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異世界オープナー  作者: マノイ
王族になんて関わりたくない編

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28. 謁見と空間が歪んだ何か 後編

「(空間が歪んでる。魔力暴発に巻き込まれたナニカか)」


 丸い球状の魔力で包まれたそれは、空間ごと(・・・・)ぐにゃりと歪んでいて、元の形が分からない。


「(直接触ると危ないから魔力で覆って守っている訳か。均一で綻びも無い良い魔力だな)」


 ついいつもの癖で対象を分析し始めてしまったが直ぐに思い至る。ここは謁見の間なのだと。


「分かりました。でもここで魔力を使うと問題になりますので、後でよろしいでしょうか」

「直せるの!?」

「はい。恐らくは」


 オープナーの仕事とは違うが、可愛い幼女のためならば助けてあげるのがアケィラという男だった。


「嘘よ!」


 なごやかに会話する二人に向けて、強い敵意のようなものがこめられた否定の言葉が投げつけられた。

 前方に立っていた宮廷魔術師長の女性が、柔和な笑みを消して怒りの形相でアケィラを睨んでいた。


「直せるわけないじゃない!」

「はぁ……多分大丈夫だと思うのですが……」

「馬鹿な事言わないで!それは」

「待て」


 激昂する彼女をある男がたった一言で止めた。

 驚きから復活した国王である。


 これまで一言も発しなかった国王が、宰相を通さず直接アケィラに話しかける。


「本当に直せるのか?」

「はい」

「どのくらいかかる」

「五分もあれば」


 アケィラとしては事実を伝えただけなのだが、その答えに大きく反応したのは宮廷魔術師長。


「ふざけるなああああああああああ!」


 より一層激怒し、今にもアケィラに攻撃魔法を放ってしまいそうだ。


「私達がどれだけそれを……!」

「待てと言っているだろう」

「ですが陛下!アレを五分で直すだなどと世迷い事を言われては黙ってはおれません!」

「これは命令だ。黙れ」

「っ!」


 どれだけ納得が出来なくとも、王命と言われてしまえば黙るしかない。

 強引に相手を抑え込むような王命を放ってしまえば臣下の心が離れてしまう危険性が高いが、それでも国王は王命発動を迷わなかった。


「五分待つ。この場でやってみせろ」

「魔力を使っても良いのですか?」

「ああ」


 何がどうなっているのか分からないが、国王から許可が出たのであれば問題無いだろう。


「それじゃあ直しますね」


 アケィラは再びノリィ王女の方を向き、彼女が手にしたナニカに手をかざす。

 そして己の魔力でそれを包むと宙に持ち上げ、まずはナニカを守っていた球を消滅させた。


「!?」


 魔法に聡い者ほど、アケィラの今の行動に驚いた。包んでいた球は強固な封印となっていて、外部からの魔力の刺激程度では簡単には消せないものだからだ。


 最も驚いたのは、その球を生み出した人物。

 宮廷魔術師長。


「(一体何をしたの!? 私の魔法があんなに簡単に消されるなんて!しかもこんなに近くで見ているのにやり方が分からないなんて!)」


 国王に黙れと言われているせいで、心の中で器用に驚愕していた。


 そんな周囲の状況など無視して、アケィラはナニカの修復に取り掛かる。


「へぇ、頑丈に融合してるじゃん」

「融合?」

「ああ、魔力が暴発すると、ある条件を満たした時だけ空間と魔力が融合し、暴走した魔力に引っ張られる形で空間がこんな風に歪んでしまうことがあるんだ」

「へぇ、そうなんだ」


 普段は集中して仕事しているため独り言をつぶやくだけなのだが、今回はノリィ王女の質問に丁寧に答えてあげていた。恐らくは頭のどこかで熱中しすぎたら失礼なことをするかもしれないと自制がかかっているのだろう。だがその自制が中途半端であるが故、普段の言動のままノリィ王女と会話するという失礼なことになっていることに気付いていなかった。


「俺の話が分かるのか?」

「うん」

「その歳でか。ノリィ様は優秀だな」

「えへへ」


 魔力操作に集中していなければ頭を撫でてしまいそうな雰囲気だ。

 そんな二人の様子を周囲の人々は咎めることなく見守っている。危険な空間異常が王女の近くにあるため、大声を出して驚かせて万が一にでも王女が怪我をしたら大問題になると分かっているからだ。


「それじゃあやるぞ。よ~く見てな」


 アケィラはナニカを包んだ魔力から細い魔力の線を生み出して近づける。王女様に見せたものよりも遥かに細く、魔力を目視可能な人物であっても集中して見なければ分からない程の細さだ。


「(なんて魔力操作なの!? あんなに細い魔力なんて私でも作れないわよ!?)」


 驚愕から戻って来れない宮廷魔術師長だが、本当に驚くべきはここからだった。


「これは魔力と空間が融合している。水に絵の具を混ぜると水の色が変わるようなものだ。だがどちらも二つがくっついて別の物になったって訳じゃない。極小の二種類のボールが混ざり合ったってイメージが正しいかもな」

