29. 勇者パーティーの戦士と失敗作の武器
「へぇ、中々に賑わってるじゃないか」
「そ、そそ、そうですね」
「…………」
「…………」
せっかくアケィラが話を振ったのに会話が全く続かない。
それもそのはず、今日は人と話をするのが苦手な勇者パーティーの一員、イゼと二人っきりなのだから。
王城からひとまず解放されたアケィラは、店には戻らず王都に滞在している。国王からの依頼である空間の歪みを他の人も直せるように指導するためであり、その指導に必要な情報を求めて王都を観光がてら散策していたら、イゼがついてきた。
「勇者君と仲良くなったことで少しはマシになったかと思ったが、全然変わって無いのな」
「す、すす、すいません。やはり慣れない人が相手だと緊張しちゃって」
「よくそれで俺についてこようだなんて思ったな」
「で、でで、でも今日は私しか同行出来ないので」
姉は貴族とのパイプ作りの仕事で忙しい。
先代と勇者とイナニュワとミュゼスゥとトゥーガックスは魔法が得意な人材ということで王城に呼ばれている。空間の歪みの修正に必要な能力の一つは魔力を正確に観測できることだとアケィラが示したため、優秀な魔法使いを集めて確認と訓練を行っているのだ。
老紳士は先代についている。
カミーラは国からの指名依頼を受けて王都から離れている。
ノリィ王女はまだ外出許可が出ておらず城の中。
ということで、大人数で王都に来たものの残ったのが戦士のイゼだけだった。
「無理して同行する必要なんかまったくないのに」
「あ、ああ、安全のためです。私がアケィラさんを守らないと」
「(絶対いらねぇ。間違いなく超強い連中が警護してるだろうしな)」
自分がどれほど貴重な人材であると思われているのか、アケィラはそれが分からないほど鈍感ではない。むしろこうして護衛なしで街を歩けるということが奇跡的とすら思っている。
「(直接警護しないのは、店に戻った時のことを考えているのかもな)」
国王の依頼を完遂し、第三王女と共にオープナー・フルヤに戻ったら、国の護衛部隊もセットでやってくるはずだ。だがその護衛部隊が四六時中物々しく二人を警護していたら店に客なんかやってきやしない。ゆえに陰ながら警護してアケィラに客が接しやすい環境を作る必要があり、その練習をしているのだろうとアケィラは想像していた。
「まぁイゼならいいけどさ」
「そ、そそ、それはどういう?」
「他の奴らみたいに煩くないから楽だってことさ」
会話が苦手であるから無理して話しかけて来ない。
ただ隣で歩いているだけなのは、人によっては気まずく感じる人もいるだろうが、アケィラは全く気にしないタイプだった。
しかもイゼは冒険者学校時代は今より人見知りが激しく、アケィラに対して悪意を向けるなんてことも無かったし、その逆で好意的に積極的に接してくることも無かった。面倒事をもってこない貴重な人物だとアケィラの中では思われている。
「お、露店だ。少し見ていくか」
通りを歩いていたら、露店がずらっと並んでいた。どうやら王都の露店市は広場ではなく通りに露店が並ぶ形式になっているらしい。
「流石王都の露店だ。品揃えが良いな」
アケィラはいくつかの店に立ち寄り、素材らしきものを購入する。
国王の依頼に関係している物なのか、個人的に欲しかっただけの物なのかは不明だ。
ちなみに女性向けのアクセサリーの類は完全にスルーしている点、彼の中でのカミーラ達の立ち位置は残念と言わざるを得ない。
「イゼに良さそうな武器が売ってるぞ」
王都の何処かの工房が露店を出しているらしく、その中には大剣や大斧などのサイズが大きな武器防具が売られていた。フルプレートメイルを常に装備しているイゼは、そのせいで全身の筋力が育ってしまったのか、女性ではあるがかなりの力の持ち主なのだ。
「は、はは、はい。これとか欲しいかもです」
刀身がマグマのように真っ赤な両刃の大剣。
ミュゼスゥがそれを指さしたら店員のオッサンが慌てて声をかけてきた。
「おっと待ちな。それに触れちゃアカン」
「え?」
「刀身に触れたら大爆発を起こしちまう」
「そんな危険なものを露店で売るなよ!?」
慌ててイゼが手を引っ込め、アケィラがついツッコミを入れてしまった。
「はっはっはっ、周囲に魔力防壁を張ってるから万が一があっても大丈夫さ。触った奴以外わな」
確かにその剣の周囲には魔力防壁が張られている。だがその防壁はあまりに厳重ではなかろうかとアケィラは訝しむ。
「これ、敵に触れた瞬間に爆発して攻撃するってコンセプトなんだろうが、どのくらいの威力なんだ?」
「持ち主がダメージを負うくらいかな」
「ダメじゃん!」
攻撃したら敵も自分も傷つく武器だなど、欠陥品である。
「そう、ダメなんだ。だからこれは失敗作で売り物じゃねぇ」
「ならどうして店に並べてあるんだ?」
「これは俺の馬鹿弟子が作った武器でな」
「お……俺です……」
オッサンの背後に若いガタイの良い男性が立っているが、気落ちした表情だ。彼が弟子なのだろう。
「あまりにも酷い失敗作だから、興味を持った客に見せてダメ出ししてもらおうと思ってな」
「えぐいことするな」
「自分の作品の世間一般での評価を知り、過ちを正しく理解することが大切なんだよ。特にこいつは妙なことを考えて使えない武器ばかり作ろうとしやがる。少し痛い目みせないと成長せん」
「そんなものか」
師匠と弟子の関係に部外者のアケィラが何かを言うつもりは無かった。
