20. 姉と魔法袋 その2 (姉出てきません)
「はぁ……疲れた」
陰気な雰囲気で肩を落として街中を歩くアケィラ。
気落ちしている原因はもちろん姉である。
「毎日毎日ベタベタベタベタベタベタしてきやがって。全く仕事にならん」
別にアケィラは姉のことが嫌いというわけではない。むしろ好きな方だ。
しかしあまりのブラコンっぷりに、しかも言うことをほとんど聞いてくれないため滅茶苦茶疲れてしまうのである。
「出かけてる時間が長いのが唯一の救いか。どこで何やってるのか知らんけど」
一時もアケィラの元から離れたくないと言いそうなものだが、行き先を伝えずに一人で出かけることが案外多い。今もその時間であり、アケィラは一人になったので外出している。
外出の目的は気分転換に色街へ、ということではない。
珍しくアケィラは仕事のために店を出たのだ。
「うし、今日は露店が多めだ。これなら目的のブツが見つかるかもしれんな」
街の中心部の大広場にて、街の内外から集った多くの露天商が店を開いている。アケィラはそれらを一つ一つ確認しながら歩き回った。
「お、良いのあるじゃん」
「兄ちゃんやるねぇ。この奇跡の石を見つけるだなんて」
「ただのクズ魔石に何をごたいそうな名前つけてやがる」
「はは、バレちまったらしゃーない。んで、どれが欲しいんだ? どれもこれも一級品で簡単には手放せないけどな。特にこの奇跡の石とか、なーんちゃって」
「(うぜぇ)」
うさんくさい細目の露天商のところで足を止めたアケィラだが、面倒そうな店主だと内心で少しイラついていた。
「これだよこれ」
「あ~これね……え、本当にこれ?」
たっぷり揶揄ってやろう。そんな雰囲気が満々だった店主だが、アケィラがある商品を示すと途端に困惑した。
「ああ、これを探してたんだ」
「ええと、本気ですか? これ、シャレで並べただけなんですが」
「だろうな」
その商品の値付けはふざけた語呂合わせになっていて、真っ当に売ろうとしているとは思えない。
露天商がその商品の価値に気付いていなかったからだ。多くの人にはゴミずく同然であっても、アケィラのような極一部の人には重宝されるものだということを知らなかった。
「ほらよ、金だ。それじゃあ貰ってくぜ」
「え、あ、はい」
「もう少し勉強した方が良いぜ。少なくとも俺なら百倍の値段でも買っただろうな」
「ええええ!?」
大損したことが分かり驚愕する露天商を背に、アケィラは大満足でその場を後にした。
「(ん?誰かに見られてる?)」
大広場を出たところで視線を感じたアケィラは、姿勢を変えずに薄型魔力を広範囲に発して周囲の状況を確認しようとした。何かに気付いたかのような動きをすると対象が逃げるかもしれないと思ったからだ。
「(勘違いか?)」
しかしその見られているという感覚はすぐに消え、魔力でも怪しそうな人物を感知できなかった。
「(最近何度か同じことがあるんだよな。でも誰もいないしやっぱり気のせいか?)」
本当に気のせいだろうかと訝しみながら、今度は裏通りへと足を踏み入れた。裏通りといってもアケィラが店を構えている場所とは違い、より細く人通りが無い地元住民しか使わなそうな暗い小径である。その一番奥に目的の店があった。
「よう、爺さん。生きてるか」
古ぼけた今にも崩れ落ちそうなツタまみれの小さな一軒家。その玄関をアケィラは普通に開けて、ズカズカと入り込む。中は怪しげな植物が棚に沢山並べられている。
「坊主が苦しむ姿が面白すぎて、まだまだ死ねんわ」
奥からゆっくりと姿を現したのは、髪も髭もとても長く真っ白な男の老人だった。口元が髭で完全に隠され、目も前髪で隠れているため表情が全く分からない。
「相変わらず趣味悪いな」
「くけけけ、長生きのためにもっと楽しませてくれよ。尤も、ワシがそんなこと言わずとも、現在進行形で苦しんでいるようじゃがな」
「それはどのことを言っている」
「さぁのう」
不思議な雰囲気を纏った老人は、アケィラの事情を知っているかのように話す。
「(毎回どこから情報を仕入れてきやがる、このおいぼれが)」
