狙われたのは、どちら?
シエナ視点です。
♢
「そう。ミーアちゃんは、14歳なのね」
「なのニャ」
フィコマシーとミーアが楽しそうに話している。
(ミーアちゃんが泊まりに来てくれて、本当に良かった)
シエナはミーア、更におそらくはミーアがココへ来るように配慮してくれたサブローに、感謝する。
心がこもっていない歓迎の言葉を並べたてる村長らへの対応に、シエナはウンザリしていた。
フィコマシーの顔にも疲れの色が見え始めていたとき、ミーアがヒョッコリ姿を現す。
フィコマシーがパっと笑顔になってくれて、シエナはお嬢様を癒してくれる〝ミーア効果〟を実感したものだ。
ミーアの裏表の無い素直な性格が、フィコマシーには新鮮で、それ以上に心が安らぐのだろう。
シエナもミーアのことを、好きだし信頼していた。
尤も、シエナがミーアを信じる1番の理由は、『ミーアちゃんは、サブローさんの大切なパートナー』という点にあったのかもしれないが。
サブローが捕虜たちの治療代として金貨を手渡してくれた折、シエナは驚くとともに泣きそうになった。
今日出会ったばかりのサブローが、自分たちにこれ程優しくしてくれるなんて信じられない。
サブローの心遣いは、シエナにとってあまりにも有り難かった。そして、自身の頼りなさがサブローを失望させないか心配になった。
フィコマシーも、サブローについて興味津々なのだろう。ミーアからサブローの話題が聞けて、嬉しがる様子を見せている。
「ミーアちゃんは、サブローさんと獣人の森で会ったのね」
「にゃ」
ミーアの人間語は、まだまだ拙い。そのため意思の疎通には時間が掛かるし、イマイチ話の中身が良く分からないケースも多い。
けれども、別に時間制限があったり、厳密な言語解釈を求められている訳では無い。
フィコマシーもミーアも、人間語と猫族語の相違を面白がりつつ、ユックリ時間を掛けて会話している。
ミーアの説明によると、サブローは猫族の村で『カニハンター』と呼ばれていたそうだ。
(《カニハンター》とは、どのような意味なのかしら?)とシエナは首を傾げる。
武術の達人であるサブローが得た称号だ。きっと素晴らしい敬称名であり、深遠な命名理由があるに違いない。
また何だか、ミーアは『サブローが出会い頭におっぱいの数を訊いてきた』といった内容を喋っているような気がする。
(ミーアちゃんのお喋りには、人間語と猫族語が混じってる。そのせいか、聞き取りにくい……。私ったら、馬鹿ね。高潔な人柄で爽やかな性格のサブローさんが、女性におっぱいの数を質問するなんて異常事態、天地がひっくり返っても起こり得るはずが無いのに)
シエナは異種族と交流する際の言語の重要性について、改めて痛感した。
♢
夜も、かなり更けてきた。
シエナはフィコマシーに「私は少し、外の様子を見てきます」と告げ、ミーアへ「ミーアちゃん。フィコマシーお嬢様のことを、お願いね」と頼み込んだ。
ミーアが「任せるにゃ!」と両手を元気良くぶんぶん振る。
猫族少女の可愛い仕草に、フィコマシーもシエナも思わず微笑んだ。
春の陽気のおかげで、夜の風が心地良い。
シエナは村長宅周辺を軽く見回った後、負傷した襲撃者3人が手当てを受けている治療小屋へと向かった。
小屋の中に入ると、捕虜3人の面倒を村人2人が見てくれていた。
シエナは世話を担当している村人に会釈して、しばしの間、席を外してもらう。
ある程度事情を察している村人は、快く応じてくれた。
治療小屋の中に居るのは、シエナと捕虜3人だけになった。
重傷を負った2人は未だに意識不明だが、軽傷で済んだ1人は動ける状態にまで回復したため、逃げないように縄で縛られている。
シエナは、厳重に縛められている軽傷の男を叩き起こし、尋問を開始した。
「アナタ達は、何が目的で馬車を襲ったのかしら? アナタは昼間、『白鳥だと思ったら白豚だった』と口走っていたわね。馬車の中には誰が乗っていると推定していたの?」
「そんなこと聞いてどうすんだ? メイドのお前に白状して、俺に何の得がある?」
男が嘯く。
シエナは、問答無用で男の鳩尾に肘打ちを喰らわせた。痛みのあまり呼吸困難に陥った男の髪の毛を、乱暴に左手で掴む。
少女の右手には、いつの間にか巨大な縫い針が握られていた。
シエナは、針の先端を男の眼球に近づける。
「誤解しないで。アナタが生きているのは、あくまでお嬢様ともう1人の方の慈悲のおかげ。私としては、今ここでアナタが死んでも一向に構わないのよ。問い質せる相手はまだ2人、残ってるし」
シエナはそう脅し、横たわったままの重傷者2名にチラリと目をやった。
少女の本気を悟ったのだろう。
男の顔に怯えが走る。
「わ、分かった。話すよ。でも、どっちみち、俺はたいしたことは知っちゃいないぞ!」
「それは、こちらで判断するわ」
酷薄なシエナの声。針を持った手は、微動だにしない。
「俺たちが受けた依頼内容は、『馬車でナルドットへ向かうオリネロッテを襲え』と言うものだ」
「依頼主は?」
「覆面をしていて、顔も分からないヤツだよ。1回、会ったきりだ。ソイツも別人からの仲介をしただけらしい」
「いい加減なことを!」
「本当だって! 前金で全額支払ってきたもんだから、連絡を取る必要も無かったのさ」
(依頼金がフイになるかもしれないのに、正体を隠すほうを優先したのね。随分と用心深い)
シエナが独り言ちる。
「今日、あの場所を馬車が通ることをどうして知っていたの?」
「馬車の通過ルートと日時については、依頼人が詳細に把握していて、俺たちに伝えてきたんだ」
(お嬢様がナルドットへ向かう日程は、バイドグルド家の一部の人間しか認知していないはず。どこで漏れたの?)
