27. 謁見と空間が歪んだ何か 前編
五話区切りで話を進めるつもりが、本話が長くなりすぎたので分割になりました。
よって本章は一話だけ多くなるかもしれません。(後半で調整入れる可能性もあり)
「謁見の準備が整いました」
アケィラが待機室で寛いでいたらメイドがやってきた。
「ついにこの時が来たか……」
渋々と立ち上がり、全身鏡で身嗜みを確認してから部屋を出る。
「そういや王女様に待っててって言われたが、陛下を待たせるわけにはいかないし仕方ないよな」
控室にやってきたノリィ王女の心の扉を開き、魔力を使ってたっぷりと遊んであげていたらノリィ王女は突然何かを取りに部屋から出て行った。タイミング悪く、その間に謁見の呼び出しが来てしまったのだ。
どちらを優先すべきかなど決まっている。
アケィラは王女のことを頭から追い出して、謁見に全ての意識を注いだ。
謁見の間は豪華絢爛かと思いきや、割とシンプルな作りだった。と思ってしまうのはアケィラが帝国出身だからだろうか。煌びやかにより格を主張する帝国とは違い、機能美を重んじる王国であるためか不要な飾りつけはなされていない。もちろん、柱も絨毯も壁も扉も陛下が座る椅子も何もかもが超高級品であるのだが、嫌らしさを感じない厳かな作りになっている。
そんな謁見の間に、アケィラは一人で入った。
「(何で貴族がこんなに沢山いるんだよ!)」
国王が待つ最奥に至るまでの間に、左右に多くの貴族が立ちアケィラの一挙手一投足を真剣に見つめていた。
アケィラは国から書状を受け取ってすぐに王都へ向かい、謁見も待たされること無く開始された。貴族の大半は王都ではなく己の領地にいるはずなのに、まるで国中の貴族が集まったかのような盛況っぷり。集まる時間など無かったはずなのに、どれほど無茶をして急いでアケィラを見に来たのか。
改めて己がどれほど注目されているのかを理解させられて頭が痛いアケィラであった。
「(先代もいるじゃねーか。何が招待されてねぇ、だよ)」
アケィラの仲間として招待はされていないので間違ってはいない。貴族側として参加しているだけ。息子からアケィラのことを頼まれている以上、謁見の場をスルーなど出来る訳が無い。
「(姉さんもいるのか。そっちはなんとなく予想はしてた)」
貴族の奥の方でヘラヘラ笑いながら手を振っているエィビィの姿が目に入った。本来であれば王国にとって賓客とすべき帝国貴族の当主であり、しかもその弟が謁見をするのであればこの場にいてもおかしくは無い。むしろもっと好待遇で前の方にいるべきである。
落ち着きがなくキョロキョロとしすぎるのは印象が良くない。それゆえアケィラは観察はそれくらいにして正面に意識を割いた。とはいえ、顔を少し俯かせて前を見ないようにしているため、国王の姿は確認できない。
アケィラは指定の場所まで移動すると、腰を落として深く頭を垂れた。
実は効率化を重視する最近の王国では、謁見の場においてこのような畏まる姿は不要とされている。威厳を示すための儀式は大事ではあるが、それをやりすぎで本来為すべき議論に時間を割けないのは愚かという考えによるものだ。謁見者の態度に一々国王が許可を出すのが面倒だという話でもある。
だがアケィラはわざと帝国式の畏まったやり方を選んだ。
それは自分が帝国の関係者であることをアピールし、王国の思い通りになど簡単にはならないぞという意思を暗に伝えるため。
そんなアケィラに前方から声がかけられた。
「ここは王国だ。そんなに畏まらなくても良い」
「は!」
ここは王国だ。
わざわざその文言をつけてくれたということは、アケィラと帝国の関係は理解していると答えてくれたということだろうか。
アケィラはゆっくりと立ち上がって前を見た。
「(若いな)」
国王の歳は四十歳前後と言ったところだろうか。髭は無く精悍な顔つきで目には鋭さと優しさが同居する。まさに働き盛りと言った感じで、どっしりと座る様子からはこの人物ならば正しく治めてくれるだろうという妙な安心感がある。唯一の欠点は、頭上の王冠が致命的に似合っていないことくらいだろうか。
帝国では皇帝が年寄りになっても引退せずに働く傾向がある。それゆえ帝位を引き継ぐ時には、子供は十分に歳を経っており五十や六十の新皇帝が誕生することなど日常茶飯事。四十歳の国王をアケィラが若く感じたのはそれが理由である。
「(隣にいるのが宰相か。こっちはまぁまぁの歳か)」
小柄で皴が目立つ顔。髪はほとんどなく、耳元から後ろにかけて真っ白な薄毛が残るのみ。
若くて勢いのある国王に、深い知識と冷静さを併せ持つ宰相の組み合わせは意図的なものなのかもしれない。
