第80話
■side:東京私立大神高等学校1年 鳥安 明美
「Bチーム休憩!次、Cチーム入って!」
「はい!」
周囲の元気が良い声など無視してベンチに倒れるように座り込むと、水を一気に飲む。
VR世界なので実際に身体が動いた訳ではないのだが、精神的な消耗が物凄い。
『どうしてこんなに元気なんだろう、この連中』などと思いながら、ようやくの休憩で身体を休める。
目の前のモニターでは、レギュラーメンバー候補達による紅白戦が行われていた。
先ほどまで私もそこに居たのだが、こうもぶっ続けで戦うとか集中力にも限界がある。
これが強豪校の練習風景だと言えばそうなのだろうが、それにしたってもう少し休憩を挟もうよと思わなくはない。
今年のウチはストライカー勢が多いことから、ストライカーを中心とした戦術を多く採用している。
それもここ最近、伝統になりつつある『防御型KD戦術』というやつだ。
その戦術のメインであった『白石 舞』は卒業してしまった。
なので今年は違う戦術になる予定だったらしいが、運良くと言うべきか状況が変わる。
つまり私の入学である。
これによって『白石 舞』のポジションに『鳥安 明美』を入れた実験が繰り返されることになった。
そこからの地獄の日々は、正直思い出したくないレベルで辛かった。
というかその大半は、現在進行形である。
結局、若干の修正が入ったものの伝統ある戦術は可能という判断らしく、継続して同じ動きをさせられていた。
「……えぐい」
色んな意味で。
この戦術のための練習も、その戦術の効果も。
紅白戦で相手をしてくれるメンバーは、よく心が折れないなと思う。
一方的に蹂躙されるとか、例え練習試合でも結構キツイと思うんだけどなぁ。
でもまあ解らなくもない。
こういう場所でも自分は使えるとアピール出来れば、チャンスに繋がる可能性もあるだろう。
特に今年、私と共に入った部員達には頑張って欲しい所だ。
そもそも明らかに私達1年生だけ練習量がおかしい。
まるで『限界を見たい』という感じで、徹底して追い込まれている感じがする。
そういうスタイルは、一番嫌いだ。
何事も自分のペースが一番である。
なのにどうして『練習』というものは、こうもアバウトなのだろうか。
まだU-15の監督の方が、細かい指導があったぐらいだ。
……中身に関しては、擬音が多すぎるのでアレだったけど。
流石にアリス先輩に追い回されるのに比べればマシなんだけど、それにしたって容赦がないと思う。
そんな感想を抱いていると、もう休憩は終わりだと言わんがばかりに名指しで呼ばれる。
思わずため息が出るものの、行かない訳にはいかないだろう。
■side:東京私立大神高等学校2年リーダー 谷町 香織
今、まさに笑顔でこちらに来る『あけみん』に思わず苦笑する。
まあ彼女の言いたいことも解らなくもない。
今年は監督の方針もあり『基礎から徹底していこう』という話で、練習量が凄く増えた。
更に今年入学してきた1年生達には『特別メニュー』をぶち込んである。
本来なら、これで各選手の特性を把握するはずだった。
しかし何事にも例外というものが存在するようで、特別メニューを耐えきった人物が現れた。
それこそが『鳥安 明美』である。
これには、私だけでなく監督も驚いていた。
「大丈夫?問題ない?」
「はい!頑張ります!」
笑顔で少し噛み合わないことを言い出したあけみん。
彼女がこういう受け答えをする時は、大体その笑顔の下で盛大に暴言などを吐いている場合が多い。
鳥安明美とは、そういう少女だ。
笑顔を振りまき、敵意など微塵も見せない癖して常に噛みつくチャンスを窺う。
そしてそれすら見透かされると、ボロボロの牙を見せて『安全でしょ?』とアピールしてくる。
そうやって相手が油断した瞬間を狙い、隠してきた鋭利な爪で一撃……というタイプだ。
