14. 衛兵と魔物貝
「ほんっっっっっっっっとうに申し訳ありませんっっっっっっっっス!」
「この世界にも五体投地あんのかよ」
「え?」
「いや、何でも無い。とりあえず起きろ」
「はいッス!」
「それとうるせぇから声量下げろ」
「はいッス!!」
「上がってるじゃねーか!」
いつものカウンター席に座り、こめかみを抑えて苦々しい顔をするアケィラ。
逃亡の計画を立てていたらいきなり目の前の男が入って来て、床に伏せて爆音で謝罪して来たのだ。
「オレが勇者様に報告してしまったから、アケィラ様に迷惑をかけてしまったッス……」
「そうだな」
「オレは最低な男ッス~!」
「そうだな」
「うわああああん」
「そうだな」
「まともに聞いてくれてないッス!」
アケィラよりも少し若い衛兵姿のその青年は、アケィラの適当な反応に振り回されてしまっていた。
「俺はマジで困ってる。だからマジで反省しろ」
「マジで反省してるッス!だからこうして謝りにきたッス!」
ビシっと背筋を伸ばした敬礼ポーズを取ったが、真面目にも見えるし、ふざけているようにも見える。
だが彼が本気でアケィラに対して申し訳なく思っていることだけは、雰囲気からビシビシと伝わって来た。
だからといって許せるわけがない。
アケィラにとって、平穏を破壊した直接の原因の人物なのだから。とはいってもその平穏はとっくにヒビ割れていて、誰が触れても壊れてしまいそうな状態だったが。
「お前に正しく口止めしなかった俺も悪い。全力で反省はして欲しいが、もう俺の所に来て謝る必要はない」
優しく許している感を出しているが、内心では許してなどいない。
彼の相手をするのが非常に面倒そうで、許して貰えるまで謝りに来るなんてされたら逃亡の妨げになること間違いなしだから、許した雰囲気を出してもう店に来ないように仕向けたかった。
「そもそもだ。お前らが自力で解決出来ればこんなことにはならなかったんだよ」
「無茶言わないでくださいッス!衛兵に何を期待してるッス!」
「そりゃあ街の平穏を守ることだろ」
「そうッスよね……でも衛兵は冒険者になれない者の集まりッスから……あんな高度な爆弾に対処なんて出来ないッス……」
「冒険者になれない?」
「そうッス。強い人はみんな冒険者になっちゃうッス」
つまり冒険者としてやっていけない弱い人物が、それでも一般人よりかは多少腕が立つということで衛兵という職に就いているのであった。
それで本当に街の治安を守れるのかという話になりそうだが、冒険者ギルドが犯罪の抑止力となっている。冒険者など野蛮な人物が多そうでむしろ犯罪を起こす側のイメージがあるかもしれないが、冒険者学校を卒業しなければ冒険者にはなれず、冒険者学校は犯罪を起こしそうな性格の人物は卒業できないようになっていた。
ということで衛兵の仕事は冒険者ギルドと住み分けされ、凶悪犯と戦うのではなく、小悪党を捕まえたり街の人を避難させたりと街角の平和維持に努めている。
「お前、冒険者学校に行かなかったのか?」
「入学出来なかったッス」
「そんなに弱かったのか……」
冒険者学校に入学するためのハードルはそこまで高くないが、あまりにも弱すぎたり馬鹿すぎると落とされる。衛兵のほとんどは入学したは良いものの卒業出来なかった人物なのだが、目の前の彼は入学すら出来ない究極の落ちこぼれだった。
「小さい頃から冒険者に憧れていて、大人になったら沢山の魔物に会えると思って楽しみだったからショックだったッス」
「会える?戦えるじゃなくて?」
「そうッス!オレ、魔物マニアだから色々な魔物に会いたかったッス!」
「ああ、いるよなそういうやつ」
特に男の子なら格好良い魔物に憧れることもあるだろう。ドラゴンなんかが良い例だ。
「冒険者になれなかったのは悔しいけど、毎日図書館に通って魔物について調べて勉強してるッス!おかげで爆弾のことにも気付けたッス!」
