34. ヒーラーと傷口
「アケィラさん、何を読んでるんですか?」
王城の一角。
いつもの待機室よりも更に奥まったところにあり、王族のプライベートルームにも近いとある部屋にて、アケィラは豪華なソファーに寝転がりながら本を読んでいた。
そんなアケィラに話しかけるのは白いローブを来た勇者パーティーの一員、ヒーラーのミュゼスゥ。
「教会について書かれた本だ」
不幸にもアケィラが敵対することになってしまった巨大な組織、教会。
その教会の情報を得て今後の対策を考えるために、アケィラはひとまず本に頼ることにしたらしい。
「教会の事なら少しは分かりますので聞いて下さいね」
「ミュゼスゥは教徒だったのか?」
「いえ違います。ですがヒーラーをやっていると教徒の友人が結構増えるものなんです」
「ふ~ん。同じヒーラー同士繋がりがあるのか」
教会の仕事の一つに『民を癒す』というものがある。
怪我の治療、病気の回復、解呪など癒しの内容は様々で、病院のような役割を果たしている。ただし無償というわけではなく、特に最近の教会は治療に暴利を取ることで有名であり評判が悪い。
「この部屋の結界もその友人から教えて貰ったんです」
「これもか。かなり強力な結界だよな。助かってるわ」
何故ミュゼスゥがアケィラの部屋にいるのか。
それはもちろん彼を守るため。
ミュゼスゥだけでなく交代でアケィラには護衛がついていた。
ミュゼスゥの守り方は魔法で結界を張り、外部からの攻撃をシャットアウトすることだった。
「あれ、でも教会の魔法は聖力を使う特別なものだから一般人は使えないんじゃなかったっけ?」
「はい。ですのでこれは友人に結界を見せて貰って似たような機能の魔法を考えて作り出した魔法になります」
「自分で魔法を考えるとか、流石勇者パーティーの一員だな」
「アケィラさんがそれを言いますか」
試行錯誤して魔力を操り自力で新しい手法を次々と考え出すアケィラが言って良い言葉では無い。
「あ、すいません、読書の邪魔をしてしまいましたね」
「いや、気にしなくて良い。そろそろ休憩しようと思ってたところだったからな。ミュゼスゥもその気配を察して声をかけてくれたんだろ?」
「そんな、偶然ですよ」
謙遜するミュゼスゥの姿を見てアケィラはほっとする。
他の知り合いのようにガツガツと来られるのではなく、アケィラの気持ちを慮り適切な距離を保ってくれるからだ。
邪険にせず普通に会話しているのは、それが理由である。
「皆がミュゼスゥみたいに大人しかったら助かるのに」
「え?」
「特に勇者君とか、何故か俺に激重感情を抱いてる節があるし、面倒なんだよな」
「勇者様はアケィラ様に深く感謝をして、学生時代のことについて償いたいと思っているのですよ」
ミュゼスゥを呪いから解放してもらった恩があるが、学生時代に不当にアケィラを敵視してしまった。そのことを勇者は今でも悔いており、それがアケィラに対する過保護に繋がってしまっているのだろう。
「それがいらないんだよ。ミュゼスゥみたいに自然に接して、いや、俺みたいな飛沫な存在など無視してくれれば良いのに」
「飛沫というのは同意できませんが、アケィラさんが嫌がると思って感謝しすぎないようにと思ってるだけで、本当は私も感謝し足りないんですよ。命を助けてくれたんですから当然です」
「その心づかいが出来るかどうかが大事なんだよなぁ」
勇者という面倒ごとの塊から距離を取りたいアケィラとしては、向こうから積極的に関わってくる現状は好ましくなかった。このままでは教会とのトラブルが終わってからまた逃げたくなってしまうだろう。
「そういえばミュゼスゥも教会と因縁があるんだったか。その友人と仲違いとかしてないか?」
ミュゼスゥが重い呪いにかけられた時に教会は助けてくれなかった。それどころか仲間の美少女の身体を要求するような鬼畜っぷり。教会に対する不信感が募り教徒の友人と決別していても変ではない。
「その点は大丈夫です。元々教会には良い噂が無かったので、彼女も敬虔な信徒というわけではありませんから」
「ふ~ん、そういう人もいるのか」
特に問題ないとのことで興味を失ったのか、アケィラは本をテーブルにおいて体を起こし伸びをした。
「さてと、そろそろ切り上げて実技に入るか」
「実技ですか?」
「ああ、ミュゼスゥにも協力してもらうぜ」
「それは構いませんが、何をするのですか?」
「聖力の正体を暴く」
「え!?」
魔力とは違うとされている聖力。
