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異世界オープナー  作者: マノイ
貴族になんて関わりたくない編

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17/44

17. 恩師とワインの蓋

「アケィラアケィラアケィラアケィラー!」

「うるせぇ」


 どかんと勢い良く店の扉を開けて突入して来たのはトゥーガックス。

 彼女は店内にアケィラを見つけると猛ダッシュで駆け寄り、カウンターを飛び越えて抱き着こうとする。


「抜け駆け禁止だ!」

「ぐえ!」


 しかしいつの間にかやってきていたカミーラによって首根っこを掴まれて、惜しくも制止させられてしまう。


「げほっ、げほっ、酷いよカミちゃん」

「アケィラの前でカミちゃんって呼ぶな!」

「なんでさー、可愛いから良いじゃん」

「だから恥ずかしいんじゃないか……」


 小声で照れるカミーラだが、その手は決してトゥーガックスを離そうとしない。


「ぶーぶー、そろそろはーなーしーてー」


 トゥーガックスが体を揺らして抗議するものの、アケィラに突撃する可能性がある彼女は絶対に解放されないのであった。


「うるせえ」


 そんな二人に対し、アケィラは二度目のうるせえで抗議するが、それが意味がないことはもう身に染みて分かっている。


「ったく、学生の時と全く変わらねえじゃねーか。少しは大人になって静かにならんもんかね」


 どうやら冒険者学校の時も、二人は今のように騒がしくアケィラに関わっていたようだ。


「むぅ、それを言うならアケィラこそ大人になって素直になったら?」

「そうだな。やる気を出して全力で良いところを見せるべきだ」

「ふん。素直にやる気を出すなんて、むしろ子供がやることだろ」


 あまりの暴論に、二人はやれやれと肩をすくめた。


「(素直じゃないことは認めるんだねー)」

「(素直じゃないことは分かってるんだな)」


 本当は口に出してツッコミを入れたかったが、それをすると拗ねて本気で追い出されかねないから仕方なく自重した。


「それで、今日は何の用だ。ダンジョンで何か見つかったのか?」

「ううん。無事に戻って来たって報告に来ただけ」

「それとアケィラが領主のところに行ったって聞いたから、どうなったか気になった。爵位でも貰ったか?」

「そんなもん叩きつけて返してやるわ!」


 貴族と関わりたくないのに貴族になんかなってしまったら、地獄の政争の幕開けである。死んでもそれだけはありえないと、おぞましさすら感じるアケィラであった。


「その様子じゃ、なんとかなったみたいだね」

「アケィラのことだ。どうせ逃げようとしたけど失敗して、面倒なことに巻き込まれてると思ったんだがな」


 カミーラの予想は半分正解で半分誤りだった。

 逃亡は失敗したが、面倒なことは回避できたからだ。


「この店は続けるんだよね?どこかに行くなんてことは無いよね?」

「無いだろ。ここ以外でアケィラが平穏に暮らせるとは思えない」

「なんでカミーラが答えるんだよ。まぁ今のところは移動する予定は無いがな」


 せっかく領主が他の貴族からの盾となってくれると約束してくれたのだ。その約束が有効で本当に面倒なことが起きないのであれば、移動するメリットは少ない。


 新たな逃亡先を考えるようなことはやっていなかった。


「じゃあこれからも一緒だね!」

「それならダンジョンに一緒に潜ろうぜ」

「はぁ……国外に引っ越しすっかなぁ……」

「なんでよー!」

「トゥーガックスもいるし安全だから良いだろー!」


 カウンターから身を乗り出すようにして抗議する二人の様子を見て、この街に残る判断をしたのは早計だったかなと早くも後悔するアケィラだった。


「あれ、この気配は?」


 どうやって二人を追い返そうかと思考を切り替えようとした瞬間、店の外に人の気配を感じた。


「まさか……おい、お前ら退け」

「お客さん?」

「ふむ、確かに誰かいるな」


 流石に商売の邪魔はしないらしく、二人は部屋の隅へと移動した。以前の失敗があるからカミーラはアケィラの近くで手伝うだなど言い出さなかった。


 コンコン。


 珍しく店の入り口がノックされる。


 気配と、そして丁寧な振る舞い。

 それらからアケィラは来訪者の正体を特定していた。


「どうぞ!入ってください!」


 アケィラにしては珍しく歓迎の意志が込められている。

 音を極力立てずにゆっくりと扉を開けてその人物が入って来た。