「それが余計だったんだよなぁ」
「え?」
「いや、何でも無い」
彼が爆弾のことを知らなければ、アケィラはこっそりとそれを解除できたかもしれないのだ。
勇者に伝えたことに関しては、数人の衛兵に見られたのでいずれはバレるかもしれないとは思っていた。全員の口を閉ざし続けるなんて難しい。お酒を飲んだ時にでもポロっと口にしてしまう可能性は大いにありえる。
だがそもそも目撃されていなければ、口止めなんてする必要は無かった。爆弾を一人で解除することこそが、あの時のベストな方法であり、彼が爆弾に詳しかったことこそが致命的な結果を生んだのである。
また少しイラっとしかけたアケィラだが、あることに気が付いた。
「待てよ。魔物について勉強してるって言ったな」
「そうッス!世界中の魔物を知ってるッス!」
「爆弾を作る魔物なんてレアなのを知っている上に、その姿形まで覚えているってことは相当か」
「正確には魔物じゃなくて魔族ってくくりで、その中でもあのタイプの爆弾を作るのは……」
「あ~そういうの良いから」
「そうッスか……」
得意の知識を披露しようとしたら止められてしまいシュンとしてしまった。
知識マニアは一度話し出すと長くなるのでこの対処方法が正解である。
「ならお前に聞きたいことがある」
「何ッスか!?」
アケィラの役に立って、失態を少しでも取り返したいと意気込む衛兵。
そんな彼に向かってアケィラはあることを問いかけた。
「大陸の東側に分布する魔物について詳しく教えてくれ」
「大陸の東側ッスか?結構範囲が広いッスけど」
「そうだな。海岸沿いに出現する魔物で良いや」
「分かったッス!」
衛兵による魔物勉強会が始まった。
彼の知識は本当に膨大で深く、魔物図鑑を読み込み全て暗記し、その内容をスムーズに引き出して分かりやすく伝える技術もあった。
アケィラはメモを取るフリをしながら彼の話を真剣そうな表情を作って聞いていた。
「(くっくっくっ、これで良い。俺が逃亡した後、もしも行き先を調べようとする奴が出て来ても、こいつから俺が大陸東部の魔物に興味があったと聞かされたら、そっちに逃亡したと考えるに違いない)」
アケィラの逃亡予定先は大陸の西部。
つまり真逆へと逃亡する準備をしているフリをして、追跡者を欺こうとしていたのだ。
ここで真剣に聞けば聞くほど、その信憑性は高くなる。
アケィラは眠くなるのを必死に堪え、無駄なメモを取りながら衛兵の話を聞いたのだった。
「このくらいッスかね」
彼の話はなんと二時間もかかった。
魔物の性質とかだけでなく、その地方に伝わる魔物に関する伝承などの小話も含めて説明したことが原因だ。
「お、おう……助かった……ぜ」
アケィラは最後まで眠ることなく頑張ったが、あまりの疲れでフラフラだった。
「大丈夫ッスか!?休憩入れるべきだったッスね!つい長く話してしまったッス!」
「(本当だよバカ野郎)いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。むしろ助かったよ」
「良かったッス!」
強引に作り笑いをして心にもない感謝の言葉を告げた。
「ふぅ、疲れた。もう帰って良いぞ」
「え?」
「だってお前、謝りに来たんだろ。気持ちは受け取ったし、貴重な話も聞かせて貰ったから満足だ。もう来なくて大丈夫だ」
「いやいやいや。オレの話はまだ終わってないッス!」
「何だと?」
謝罪した相手がもう良いと言っているのだから早く帰れと強く思うアケィラ。
話を聞き疲れたから店を閉めて爆睡したいのだ。
「謝罪の気持ちにこれを渡しに来たッス。せっかくなので受け取って欲しいッス」
彼はお詫びの品を用意してあったのだ。
それを渡す前に魔物の話になってしまい、渡しそびれていた。
「別に持ち帰っても良いのに」
「そんなこと言わないで貰って欲しいッス。要らない物だったら返してくれて良いッスから」