「『オリネロッテ様を襲え』との指示を受けたと、述べたわね。オリネロッテ様を殺すつもりだったのかしら?」
「『殺せれば1番良いが、傷を負わせるだけでも構わない』という注文だった。最低でも『襲われた。そして、身を汚されたかもしれない』って風聞が立てば、王太子との婚約が成立しなくなるって話だったな」
(つまり襲撃を依頼した人物の目的は、王太子殿下とオリネロッテ様の婚約を妨害すること? でも、何かオカしい)
「オリネロッテ様が乗っている馬車の護衛が騎士2名だけなんて、変だとは考えなかったのですか?」
「いつもは豪華な供揃えで移動するんで、今回はわざと少ない人数で目立たないようにするんだって告げられていたんだよ! へっ、まさか乗っていたのが、白豚だとはな。俺たちが騙されたのか、依頼してきたヤツも騙されていたのか……いずれにしろ、白鳥と比べてみすぼらしすぎる獲物でガッカリだぜ」
「減らず口を叩くな!」
シエナは、男に対して凶器を振るいたくなる自分を懸命に抑えた。
男を突き転ばし、針を袖の中に仕舞う。巨大針はスナザに伝授された暗器の1つで、万一に備えていつも隠し持っているのだ。
そのまま屋外に出ようとするシエナへ、男は捨て鉢なセリフを投げ掛ける。
「今は生かしてくれちゃいるが、最終的にはどっちみち処刑場行きだろ。あ~あ、これで俺たちも一巻の終わりか。やっぱり、ヤバい案件に手を出すんじゃ無かったぜ」
男の声に、嘲笑の響きが混じる。
「なぁ、メイドさんよ。アンタの忠義は立派だけど、多分このままじゃ、アンタ、遠からず俺たちと同じように命を落とすハメになるぜ」
少女は男の言葉を無視した。
外で待機していた村人に礼を述べ、シエナは村長宅へ向かって歩き出す。
夜のロスクバ村は人気も無く、ヒッソリと静まりかえっている。
幸い2つの月と多くの星明かりが足もとを照らしてくれているため、歩行に不自由は無い。
(いくら何でも、馬車の護衛人数から移動の日や地点に至るまで、情報が漏洩しすぎている。バイドグルド家の誰かが、意図的に外部へ流したの? しかもわざと、フィコマシー様をオリネロッテ様と勘違いさせるようにして?)
そこで、シエナは怖ろしい可能性に思い当たる。
(今回のフィコマシー様のナルドット行きは、侯爵様の勧めによるモノだった。もし侯爵様がオリネロッテ様の敵を炙り出すための囮として、フィコマシー様を利用しようとしたのなら……)
シエナは頭を強く振って、イヤな考えを振り払う。
(情が薄くても、侯爵様とフィコマシー様は実の親子。そんな酷いことをなさるはずは無いわ。きっと、貴族の誰かが、オリネロッテ様と王太子殿下の仲を裂こうと企てたのよ。王太子殿下の婚約者候補はオリネロッテ様の他にもたくさん居られる訳だし、疑わしい貴族は幾人でも挙げられる。あらゆるところより仕入れた複数の情報をつなぎ合わせている最中に、犯人はフィコマシー様をオリネロッテ様と誤認してしまったんだわ)
憂慮したシエナは、(オリネロッテ様の恋愛関連のとばっちりをフィコマシー様が受けるなんて、堪らない。より一層、オリネロッテ様とは距離を置くようにしよう)と決意する。
そして、突然ピタリと足を止めた。
(本当に今回の犯行は、オリネロッテ様を標的にしたものだったの?)
