肉まん・餡まん・中華まん(イラストあり)
★ページ下に、登場キャラのイメージイラストがあります。
シエナさんの体調を心配して、今にも泣き出さんばかりのお嬢様。
そんなお嬢様を懸命に慰める、メイドのシエナさん。
麗しい主従の絆に、ホッコリしてしまう。
ようやくお嬢様を落ち着かせたメイドさんが、僕らに向き直る。
「こちらのお方は、ナルドット侯のご息女フィコマシー=バイドグルド様です」
シエナさんがお嬢様を紹介するや、マコルさんたちが一斉に跪いた。僕も慌てて、それに倣う。
人間語が良く分からないミーアは『ニャ?』と首を傾げている。僕は、取りあえずミーアにも頭を低くさせた。
〝ナルドット侯〟なる爵名より察するに、フィコマシー様のお父上はナルドットの街を治めるご領主様であるに違いない。つまりフィコマシー様は、これより僕らがお世話になる予定の街を支配している階級の一員なのだ。
下手な対応をすると、いろいろな支障が出かねない。
尤も相手が貴族であっても、ミーアに余計なちょっかいを掛けてくるようなら僕だって抵抗する覚悟はある。
冒険者稼業以外の世俗関連で、ミーアに何かあればダガルさんにもリルカさんにも申し訳が立たないからね。
フィコマシー様とシエナさんの様子を見る限り2人とも話の通じる人みたいだから、杞憂である可能性が高いだろうけど。
「あ、あの皆様。お顔を上げてください。それより、シエナと私の身をお救いくだされたこと、心より感謝いたします」
フィコマシー様が、オドオドと僕らに語りかけてくる。
貴族なのに一般庶民である僕らへキチンと礼を述べるとは、とても謙虚で礼節を重んじる人柄のようだ。偉ぶったところが少しも無い。ちょっとばかり気が小さい性格みたいではあるけど、むしろ好感が持てる。
更に「救ってもらった」との文脈では、自分よりもまずメイドのシエナさんの名を挙げていた。
シエナさんのことを本当に大切に思っておられるんだなぁ……。
それに何にも増して、お嬢様の口より発せられる声!
聞きほれてしまう。
音色の響きが、美しすぎる。清涼で、なおかつ可憐。
〝ふっくら美少女〟に相応しい気品を感じる。
それから主に、マコルさんとシエナさんが情報のやり取りを行った。
シエナさんの説明によると、フィコマシー様は通常は王都に住んでいるそうだ。今回、父親であるナルドット侯の誘いを受けてナルドットの街へ赴いている道中に、たまたま災難に遭ったらしい。
たまたまかなぁ?
多分、マコルさんも僕と同じ疑問を抱いたに違いない。しかしシエナさんが言葉を濁しているため、無理に訊こうとはしなかった。
世慣れた大人の対応だ。
マコルさんとシエナさんの会話が続いているさなか、ミーアが退屈したのか、欠伸をした。
その拍子に、ミーアとフィコマシー様の目が合ってしまう。
ミーアは「マズかったニャ」という顔をしたが、フィコマシー様がニッコリ笑ってくださったので安心したようだ。
『ニャ~』と呟きつつ、フィコマシー様に微笑み返す。
2人の少女の間に、ホノボノとした空気が漂う。
そんなミーアとフィコマシー様の様子をボンヤリと眺めているうちに、僕の頭の中に不思議な単語が浮かんできた。
〝猫〟と〝肉まん〟……。
ハッ!? 僕は、いったい何を考えているんだ!
