33. 王様と魔力のさいころ
「なんだ緊張してるのか」
「(するに決まってるだろ!)」
最早アケィラ専用室と化していた豪華な待機室。
そこでアケィラはとある人物と面会していた。
「謁見の時は堂々としていたではないか。あの時のように楽にするが良い」
「(あの時だって楽になんかしてねーよ!)」
アケィラの心の叫びを分かっているのか、話し相手はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。
「陛下。僭越ながら申し上げます。私のような素性が怪しい人物と二人きりになるのはいかがなものかと」
向かいに座っているのは謁見の間で会った国王陛下。
しかも護衛もおらず二人きり。緊張するなと言われても無理だろう。
「ふむ。確かにお前の言う通りだ。だが仕方あるまい。護衛を連れてきたところで教会の連中に洗脳されていてお前に危害を加える可能性も無くは無い。その点、俺だけなら絶対に安全だからな」
「ありがとうございます。まさか私の身の安全のためにお一人で来られたとは」
一応お礼は伝えたが、アケィラの内心は衝撃に打ち震えていた。
「(どんだけ重要人物扱いされてるんだよ!)」
国王が直々にアケィラの身を案じ、己の危険よりもアケィラの安全を優先した。そこまでされたら、何が何でも依頼を達成させなければと猛烈なプレッシャーに押しつぶされそうになる。
「ふぅむ、どうしても緊張が解けないらしいな。肩の力を抜いて自然体で話して欲しいのだが」
「流石にそれは……」
「だろうな。ゆえにこれを持って来た」
国王はソファーの隣に置いてあった何かを、二人が挟むテーブルの上に置いた。
「珍しいですね。魔力体で構成されたさいころですか」
「流石だな。一目でコレが何かを看破したか」
「(しまった。ついいつもの癖で魔力の質を確認してしまった)」
普通の人ならば、魔力を帯びているダイスにしか見えない。しかしアケィラはそれ全体が魔力だけで作られていることに気付いてしまった。それだけでアケィラが他の人とは違う特別な力を持っていると証明しているようなものだった。
「おっと、別にお前の力を探ろうとかそんな意図は無い。ただ、これがあった方が話しやすいかと思ってな」
「話しやすい、ですか」
「うむ。これはとある人物から貰ったおもちゃでな、中に何かが入っているらしいのだが、開け方が分からないのだ。お前は開けるのが好きなのだろう。これを弄りながらであれば少し緊張が和らぐだろう」
「作業しながらお話しするなんて失礼なこと出来ません!」
その失礼なことを普段はやりまくっているのだが、国王相手には流石にやらなかった。
「気にするな。むしろこれは依頼だと思ってくれ。どうやって開けるのかも興味があるしな」
「依頼…………なら、仕方ないですね」
「なんだ。話が分かるじゃないか」
猛烈な緊張よりも興味が勝ったのだった。
「では失礼して」
魔力のダイスを手に取ると、それは魔力で作られているとは思えないほどにしっかりと物に触れている感触があった。
「凄い。魔力だけをこんなにも濃密に具現化させるだなんて」
基本的に魔力そのものに人は触れることが出来ない。だが魔力を圧縮して濃度を高めることで触れることが可能となる。それにはとんでもない量の魔力が必要だ。
「これを作れるのは姉さんとか…………」
突然、アケィラがダイスをテーブルに置いた。
その顔は真剣で、何か腹を括ったかの様子だ。
「どうした。やらないのか? それとももう終わったのか?」
「このダイス、作成したのは王妃様ですね」
「…………やはり分かったか」
「これを作るには宮廷魔術師長でも魔力が足りません。となるとこの国でこれを作れそうな人物と言えば絶大な魔力量を有するとされている王妃様しか考えられませんから」
王妃が大量の魔力をその身に宿していることは有名な話であった。ゆえにダイスの制作者に見当が付くのは自然なことだろう。
「陛下が私に会いに来たのは、カロール村と王妃様についてお話をするためですね」
「うむ」
魔力暴走のせいで村全体が歪んでしまったカロール村。
その村と王妃にどのような関係があるのだろうか。
「正直に話せ。カロール村の修復は可能なのか?」
国王の目的はこれを確認することだった。
アケィラはその問いを受けて素直に考え、指示通り正直に話すことにした。
「分かりません」
「そうか……」
アケィラの答えに国王は目に見えて肩を落とした。
その様子からアケィラの存在に余程期待していたことが伺える。
「ですが可能性はあります」
「それは慰めではなく?」
国王はカロール村の件について、配下からいつか絶対に修復してみせると何度も元気づけられたが成果が芳しくなかった。アケィラの言葉も形だけのもので単なる慰めだと疑ってしまった。
「事実です。今はより成功率が高くなる方法を模索中です」