 子供かと思えるほどに小さく、でも立ち居振る舞いは優雅でとても大人びている。

 そんなアンバランスな女性だった。


「こんにちは。お久しぶりです。アケィラ君」

「ご無沙汰しております、先生(・・)。ささ、どうぞこちらに!」


 アケィラは急いで椅子を用意し、わざわざその人物の元へと移動してエスコートする。

 カミーラやトゥーガックス相手では絶対にやらない丁寧さである。


「むぅ、私達の時と対応が全く違う」

「仕方ないさ。アケィラは先生の事を尊敬してたからな」


 二人は不満顔ではあるものの、強く抗議はしなかった。

 それは客の前だからというよりも、アケィラの反応の理由を知っていて、しかも自分達にとっても既知の人物だったからだ。


「あらまぁ、カミーラさんやトゥーガックスさんもいらっしゃったのね。二人ともお久しぶりです」

「トゥーッス!先生おひさでーす」

「お久しぶりです、先生」


 三人から先生と呼ばれる人物。

 彼らの共通点を考えると正体など決まっている。


「三人とも冒険者学校以来ですね。元気にしていましたか?」


 その人物は、冒険者学校時代の恩師だった。


「元気も元気、超元気にやってますって」

「あたしはお金稼いで実家を楽に出来ました!」

「ダンジョンに潜ってたっぷり戦ってます」


 各々が好きなことを好きなだけやっている。

 その様子に先生はとても嬉しそうだ。


「皆さん、とても充実した毎日を過ごしているようですね」


 最近まで逃亡したがっていた約一名を除く。

 果たしてそのことに先生は気付いているのだろうか。


「今日は俺に会いに来てくれたんですか?それとも客として来たんですか?」

「もちろん会いに来たのよ。卒業生の様子を確認するのが先生の楽しみなの。貴方達は居場所が分からなかったから、来るのが遅くなっちゃったわ」


 カミーラは頻繁にダンジョンに籠り、トゥーガックスは世界各地を巡りお金を稼ぎ、アケィラはひっそりと隠れて店を開いていたため、簡単には会えなかったのだった。


「あちゃー、そうと分かっていれば先生にだけはこの場所をお伝えしたのに」

「アケィラったら、ホント先生には弱いんだから」

「私達にもあのくらいの対応をしてほしいものだな」


 トラブルメイカーな彼女達に優しく対応するなど、アケィラ的には絶対にありえないことだった。


「お前らうるさいぞ。困らせるばかりのお前らと、相談に真摯に乗ってくれて分かりやすく教えてくれて適度な距離感で接してくれた先生とは人間としての格が違うんだよ」

「ぐは!」

「ぐうっ!」


 全く言い返せずぐぅの音しか出ない二人であった。


「相変わらずの関係なのね。これであの子(・・・)もいれば、まるで学生時代に戻ったかのようね」

「あの子、ですか?」

「!?」

「!?」


 素直に疑問を抱くアケィラと、何故か驚き警戒を強める女性陣。

 あの子とは一体何者なのだろうか。


「ほら、貴方が図書館で良く一緒に勉強していた女の子よ」

「ああ、あの子か。髪が長くて眼鏡をかけている……」

「アケィラ!あの子のことは忘れて!」

「そうだそうだ!思い出すな!」

「な、なんだよ。どういう意味だ?」


 その子の容姿を思い出そうとしていたら、何故か女性陣から強いストップがかけられた。


「アケィラってあの子の名前知ってる?」

「いや、知らないな」

「それはあの子の罠なの!わざと名前を教えないで、容姿を思い出させる作戦なの!」

「は?」


 過去に会った人物のことを思い出す時、名前が出てくればそれでほとんど思い出し終わった気分になるだろう。だが敢えて名前を教えないことで、じっくりと容姿を思い出してくれるのではないか。そうやって何度も頑張って思い出すたびに、脳内でその人物のイメージがより強固に保存される、なんてこともあるかもしれない。


「しかもあいつ、わざと特徴的な容姿にして印象に残させようとしてるんだ!あんな狡猾な奴のことなんか思い出してはダメだ!」

「狡猾って……あんなに大人しくて良い子なのになんてことを言うんだ。そんなわけないだろ。お前らの考えすぎだって。そういやあの頃お前らあの子に妙に絡んでたな。その勘違いのせいだったのか」

「勘違いじゃなーーーーい!」

「あいつはアケィラをガチで狙ってたんだよ!」

「はいはい、妄想乙」


 女性陣がどれほど強く主張してもアケィラは全く聞く耳を持たなかった。

 『あの子』に対するアケィラの印象が良すぎるため、そもそもの印象が悪い二人が何を言っても効果がないのであった。もしも『あの子』が本当に彼女達が言うように狡猾であるならば、それもまた狙い通りだったのかもしれない。


