23. 賑やかな魔導車と三つのパズル
「ガルルル!」
「ひぃ!」
「怖い!」
座るアケィラの首を隣から抱くようにして、正面に座る二人を威嚇するエィビィ。
「アケィラちゃん!これはどういうことなの!?彼女がいるだなんて聞いてないんだけど!」
「彼女じゃねぇし。暑いからくっつくな」
「嘘!どう見てもアケィラちゃんラブじゃない!」
「耳元で大声出すな」
「説明し~な~さ~い~よ~!」
「首をゆらすな!」
弟を溺愛しているエィビィが、弟に気がある二人と出会ったらどうなるのか。
「アケィラに姉がいたとは。しかも私より遥かに強いだと。睨まれただけで震えで身体が動かないだなんて初めてだ」
「あれはダメあれはダメあれはダメあれはダメ」
本気の威圧により、強者であるはずのカミーラとトゥーガックスが震えあがってしまいただ硬直するのみ。特にエィビィと同じく魔法を得意とするトゥーガックスはより正確にエィビィの実力を把握してしまい恐怖で漏らしてしまいそうだった。
そんな四人を少し離れた所で座り見ている別の四人組。
「アケィラ君のお姉さんか。彼女がいてくれたら決戦がもっと楽になっただろうに」
「ちょっと、まさかパーティーに入れたいだなんて言わないでしょうね」
「(ふるふる)」
「節操無しなのは良くないと思います」
「いやいやいや。僕は君達以外の女性に手を出すつもりはないよ!」
パーティーメンバーに白い目で見られて焦る勇者君。
エィビィについて少し感想を言っただけで嫉妬されるのであれば、他の女性が入り込む余地など全く無さそうだ。
「でも同じ魔法使いとしては確かに興味あるわね。強さの次元が違うわ」
「私も同感です。流石アケィラさんのお姉さんって感じですよね」
攻撃魔法使いのイナニュワと、ヒーラーのミュゼスゥは威圧を受けていないからか素直にエィビィの強さに感嘆しているようだ。
「気になるなら後で挨拶して話を聞いてみたらどうだい。僕も学校のことを謝らないといけないし」
「勇者様まだ気にしてるの?」
「もちろんだよ。一生かけて償わないと」
「アケィラさんは嫌がりそうですね……」
もしアケィラが彼らの会話を聞いていたら声を大にして止めろと懇願するだろう。面倒ごとの塊である勇者に一生気にかけられるだなど、一生平穏が来ないと言われているようなものなのだから。
それぞれ違った形で恋模様を広げる四人と四人。
そんな彼らを更に離れた所で座り見守る二人組がいた。
「ふぉっふぉっふぉっ、若者は元気で良いですのぅ」
「オレも若い頃は女が寄って来て困ったもんだ」
老紳士と先代領主。
彼らは若者たちのコミュニケーションの邪魔にならないようにと奥の方にひっそりと座っている。
偉い人を差し置いて賑やかに会話するなど本来はありえないことなのだが、先代領主が自然にしてろと命じたことからアケィラ達は自然体になっている。もちろん最初の頃は緊張で固まっていた人もいたが、エィビィが遠慮なく自然に振舞ったのと、出発してから大分時間が経ったこともあり慣れて来たのだ。
彼らがいるのはオープナー・フルヤではない。
王都へ向かう魔導バスの中だった。
王城からの呼び出しを受けたアケィラの元へ、ダンジョンから戻って来たカミーラ組と残党討伐から戻って来た勇者組が偶然揃い、一緒についていきたいと言い出してこうなった。絶対に逃がさないぞという何者かの意思を感じてアケィラは絶望した。
「(どうしてこうなった)」
王族と関わるだなんて面倒ごとの予感しかしない。
しかも道中は面倒ごとを引き起こす面々に囲まれている。
すでにワイワイギスギスと面倒な気分になっていて、これが王都に着くまで続くのかと思うと辟易する。
結果、アケィラは白目を剥き魂を離脱させて現実逃避するしか無かった。