「(その隣は宮廷魔導士長かな。視なくても魔力量が尋常じゃないのが良く分かる)」
高級そうな白と青が混じったローブを着ている若い女性。ただし女性の場合は見た目が若くても実際のところは分からない。にこやかに笑っているが、その裏でアケィラの魂まで解析しているのではと思えるほどの悪寒を感じ、アケィラはすぐに目を逸らした。
「(他は騎士団長に近衛兵が沢山。物々しいのは普段の謁見がこうなのか、それとも俺が危険人物扱いされているからなのか)」
あるいは武力により強引に言うことを聞かせる気なのか。
どちらにしろここで暴れる気など毛頭ないので気にしないことにした。
「アケィラ・フルヤ」
「は!」
立ち上がったアケィラに声をかけたのは宰相だった。声質から、先ほど畏まるなと伝えたのも彼だったことが分かる。また、年齢の割に言葉が力強くはっきりと聞こえるのも特徴的だった。
「そなたは魔王軍との決戦の際に、以下の成果を果たした。一つ、優秀な人材の紹介。一つ、希少な食材の提供。一つ、有効な作戦の補助。一つ、街の大規模破壊の阻止」
最後の一つ以外は全く意図していなかったのだが、ここでそんな反論をしてより面倒な状況にする勇気などもちろんない。
「これらのいずれか一つでも欠けていれば、大きな犠牲は避けられなかったであろう」
「(面倒だとか関係なく、マジで普通に仕事しただけだから褒められても困るな)」
自分から積極的に戦争に関わり人々を守ったならまだしも、店に持ち込まれた仕事を楽しくこなしただけ。それなのに最大級に褒められたら居心地の悪さを感じてしまうのはアケィラでなくてもそうかもしれない。
「また、決戦での被害の最小化が国賊コゥカの企みを白日の下に晒すことにもつながった」
「(そのせいで知らないうちに逆恨みで命を狙われたがな!)」
この件に関しては完全に予想外であり、可哀想な被害者ムーブをしても怒られないだろう。
「コゥカが公爵となり国の中枢に侵食したならば、この国は大混乱に陥り未曽有の危機に発展していたことは想像に難くない」
「(分かってたなら先に潰しておけよ)」
証拠が無いのなら仕方なかったとはいえ、帝国では証拠が無かろうが怪しければ罰せられる。
明らかに黒だと分かっているのであればそうすることも必要悪だろうと考えてしまうのは、やはりアケィラが帝国で育ったからなのだろう。
「以上の成果により、アケィラ・フルヤに国から褒章を授けることが決定した」
「(きた)」
この『褒章』の内容こそがアケィラの今後に関わる最も大事なところだ。
国に飼い殺しにされるのか、あるいは何らかの立場を与えて縛り付けるのか、帝国との政争の道具にされてしまうのか。
少しでも平穏を享受できる内容であれと、アケィラは必死で祈った。
「アケィラ・フルヤ」
「は!」
緊張で全身が汗でびっしょりだ。
しかしそんな動揺する姿を見せて侮られてしまっては、どんな無茶な褒章を押し付けられるか分かったものではない。
毅然とした態度を必死で保ち、心臓が爆発しそうなほどの内心を絶対に面に出さず、アケィラは宰相の次の言葉を待った。
「望む物があれば言うが良い」
「え?」
てっきり褒章の内容を伝えられるのかと思いきや、問いかけられたことに面食らう。
「(いやいやいや、褒章を相手に決めさせるとかありえないだろ!)」
もちろんそれは全く無いわけではない。だがそれは爵位や勲章など国が決めた褒章を与えた上で、懐の深さを見せるために追加で希望を訪ねるのが普通のやり方である。最初から褒章を決めさせるだなどアケィラが知る常識には無い。
「(それともこの国ではそれが普通なのか?)」
そう思い反射的に周囲の様子を探ったアケィラだが、探るまでもなく確かなざわめきが伝わって来た。
「(この国でも異例の事態ってことか。どうなってんだよ)」
謁見の場で伝えられたことに疑問を呈したり質問を質問で返すなど不敬だと取られて処罰されてもおかしくは無い。だが列席する貴族たちですら明らかにおかしいと感じている今の状況が、質問しやすい空気を作ってくれていた。
「私が希望をお伝えしても、よろしいのでしょうか」
案の定、国王も宰相も嫌悪感を示さなかった。
むしろその質問が来るだろうなと心の準備をしていた感じすらあった。
「そなたの立場がややこしいことは理解しているな」
「は!」
帝国貴族の息子であるため、不都合になるような爵位や勲章など与えられない。
しかし然るべき褒章を与えなければいずれ帝国側からクレームが来ることは間違いないだろう。
下手な対応をしてしまえば、戦争に発展する可能性すらありえてしまう。