「くっついてないなら空間は元に戻らないの?」

「良い質問だ。変異した魔力は空間と混ざり合った後、強固にその場に留まる性質があるんだ。だから空間が元に戻ろうとしても魔力が通せんぼしているから元に戻れない。これに触ると怪我するのは、空間が元に戻ろうと頑張っているから」

「へぇ~そうなんだ」

「(なにそれそんな話知らないんだけど! どうしてそんなこと知ってるのよ!)」


 しかしアケィラの説明だと、その場に留まる性質がある魔力を、どうして持ち運び可能なのかという点について説明がつかない。そこは難しい話なので省略しただけなのだが、その疑問を抱けるほどにレベルが高い人物はいなかった。後ろでニコニコ見ている姉だけは気付いているかもしれないが。


 宮廷魔術師長の顎を外しそうな程に驚かせたアケィラは、極細魔力で魔力という名前のボールに接触する。


 通常では視認することが不可能なはずの極小の魔力を、アケィラはどうしてか視ることが可能だった。


 そしてその魔力の性質を固定から自然なものへと書き換える。


 視ることも、触れることも、書き換えることも、いずれも常識では考えられない出来事であり、宮廷魔術師長がこれは夢ではないかと思い始めてしまった。


 だがこれは現実だ。

 アケィラによって元の性質を取り戻した魔力は自然界に散らばり、歪んだ空間は徐々に元に戻ろうと動き出す。


「すごい豪華な宝石箱だな」


 元に戻った空間から出て来たものは、これまでに見たことが無い程に豪華な宝石箱だった。

 ひとかけらだけで豪邸が立ちそうな程の高価な宝石が至る所に埋め込まれているのに、不思議と嫌らしさを感じない見事なデザイン。流石王族の持ち物と言ったところだろうか。


 アケィラはそれを手にして、空間異常が残っていないことを確認するとノリィ王女に手渡した。


「はいよ。丁度五分。修理完了だ」

「ありがとう!」


 ノリィ王女が満面の笑みでそれを受け取る姿を微笑ましく見ながらアケィラは思う。


「(あれが箱なら、空間異常で歪んで開かなくなっていた箱を開けるための作業をしたってことになるな。結局オープナーとしての仕事だったか)」


 何故そこまでオープナーに拘るのかは謎である。


 そんな大して意味の無いことを考えていたら、ノリィ王女は箱を手に国王の方へと走り出した。


「お父様。これ、壊しちゃってごめんなさい」


 どうやら豪華な宝石箱は自分のものではなく、国王のものだったらしい。


「気にしなくて大丈夫だと言っただろう?」

「でもこれ、お父様がお母様から頂いた大事なものが入っているから……」


 王女が感情を閉ざした理由の中には、大切な人の大切な物を壊してしまった負い目もあったのかもしれない。あまりにも申し訳なくて、家族に笑顔を向けてあげることが出来なかった。


 だがその笑顔をアケィラが取り戻した。

 魔力を暴発せずに使わせてあげて、壊してしまった大切な物を修理することで。


 国王は宝石箱に己の魔力を吸い込ませた。すると宝石箱の蓋がゆっくりと開く。

 中には一対の指輪が収納されていた。


 宝石箱には登録者の魔力に反応してロックが解除される仕組みがなされていた。だがそれを魔力を注ぐことで開くのだと勘違いしたノリィ王女が、綺麗な指輪を見てみたいと思いこっそりと開けようとして魔力が暴発し、空間異常を起こしてしまったのだった。


「アケィラ・フルヤよ」

「は!」


 指輪が無事であることを確認した国王は、アケィラに顔を向ける。

 その顔は国王としての顔ではなく、慈愛に満ちた父親の顔だった。


「これを修理してくれたこと、そして娘の希望を叶えてくれたこと、感謝する」

「ありがとう!」

「え?え?」


 王族二人が、臣下の前で一人の平民に頭を下げる。 


 決してあってはならないこと。

 だがこの状況を見て誰もその行いが不適切なものだとは思っていなかった。


 感謝を伝えられたアケィラを除いて。


「(マジかよ。あいつ陛下に頭を下げさせやがった。信じらんねぇ)」

「(流石私のアケィラちゃんね)」


 先代領主はこの光景に恐れ戦き、姉は胸を張って喜ぶ。


「(嘘よ。こんなの嘘よ。ありえないわ。私達の悲願がたった五分でなんて……)」


 そして宮廷魔術師長は驚愕からまだ戻って来れないのであった。




「アケィラ・フルヤよ。改めて問おう。どのような褒章を求めるか」


 先ほどと全く同じ問い。

 しかしその問いは宰相からではなく国王本人の口から放たれたものであり、その重さは段違いだ。


「それは……」


 ただでさえ答えが見つかっていないのに、よりプレッシャーをかけられたら何も言える訳が無い。

 アケィラは必死で頭を回転させるが、出てくるのは冷や汗ばかり。


 だが娘を救ってくれた恩人を困らせる気など国王には無かったらしい。


「ではこういうのはどうだ。ノリィの魔力教師をしてみないか?」

「魔力教師、ですか?」

「うむ。ノリィは体内に膨大な魔力を抱えているが、それをうまく使いこなすことが出来ないでいる。それを使えるように教えてあげて欲しいのだ」


 王族お付きの教師という立場は、十分に褒章に値する栄誉あるものだ。帝国の関係者が王国の王族と仲良くするということは火種になりかねないが、国王自らそれを提案して来たということは何とかするつもりがあるのだろう。