爆弾解体のことや領主との契約の事、あるいは姉が突撃してきたことまでも知られているかもしれない。その予感が概ね正しいだろうとアケィラは考えていた。以前何度もこの老人が彼の事情を口にしていたことがあるからだ。
「そんで、最近何か面白い話でもあったか?」
「なんじゃ、情報収集に来たのか。情報量は高いぞ」
「そんなんじゃねーよ。買い物のついでの世間話だ」
「くけけけ、まぁ良かろう。たっぷり楽しませてもらってるから、今回はサービスじゃ」
ここは隠れた情報屋、なんてことはない。
だが物知り爺さんであることには違いないため、アケィラが情報収集したかったのは本当である。
「勇者の小僧、帰りが遅いとは思わんか?」
「え?」
てっきりアケィラを取り巻く状況を鑑みて貴族周りの話が出て来るかと思いきや、勇者の話題であったことに面食らった。だがすぐに真剣な顔になって考え始める。
「確かに……いくら王国中を移動して残党狩りしているとはいえ、とっくに戻って来てもおかしくはない」
では戻って来ない原因は何なのだろうか。
「思わぬ強敵がいる? 油断して大怪我した? だがそれなら噂がこの街まで届いているはずだ」
それほどに勇者という存在は注目され、些細なことであっても噂となり一気に広まるものである。その噂が全く無いということは、トラブルに巻き込まれていないという証でもある。
だがそれなら何故戻って来ないのだろうか。
「どこかで力試ししているとか……いや、爺さんがわざわざ俺に言うってことは俺にも関係あることのはずだ」
「くけけけ」
老人を見ても嗤うだけで答えてはくれない。意味深なことを伝えて悩むアケィラの様子を見るのが楽しいといった雰囲気だ。
「今の俺に関係ありそうな話と言えば……」
姉か領主か。
どちらが関係しそうかと思えば後者だろう。姉はまだこの街に来たばかりなのだから。
「そもそも領主だって残党の討伐軍を出してるはずだ。だったらなおさら討伐はとっくに終わってなきゃ変だ」
その辺りの事情は巻き込まれたくないから誰にも聞いていない。
「クケケケ、領主が軍を出せる訳がなかろう」
「なんだって?」
「魔王軍との決戦で疲弊したところを狙って、野心家のコゥカ伯爵が攻めて来るのではと噂になってるからな」
「はぁ!?」
ゆえに軍は伯爵領に睨みをきかせなければならず、領内の残党狩りに向かわせられないのだ。
もちろん意味もなく他領に、しかも格上の貴族の領に攻めたとなれば、たとえ勝利したとしても国からの処罰は免れない。しかしこの世の中、正統性の主張などどうとでもなる。ありもしない被害をでっちあげて戦争を仕掛けるなんて話は、昔からあり触れているのだ。
「まてまて。そんな話、全く聞いたことがないぞ」
自分達が攻められるだなんて話、絶対に街の人が噂にしており、不安な空気が漂うはず。
だが街は平和そのもので、先ほど訪れた大広場も活気に満ち溢れていた。
これから戦争が起きるかもしれないなんて雰囲気では全く無かった。
「領主が上手いこと情報をコントロールしているようじゃ。伯爵領の間者が噂を流して不安を煽ろうとしているようじゃが、そんな馬鹿なと笑ってスルーできる土壌が今のこの街にはあるのじゃよ」
「あの領主、そんなにやり手だったのか……」
良いことをしているはずなのに、アケィラにとっての脳内の危険人物レベルが数ランクアップした。有能であれああるほど、彼の裏をかいて面倒ごとを持ち込む可能性が高いからだ。
「しかし伯爵も馬鹿だな。自軍だって決戦で疲弊しているだろうに」
「それが伯爵は戦争の隙を狙って王国各地で魔族が暗躍するかもしれないなどと言って、戦争には軍を派遣せず国内の主要都市の守りにつかせたのじゃ」
「うわぁ」
確かに誰かがやらなければならないことではある。しかし何も無ければ貴族として戦争で目に見えた大きな功績を得られないため不人気な役割であり、率先して手を挙げた伯爵の株は上がっただろう。それが悪意に満ちた裏があったとしても。
「じゃが伯爵にも大きな誤算があった」
「誤算?」
「戦争での兵士達の損耗が予想より大幅に少なかったのじゃよ。ゆえに今攻めても勝てるとは限らず、どうすべきか迷っているのじゃ」
「…………」