当然失敗作ならイゼも不要だろうと判断した。
「あ、あのあの、この剣、売ってもらえませんか?」
「え?」
「え?」
しかしイゼは、失敗作であるその剣を欲しいと願ったではないか。
「おいイゼ。本気で言ってんのか?」
「は、はは、はい。私なら自傷ダメージを受けませんから」
「あ~その鎧か。確かにその鎧なら平気かもしれんな」
どこで見つけた装備なのか、彼女が装備しているフルプレートメイルには物理と魔法の双方の防御性能を大幅に高める効果が付与されている。刀身に宿る魔力は大したものではあるが、それが間近で爆発したところで確かにイゼ本人はダメージを受けないだろう。
「わ、わわ、私は魔法が使えないので、魔力攻撃が可能な武器が欲しいんです」
「魔法が必要ならパーティーメンバーに任せれば良いだろ。適材適所だ」
「は、はは、はい。分かってます。ですが、物理無効の敵だらけの場合、やれることがないのが悔しくて……」
「物理無効、か」
イゼの希望を聞き、アケィラは何かを考え込む。
しかし考えが纏まる前に店主が話しかけて来た。
「残念だが止めといた方が良い。柄の部分を見てみろ」
「あ、あれあれ、大きすぎる?」
本来剣の柄があると思われる場所は、金属製の大きな直方体で囲まれていた。手の形よりも大きく、これでは手で握ることが不可能だ。
「盗難防止だとかで持ち主登録をした人間しか使えないようにしたかったらしい。持ち主がここの面に触れると横にスライドして中の柄を握れるって仕組みだ。だがこの馬鹿、スライドさせるはずが全面を溶接しちまって、どうやっても柄を握れなくなっちまった」
つまり剣として普通に振るうことが不可能ということだ。
「あ、あのあの、間違えて溶接しちゃった場所を直すことって出来ませんか?」
「無理だ。その部分を切り離す時に生じる火花で刀身が爆発する可能性が高い」
「な、ならなら、私が力づくでここを破壊して柄を露出させれば良いんですよね!」
「おいおい、そこまでしてこのポンコツが欲しいのか? 仮に柄を露出できたとしても、触れたら爆発する剣なんて持ち運ぶのが大変だぞ。鞘を用意するにもこの魔力を抑えられる鞘だなんて超高価になっちまう」
「そ、そそ、それでもこの破壊力は魅力的なんです」
どれだけネガティブな話を聞かされてもイゼは退こうとはしなかった。冒険者学校時代ではとっくに引き下がっているだろうに、こうして粘れるのは彼女が成長した証なのだろうとアケィラは感じた。
「イゼ、この人が言う通り、持ち運びは大事だぞ。何か考えがあるのか?」
「そ、そのその、私は他にも同じような剣を持っていて、それに使う鞘の予備を使えると思います」
「サイズとか大丈夫なのか?」
「は、はいはい、どんな剣にも自動でフィットしてくれるすごい鞘なんです。勇者様が用意してくださいました」
「なにそれ勇者君すげぇな」
爆発を抑えてくれる鞘がすでにあるというのであれば、残された問題は一つ。
柄の部分だ。
「なら俺が柄のところを開けてやるよ」
「え?」
「店主。失敗作だってならこれ貰って良いよな」
「え!? あ、いや、その」
「金が欲しいならイゼと相談しろ」
売れる訳が無いと思っていた失敗作が売れると思ったらお金が欲しくなるのが人ってものだ。アケィラは金には無頓着であるため、翻意されようが気にしなかった。
「その間に、ここ取り外すけどいいな」
「やってくれるなら助かるが、爆発はさせないでくれよ」
「誰に物を言っている。俺はオープナーだぞ」
「オプーナ?」
「オープナーだ、馬鹿」
アケィラは店主との会話を打ち切り、剣の持ち手の部分に手を伸ばす。
そして指先から王城でも見せた極細の魔力の線を生み出した。ただしその性質は王城で見せたものとは違い、触れたものを切断する効果がある。
それを誤って溶接してしまった部分に触れさせ、まったくぶれる様子無く一直線に移動させる。
この場に魔力を正確に視れる人物がいたら、そのあまりの直線移動の綺麗さに感嘆することだろう。残念ながらそのような人物は王城に呼び出されてしまっているが。
フリーハンドで直線をかける程にアケィラは器用であり、それは魔力操作においても同じだった。
「ほい、完成」
パカっと一面が斬り落とされ、中の柄が露出された。
「他の面も不要だったら斬り落としとくけど?」
「い、いえいえ、これで十分です。他の面は強化して、防御に使います」
「なるほど。そういう使い方も出来るのか。邪魔かと思ったが、持ち手のガードにもなるんだな」
ということは、これ以上アケィラがやることは無いだろう。
「な、なんだこの綺麗な断面は!? やすりで整えていないのにツルツルじゃないか!?」
驚愕している店主を無視してアケィラはイゼに確認する。
「それで金はどうなった?」
「ぶ、ぶぶ、無事に購入出来ました」
「そりゃあ良かった」
「あ、あのあの、ありがとうございます!」
「このくらい気にすんな」
普段のぶっきらぼうな様子しか知らないイゼは、アケィラの親切な様子に驚いた。
だがこれこそが彼本来の姿なのだ。
面倒事を持ち込んでくる連中ではなく、普通の相手であればアケィラは普通に優しく対応してくれる。
「(もし勇者様より先にアケィラさんに出会っていたら私……)」
心も体もすでに勇者に捧げており、それは変わることは決してない。
だがそれでもイゼは自分が面倒な人になってしまう未来もあったのかもしれないと思うのであった。