「(悪くはないな)」


 アケィラはノリィ王女に視線を向けた。


 彼女はワクワクドキドキといった期待の眼差しでアケィラを見ている。明らかに歓迎ムードであり、これまでノリィ王女に優しく接していたアケィラが彼女の期待を受けて断りたいだなど思う訳が無い。


 しかし問題はある。


「(だがこれは俺に褒章を与えているようで、陛下の依頼でもある。それを単に受けるだけだとすると褒章としては弱い気がする)」


 褒章だというのに、仕事を押し付けているだけではないか。

 国王の資質を貴族達に疑われて内乱に巻き込まれるだなど以ての外だ。


 ゆえに追加の褒章を求めなければならない。


「身に余る光栄です。全身全霊をこめて務めさせて頂きたく思いますが、追加でお願いしてもよろしいでしょうか」

「言ってみろ」

「私はオープナーとして店を構えております。そちらのお客様を蔑ろにするわけにはいきませんので、魔力教師の業務は私の店で実施してもよろしいでしょうか」


 王女と関わることで面倒ごとに巻き込まれるかもしれないのは仕方ない。

 だが少しでもその可能性を減らすために、面倒事が多く発生しそうな王都から離れた場所に逃げてしまいたい。


 もちろん王城から出た王女を狙う輩は出てくるだろう。

 だが娘を愛する国王は娘を守るために万全な態勢を敷くに違いない。


「(俺も一緒に守ってくれよな。陛下)」


 姉がこっそり守ってくれたように、それこそ最強レベルの守りを寄こしてくれるはず。厄介なことに巻き込まれる前に、その連中が対処してくれるだろう。


 徹底的に守られながら、のんびりと店を開き、王女の相手をしてあげる。

 しかも貴族からのアプローチは現領主が盾となってくれる。


 これ以上ない程の平穏がそこにはある。


 もちろん国王とノリィ王女がこの望みを受け入れてくれたら、という話だが。


「…………」


 国王は目を閉じて、アケィラの申し出についてじっと考える。

 そんな国王に向けて肝心のノリィ王女がお願いする。


「お父様。私、行ってみたい。城の外の世界も勉強したい」


 家族と離れ離れになることをノリィが寂しがるかと思いきやノリノリだった。

 これで障害がまた一つ減った。


「良いだろう」


 ノリィ王女のお願いがトドメだったのか、あるいは最初から認めるつもりだったのか。


 国王はアケィラの望みを認めた。


「(よっしゃ!)」


 これで平穏が戻ってくる。

 内心で狂喜乱舞するアケィラだが、そう甘くは無かった。


「だが一つ条件がある」

「!?」


 その条件次第では平穏など絶対にやってこなくなる。

 ここ最近の流れからアケィラは嫌な予感を覚えてしまう。


 だが国王からの条件は、良いとも悪いとも言えない微妙なものであった。


「しばらく王都に滞在し、城の者に空間異常の修復法を伝えて欲しい」


 空間異常は宮廷魔術師長ですらも直すことが不可能とされている。だが直すために毎回アケィラの力を借りるのは、アケィラにとって負担になるし店や教師の仕事に支障をきたすだろう。ゆえにアケィラの力を借りずに自力で空間異常を修復できるようにしたいとの思惑である。


 それだけならアケィラにとって問題は無かった。

 面倒そうな王都からは一刻も早く離れたかったが、観光をしてみたい気持ちもあったからだ。


 だが国王の条件はそれだけではなかった。

 むしろそちらの方が本命と言っても良い。


「そして、カロール村の空間異常を修復して欲しい」


 その瞬間、謁見の間全体の空気がピリっと引き締まった。


 列席している貴族達、先代領主、アケィラの姉、宰相、宮廷魔術師長、騎士団長、近衛兵、ノリィ王女。


 全ての人の顔がこわばり、状況に翻弄されて困惑していた瞳が鋭く変化する。


「は!かしこまりました!」


 そしてそれはアケィラも同じであった。

 演技ではなく、珍しく本気で他者の言葉を真摯に受け止め、面倒だとか逃げたいだとか、そんなことは全く考えずに反射的に跪いた。


「その重責、必ずや全う致します!」


 カロール村。


 それはこの国にとって、それだけ特別な意味を持つ存在だった。


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― 新着の感想 ―
取り込まれたというのかなんというか。王都からは離れながらも、王家とはずぶずぶになっていくのですね。 そしてまた仕事を仰せつかりましたが。はたしてみんなアケィラのようなことができるんでしょうかねえ。そし…
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