今、僕が目にしているのは〝美少女2人がニコやかに見つめ合っている〟という男子垂涎の光景じゃないか。
くだらない妄想は控えるんだ。
うん、ふっくら5倍美少女とリアル猫美少女。眼福眼福。
〝美少女〟の前に余計なワードが付いている気がするけど、無視しよう。
マコルさんがシエナさんに尋ねた。
「それで、これからどうしましょうか?」
「そうですね……」
シエナさんが頬に右手の人差し指を添えながら、考え込んでいる。
メイドさんとしては、一刻も早くナルドットの街へ向かいたいらしい。お嬢様の身の安全を思案するなら、当然の結論だろう。
馬車の御者が逃亡してしまっているが、その代役はシエナさん自身が果たせるので問題ないとのこと。
僕と同じくらいの年齢だろうに、シエナさんは多能多芸だね。
レイピアを操って4人の襲撃者と戦い、馬車も御せる。おそらく、お嬢様のお世話も完璧にこなせるに違いない。
まさに、万能モブメイド汎用型。一家に一台、欲しいところである。
護衛に関しても、僕らが一緒に行けば大丈夫だ。
僕・モナムさん・シエナさんと、戦闘要員が3人になる訳だし。
マコルさんとシエナさんが困っているのは、襲撃者の扱いについてだ。
重傷者2名に軽傷(?)者1名。放っておくと、重傷者のほうは直に死んでしまうだろう。軽傷者も身動き出来ないように縛り上げているので、置き去りにすれば悲惨な結末から逃れられる確率は低い。
「足手まといは、始末しますか?」
「そうですね……事情を訊くのは1人でも良いですし……」
行商人一団のリーダーが行った物騒な提案に、メイドさんが同意しかける。
大人であるマコルさんはともかく、少女であるシエナさんも、命を奪うことに対して特にわだかまりは無いようだ。
〝ウェステニラの現実〟を、改めて思い知る。
「あ……あの……シエナ。もし、助けられるのであれば……」
マコルさんとシエナさんの問答を聞きつけたフィコマシー様が、遠慮がちに話に割って入った。
「お嬢様……分かりました」
シエナさんの目が優しくなる。
メイドさんは、お嬢様に甘々みたいだ。
自分の命を狙った敵にまで情けを掛ける、お嬢様。
フィコマシー様を、見直してしまった。
ウェステニラに来て、初めて僕と〝感性が近い人間〟に会ったような気がする。
今まで遭遇した人間と言えば、マコルさんたちケモナー、馬車を襲う危険人物、護衛対象を見捨てる騎士モドキ、モブメイドさん…………以上で、全てなのである。
正直、ミーアたち猫族のほうがよっぽど身近に感じられる存在だった。
フィコマシー様は、素晴らしいお嬢様だね。シエナさんが忠義を尽くす気持ちになるのも頷ける。
まったくもって、心優しき餡まんだ。
…………え!? 今、僕は心の内で何か変な単語を呟かなかったか?
いや、気のせいだろう。美少女を前にしているのに、日本のコンビニで販売されているテイクアウト商品が頭を過ぎるはずが無い。
先程より、脳の働きがどこかオカしい。システムエラーかな?
でもお嬢様を見ていると、口の中で無性に唾が湧くのは何故だろう? ……ああ、日本の食べ物を思い出す。真冬の街頭で食べ歩きしたピザまんは、美味しかったなぁ……。
お嬢様の容貌を改めて確認してみた。
パンパンの白いお肉がプルプルしている。
柔らかそう。
温かそう。
美味しそう。
……あれ? 現在僕の手の届く場所に、中華まんがあるような……いかんいかん。お嬢様は、カレーまんなどでは無い。もちろん照り焼きチキンまんでも無いし、角煮まんでも無い。
フィコマシー様は、れっきとした人間だ。貴族のお嬢様だ。しかも、美少女だ。ふっくら美少女だ。増量型美少女だ。平安風美少女だ。横綱級美少女だ。楊貴妃少女時代なのだ。
地獄の特訓時代に聞かされ続けた、グリーンのアドバイスを思い出せ。
真美探知機能の有無に関係なく、〝真の美少女〟に巡りあうために重要視すべきモノは何だった?
実体は、当然大切である。しかし、それ以上に肝要なのはイメージだ。
想像力を極限まで高めることにより、幻想と現実は一体化する。
なので誰が何と言おうと、フィコマシーお嬢様は〝ぽっちゃり加減がブーストしているだけ〟の美少女なのである。
結論は、揺るがないのである。微動だに、しないのである。そのはずである。ある。ある。あるまじろ。ピンチに遭うと、アルマジロは丸くなる。まる。まる。お嬢様は〝まん丸美少女〟で間違いない。確定!
