26. 第三王女と心の扉
「それではしばらくの間こちらでお待ちください」
アケィラがメイドに案内されたのは、王城の二階にある一室。
恐らくは謁見を待つための待機室であろうそこはオープナー・フルヤの店舗部分よりも広く、アケィラはメイドが部屋から去っても立ち尽くしたままだった。
「ヤバい。これぜってぇ最上級の特別扱いだ」
ソファーも、テーブルも、カーテンも、棚も、鏡も、植物も、あらゆるものが最高級品。物の美術的な価値にそれほど詳しくないアケィラであっても、それらが普通の平民では一生かかっても見ることが出来そうにない程の逸品であることが直感的に理解できた。
つまりこの待機室は一般用ではなく要人向け。
「ここから帰してもらえんのかな……」
ここまでの待遇をする相手を野放しにして、王国の片隅で細々と店を開き続けることが許して貰えるとは到底思えない。
アケィラは頭を抱えながらフラフラと歩き、ソファーに倒れ込んだ。
「どうしてこうなった」
店に持ち込まれた依頼をただこなしていただけ。
積極的に依頼を探すこともせず、面倒そうなことからはひたすら逃げようとした結果がこれだ。
唯一自分から大きな事件に巻き込まれに行ってしまったのが爆弾騒ぎではあるが、その一回だけで貴族から恨まれたり王族に目をつけられるだなんて運が悪すぎる。爆弾を放置していたら街ごと死んでいたわけであり、死か注目かの強制二択を突き付けられたという状況だった。あの街に住んでいる時点で避けられない運命だったのかもしれない。
「どうすれば俺の勝利になる」
アケィラは改めて書状の内容を思い出した。
「謁見の内容は国を救った俺に感謝を示すというもの。普通ならその感謝は『爵位』になるのだろう。そうすれば俺をこの国に縛り付けることが出来るからな」
アケィラのことを重要人物として認識しており、他国への流出を防ぎたいのであれば、王国にとってこれ以上ないほどに最適な褒美だろう。断ろうにも不敬と受け取られ捕まってしまう可能性が高いため、ただの平民が相手であれば強制のようなものだ。
だがアケィラはただの平民ではない。
「問題は俺が帝国貴族の息子という点だ。他国の貴族の子供に強引に爵位を与えようものなら、国同士の問題に発展しかねない。いくら跡継ぎでなく平民と似たような扱われ方をしているとはいえ、そう簡単に割り切れるものではないだろう」
ゆえに爵位を授けようとすることは無いのではとアケィラは予想する。
「帝国と王国の仲が良かったらありえたかもしれないが、仲悪くてマジで助かったな」
では一体どのような感謝を伝えられるのだろうか。
「王国としては俺をこの国に縛り付けて置きたいはず。国がやりそうなことと言えば婚姻……いや、それも爵位と同じで厄介なことになるから無しか」
有力貴族や王女と婚約させて逃げられないようにするというのは王道のやり方だが、それはそれでやはり帝国との確執が問題になってくる。
「あとは俺の知り合いをやんわりと人質にするとかか?」
だがそれもまた、アケィラの機嫌を大きく損なってしまったら、これまた国際問題になってしまうかもしれない。
「あれ、もしかして俺って結構有利なのでは?」
帝国という枷のせいで王国は強引なことをやってこれない。だとすると平穏な毎日が欲しいという望みが叶う可能性はあるのではないだろうか。
「あまり無欲だと裏があると思われるから、何かそれなりに高価なものを求めよう。そして常識的な範囲であれば王国の手助けをしても良いと匂わせ、従来の環境のままであれば王国から出て行くつもりは無いと説明すれば……」
平穏さんが戻って来てくれるかもしれない。
アケィラの心に希望の炎が灯った。
「不安なのは帝国の動きだが、帝国はまだ王位継承問題で俺のことなんかどうでも良いはずだ。これはいけるか?」
確信をもてないのは、ここまで不運が続いていたから。
今回もまた望まない結果になるのではとの不安がどうしても消えてくれない。
「ふぅ……一旦落ち着こう」
冷静になって考えればそれほど絶望的な状況では無かったかもしれない。
希望的観測かもしれないが、希望があるのであれば心にゆとりが戻ってくる。
だがそんな時こそトラブルはやってきてしまうものだ。
ガチャ。
ノックも無しに待機室の扉が開かれた。
着いたばかりなのにもう謁見が始まるのかと思い姿勢を正したアケィラだが、扉を開けたのは案内人では無かった。
「え?」
ぴょこ、という擬音が聞こえてきそうな感じで開いた隙間から小さな顔がのぞき込んで来た。
それはとても可愛らしい女の子で、アケィラの顔をじっと見つめている。
「ええと……どうしたの?」
いつものようなつっけんどんな態度ではなく優しく話しかけてあげる。これまたカミーラ達が見たらレアだレアだと大騒ぎするに違いない。
「…………」
女の子は無表情でアケィラの方をじっと見る。
とても可愛らしいが、幼そうなのに感情が表に見えないのがアケィラは気になった。
やがて女の子は扉をしっかりと開けて中に入って来た。
「!?」
女の子の全身を見たアケィラは硬直する。
何故ならその子の服装が、超高貴な一族が着ていそうなドレスだったから。
王城でそんな服を着て歩いているとなれば、思いつくのは一人しかいない。
「(なんで王女が入ってくるんだよ!)」
まさか王国からの試練なのだろうか。
そう疑ったのだが、すぐに思い違いだと分かった。
「ノリィ王女、お戻りください」
王女傍付きのメイドと思われる人物が、心底焦ったようで追って来たからだ。どうやら幼女王女が勝手に行動してしまったらしい。
