25. 騎士団長とグローブ
「ここが王都か。あんまり変わり映えしないな」
住み慣れた街よりも豪華な雰囲気を想像していたが、似たり寄ったりな感じで少々拍子抜けするアケィラ。
「そりゃあお前、王国で二番目に大きな街と比べたら大して差は無いさ。むしろ向こうの方が冒険者学校やらダンジョンやら人が集まりそうな施設が多いし、他国とのアクセスも段違いに良いからどんどん発展してるんだぜ。規模はまだ負けてるが、賑やかさではもう向こうの方が上かもしれないな」
そんな立派な街を最近まで治めていたからだろうか、先代領主は誇らしげだ。
「じゃあ観光は要らないな」
「え~、遊びに行こうぜ!」
「そうだよ、紹介したいところがたっぷりあるんだから!」
「僕もアケィラ君と遊びたいな」
トゥーガックスはお金稼ぎで世界各地を旅していたことがあり、王都にも滞在したことがあるのだろう。アケィラにオススメの場所を案内しようと考えていたようだ。
だが残念ながらその目論見はあっさりと潰れてしまった。
「何言ってんだ。こいつはすぐに王様に会いに行くんだよ」
観光なんてしている時間など与えてはくれないらしい。あるとしたら終わったらということになるが、果たしてアケィラは無事に戻ってくることが出来るのだろうか。
「ええー!」
「そんなー!」
非難轟々な二人だが、驚いているのはアケィラも同じだった。
「いきなり王様に会いに行くのか? 威厳を見せるために一か月くらい焦らしたりしないのか?」
平民と国王との間には身分の差があり、呼びつけてからしばらく待たせることで上に立つ者としての余裕を見せつけるというクソみたいな風習が偉い人の世界にあることをアケィラは知っていた。
「いつの時代の話をしてるんだ。この国はとっくにそんな馬鹿なことは止めて効率化を重視してる。今時そんなことをやっている国なんて帝国くらいしか……ああ、そういやお前帝国貴族だったな」
「らしいな」
「らしいなってお前……まぁいい、俺達がさっきの魔導車で王都に来ることは伝わってるはずだから迎えが来ているはずだ」
するとまるで話を聞いていたかのタイミングで、一行の元へと鎧を着込んだ人物がやってきた。
「初めまして。私は王国騎士団長のゼンブドゥキと申します。オープナー・フルヤのアケィラ様で間違いないでしょうか」
先代領主よりも少し若く、四十代くらいの見た目のガタイの良い男性であり、歴戦の勇士といった貫禄がある佇まい。しかしその瞳はとても優しく、人の好さを感じられる。
「はい。私がアケィラです」
相手が目上の人ということで作り笑顔で丁寧に対応したら、カミーラとトゥーガックスが驚いた顔で見ていた。アケィラが大人の対応が出来ないと思っていたのだろう。後でぶん殴ろうと心の中で誓ったアケィラであった。
「それでは私が王城までご案内します」
「分かりました。先代はどうしますか?」
「お前に先代って呼ばれるとなんか気持ち悪いな」
「……どうしますか?」
平民が貴族である先代領主に対してタメ口で接する姿を見られたら、相手に不信感を抱かせてしまうかもしれない。そう思って丁寧に接しているのに台無しにしようとする先代であった。
「俺は行かねぇ。倅に頼まれてここまで案内したが、そもそも俺は招待されてねぇし、引退したただのオッサンだからな」
伯爵領に潜伏して証拠を押さえて討ち取ったくせにただのオッサンだと言い張るのは無理がありすぎる。
「姉さんは……そんな暇ないか」
アケィラと王都散策を楽しみにしてそうなエィビィはずっと黙っていた。それは仕事があまりにも多すぎて移動中も、そして今もなおやっているから。
「うううう、アケィラちゃんとあそびた~い! でもお姉ちゃん、ここで色々な人と会って話をしなきゃならないから出来ないの。ごめんね~」