「先生、あの子には絶対にこの店の事を教えないでください!」

「お願いします!」

「俺は別にあいつなら来てくれても良いんだがな。解錠のアイデアをもらえそうだし」

「ダメって言ってるでしょ!」

「絶対にダメだ!」


 噛みつかんばかりの勢いの女性陣に、アケィラは眉を顰めることしか出来なかった。


「相変わらず青春してるわね。今のところはあの子の居場所は私も分かって無いから安心して頂戴」


 だが判明したら先生は彼らのことを伝えるのだろうか。

 先生は明言しなかった。


「そうそう、アケィラ君。今日はまだお店を続ける予定かしら」

「特に決めてませんが、せっかく先生が来てくれたからお店を閉めてお話ししようかなとは思ってます」

「それなら一緒にコレ、飲まない?」

「ワインですか?」


 先生はアイテムボックスから一本のワインを取り出した。


「うお、これ超高級なやつじゃないですか!」

「生徒達と一緒に飲みたいなって思ってたのよ。あの頃は皆さん未成年だったからお酒は飲めなかったでしょう?」

「嬉しいですけど、こんなに貴重な物、良いんですか?」

「ワインは飲まれるために作られているのよ。気にしないで飲みましょう。もちろんカミーラさん達も一緒に」

「わーい」

「ありがとうございます!」


 先生であれば、中途半端にお店を閉めるだなんて良くないことだから開店時間が終わったら飲みましょう、と真面目なことを言いそうなものだ。だがこの先生はアケィラの性格を良く知っていて、彼を喜ばせるために雑な開店態度を全く咎めなかった。このようなアケィラが喜ぶ対応をしてくれることもまた、彼が先生のことを気に入っている理由の一つだった。


「あ、でも俺、ワインの栓抜き持ってないや。先生持って来てます?」


 ワインを飲みたいと思って持って来たのであれば、栓抜きもセットで持ってきているはずだ。相手が持っているとは限らないのだから。先生ならばそのくらいの気遣いは普通にしてくれると思っていた。


「いいえ、持ってないわ」

「あれ?」


 しかし先生は栓抜きを持ってきていなかった。

 それは単に忘れたわけではない。


「アケィラ君が開けて頂戴」

「え?」

「だってここはオープナーなんでしょう?」


 悪戯が成功したかのようにくすくす笑う先生。

 彼女は最初からアケィラに開けて貰うつもりだったのだ。彼を喜ばせるために。


「お任せください!」


 先生の作戦通り、アケィラは満面の笑みを浮かべてワインを受けとった。

 笑顔の理由はオープナーとしての仕事が出来るから、というだけではなく、先生の気遣いがとても嬉しかったからでもあるに違いない。


「最近新しい技を覚えたから、それを披露しますね」

「楽しみだわ」


 アケィラはお得意の極薄魔力を手のひらから生成し、それをワインのコルクに近づける。そしてそれをコルク全体に纏わりつかせた。コルクとビンの間はしっかりと密着されているが、魔力であれば入り込む余地はあるのだ。


「相変わらず物凄い精度の魔力操作ね」

「先生、アケィラに冒険者学校で魔力操作の教師をやってもらうってのはどうでしょうか」

「それは良いアイデアだな。きっと生徒達驚くぞ」


 アケィラは即座に否定しようと思ったが、魔力操作の方に集中することにした。


「確かに生徒達のためにはなるけれど、アケィラ君がやりたくないことを無理強いするつもりはないわ」


 先生がしっかりと断ってくれることが分かっていたからだ。


「先生、そろそろ抜きます」

「その魔力を引っ張ってコルクを抜くの?」

「少し違います。引っ張るんじゃなくて、魔力自身に動いてもらうのです」

「魔力自身に?」

「はい。魔力に指向性を付与したから、俺が操作しなくても自動的に動きます。今は特定の方向に移動させることしか出来ませんが、いずれはもっと精密操作を自動でやれるようになると思ってます」


 魔力に指向性を与える。

 それは先の戦争で冒険者ギルドのギルドマスターから罠の魔導書を開ける依頼を受けた時に知った技術。それをアケィラは少しではあるが自分のものとして使えるようになったのだ。


「なんとまぁ。またとんでもない技術を編み出したのね」

「おかしいなぁ。魔法キャラは私のはずなのに、全く敵う気がしないよ」

「物理キャラの私ですら、異常だと分かるぞ」


 外野を無視し、アケィラは自らの魔力を観察する。

 するとそれらは操作せずとも勝手に上方へと動き出し、コルクがそれに合わせて動き出す。


 ポン!


 小気味良い音と共にコルクが抜け、そのまま天井まで飛んでいった。


「解除しないとどこまでも移動しちまうか。まだまだ改良の余地ありだな」


 もっと分析したいところだが、今はそれよりも大事なことがある。

 アケィラはアイテムボックスから四つのワイングラスを取り出し、貴重なワインをトクトクと注いだ。


「それでは久しぶりの恩師との再会に、乾杯」

「かんぱーい」

「かんぱーい」

「かんぱーい」


 その日、彼らは遅くまで語り合い、オープナー・フルヤから楽しそうな笑い声が外まで届いたのであった。

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― 新着の感想 ―
あや新ヒロインの登場か? 当時の友人にはさすがに勇者は入ってないんですね。 何やかやで随分充実した学生時代だったようなw
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