そんなアケィラの魂を強引に引き戻して来るのがエィビィだ。
「アケィラちゃ~ん。お話ししようよ~」
どうやらカミーラ達を威圧するのを飽きたらしく、べたべた構ってくる。
自分の世界に逃げ込むことすら許されない。
「はぁ……こんなことなら真面目に仕事しとくんだった」
「どうして?」
「大量の仕事をここでこなすためだよ」
好きな作業に打ち込んでいれば多少は気が紛れるだろう。それに仕事中ともなれば他の面々が絡んできにくくなるはず。仕事をしたいわけではなく、あくまでも面倒ごとから逃げるために仕事を求めていた。
「それなら良いのがあるよ!ひっ!」
これはチャンスだと言わんばかりにトゥーガックスが話しかけてくるが、再びエィビィの威圧によって黙らされてしまった。
「姉さん。それちょっとやめてあげて」
「え!?やっぱりアケィラの彼女なのね!」
「違うわ。あいつが暇つぶしを持ってそうだからだよ」
「暇つぶし?」
トゥーガックスがアケィラに紹介しようとするものなどパズルしか考えられない。
いつも即行で解いてしまうが、少しでも気分転換になればとやってみたかった。
「ありがとうアケィラ!」
「そういうのは良いからさっさと出せ」
「ちぇっ、分かったよ。はいコレ」
トゥーガックスがアイテムボックスから取り出したのは小箱。
その蓋の部分にそれぞれ一から二十四までの数字が書かれた小さな正方形がランダムに置かれていて、一か所だけ空白になっている。
「空いているところに隣の数字をスライドさせることが出来るから、そうやって数字を移動させながら数字を順番に並び替えると開く仕組みになってるんだ」
「…………」
説明しながら差し出された小箱をアケィラは受け取り、おもむろに操作し出す。
「一見簡単そうに見えるんだけどこれが案外難しくてね。出来そうで出来ないってもどかしくなっちゃうのがポイントで……」
「はい、出来たぞ」
「なんでええええええええええええええええ!?」
「(だってスライドパズルの解法知ってるし)」
残念ながら今回のパズルも前回のジグソーパズルと同様にアケィラが知っている物だった。
ショックでがっくしと肩を落とすトゥーガックスだが、そうしたいのはアケィラも同じだった。これでは新鮮味もないし全く暇つぶしにならない。
「ぷっぷー、アケィラちゃんがそんな子供だましのパズルなんかで喜ぶわけないでしょ~」
「むぅ……だったらエィビィさん解いてみて下さいよ!」
「いいわよ。こんなの簡単に解いて……解いて……解い……て?」
だがべたべたしてくるエィビィがパズルに夢中になってくれたことだけは喜ばしいことだった。
「それなら次は僕が挑戦しても良いかな」
「勇者君が?」
「残党狩りの途中にアケィラ君が喜びそうな面白いものを見つけてね」
どうやらまだ暇つぶしの可能性は残されていた。
本来はお土産を持ってくるだなど迷惑でしか無いのだが、それは店に来てほしくなかったから。しかしこうして同じバスで移動しているとなればお土産を受け取ろうが受け取らまいが状況は大して変わらない。むしろ本当に暇つぶしになるのであれば歓迎するだろう。
「これなんだけど」
「ペン?」
手渡されたのは万年筆のような見た目のペン。
試しにアイテムボックスから手帳を取り出し何かを書いてみようとしたが、インクが出て来ない。
「魔力とは関係ない代物だよ」
どこを押しても回しても引っ張ってもペンに変化は無い。
魔力を使って中身を解析すれば仕組みがすぐに分かるだろうが、それではつまらない。
「せっかくだから、どうやってペンを開けてインクを補充するのかも考えてみてよ」
つまりこれは単なるパズルではなくオープナーであるアケィラへの挑戦状ということでもあるのだろう。
