30. 司書と封印された書物
「おお、すげぇ広いな。冒険者学校とは段違いな広さだぜ」
「お、おお、王都の図書館ですから当然かと」
露店を見終わったアケィラがやってきたのは王立図書館。
吹き抜けの三階建ての建物で、壁に備え付けられた棚に本がぎっしりと詰め込まれている。
「そうとは限らねぇぞ。帝国だと貴重な知識は独占すべきだってクソみたいな考えが根付いているから、図書館なんて初歩的な本しか置いてない小さな場所だったしな」
「ひ、ひひ、酷い話ですね」
「それでも国民がそれほど不自由してない様子を見ると、必要なのかどうか疑問に思う時もあるけどな」
圧政によりその日を生きるだけで精一杯な暮らしをしているならまだしも、帝国民の多くはゆとりのある生活を送っている。もしそこに高度な知識を与えたらより生活が豊かになるのだろうか。それとも勘違いして増長した人間が生まれ内乱の種になってしまうのか。政治に弱いアケィラには、いや、恐らく帝国の為政者達ですら分かっていない。
「しかし、これだけ多いと探すのも大変だな」
まずは探している本のジャンルを探さなければと、何処かにジャンル一覧が書いてないか探そうと思ったら、ある人物の存在に気が付いた。
「あれ、もしかして?」
するとその人物もアケィラの存在に気が付いたようで、ゆっくりと向かって来た。
眼鏡をかけた少し小柄な司書服の女性。
アケィラは彼女の名前を知らないが、良く知る人物であった。
「おひさし、ぶり、です」
「やっぱりお前だったか。久しぶりだな」
図書館なので小声で挨拶する二人の様子に、イゼは内心大混乱していた。
「(こ、ここ、この人はカミーラさんとトゥーガックスさんのライバルの人じゃないですかぁ! ど、どど、どうしてこんなことに!?)」
以前恩師がオープナーに顔見せに来た時に話題にあがった、冒険者学校でアケィラを狙っていた三人目の女性。カミーラ達は絶対にアケィラに会わせたくないと考えていたのに、不幸にも彼女達がいない場面で遭遇してしまった。
「(ど、どど、どうしましょう。この場を離れないとカミーラさん達に怒られちゃうかも。で、でで、でもどうやって!?)」
人付き合いが苦手なイゼが強引に会話に割って入って邪魔をするなんて真似が出来る筈が無かった。
「(カミーラさん、トゥーガックスさんごめんなさああああい!)」
それゆえ心の中で謝り状況を観察することしか出来なかった。
「卒業後に何処に行ったかと思ったら、ここで司書やってるんだな」
「はい。本が、好き、ですから」
「(細かく区切る特徴的な話し方をするのはアケィラさんの印象に残すためでしたっけ)」
「いつも図書館に居たもんな。懐かしい」
「(それってアケィラさんに会うためだそうですよ!)」
イゼはカミーラ達から彼女のことについて色々と聞いていて、裏話についても詳しかった。
「(あれ、ということはもしかしてここで働いているのも学校で図書館に通っていたアケィラさんが本を読みに来て会えるかもしれないと思ったから……ひぃ!)」
真実に気付いた瞬間、司書の彼女がイゼをスッと細い目で見る。
まるで『余計なことは言うな』とでもクギを指しているかのように。
卒業後に姿を消したアケィラと会うためには、アケィラが好きな本が多い場所で働けば良いと彼女は考え、そして本当に再会したのだ。好きな本を読むためではなく、依頼に必要だったから来たというところだけは違ったが、もしアケィラが王都に店を構えていたら色街ではなくこの図書館に通っていたかもしれない。それだけアケィラは学生時代に好んで図書館で本を読んでいたのである。
「それで、本日は、どのような、本を、お探しで?」
久しぶりの再会だからと言ってぐいぐい来ること無く、適切な距離感を保ったまま相手が望む質問をしてあげる。それこそが彼女の好感度向上作戦であり、アケィラは見事にその術中に嵌まっていた。
「魔力を視る練習に関する本を探してるんだ」
「魔力を、視る、練習、ですか。分かり、ました、こちらへ、どうぞ」
「助かる」
王城では空間の歪みを直す練習をするために、候補者となる優秀な魔法使いが集められている。彼らの魔力を視る力をより高める方法を求めて、図書館にやってきたのだった。
だがそのことにイゼが疑問を抱き、移動中にアケィラに質問した。
「あ、あのあの、本に書かれている内容ぐらいなら、魔法使いの皆さんはご存じなんじゃないでしょうか」
全員がそうとは限らないが、魔法を使いこなすために本を読んで勉強している人は何人もいるはずだ。
今更図書館で本を読もうとも、それは既知の指導方法であり効果が無いのではと思ったのである。
「だろうな。だから俺が知りたいのは本の内容そのものじゃないんだ」
「?」
「どうして皆が魔力を正確に視れないのかが、本を視れば分かるんじゃないかと思ってさ」
「??」
「はは、魔法が苦手なイゼには分からない感覚かもしれないな」
アケィラは魔力を正確に詳細に視ることが可能だ。
その精度は宮廷魔術師長よりも高いのだが、アケィラとしては何故他人が正確に視れないのかが分からなかった。その理由が魔力を扱うための一般的な練習方法にあると予想し、その練習方法が書かれた本を読めば原因が分かるのではと考えたのだ。