どうやら母親から早く帰って来いと急かされるのではなく、帝国貴族として王国貴族との間にパイプを作って来いとの厄介な命令が下されているようだ。果たしてどっちが領主なのだろうか。
「姉さんは仕事か。なら王城に行くのは俺一人か」
「なら私が行く!」
「私も私も!」
「僕は勇者だけどダメかな?」
「申し訳ありませんが、関係者以外は……」
「だよなぁ」
「だよねぇ」
「ですよね」
どれだけ熱望しようとも、無関係の平民が勝手に入れるほど王国の王城警備は緩くは無い。それは勇者であっても同じである。
どうやらアケィラが一人で行くしかなさそうだ。
「んじゃ行ってくる」
「気をつけてな」
「気をつけてね」
「気をつけてください」
「お姉ちゃんのこと忘れないでね~」
「終わった後気が向いたら俺んとこ来いよ。貴族街だがな」
「ふぉっふぉっふぉっ、ご武運を」
同行者と別れを告げたアケィラは、騎士団長のゼンブドゥキと共に特別豪華な魔導車に乗り込んだ。
魔導車は大通りを進むと貴族街に入り、貴族街を抜けると王城へと続く長い橋へと続いている。
「ふぅん。聞いてた通り水が無い湖の中に城があんのか」
橋の下は深く窪んだ巨大な堀が王城を囲むように掘られている。その堀全てを水で満たせば湖に浮かぶ王城として見た目がとても映えただろう。
「はい、緊急時には水を溜めて敵の侵攻を阻止する形をとっております」
「ああすいません。聞こえてしまいましたか」
「お気になさらずに、ここはまだ王城では無いですので普段通りで構いません」
小さく呟いたつもりが騎士団長に聞こえてしまったようだ。汚い言葉遣いを気にされるかと思いきや、全く気にしていない様子で少しほっとしたアケィラであった。
もちろん普段通りで良いと言われて、馬鹿正直に態度を崩すなんてことはしない。
「普段は水を抜いているのは、虫が湧くからでしたっけ」
「はい。害虫が発生する上に虫が病気を王都中にばらまくことが何度かありまして、先々代の国王陛下が水を抜くように指示したと聞いています」
見た目が美しくとも、住んでいる人にとって必ずしも良い影響をもたらすとは限らないということである。
この話をきっかけに、二人はポツポツと世間話をし始める。
そして魔導車が長い橋を半分程度渡り終えた時、騎士団長がある話を切り出した。
「時にアケィラ様。あなたはオープナー・フルヤという何でも開けてくれる店を開いているとか?」
「ええまぁ、開けられるものなら、ですが」
むしろ開けられないものがあるのだろうか。
「では私から一つ依頼してもよろしいでしょうか。もちろん代金は支払います」
「それは構いませんが、これから謁見があって、その場で何を言われるか分かりませんので、作業できるのがいつになるか分かりませんよ?」
「承知の上です。ただ、先に見てもらうことは出来ないでしょうか」
「なるほど、持ち込んでるんですね」
オープナーであるアケィラの案内役になったので、チャンスと思い開けて欲しいものを持ってきていたのだろう。
そうアケィラは考えたのだが、少し違っていた。
「いえ、持ち込んでいるというより、普段から肌身離さず持っているといった表現が正しいでしょうか」
「と言いますと?」
「これなんです」
騎士団長は何も持っていない右手をアケィラに差し出した。
「ええと、どういうことでしょうか?」
「このグローブなんです」
「グローブ?」
「実はこのグローブ、どうしても脱げないんです」
真っ黒で甲の部分に謎の文様が描かれているグローブは、とても高級そうな質感で騎士団長の手にぴったりと嵌まっている。
「あの、私はオープナーなんですが」
「やっぱり専門外ですかね。この手首のところが開かなくなって脱げないので、それを開けるという感じではダメでしょうか」
「う~ん……とりあえず見てみても良いですか?」
「はい、どうぞ」
アケィラは騎士団長の右手に触れ、開かないらしい手首の部分を確認する。
「え、肌と同化しちゃってるじゃないですか」
