第74話 白石舞の近況
■東京Go!Go!ガッツ:通称・東京ガッツ。東京を本拠地とする最古参チームの1つで常に優勝争いに参加してくる強豪チームでもある。固定ファンも多く常に『勝利』が求められるため、かなりのプレッシャーを選手達は背負うことになる。その分、選手の待遇などは最高クラスと評判。
■side:東京Go!Go!ガッツ 白石 舞
プロのLEGEND選手になる。
それは私の夢だった。
だが実際にプロになって思うことがある。
『実際、そこまで華やかでもないな』と。
むしろ仲良さげなのは常にレギュラーの座に居座る選手ぐらいだ。
あとは表だけで、裏では激しいレギュラー争いどころかベンチ争いまで起こっている。
前まではシーズンを通しての戦績しか見ていない関係で『手抜き試合』とも呼べるものまであったそうだがどこかの総攻撃以降、そういったことをすると炎上案件となるため常に全力が求められるようになったらしい。
そのため気軽に全力チームを出せなくなり、どの試合も勝敗が読みにくくなったそうな。
まあその代わりに今まで活躍の場が無かった選手達の出場機会が大幅に増えたことで、ファンからすると面白くなったと好評らしい。
そんな大人の事情なども当たり前のように存在する世界。
しかしここで生きていくと決めた以上、私は私が出来ることをやるだけだ。
練習は学生時代に比べれば緩いものの、常に見られて評価されていると思えば気苦労の方が大きい。
幸い私は最初から1軍のベンチスタートなので試合に出る機会も多い。
そうして新しい生活にも少しだけ慣れた頃。
とあるテレビ番組に呼ばれた。
有名芸能人達が、各種スポーツのプロとハンデ戦で勝負をしてどれだけ勝てるのか?という番組だ。
芸能人側も運動神経が良い人材を揃えてくるため、毎回面白い勝負になることが多いらしい。
そのため展開が読めないと人気な番組だそうな。
今回、その番組は特別編らしく豪華な芸能人と豪華なスポーツ選手による夢の競演がテーマだそうで、何故か私が呼ばれた。
もちろん対決はLEGEND。
超長距離狙撃勝負ということで、ハンデもそれなりにある。
芸能人側が、1km狙撃なのに対してこちらは5km狙撃。
的には点数が書いてあり、中心に近いほど高得点だ。
1km狙撃はライフルの射程圏内なのである意味余裕だろう。
問題は、こちらの5km狙撃だ。
軽く世界レベルの狙撃を求められている。
しかも使用するのは、番組側が用意した精度をあえて悪くした狙撃銃。
事前に軽く練習をしても構わないらしいが……。
先ほどから隣で鳴り響くライフル銃の発砲音。
「……精度悪すぎません、これ?」
「番組を考えればもっと悪くてもおかしくなかった」
「まあ確かにそうなんですけど~」
先ほどから会話をしつつ5km先の的に弾をバンバン当てているのは、同じく番組に出場するLEGEND選手。
ある意味、誰もが知る選手だろう。
「ところで舞、撃たないの?」
「そうですよ、白石先輩。結構これ癖強いですよ?」
U-18女子日本代表で散々暴れた日本を代表する選手である霧島アリス。
そしてU-15女子日本代表で大会MVPを獲得した鳥安明美である。
「……アナタ達、空気って読める?」
思わずため息と共にそう呟く。
「大丈夫、大丈夫。番組が上手く処理してくれる」
「そうですよ、芸能人側だって毎回結構良い成績だそうなので問題ないですよ~」
しかしこの2人は、能天気にもそんなことを言い出した。
コイツらは、周囲が見えていないのか?
先ほどから5km先の的の中心にしか弾を当てていないアリス。
5発中3発を命中させ、その内1発は中心に当てる明美。
その予想外の命中精度にひそひそと会話をし始めるスタッフたち。
番組は、私達を隠したままで1人づつ対決させて勝てば対戦相手が誰だったのかを公表。
そして次の対戦相手と戦うという形で段々と強敵になっていくという形だ。
しかし今回、明美⇒私⇒アリスという順番になっている。
……この企画を考えた人間は、馬鹿なのだろうか?