そう言って彼がポケットから取り出したのは、手乗りサイズの大きさのピンク色のホタテ貝だった。
「この世界にもホタテあるんだ」
「この世界ッスか?」
「いや、何でも無い。それより鮮度は大丈夫なんだろうな。食べてお腹壊しただなんてシャレにならないぞ」
「食べちゃダメっす!これ食べられない魔物ッスから!」
「魔物?」
てっきり食用の海産物を持って来たのかと思いきや、勘違いだったらしい。
「魔物と言っても、もう死んでるっす」
「ふ~ん、でも何でそれが謝罪の品になるんだ?」
「アケィラ様は開かない物を開けるのが好きって聞いたからッス!」
「そのアケィラ様ってのを止めてもらいたいんだが……」
「それなら英雄様ッス!」
「却下だ!」
そんな呼び方を他の人に聞かれたら、何か凄い人物なのかもしれないと思われて調べられてしまうかもしれない。この街から逃亡予定とはいえ、面倒なことは増やしたくないから断固拒否である。
「しょんぼりッス」
「それよりその魔物だが、さっきの話からすると開かないってことなのか?」
「そうッス。それも面白い性質があって、物理的な力を加えると固くなって、魔力で壊そうとすると魔力障壁を張るッス」
「何だって?それ、死んでるんだよな」
「死んでるッス。死んでるけど不思議な性質があって、加工して冒険者の装備品に使われることもあるッス」
物理も魔法も両方とも防いでくれる効果があるならば、確かに装備として優秀だろう。問題はその効果がどれほど強いかだが。
「なるほど確かに面白いな」
アケィラはその魔物貝を受け取って、試しに力を加えてみる。
「む……確かに固い。俺の力じゃ無理だ」
カミーラならば簡単に開けてしまうかもしれないが、アケィラ程度の筋力ではびくともしなかった。
それならばと魔力を纏わせてみる。
「おお、凄い。しっかりと抵抗してくるじゃないか」
貝そのものから強力な魔力の壁が生成され、アケィラの魔力を絶対に通すまいと防御している。
確かに言われた通りの性質を持つ貝だった。
「ならこの状況で力づくで開けたらどうなるんだ?」
「あ!」
今度は魔力を纏わせたまま、物理的に開けてようとしてみる。
「あれ、開いちゃった……」
中身は空で、死骸が入っているということも無かった。
事前に取り除いてあったのかもしれない。
「うう、正解ッス。もう開けちゃうだなんて、つまらなかったッスよね……」
もっと時間をかけて開ける方法を楽しく悩んでくれるかと思ったら、即行で正解を見つけてしまった。全く楽しめないのでは謝罪のプレゼントにならないのではと肩を落とす。
しかしアケィラはそうは思っていなかった。
一刻も早く彼を返して寝たがっていた眼に、興味の色が浮かんでいた。
「そんなことはない。正しい開け方なんてものは一つとは限らない。物理だけで開ける方法や、魔力だけで開ける方法を考えるのは十分に面白そうだ。良い物貰ったわ、サンキュな」
「!?」
お礼を言うアケィラは衛兵の方を見ずに魔物貝を弄っている。
その姿こそが、本気で喜んでいる証拠だろう。
衛兵はようやく安心したのか、全身の緊張が和らいだようだ。
「今度こそもう用は無いだろ。なら帰った帰った」
「わ、分かったッス。喜んでもらえたようで良かったッス」
衛兵は踵を返し、店から出ようとする。
そんな彼の背に、忘れるところだった大事な言葉を投げかける。
「俺が東部の魔物について知りたかったことは秘密だぞ」
「え?どうしてッスか?」
「どうしてもだ。ただ、偉い人に聞かれたら仕方ないから言って良いぞ。こんなんでお前が罰せられるのは悪いからな」
「良く分からないけど、分かったッス。今度こそ誰にも言わないッス!」
「ああ、頼む」
ここで彼に秘密にしろと頼むことで、アケィラがこっそり東部に逃げたかったのだろうと更に思われやすくなる。
最後にしっかりと罠を重ねがけして大満足なアケィラは、魔物貝を楽しく弄り始めるのであった。