「つまり成功率が低い方法ならもう思いついているということか!?」
「はい」
身を乗り出すように国王が聞いて来るが、アケィラは動じることなく堂々と答えた。
「失敗したらどうなる?」
「歪みそのものは解消できますが、中の人達が死んでしまいます」
「それだけか?」
「え?それだけって王妃様も死んでしまうのですよ!?」
「かまわん。あの中に永遠に囚われ続けるくらいならば、真っ当に弔ってやりたいのだ。あいつもそれを望むはずだ。村人たちには申し訳ないがな」
カロール村の歪みの中には村人だけでなく王妃も囚われている。
それが問題を複雑なものにしていた。
「それにあの歪みのせいで教会をのさばらせ、国民に被害が出てしまっている。犠牲を払ってでもこの状況を終わらせなければならない」
愛する人を見捨てて国民を救う。
王として非情な決断をしようと考えていたところでアケィラという希望がやってきたのだ。
「問題の一つはその教会です。村人と王妃様を人質にして好き放題やっている教会が、全力で妨害してくるでしょう」
「だろうな。まさか王城内で堂々と仕掛けて来るとは思わなかったが」
アケィラが暗殺者に命を狙われたのも、その妨害の一つだ。
「あの暗殺者はどうなりましたか?」
「まだ目を覚まさないらしい」
「教会に抗議は?」
「もちろんやったが、教会は無関係の一点張りだ」
「やはりそうですか」
王妃が囚われているカロール村は聖女の奇跡によって保護されている。
その聖女に聖力を供給可能なのは教会の人間だけ。
つまり教会がカロール村保護の協力を止めたら、王妃は村人と共に死ぬ。
そうやって教会は王妃達を人質にして国に言うことを聞かせて来たのである。
暗殺者が送られてこようが、厳重に抗議しようものなら協力撤回をチラつかされてしまうのだ。
「これからも暗殺者が送り込まれてくるでしょうが、それは知り合いにお願いして守ってもらうことにします。問題はそれよりも、カロール村解放の当日でしょう」
「教会の激しい抵抗が予想されるということか」
「はい。それこそ戦争と呼んでもおかしくないくらいのことになるでしょう。教会にはそれだけ探られたくない腹がありそうですし」
人質がいることを良いことにこれまで好き放題やってきた。もしも人質が解放されようものなら、間違いなく破滅。多くのお偉いさんの処刑は免れないだろう。
「それに教会は魔族と繋がっている可能性があります」
「なんだと?」
「そもそもカロール村が歪んでしまった原因は、カロール村に魔力的な異常があるからと王妃様が視察に向かったところで魔族に襲われ、村人たちを守るために強力な魔法を使おうとして暴走したと聞いています」
「うむ。その通りだ」
「その時にたまたま同行していた聖女が村を守った。都合が良すぎです」
「全部教会が仕組んだ罠ということか。俺もそう思う」
魔法が得意な王妃でなければ分からないかもしれない異常があるとおびき出し、安全のためにと聖女を同行させ、村に着いたら魔族に襲わせる。
全ては事故にみせかけて王妃を捕らえ、教会の思うがままに国を操るために。
「カロール村を修復しようとしたら、教会と魔族が協力して襲ってくるかもしれない、か。十分な戦力を集めなければならないな」
「(その辺りはカミーラや勇者君に頑張ってもらおう)」
図らずもすでに十分な戦力が集まっていた。
しかしアケィラにはそれでもまだ不安があった。
「戦力を集めることは大事ですが、相手の手札も確認しておくべきです」
「どういう意味だ?」
「いくら不意を突かれたとしても、魔法に長けた王妃様が魔法を暴走させるとは思えません」
未熟なノリィ王女とは違い、魔法を使い慣れている王妃は呼吸するかのように自然に扱える。どれだけ不意を突かれても暴走するというのはアケィラにとって信じがたい話だった。
「強敵相手に慣れない強大な魔法を放とうとして失敗したのではないか?」
「もちろんその可能性もあります。ですが王妃様は非常に聡明で魔法に精通している方だと伺っております。そのような人物が焦って暴走させるだなど信じられないのです」
「俺も似たようなことを感じたことはあるが、実際そうなっているのだぞ」
「他の原因で暴走してしまったとしたらどうでしょうか。例えば強大な魔法を使ったタイミングで、それを意図的に暴走させてしまう方法があるとしたら」
「なんだと!?」
つまりそれは、これまで偶然の産物であるとされていた空間の歪みを意図的に作り出せるという話になる。そしてもしもその技術を教会が持っていたとしたら。
「まさか教会のやつら!」
「落ち着いて下さい。あくまでも仮定の話です」
「分かってる。だがもしそれが事実なら、教会と全面戦争したところで勝ち目はないぞ」
魔法で攻撃しようとしたら妨害され歪ませられ、しかも教会側は魔法を使い放題。あまりにも不利すぎる。
