれたことに感謝しかありません。だから全力で詰ってもらいたいんです!』
『だから、の先の言葉の意味が繋がってないですが』
『この醜い暗殺者め!露出狂め!って言いながら足蹴にして欲しいんです!』
『…………』
ついにメイドが諦めてしまった。
しかし暗殺者の暴走は止まらない。
『私を縛るあの強力な紋を解除する時の、魂までも締め付けるような激しい苦痛。あれを、あれをどうかもう一度、はぁはぁ』
『こいつやばいな』
『蹴って!縛って!詰って!この卑しい犯罪者にお慈悲を!』
映像はそこで終わりを迎えた。
「良かったなアケィラ、ファンが増えたぞ」
「き、気を落とさないでくださいね」
「流石オープナーじゃのう。開けてはいけない扉を開きおった」
「おにいちゃん、こういうのが好きなの?」
「NOOOOOOOOOOOOOOOO!」
何が何でも絶対に会ってはならないと心に誓い、どうしてこうなったと嘆くことしか出来ないアケィラであった。




