第139話
■side:私立琵琶湖スポーツ女子学園1年 とあるLEGEND部部員
「あと5周。目標タイム5秒短縮」
その言葉を聞いてみんなが不満の声を上げる。
「別に止めたきゃ止めていいのよ?」
普通ならそこは『文句を言う暇があれば走れ』とかではないのだろうか。
しかしここ最近の流れを考えれば……誰もがそう思ったのか全員が一斉に走る速度を上げた。
今、私は全国大会2連覇という偉業を成し遂げ、世界レベルの選手が数多く所属する私立琵琶湖スポーツ女子学園のLEGEND部に所属している。
最新設備を使いたい放題で世界レベルの選手が上級生に居るとなれば、これ以上の環境は無い。
同期の中には去年のU-15女子日本代表なども居たりする。
しかし今では新入生全員が同じ地獄を味わっていた。
毎日延々とグラウンドを走らされる日々。
ここ1ヶ月ほどVR装置にほとんど触れてすらいない。
最新設備があり効率的なトレーニングなど山ほどあるだろう状況で、今行われているのは原始的な『走る』という行為。
しかも1周するごとに決められたタイムが削られていく。
このタイムで走りきれないと地獄の坂道ダッシュという罰ゲームが待っている。
陸上部ですら最適化された効率的なトレーニングをしているというのに、私達はただ延々と走っているだけ。
これが普通の学校であるなら下手をすれば体罰だと訴えられるだろう。
でも参加する誰もが反論しない。
「―――まあ、そりゃあんなことがあればね」
私はそう呟きながら走る速度を上げる。
何故ならこのトレーニングを仕切っているのが、世界最強と呼ばれた霧島アリスだからだ。
事の始まりは、ある日いきなり彼女がいつもの練習が始まる前に言った言葉だ。
「交代制に慣れ過ぎている」
LEGENDというスポーツでは、いつでも選手の交代が気軽に出来る。
以前は色々と制限などもあったりしたが、今では比較的交代しやすい環境だと言える。
特に最近では昔ながらの『最初のメンバーから滅多に変更しない』というスタイルから『積極的に状況に合わせて交代する』方向へと流れが変わってきた。
しかし世界の霧島アリスはそれを許容出来ないらしく『フルタイムで戦える根性そのものが足りない』と持論を展開。
そして最終的には『まずは根性を鍛え直す方が先』と言って現在のような原始的なトレーニングを行いだした。
最初はそれに反発する子も多かった。
でも霧島先輩によって全て論破された挙句に『別にやりたくないならそれでも構わないけど、この程度のことも出来ない根性無しが試合で活躍出来るとはとても思えないわね』とご丁寧に挑発付きで返されてしまう。
そんな霧島先輩の行動は徹底していた。
文句を言う者に対しては止めれば良いと言って特に何かすることもない。
タイムオーバーの罰ゲームもやりたくないという子に強制もしない。
こうなってくると甘く考えて適度にやる気の無い子も出てきたりする。
それらを放置するのは何故なのか。
それはこの前のゲームで嫌というほど理解させられた。
久々のVR装置を使ったLEGENDの練習。
単純にチームを決めての紅白戦。
少し普通と違うのは『途中交代なし』というルール。
つまり最初から最後までフルタイムで戦えという話だ。
休憩を適度に挟みつつの連戦となるはずが、最初の試合で既に脱落者が出始める。
最初に脱落していくのは、練習などに対して反論したり拒んだりしていた子達ばかり。
そのまま人数調整をしつつ2試合目になると疲労からか動きや判断が鈍ってまともな勝負にならなかった。
そこにトドメとばかりに霧島先輩の言葉。
「そうやってどこかに甘えがあるから弱いままなのよ。それでよく強くなりたいとか言えるわね」
その後に見せて貰った先輩達が戦う試合は、休憩なしの3連戦にも関わらず誰も疲れを感じさせない動きだった。
思えば、あの日からかな。
誰も霧島先輩のトレーニングに露骨な反発をしなくなったのは。
何より今までフルタイムで戦うスタミナが無かった子がフルタイムで戦えるようになっていたり、重装備を上手く扱えていなかった子がしっかり使いこなすなど、明らかな変化があったのも大きいけども。
今では学校の陸上部などの運動系部員達が私達のトレーニングを見て『うわぁ……』って感じの顔をしているのを見かけるぐらいだ。
今日もそんな顔をした連中に見られながらひたすら走る。
「―――はい、タイム5秒短縮」
私は……そう、ただのLEGEND部部員。
でも……でもいつか霧島先輩に認められてレギュラーになるのが目標だ。
「―――こんなところで負けてられないよねッ!」
私は、更に走る速度を上げた。
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◆お知らせ
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皆様の応援のおかげです。
本作は前回の第9回で最終選考に残るも受賞ならずという所まで行きました。
今回どうなるかはわかりませんが、応援して頂けると幸いです。
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