教会の人間しか使うことが出来ないとされているその聖力の正体を突き止め、誰でも扱えるようになれば教会の手を借りずとも聖女への聖力供給が可能になる。それは対教会においてかなりのアドバンテージとなるだろう。
「本に書かれていたのですか?」
「いや無かった。でもヒントらしきものは書かれていた。流石あいつが見繕った本だ」
「あいつ?」
「ミュゼスゥも知ってる知り合いだ。ってその話は後だ後」
王都の図書館で司書を務めている、学生時代の同級生。
彼女にお願いして教会の聖力関係の本を王城まで持ってきてもらったのだった。
なおその彼女はアケィラの友人ということで人質にされる可能性があるため、すでに王城で保護されているのだがアケィラはそのことを知らない。勢い良く押しかけて心労をかけさせたくないという彼女の遠慮、ならぬアケィラ好感度向上作戦の一つである。
「念のため確認するが、ミュゼスゥはヒールを使う時に詠唱が必要なんだよな」
「はい。詠唱と言っても『ヒール』と口にすれば良いだけですが」
「だが教会の聖力を使ったヒールはそのような詠唱が不要」
「世間的には神へ祈りを捧げることで発動すると思われてますが、実際はそのようですね。以前、友人がこっそり教えてくれました」
教会関連の本を読み込むことでアケィラはその事実に気が付いた。最初からミュゼスゥに聞けば分かった話かもしれないが、複数の媒体で情報を確認することは大事なので結果オーライである。
「ならヒールを使ってくれ。魔力の流れを確認してみる」
「え?」
「何故そこで驚く」
「いえ、アケィラさんのことですから、今回の件が無くてもすでに確認したことがあるのかと思いまして」
魔力操作について興味を抱き様々な研究をしてきたアケィラであれば、普通のヒールの仕組みなどとっくに観察済みだと思ったのだ。
「俺の家は回復魔法を使わない方が強くて健康的な肉体に育つって考えだったんだよ」
「そういう家庭があるとは聞いたことがありますが、事実なのでしょうか?」
「知らんが、風邪なんて滅多にひかないし、腹壊すことも少ないし、そこそこ丈夫に育った気はするな。ははは」
いわゆる迷信の類なのかもしれないが、病は気からという言葉もあるように、本人がそう思っていれば健康になりやすいのかもしれない。それが事実かどうかという点についてはアケィラは特に興味が無かったのでこれまで調べたりはしなかった。
「でも学校ではヒールを見る機会が多かったですよね?」
「まぁな。でも俺は魔力量が少ないから、普通の魔法には興味なかったんだよ。使えるようになったところでまともな効果が無いからな」
アケィラが学びたかったのは、あくまでも自分で使いこなせる魔法だ。研究して詳細が明らかになったのに自分は使えないだなど虚しすぎる。それゆえ少し斜め方向の研究にのめり込んでしまっていたのだった。
「ということで俺はヒールの仕組みなんて知らん。というか普通の魔法と同じだと思い込んでいた。だが調べた感じでは何か裏がありそうな気がするから見せて欲しい」
「そういうことだったんですね。分かりました」
「丁度昨日、紙で指を少し切ってしまったから、これを治してくれ」
右手の人差し指に、綺麗に線が入っていた。
ここしばらくは本を読みまくっていて、その時に不用意に傷つけてしまったのだ。
「分かりました。では……」
「おっと待った。まずは詠唱無しでやってみてくれ」
「発動しませんよ?」
「それでも良い。その時の魔力の流れを確認したいんだ」
「分かりました」
ミュゼスゥはアケィラの指に両手をかざし、何も言わずにヒールを発動しようとした。
「普通の魔法と同じように手から魔力が出ている。聖属性が付与されてるな。でも変化は無いな」
「やはりダメでした」
「なら次は脳内でヒールと詠唱しながらやってみてくれ」
「はい」
しかしそれでも変化は無かった。
「じゃあ今度は普通にやってくれ」
「分かりました。『ヒール』」
今度はアケィラの指が優しい光に包まれ、傷口が直ぐに塞がって完治した。
「なるほど、そういうことだったのか」
「何か分かったのですか?」
「ああ、魔力の流れを見れば一目瞭然だった」
ミュゼスゥはまだ魔力を視る練習中であり正確には視れない。もう少し練習すれば彼女も見れるようになるだろう。
「たとえば火魔法を使う場合、体内の魔力に火属性を付与させて体外に出力する。こんな感じでな」
アケィラの指先に小さな炎の灯りが出現する。
魔法を使える者であれば誰でも出来る芸当だ。