そんなことを言われてアケィラが燃えない訳が無い。ゆっくりとペンを回しながら真剣に考えだした。
「良かった。少しは楽しめて貰えたかな」
その様子を見た勇者は安心したかのようにほっと胸をなでおろす。
しかし。
「少しは、な」
「え?」
アケィラはすぐに考えることをやめた。つまらないのでも諦めたのでもなく、答えがもう分かってしまったから。
アケィラはペンを上下逆にし、ペン先とは反対側を紙に押し付けた。すると真っ黒なインクが出て来たではないか。
「どうすればペン先からインクが出るかを考えていたら一生解けないパズルか」
「どうして気付いたんだい?」
「簡単な話だ。このペン先部分の金属、液体を激しく吸収する特殊な性質を持つものだ。これではインクも吸収されて出て来ない。それなら他の部分からインクが出て来るって思ったんだよ」
「なるほど。知識力の勝利ってことか」
ではインクを補充する方法はどうだろうか。
「それと勇者君も嫌らしい真似をするな。開けて入れる方法を考えろだなんて、俺を挑発するように思わせておいてミスリードを誘うとはな」
「う~ん、そっちも気付かれちゃったか」
「ペン先側にインクをつけることで吸収させて補充するんだろ。中に吸収したインクを取り出して溜める仕組みがあるに違いない。開ける必要なんて全く無かったってわけだ」
「あはは、完敗だよ。残念ながら暇つぶしにはならなかったかな」
そんなことはない。
アケィラにとってこのペンが面白い仕組みであることに間違いはなく、彼が言っていたように少しではあったが思考を満喫出来た。
「なら次はオレの番だな」
勇者の番が終わるのを待っていたのか、今度は先代領主がやってきた。
いつの間にかアケィラに挑戦する流れが出来ている。
「また形状記憶の魔法か?」
初手でタメ口だったこともあり、先代領主に対してはタメ口が普通になってしまっているアケィラ。先代領主や老紳士が何も言わないこともあり、直す気は無い。
「いや、今回のは違う。俺がさっき普通の箱にがっちがちに魔法で封印を施したものだ」
「ふ~ん」
普通の封印と聞いて、興味をそそられなかったらしい。
「そんな顔してるのも今の内だぜ。見たらびっくりすること間違いなしだ」
「前置きは良いからさっさと出せ」
「ふっ……良いだろう。これだ!」
もったいぶって出したところで見た目はただの箱。
だが魔力が視える人であれば、何種類もの封が何重にもなっている様子を観測出来るだろう。
「いくらお前でも、揺れるバスの中でこれを解くのは流石に時間が……」
「ほい完了」
「なんだと!?」
どれだけ複雑で、どれだけ足場が悪かろうが、単純な仕組みの重ねがけ程度であれば一瞬で解けてしまう。
先代領主はアケィラが鬼を完封する姿を見てなお、彼の解錠スキルを侮っていたのだ。
あるいはそれだけアケィラの技術の底が見えないということなのかもしれない。
「(おいおい、こいつここまでやべぇ奴だったのかよ。倅にこいつが面倒ごとに巻き込まれないようにフォローしてやれって頼まれたから着いて来たが、こんな極上のエサを前に王族連中が放っておくわけないぞ)」
これでアケィラがこの国の存在であれば、それほど大きな問題にはならない。
だが帝国貴族の息子という立場が更にややこしいことになっている。
「(くそ、こんなことなら倅に押し付けて領主の仕事を肩代わりしてた方がマシだったぜ)」
今更後悔してももう遅い。
先代領主はアケィラを取り巻く『面倒ごと』に巻き込まれていることを自覚したのであった。
「はぁ……暇だ……」
そして当のアケィラは、現実逃避するかのように、また白目を剥いて魂を離脱させるのであった。
「むきー!最後だけどうしても揃わないんだけど!」
エィビィがパズルに夢中になり続けていることだけが、唯一の救いだろうか。