「そうなんです。ですから絶対に脱げなくて困ってるんです。性能は最高なんですが……」
「呪いの装備ってことですか」
解呪の依頼はミュゼスゥの時以来。
あの時と同じように解呪の魔法に頼るべきだと伝えようとするアケィラだったが、すぐに勘違いしていたことが分かった。
「いえ、これは呪いじゃないんです」
「そうなんですか?」
「神様の祝福らしくて、解呪が効かないんですよ」
「それってもう呪いみたいなものじゃないですか」
「はは、私もそう思います」
呪いと祝福の何が違うのか。それは受け手の認識の差でしかないはずなのだが、この世界では明確に違いがあるものとして判断されてしまう。明らかに呪いの症状であっても、それを祝福として発動させれば良い効果であるとされてしまう。
この醜悪な仕組みを生み出す存在をアケィラは知っていた。
「もしかして教会関係でしょうか?」
「ノーコメントとさせて頂きます」
明確に否定しなかった時点でイエスと言っているようなものだ。騎士団長の立場的にそれを口にすることは難しいのである。この反応こそが王国と教会の間になんらかの深い関係があることを示唆するものであった。
「聞かないでおきます」
「ありがとうございます」
決して騎士団長のことを思っての発言ではない。単に面倒ごとに関わりたくなかったからである。
「どうでしょうか。やはり肌とくっついてしまっては開けることは出来ないでしょうか」
「そうですね……少し魔力を使って確認して見ても良いですか?」
「どうぞ」
アケィラは魔力をグローブと肌が接する部分に滑り込ませ、状況を確認する。
「う~ん、どうやらこのグローブ、肌の表面だけじゃなくて内側の奥深くの神経にまで融合しちゃってますね。もし無理矢理外そうものなら神経がズタズタになってしまい、回復魔法を使っても自由に動かせなくなってしまうかもしれません」
「やはりそうですか。宮廷魔導士に聞いてみましたが同じことを言われて、無理矢理外すのは諦めていたのです」
「良い判断かと思います」
ではどうやってこのグローブを外せば良いのだろうか。アケィラであっても無理なのだろうか。
「ああ、もう王城についてしまいますね。続きは後日でお願いします」
アケィラの反応的に無理だと思ったのか、騎士団長の言葉には諦めの気持ちがこめられていた。
「いえ、その必要はありませんよ」
「え?」
「もう脱げるようになりましたから」
「え!?」
慌てて騎士団長がグローブを確認すると、確かに肌とグローブの間に隙間がある。おそるおそるそれを引っ張ると、簡単にスルっと脱げた。
「一体どうやったのですか!?」
「簡単なことです。グローブに付与されていた『祝福』を少し弄って、『融合』の機能を『分離』に変化させました」
「…………」
あっさりとそう言ってのけたアケィラの言葉が信じられないのか、騎士団長は口を開けて驚きから戻って来れない。
「そうそう。今のままだと『分離』のせいで脱げやすくなってしまいますから消去しておきますね。それ以外の祝福効果は全部残ってますからご安心を」
「…………」
安心しろと言われても、驚きのせいで全く理解できないし実感もできない。
だがどうにか王城に到着する寸前に騎士団長は驚きから復帰出来た。
「感謝しますアケィラ様。あなたは私が想像していた以上に素晴らしいお方だ」
「いいえ、私はしがない平民です。過大評価が過ぎますよ」
「(むしろ我々の認識が過小評価すぎるくらいだ)」
ここに来て騎士団長は、自分が案内している人物が国にとってどれほど重要な人物なのかを理解した。そしてその理解は遅かれ早かれ権力者たちの間に広まることになってしまうだろう。
「でっか」
そんなことも知らず、魔導車から降りて呑気に城を見上げるアケィラ。オープナーとしての仕事をすればするほどドツボに嵌まると気付く日が来るのだろうか。