「はてさて、どうしてあれほどの大戦で消耗が少なかったんじゃろうな」
「…………」
大混乱の魔導書を使った作戦が上手くいったからだろうか。
栄養たっぷりで回復効果や状態異常耐性があるスープを大量に準備出来たからだろうか。
異国の腕利きの侍が大活躍したからだろうか。
アケィラの背中を嫌な汗が流れた。
表情が完全に隠れているはずの老人が、目に見えてにちゃりと笑い、話を続ける。
「そうそう、最初の勇者の話じゃが。どうやら伯爵と繋がっている貴族が勇者を過剰にもてなして引き留めているそうじゃ。よほど戻らせたくないんじゃろうなぁ」
それはおそらく、勇者が戻って来たら伯爵の不条理な戦争に怒り、参加してしまうかもしれないから。
強者を離れた所に追いやったままで、戦争を仕掛けたかったから。
「現領主様は本当に優れたお方じゃ。伯爵を牽制しつつ、軍隊よりも身軽に動ける冒険者に残党狩りの依頼を出すことで素早く処理できるとアピールし、領民の不満を抑えた。しかも人気の勇者の小僧に助けて貰えるとなれば、領民は大喜びじゃ」
「…………」
「誰かさんと面倒な契約をしたにも関わらず、全ての仕事を漏れなく確実にこなす能力は惚れ惚れするわい。この領の未来は明るいのう」
「…………」
伯爵から戦争で狙われ、領内では残党が暴れ回り、戦後の後始末も残っていて、普通の領地運営の作業もある。
相当に忙しいはずなのに、領主は貴族からアケィラを守ると誓い、現時点で全くアプローチが無いということは本当にやってくれているのだろう。
アケィラの良心が少し痛む。いや、痛むような話の流れに老人が敢えてもっていったのだ。
「もういい、分かった」
疲れたアケィラは、この店に来た本来の目的である買い物を済ませて帰ろうとした。
「くけけけ、まだ大事なことが残ってるのに聞かなくて良いのか?」
「え?」
再びアケィラの背筋が凍る。
氷結魔法でカッチカチに凍らせられたかのように冷たくて寒気が止まらない。
だからといってここで聞かないという選択肢はありえない。
寒気の原因を知らずに帰ったら、分からないナニカにずっと怯えて暮らすことになり、一生心の平穏が訪れないからだ。
「…………教えてくれ」
仕方なくアケィラは歯を食いしばりながら続きを促した。
「くけけけ、なぁに簡単な話じゃよ。伯爵の気持ちになって考えてみるんじゃ」
「伯爵の気持ちだと?」
「どうして上手く行かなかった? 戦争で被害が軽微だった理由は? とある街に魔族を引き入れたのに失敗した理由は?」
「なんだって!?」
戦争中に爆弾魔や他の魔族が街に侵入して来た事件。
それを意図的に引き起こした人物がいると老人は告げる。
それそのものも驚きだったのだが、本当に驚きだったのは次の言葉。
「原因は何だ。爆弾を解除したのは誰だ。敵が貴族からの干渉から守ろうとしている男は何者だ」
そいつこそが、全ての策をぶち壊した張本人。
「くけけけ、相当に恨まれてるじゃろうのぅ」
「勘弁してくれよおおおおおおおおおおお!」
思わず頭を抱えて蹲ってしまうアケィラであった。
「くっそお!貴族に恨みを買ってるとか、めちゃくちゃ関わっちゃってたじゃねーか!」
オープナーとして依頼をこなしていただけなのにどうして。
「くけけけ、最近見られているような気がするんじゃないか?」
ここに来るまでに感じた視線は、最近感じるようになった視線は、伯爵の手の者に狙われているということではないか。
「うるさい!もういい!俺は帰る!もう一歩も家から出ない!」
「くけけけ、買い物しにきたんじゃないのか?」
「くっ……これとこれ、これだ!」
「まいどあり~」
お金を叩きつけるようにして払い、アケィラはいくつかの植物を購入して店を出た。
そして警戒に警戒を重ねながら店へと戻る。
「もう店も開かない。事態が落ち着くまでは、ずっと姉さんの魔法袋の修理をしててやる」
これまでどのような依頼もすぐに完了して来たアケィラ。
そんな彼であっても魔法袋を開ける依頼には時間がかかるようで、今日はそのために必要な素材を買いに外出していた。
その結果、素材なんかよりも遥かに大きな爆弾情報を仕入れてくることになるとは、全くの予想外であった。