「だが回復魔法の場合はそうはいかない。聖属性を付与させた魔法を体外に出力しても、それだけでは魔法として具現化しないんだ」
「そこで詠唱が関わってくるのですか?」
「ああ。詠唱している時に、口からも魔力が出ていた」
「え!?」
ミュゼスゥがヒールを使う時に全身を確認すると、手と口の二か所から魔力が放出されていた。
「手の方は聖属性の魔力。口の方は無属性だが回復の方向性が付与された魔力っぽかったな」
「じゃあ解呪だとすると、口から解呪の性質が付与された魔力が出力されるということですか」
「だろうな。そして二つの魔力が合わさったことで初めて魔法として完成する。これが回復魔法の仕組みだったんだ」
「どうりで回復魔法の使い手が少ない訳ですね。無意識でそんなことが出来る人なんて多くは無いでしょう」
回復魔法を覚えようと必死に手から魔力を放出しようが、それだけでは決して発動することが出来ない。色々と試した結果、偶然二種類の魔力を同時に放出出来た者だけが使えるようになる。ゆえに回復魔法を覚えるのは難易度が高いとされていた。
「でもこれまでどうして気付かれなかったのでしょうか。気まぐれに魔力を視る人がいてもおかしくないと思うのですが」
「そりゃあ普通は手の方を見るからな。口の方は見ないだろ」
「確かにそうですね」
「それに口からの魔力の方は無属性であるため視にくいからな」
無属性の魔力をはっきりと視認することは難しいということが先日判明した。それもまた回復魔法の仕組みに気付かれなかった理由だろう。
「(あれ、この話を公開したら回復魔法を使える人が一気に増えてアケィラさんの物凄い功績になってしまうんじゃ。嫌がりそうだからまだ言わない方が良いかな)」
いつかは気付く時が来るが、それを後回しにさせて今はまだ困らせないであげようと思うのはミュゼスゥの優しさだった。そういう気遣いが出来るからこそ、こうして普通に会話をしてもらえるのだ。
「しかしこれ、応用が利きそうだな」
そう言うとアケィラは部屋に置かれていたペーパーナイフを使って指の表面を痛くない程度に切った。そしてその部分に魔法をかけてみる。
「アンチヒール。うお!血が!血が!」
「何やってるんですか!ヒール!」
アケィラの指の傷口が開き、血が一気に出て来てしまい、慌ててミュゼスゥが治療した。
「まったくもう。いくらオープナーだからって傷口まで開けなくても良いのに」
「そういうんじゃねーから!これは事故だよ!」
「くすくす、冗談ですよ。分かってますって。でも何をしたんですか?」
「口から放出する無属性の魔力に、傷口を悪化させる性質を付与させてみたんだ」
「え!?」
予想ではほんの少しだけ血が出る程度だと思っていたが、手から放出する方の魔力量が多すぎて重症になりかけてしまったのだろう。
「どうやら性質を色々と変えることで、様々な事象を起こせるらしいな。二つの魔力の合わせ技か。これは興味深いな」
「とんでもない発見をされたこと、自覚してますか?」
「はっはっはっ、ミュゼスゥが見つけたことにするから平気さ」
「嫌ですよ!それに絶対に皆さん、アケィラさんが見つけたって断言しますよ」
「何故だ!どうしてこうなった!」
またしても面倒事にしかならない発見をしてしまったアケィラ。
ただし今回はそうなることも想定内だったため、ふざけて演技しているだけである。
「あれ、そういえば回復魔法の仕組みは分かりましたが、聖力の方はどうなりましたか?」
「恐らくだが、回復魔法と同じだ。要は言葉を発しなくても二種類の魔力を放てば良い訳で、そのことに気付いたやつがいるんだろ」
「ですが私の友人はそんなこと意識せずに聖力を使っていたようですが」
「補助の道具を貰ってるんだろう。教徒がいつも首から下げてるやつとか怪しいな」
手から聖属性の魔法を放つと、体内からもう一つの魔力を自動で排出してくれる魔道具。教徒にはそれが配布されているのだろうというのがアケィラの予想だった。
「もしこの考えが正しいなら、聖力なんてものはまやかしだ。聖女への聖力の補給は普通の魔力で問題ないということになる」
「じゃあ!」
「これで難題が一つ解決かもな」
教会の最大のアドバンテージである聖女の支援。
それを教会以外でも出来るようになったのであれば、形勢は大きくアケィラ側へと傾くだろう。
「こんな面倒なことさっさと終わらせて帰りたいな」
その希望が叶う時は間違いなく近づいている。
尤も、帰れたからといって面倒でない日々が待っているとは到底思えないが。