「…………」
「あ、あの、私に何か?」
「…………」
アケィラの目の前まで移動したノリィ王女は、無表情のままアケィラの目をジッと見つめる。
決して粗相は出来ない。でも何を考えているか分からないので対応も難しい。
「ささ、ノリィ様。お部屋に戻りましょう」
メイドが声掛けするが、これまた無反応。
どうしたものかとアケィラがメイドに視線をやると、彼女はペコペコと謝るのみ。
するとノリィ王女が口を開いた。
「魔力みせて」
「え?」
お願いの意図が全く分からないが、望み通り見せるだけなら簡単だ。
しかし魔力は使いようによっては簡単に相手を害せる物。それを見せるということは、この場でナイフを取り出して見せるということにかなり近いため出来る訳が無い。
アケィラは助けを求めてメイドを見た。
「もしよろしければお見せ頂けますか?」
「良いんですか?」
「はい。危険でしたら私が止めますので」
どうやらこのメイドはただのメイドではないらしい。
「(仕方ないな)」
ここで依頼を受けると更なる面倒ごとに繋がるかもしれない、とアケィラが難色を示してもおかしくなかった。だが今回に限ってはアケィラは全く悩むことなく受けると決めた。
「それなら凄いものをお見せしましょう」
満面の笑みを浮かべ、ノリィ王女に魔力を見せると宣言するアケィラ。その笑顔は決して作り笑いではなく、心からのものだった。
なんてことはない、根が優しいアケィラが、子供に甘くない訳がないのである。
アケィラは右手の人差し指を立てて、そこから一本の細い魔力の線を生み出す。そしてそれを少しずつ伸ばしてゆくとノリィ王女の視線がその行方を追い出した。
「(見えてるみたいだな。これなら大丈夫か)」
得意の超精密魔力操作により、その線をどんどんと伸ばして一つの形を作り上げた。
「わぁ……」
魔力の線で描いた一本の薔薇の花。
この世界には存在しないその花を二つ、三つと形にし、気付けばノリィ王女を囲むように魔力の花畑が完成していた。
「わぁ!」
ノリィ王女は夢中でそれらを見ていて、無表情から心底楽しそうな笑顔へと変化していた。
「ノリィ王女が笑ってらっしゃる!?」
メイドの驚きが気にはなったが、魔力操作の集中を途切れさせるわけにはいかない。蝶々に蜂に鳥にと様々な生物を生み出して魔力の花畑をより賑やかにする。
「わぁ!わぁ!」
ノリィ王女は小さく何度も跳ねて喜んでいる。
そして魔力の鳥に手を伸ばそうとして引っ込めた。
触れた所で触れないことに気が付いたのだろう。
「(見たところ七歳か八歳ってところか。その歳でこれらがちゃんと見えてるってんなら凄い才能だな)」
大人の魔法使いであっても魔力を正確に目視出来ない人は多いものだ。少なくとも見るという点ではノリィ王女は天才的な才能があると言っても過言では無かった。
「私もやってみたい」
ふと、ノリィ王女が小さく言葉を漏らす。
「ノリィ様、それは……」
だがメイドが残念そうにその言葉を否定すると、ノリィ王女も分かっていたのか、悲しそうに顔を伏せた。
「私が補助しますからやってみますか?」
「え?」
もちろん子供が悲しむ姿を見てお人好しのアケィラが何もしないわけがない。
「お止めください。ノリィ様は魔力の制御の練習中ですので」
「魔力を外に放出できるなら、練習中でも問題ないです」
「何を言って……」
「ホント!?」
「はい。私にお任せください」
「ノリィ様ダメです!」
メイドが慌てて止めようと花畑に入ってこようとしたので、例の鬼を完封したアレでメイドの動きを止めた。
「え、あれ、動けない。どうして!?」
驚いている間に、ノリィ王女の心の準備が完了した。
アケィラを真似て人差し指を立てて、その先端から魔力を放出しようとする。
「出来た!」
するとアケィラと同じく、細い魔力の線が生成された。
「(メイドが恐れていたのはこれか。尋常じゃない魔力量。確かにこれじゃあ普通に魔法を使おうとしたら暴発して危ないな)」
ではなぜ今回は暴発しないのか。
魔人や鬼の魔法を封じたようにノリィ王女の魔法も封じ、唯一指先だけ穴を開けたからだ。
「わわ、沢山出ちゃう!」
「落ち着いて下さい。私がフォローしますから」
勢い良くびゅるびゅると出てしまう魔力の線を、アケィラは己の魔力で誘導して花や鳥の形に仕上げてあげる。もちろん、既存の花畑を維持したままだ。
「凄い凄い!私魔法使えてる!」
「そうですね。とても素敵ですよ」
「嬉しい!とっても綺麗!」
感情のままにはしゃぐことで、魔力がより一層強く押し出されてしまうが、アケィラはそれを力づくで抑え込み優しく導いてあげる。その結果、花畑が崩れることなくどんどんと華やかになって行く。
「嘘……こんなことって……」
いつの間にか動けるようになっていたメイドが目の前の光景に絶句していた。
その理由はノリィ王女が魔力を暴発せずに扱えているということもあるが、それ以上に大事なことがあった。
「(ノリィ様が子供みたいに笑ってる。小さな体では抱えきれない程の魔力を秘めて、それを放とうとして何度も暴発させてしまったことから悲しみで閉ざされてしまった心の扉は、ご家族であっても開けなかったのにどうして?)」
オープナー・フルヤ。
開かないものなどほとんどないアケィラをもってすれば、閉ざされた子供の心を開けることなど造作もないことなのかもしれない。
そしてこの出来事が、アケィラの運命を大きく変えることになるのであった。