シエナはゾッとした。背筋に寒気が走る。
(『オリネロッテ様と間違われてフィコマシー様が襲われた』との理由付けで、真実はフィコマシー様の命が狙われたんだとしたら?)
そんなことが、あり得るだろうか?
オリネロッテと比べて、フィコマシーのベスナーク王国やバイドグルド家における立場は悲しいほどに低い。けれども、フィコマシーの存在を邪魔に思う者が居ないとは限らない。
例えば、王太子。
オリネロッテに首ったけの王太子は、求愛相手の実姉であるフィコマシーの容姿について、常に苦々しい目を向けてくる。
ベスナーク王国の王太子は、フィコマシーの1つ上の17歳。文武に優れた若者であるが、性格は多少独善的だ。
しかし、自己の恋愛に関するイザコザ程度のことで、顔見知りの殺害を計画するほど短慮ではなかったはず。
(ううん。怖いのは王太子殿下個人じゃ無くて、王家そのもの)
ベスナーク王国の女王メリアベス2世は有能な治政者だが、それだけ冷酷な面もある。フィコマシーの存在意義を利害得失で判断した場合、排除に動く可能性も充分にあるのだ。
もしオリネロッテが王太子妃になったら、フィコマシーの夫は自動的に王太子の義理の兄になる。あの愚かな伯爵家の次男坊が王太子の義兄になるなんて、王家としては面白くないに違いない。
伯爵家の次男とフィコマシーの婚約を破棄させたとしても、王家から見たフィコマシーの立ち位置は変わらない。利用価値が低い割に、王家への干渉性が高いのだ。
将来を見据えて、今のうちに取り除こうとしたとしても、不思議では無い。
その場合、王家として気を付けなければならないのはナルドット侯の反応だ。
侯爵がどの程度フィコマシーの生存を重要視しているのか、今回の襲撃で試したのかもしれない。
それなら『侯爵令嬢謀殺』という重大案件の割に、襲撃者の質が低かったことにも納得がいく。
(今日の事件は、王家と侯爵様の暗黙の了解のうちに行われた?)
フィコマシーにとって、王家もバイドグルド家も敵なのだろうか?
もしそうなら、ベスナーク王国の全てがフィコマシーとシエナの敵と言うことになる。
(私の考えすぎだわ。確かに、オリネロッテ様はメリアベス陛下の大のお気に入り……。でもその一方で、陛下はフィコマシー様に対しても比較的、当たりは柔らかかった……)
もちろん、一介のメイドであるシエナは、女王に直接会った経験はない。
けれど、メリアベスに拝謁した後のフィコマシーは、いつも穏やかであった。落ち込んだりしていることは、無かったのである。
その事実は、重要だ。
(仮に、女王陛下が辛辣な態度をお取りになられていたとしたら、謁見後のフィコマシーお嬢様のご様子は異なっていたはず)
そう。フィコマシーは、女王に面会するのを決して嫌がってはいなかった。
しかし……賢王であればあるほど、公的な決定をする際、私的な感情には蓋をしてしまうに違いない。
ベスナーク王国の臣民として、シエナは当然ながら王家を敬愛している。その王家が、大切なフィコマシーお嬢様を害そうと企てているとしたら……。
シエナは、瞼を指で押さえて揉みほぐす。袋小路に迷い込んだ思考を、リセットする。
今日、シエナは人生で初めて命のやり取りをした。
(だから、少しばかり過敏になっているんだわ。所詮、私の妄想よ。私は今まで通り、お嬢様の護衛に徹っすれば良い)
男が最後にシエナに浴びせかけてきた文句が、記憶の縁より蘇る。
――『アンタ、遠からず俺たちと同じように命を落とすハメになるぜ』
春の闇風が、急に肌寒くなった。
少女は、両腕でギュッと自分の身体を抱きしめる。
(サブローさん)
シエナは、サブローに会いたくなった。サブローの顔を一目見れば、安心できるような気がした。
でも、さすがにこんなに夜遅く、男だけが寝泊まりしている家屋を訪れる訳にはいかない。
明日の朝になったらこの村を立ち、明後日中にはナルドットの街に到着する予定だ。
シエナは、これまで何度もナルドットを訪れている。王都の次に慣れ親しんだ土地だ。
にもかかわらず、何故か今はナルドットが魔物ひしめく異境の地のように感じられる。
(フィコマシーお嬢様と私とサブローさん。ミーアちゃん。そして行商人の方々。皆で、ズッと一緒に旅をしたい。ナルドットになんて、いつまでも着かなければ良いのに)
シエナは、そう思った。
叶うはずも無い夢だとは、分かっていたけど。
読んでくださって、ありがとうございました。
やや中途半端ですが、3章はここで終わりです。人物紹介を挟んで、4章に入ります。4章はナルドットの街が、物語の舞台になる予定です。
これからも宜しくお願いいたします。