幸いにもと言うべきか、帝国は帝位継承のお家騒動でごたついているため直ぐに何かが起きると言うことはないだろうが、それが落ち着いたら間違いなく王国に対して牙を剥いて来るだろう。
ここでの褒章の内容は国の未来を揺るがす重大なもの。
「ゆえに万が一にでも望まぬ褒章とならぬよう、最大限の感謝を込めてそなたの希望を叶えることにしたのだ」
「(汚ねぇ!丸投げしやがった!)」
要は適切な褒章を思いつかなかったから、自分でなんとかしろという話なのだろう。それを国が選ばなかったことこそが深い感謝の証だなどと誤魔化そうとしていた。
「(貴族のみなさーん!貴方達の国の王族がこんなんで良いんですかー!)」
もちろん良いわけがない。
だがそれを指摘したところで代案を出せと言われたら口を噤んでしまうだろう。ゆえに貴族たちは全力で気付いていないフリをしていた。
「(クソ、そんなんだからコゥカなんて奴が出てくるんだよ!)」
全力で不満をぶちまけたいところだが、今はそんな場合じゃない。
「(どうする。どうすれば良い)」
ここで平穏が欲しいです、だなどと口にしようものなら、国がその程度しか恩を感じていないのかとアケィラが判断してしまうことになる。国の感謝の気持ちを蔑ろにする行為だと非難され、面倒な輩がワラワラとやってくるだろう。
だが帝国のことなんか気にせずに爵位や勲章が欲しいですだなんて伝えようものなら、面倒ごとが束になって降りかかってくることは間違いない。
「(ならば金か? 本当は金で解決したいが、国としてのメンツがそれを許さず俺にそれを選ばせようとしている可能性もあるのか)」
褒章として金や財宝を与えるのは定番ではあるが、本気で恩を感じているのではなく金で雑に解決しようとしていると思われる可能性があり、金は副賞的な扱いになるのが自然だ。ここでアケィラが金を選択すると平穏と同じように国の恩を蔑ろにしていると捉えられるかもしれないが、通常より遥かに多額な金を要求すれば多少は蔑ろ感が薄れるかもしれない。その代わりにアケィラががめついと思われることになるだろうが。
「(いくらだ。いくらが妥当なんだ)」
必死に頭を回転させて悩むアケィラ。
しかしどれだけ考えても答えが見つからない。
ここでの答えが己の人生を大きく左右してしまうのだから決断できないのも当然か。
そんな苦しむアケィラの背に、突然大きな声がかけられた。
「見つけた!」
反射的に振り返ると、謁見の間の入り口に見知った人物が立っていた。
「ノリィ王女様?」
両手をお椀状にして何かを持ったノリィ王女は、謁見中だと言うのにアケィラの元へと小走りでやってきた。そんな王女の肩越しに、入り口付近でお付きのメイドが中に入れずオロオロとしているのが見える。
「待っててって言ったのに」
「申し訳ございません。謁見に呼ばれましたので」
「うん、知ってる。無理言ってごめんなさい」
最初に会った時とは別人のように満面の笑みで快活に話しかけてくれるノリィ王女。魔力で遊んであげたら打ち解けて、見た目通りの幼女らしい天真爛漫な感じになったのだ。
そんなノリィ王女の様子に貴族たちは大騒ぎ。
「ノリィ王女が笑ってる!?」
「何がどうなってるんだ!?」
「あんなに親し気に話すだなんて、どんな魔法を使ったんだ!?」
体内の大量の魔力を何度も暴発させ、いつになってもコントロール出来ないことから元気を失い、いつも無表情で感情を閉ざしていることは周知の事実だった。しかし目の前のノリィ王女は快活に笑ってアケィラを心から慕っている様子だ。
そのことに驚いたのは貴族だけではない。
ガタっと大きな音を立ててある人物が立ち上がった。
「(やべぇ! 陛下が動いた!)」
家族ですらもノリィ王女の心を慰めることは出来なかった。
大切な家族を、娘を、どうにかして笑顔にしてあげたい。
だが優秀な魔法使いを呼び、多くの魔法研究者の力を借りてもノリィ王女が魔力を自由に解放することは叶わず、彼女の笑顔は取り戻せなかった。どれほどに手を尽くしても変わらなかった。
それなのに、心の底から渇望していた愛娘の笑顔がそこにある。
親として驚かない訳が無い。
しかし国王は立ち上がりはしたものの、そのまま何かをすることも口にすることも無かった。
「(え、どうすりゃ良いのこれ)」
謁見の間がざわつき混乱し、アケィラは何をどうして良いかさっぱり分からない。
今更褒章を口にしたところで空気が読めないと思われるだけ。かといって他に何かやるべきことも思いつかない。
そんなアケィラに方針を教えてくれたのは、目の前の幼女だった。
「あのね。これ、直せる?」
「え?」
ノリィ王女が手に乗せたナニカをアケィラに見せようとした。