「問題はそれだけではありません。もしも私が教会の人間だったら、聖女様への聖力供給を枯渇ギリギリの状況にとどめ、戦争が始まって供給を止めたら即座に村が滅ぶようにしておくでしょう」
思わず国王は頭を抱えてしまった。
カロール村の修復には想定していた以上に多くの高い障害が待ち受けているという現実を突きつけられてしまったからだ。
「空間の歪みの対処、聖力不足の対処、他にもあるかもしれません」
「だがそれでもやらねばならん。そうしなければこの国は教会に蝕まれて地獄と化す。それだけは避けねばならぬのだ」
「お気持ちお察しいたします」
それは形だけでも言わなければならないと思い反射的に口から出た言葉だった。
だが国王はその言葉を重く受け止めた。
「本来であればこの国とは関係の無い他国の貴族であるお前に、重責を負わせてしまい本当にすまない」
「陛下!?」
なんと国王はソファーに座ったままだがアケィラに向かって深く頭を下げたのだ。
国王が身分の低い者へ頭を下げるだけでも問題なのに、相手は帝国の人間だ。帝国に頭を下げているということになり、政治的にあまりにも重大な行動だった。
だがそれでも国王は言わなければならないと感じたのだ。
それが人としてあるべき姿だと思っているから。
「どうか妻とこの国を救って欲しい」
誰も見ていないから良いというわけではない。
国王の行動には重い覚悟がこめられていた。
そんなものをぶつけられてもアケィラは面倒にしか思えない。
なんてことは無い。
「かしこまりました」
真剣な表情でアケィラは国王の想いを受け取った。
元々お人好しなのだ。
本気で困っているのであれば助けてあげたいと思うのは当然だろう。
そもそもアケィラは王妃が村に囚われているという状況に同情しているのだから協力しない訳が無かった。
「もっとお前と話をしたいところだが、やるべきことが出来た」
国王はそう言うと立ち上がった。
「それはお前にやる。だが開けたら何が入ってたかくらいは教えてくれ」
なんのことだと思い国王の視線の先を追うと、ダイスがあった。
真面目な話をしていたため、アケィラはダイスの存在を忘れていた。
国王が部屋から出ると、アケィラは深く溜息を吐いてからダイスを手に取った。
「何が入ってるもなにも、これ開けるの相当大変だぞ。こんなにカッチカチに固めた魔力なんて指向性付与したところで切り離せないし」
先ほどまで真面目な話をしていたのを忘れ、アケィラはダイスの開封に集中し始めた。
「いや待てよ。これも歪みの修正と同じか。圧縮してあるとはいえ、これも魔力の小さな粒の集合体なんだ。粒同士のくっつき程度なら指向性を付与させることで切り離せるはずだ」
空間と混ざり合った変異した魔力に対し、アケィラは変異した性質を元に戻して修正した。ノリィ王女には混ざり合った魔力のことをボールと表現したが、普段は粒として意識して視ている。今回はその魔力の粒に対して性質を変化させるのではなく、指向性を付与させようと考えた。
「だがすげぇ密度だな。一個一個付与してたら時間がかかりすぎるわ。指向性付与を一気に伝搬させる方法とかねぇかな」
アケィラはてのひらでダイスを転がしながら思考の海へと沈んだ。
「いけるな。魔力に指向性付与の性質を付与させてダイス全体に一気に浸透させれば…………うし、いけた!」
一つ一つの魔力に地道に処理をするのではなく、ある特定の処理をする魔力を生み出してそれを流し込むことで自動化する。その結果、ダイスがあっさりと分解されて中身を取り出すことが出来たのだった。
「種?」
中身は何かの種が入っていた。
植物には全く詳しくないため、それだけではそれが何なのか分からない。
「後で陛下に返そう」
ダイスの開封が終わると、今になって先ほどの私的謁見の精神的な疲れが押し寄せて来て、アケィラはソファーに深くもたれかけた。
「はぁ疲れた」
思考を休ませるために、目を閉じてぼぉっと考える。
「(ダイスの開封面白かったな。あんなに固い魔力なんて初めて見た。最初はどうやりゃ開けられるか見当も付かなかったが、考えれば分かるもんなんだな)」
否、普通は少し考えただけで解決案など思いつかない。
アケィラの発想力と、それを現実化する力が異常なのだ。
「(魔力に特定の性質を付与させて全体に伝搬させるのは便利そうだな。他でも色々と使えそうだ。カロール村のも魔力異常を治す性質を付与させた魔力を村全体にぶつけたら治ったりして。なんてな、ははは………………………………………………)」
一瞬、思考が止まった。
そしてその直後、猛烈に思考が回転し始めて思いついたことの実現性を検証する。
「行けるじゃん!」
ひょんなことから最大の問題であったカロール村の修正方法を思いついたアケィラ。
それはつまり教会との決戦の日が近くなったことを意味していた。