「つき、ました。この棚の、上から、二段目と、三段目。それと、他の段の、これとか、これのように、主テーマは、違いますが、該当する、内容が、書かれて、そうな、本もあります。いずれに、しても、この棚で、完結、していると、思って、くださって、構いません」
「分かった。じゃあとりあえず二段目と三段目の本を片っ端から読んでいくか。イゼはどうする?」
「ほ、ほほ、本をお持ちするの手伝います」
「それは助かるが、そうじゃなくて本を読んでいる間暇だろって話」
「え、ええと、大丈夫です。考えることがあるので気にしないでください」
「そうか? 暇だったら外に出て良いぞ。かなり時間がかかるだろうからな」
「お、おお、お気になさらずに!」
ここで司書から目を離したら後でカミーラ達に何を言われるか分かったものではない。置物でも良いのでしっかりと監視しておかなければと謎の義務感に突き動かされるイゼであった。カミーラ達と最近女子会をする機会が多かったから、彼女達寄りの心情になっているのだろうか。
アケィラは大量の本と共に読書スペースへと移動した。
腰を下ろしてさぁ読むかと気合を入れたら、その隣に司書の彼女が座った。
「学校の、時の、ように、何か、あれば、遠慮なく、聞いて、下さい」
「マジか。すげぇ助かるが、司書の仕事は良いのか?」
「ご覧の、通り、来場者が、少ない、ですし、私、以外にも、司書は、おります、ので」
「ならよろしく頼む。お前が居てくれるなら百人力だ」
「(う、うう。完全にアケィラさんの心を掴んでますぅ)」
冒険者学校の時代にコツコツと好感度を稼いだ結果である。
司書の彼女は異性としてアピールするのではなく、信頼を得ることに注力した。アケィラを落とすならばその方が効果的だと判断したからであり、それは正しかった。
それからしばらく、アケィラはひたすらに本を読んだ。
真剣に読んで読んで読んで読みまくり、速読に近いペースで二十冊程を読み終えて一息つく。
「ふぅ、なんとなく分かって来たぞ」
伸びをして考えをまとめながら、なんとなく周囲を確認すると、正面でイゼがフルプレートメイルを着たままうたた寝をしていて、右隣では司書が一冊の本を開き魔力を纏わせた指を添えていた。
「何してるんだ?」
本を読むのに何故魔力が必要なのかと不思議に思ったアケィラはつい話しかけてしまった。それこそが司書の罠だとは知らずに。
「こちらの、本は、最近、入荷したの、ですが、開かない、ページが、あり、まして、手前の、ページに、封印を、解く、鍵が、あるそうで、特定の、文字に、魔力で、触れる、ということは、分かるの、ですが、どの文字、なのか、分から、ない、ので、調べて、ます」
「へぇ面白そうな本だな」
アケィラが興味を持ちそうな本を敢えて用意し、アケィラが興味を持ちそうな行動をすることで、向こうから話しかけてもらうテクニックだった。
「いつも世話になってるし、俺が解読してやろうか?」
「良いの、ですか?」
「当然だ。なんてな、俺がこういうの好きだって知ってるだろ。やってみたいんだよ」
「ふふ、なら、お願い、します」
和やかだ。
あまりにも和やかだ。
カミーラ達ではこうはいかない。
まだ親友のような関係ではあるが、男女の友情などいつ恋愛に発展するか分からないのだ。恋愛戦線では完全に彼女がリードしていた。
「おお、本当だ。後半のページが魔力で封印されてる。こういうのもあんのか。面白れぇな」
本をひらく。
開けるとはニュアンスが違うが、閉じられているものを開く行為はオープンに近しいものがある。実際、決戦の時に罠の魔導書を開いたこともあるし、アケィラの中ではオープナーとしての作業として認識しているのかもしれない。
アケィラはペラペラと読める部分を速読し、暗号解読に挑んだ。魔力で強引に突破することは可能だが、それではつまらないと判断したのであろう。
「ここってこういうことかな?」
「それは、やって、みた、けど、違った」
「ならこうか?」
「ありえる、かも。なら、これは?」
「おお、面白い発想だな。だとするとこういうのもあるかも」
普段は一人で仕事をするのに、この本に関しては司書と相談しながら作業をしている。
冒険者学校時代で本の内容についてこうして議論や相談をしあった経験から、自然とそうしてしまった。
仲睦まじい様子について残念ながらイゼは寝ていて気付かない。
尤も、起きていたとして会話に混ざって邪魔をする勇気など出やしないが。
「分かった。裏表紙の絵がヒントになってるんだ。これをこうして……」
時間をかけて楽しく解読した結果、本の封印は解けて後半のページが読めるようになった。
「そういやこれって何の本なんだ? 前半部分は意味が分からない話ばっかだったが」
「大昔の、著名な、魔導士が、記した、歴史書、らしい」
「歴史書?」
「しかも、独自の、言語が、使われてる」
「じゃあせっかく開いたのに後半は俺じゃ読めねーな」
「面白い、ことが、書いて、あったら、後で、教える」
「なら頼むわ」
さりげなくまた会う約束を取り付けた司書であった。
「んじゃ俺はそろそろまたこっちの作業に戻るわ」
「頑張って」
「おう」
何故人は正確に魔力を視れないのか。
その原因を推測出来たアケィラは、その推測が正しいことを確認するために更に本を読み始める。
その隣では幸せそうに本を読む一人の司書の姿。
「(絶対にアケィラをモノにして抱いてやる!ぐへへへ!)」
彼女の内面が超肉食系であることをアケィラはまだ知らない。