実際に彼女だけは、多少休憩を入れたとはいえ動けている。
2~3年生の中でもダウンする奴が出るであろうものなのにだ。
アリスの奴が『ハイエナ』と言っていたのも理解出来る。
「じゃあ今の試合が終わったら5番機の石井と交代して入ってね」
「……了解です」
VR装置5番の石井さんも動きは悪くないのだが集中力切れか、少し精彩を欠いていた。
とにかく徹底して練習を行い『あけみん』をチームと一体化させないと。
■side:東京私立大神高等学校2年 大野 晶
「う~ん、これはこれで凄いなぁ」
ダメージを当てつつプレッシャーをかけていた相手が動いた瞬間、狙撃によって撃破された。
やったのは『あけみん』こと『鳥安明美』だ。
U-15の頃もそれなりにヤバイ奴だったが、今の方が数倍ヤバイ。
白石先輩とは違う方向ではあるのだが、ダメージを受けた相手を確実に仕留めていくのは少し恐怖を感じるレベルだ。
「う~、やすみた~い。つかれたよ~」
先ほどから独り言を延々と言っているが、どうも無自覚らしい。
あまり不満を溜め込むのはどうかと思うと監督に言ったこともあった。
しかし内容を手加減するとコイツはサボるのだ。
どうにかして丁度良い所を探ろうとしたのだが、結局は『多少厳しめでいい』という扱いになったらしい。
普段は抜け目がないという評価の癖に、こういうことだけは苦手なのかと思ってしまう。
まあ、あの特別メニューを抜け切ったのだ。
根性はあるから問題はない。
白石先輩が抜けた穴をしっかりと埋めてくれることを期待しよう。
紅白戦に意識を戻すと、相手側の江里口先輩が銃撃戦をしてこないのを好機と見て滑り込んできた。
「私相手に接近戦とか、後悔しないで下さいねッ!!」
相手に聞こえるようにそう叫びながらショットガンを構えると、私からも積極的に距離を詰めに行った。
■side:東京私立大神高等学校2年 鈴木 桃香
「鳥、煩い、黙れ」
無自覚だか何だか知らないが通信をオンにしたまま延々と愚痴を聞かされるこちらの身にもなれと言いたい。
まあコイツのことだ。
無自覚ながら『わざと聞かせている』のだろう。
「えっ?あれ?またやっちゃいました?」
「……そういうアピールは、そういうのが効く相手にやれ。次やったら味方でも砲弾叩き込むからな」
「え~。……あ、はい、わかりましたから!ガトリングこっち向けないで下さいよ~!」
まったく、コイツはいつもコレだ。
無駄に笑顔で周囲を気遣うような感じで『良い子』を演じているが、実際はそんな奴じゃない。
自分のためなら世話になった飼い主の手すら躊躇いもせず噛みつくだろう。
だからこそある意味信頼出来るし、ある意味面倒なのだ。
「香織、何とかしろ」
「……私に言わないでよ」
「リーダーでしょうに」
「善処しますってことで」
誰に文句を言っても結局こうだ。
絶妙な『加減』というものを知っている。
アリスが最近『クソバード』と言っているのも理解出来る。
「というかクソバード。さっさと動け。指示出てるだろ」
「クソバードって何ですかッ!?」
「良い名前じゃない」
「100%悪意の塊じゃないですかぁ~!!」
「ああ、ハイエナクソバードってそういう……」
何故か、晶が会話に入ってくる。
「もっと酷くなったじゃないですか!」
「いや、アリスがそんなこと言ってたな~と」
「アリスせんぱ~い!変なあだ名付けないでくださいよ~!!」
「だから通信で叫ぶな、クソバード」
「もうクソバード確定ッ!?」
「……アナタ達、練習中だってこと忘れてないかしら?」
あまりにクソバードが騒ぐせいで、ついに監督が出てきてしまう。
そのせいで結局、全員が謝罪するハメになった。
最近毎日こんな感じで練習ばかりの日々が過ぎていった。
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