本気で今、そう思っている。
コイツらが空気を読むとは思わない。
下手をすれば最初の明美で芸能人側が全滅などということも十分あり得る。
しかし私にはどうすることも出来ない。
そして時間が過ぎ、ついに始まった番組収録。
昔からテレビで見ることがあったベテランのお笑い芸人とスポーツが得意なアイドル達が現れる。
更には、いざと言う時の助っ人として元プロ選手も登場してきた。
向こうは、こちらのことを一切知らない。
なので『歴代最高チームだ!』『負ける訳がない!』などと豪語している。
そんな彼らの幸せな時間は、スグに終わった。
予想通り、最初の明美で事件が起こる。
ベテランお笑い芸人達は、ネタなのか本気なのか1km狙撃を5発中1~2発しか命中出来なかった。
しかも的の端ギリギリである。
対して一番手の彼女は、5発中3発をキッチリ当てて勝利。
次に仇を取ってやると言って出てきた運動神経抜群のアイドル。
言うだけあって5発中3発は外したものの2発をど真ん中に当てて番組を盛り上げた。
しかし残念な子は、5発中3発をど真ん中に命中させるという馬鹿をやってアイドル達を敗北させる。
そうして早々に現れた元プロ。
彼女は現役時代『狙撃の女王』と呼ばれた選手だ。
しかしデータで言えば試合中の狙撃命中率は『50%』ほど。
ヘッドショット率に関しては10%以下だ。
だがこの戦績でも昔のブレイカーとしては破格の戦績である。
そのためこの元プロが悪いという訳ではない。
問題なのはこちらの方だ。
目の前の馬鹿鳥は、平均命中率80%を超えている。
ヘッドショット率も3割超えだ。
元プロはそれでも意地を見せ5発中2発をど真ん中、2発を真ん中近くに命中させた。
これは流石に元プロの勝ちか?
誰もがそう思っただろう。
だがここでそれを上回るのが馬鹿鳥が馬鹿鳥たる所以だ。
5発中3発をど真ん中、1発を中央近くに命中させ点数差で勝利するという一番やってはダメな勝ち方をしてしまった。
あまりの出来事に固まる番組スタッフ。
そしてこれは番組として成立するのか?とスタッフと相談し始める芸能人達。
「やった!勝ちました!」
と言いながら嬉しそうに帰ってきた鳥の頭をとりあえず銃で殴りつける。
「あだっ!何するんですか!」
VR世界のため対して痛みを与えられないのが残念な所だ。
結局相談の結果、泣きの再戦という形で団体戦のような形になった。
つまりまだ戦っていない私とアリスの2人と勝負して先に2勝した方が勝ちという話だ。
それで勝負が決まると、先にこちらから射撃をすることになった。
「……さて、どうしたものか」
番組スタッフから遠まわしに『手加減してくれ』と言われたので最初は適当に撃つ。
そうすることで5発中1発がど真ん中、1発が至近弾で1発が的の端ギリギリ。2発がハズレという結果となった。
この結果に番組スタッフの顔色も明るくなる。
これで問題ないだろう。
そう思っていたが現実というものは、時として予想外な展開となる。
緊張しているのか、それとも先ほどの対決でプライドが折れたのか。
芸能人達も元プロも私以下の成績しか出せず、またも彼らは敗北となった。
それでも芸人達は、流石に慣れている。
綺麗な土下座をして最後の1人に勝てば逆転勝利という条件を出して再試合に持ち込んだ。
しかし相手はアレである。
私には嫌な予感しかしない。
少しの休憩を挟んだ後、彼らが挑んだ最終決戦は予想通りだった。
空気を読まない代表が、劣悪な狙撃銃を使って5km先の的の中心に5発全てを命中させるという神業を見せた。
これには芸能人達も『勝てねぇ~よ~(笑)』とその場でひっくり返りながら抗議をする。
ここまで来ると元プロも苦笑いするしかない。
結果的に更なる特別ルールとして、全員で5km先の的に1発でもど真ん中に命中させれば勝利という話になった。
スペシャル逆転チャンスと呼ばれたこの勝負も結果的にアイドルが的の中央付近に命中させるという奇跡を見せて盛り上がったもののど真ん中に命中させることが出来ずに終了。
ある意味予想通り、私達の勝利として勝負が終わった。
そして最後に彼らが誰と戦っていたのかを特別に見せるという話になり私達が登場。
芸能人チームからは『そりゃ勝てねぇ~わ』『番組スタッフ何考えてるの~?』などと笑い声が出て番組収録が終わった。
後日、それが放送されるとスグにネットで大きな反響となった。
特に多かったのは『番組の殺意が高すぎる』という話だ。
流石に現役最強女子高生や期待の新人プロに勝てる訳がないだろうと。
中には『精度を悪くした程度で彼女らが外す訳がないだろう。零式ライフル舐めるなよ』という声も登場する。
その意見で『いかに零式ライフルが扱いにくいのか』ということが語られるようになり、零式ライフルを扱える選手は一流という謎の風潮が生まれた。
それにより零式ライフルは、再度ブレイクしてまたも売り上げが上がったらしい。
まあそういったことなどもありながら、一応プロとして何とか頑張れている。
今の目標は、レギュラーを確定させることだ。
「さて、今日も頑張りますか」
かつては周囲に振り回され、努力することでしか自分を証明出来なかった。
しかし今、思っていた未来とは少し違うものの比較的充実した毎日を送っている。
誤字・脱字などありましたら修正機能もしくは感想などからお知らせ下さい。