…………よし、エラーを修復したぞ。
僕は、己が眼と脳と精神の整備点検を実施する。
その最中にも、マコルさんとシエナさんの真剣な討議は続いていた。
「しかし、どうします? フィコマシー様がお乗りになるそちらの馬車に、この男たちを積む訳にもいかないでしょう?」
マコルさんが困惑した顔になっている。
キクサさんとモナムさんが、負傷した3人と死亡した1人の身体を僕らの近くまで運んできた。
身動きできない大の男の肉体が、4つ。少し動かすだけなら簡単だけど、抱え込んでの長距離移動は確かに難事業だね。
「フィコマシー様のご意向には添えませんが、やはり連れて行く賊は1人が限界かと」
マコルさんの合理的判断に、シエナさんも反論できない。
手当てした重傷者を結局は死なせてしまうのかと思うと、僕も残念ではある。が、無理なものは無理なのだ。
我が侭を言ってはいけないよね。
ミーアがコトの成り行きを聞きたそうにしていたので、僕は襲撃者の扱いに関する結論を説明してあげた。
ミーアも冒険者になることを目指している以上、倒した敵への対処方法を知っておくべきだと考えたためだ。
僕の話を聞き終えたミーアが、とことこマコルさんの側へ寄っていく。
『ニャ~。マコルさん。マコルさんの言ってること、その通りにゃんと思うけど、せっかくサブローが助けた命なのニャ。ニャんとか、ならないニョ?』
『ミーア。ミーアの気持ちは僕にも分かるし、嬉しいニャン。でも、マコルさんに無茶な申し出をしちゃいけにゃいよ。マコルさんも、よくよく思い悩んだ末の判断にゃんだからね』
僕がミーアを諫めていると、マコルさんがミーアへ慈しみに満ちた笑みを向けた。
『ミーアちゃんは、ケガした敵を救ってあげたいニョですね?』
『そうなのニャ。敵さんは大怪我して、もう戦えないのニャ』
『ミーア、誰も無用な殺生をしたくはニャいんだよ。けど、無理なもニョは無理と……』
『承知しましたニャ。何とか、動けニャいこの者たちも連れて行く方法を考えますニャ』
『え!?』
マコルさん、また前言を翻しちゃったよ。
マコルさんの掌返しは、ミーア限定でドリル並の回転力があるようだ。加えて、彼にとって優先されるべきは、領主のお嬢様であるフィコマシー様の御意志よりミーアの意向のほうであることがハッキリしてしまった。
全くブレないケモナーの思考回路に、戦慄する。
「皆さん。ミーアちゃんが、このケガした者たちの命を助けて、連れていくことをお望みです」
マコルさんの呼びかけに、キクサさん・モナムさん・バンヤルくんが応える。
「了解だ。やはり敵とは言えど、見捨てるような非道な真似は出来ん」
「人命第一」
「さすが、ミーアちゃん! その優しさに感激するぜ!」
それまでは地面に転がっている敵の生死について一切関心を示さなかったにもかかわらず、ミーアの一言で急に赤十字精神に目覚める行商人一行。テンション上げ上げだ。
フィコマシー様は事態の急変についていけずにキョトンとし、シエナさんは「よもや、この人たちの正体はケモ……」と言葉を詰まらせる。
メイドさんが僕にサッと目を走らせてきたので、ブルブルと全速力で首を横に振った。
違います! 僕は、彼らと同類じゃ無い。ケモナーでは、ありません!
お願い、そんな目で僕を見ないで!
その時、比較的軽傷だった(と言っても山刀の峰でぶん殴られたせいで顔の形は変わっているが)襲撃者の1人が目を覚ました。
縛られている自分の状態に気付いてガックリするが、フィコマシー様の姿に目を留め、怒りの声を上げる。
「チクショウ! 俺たちが襲う相手は白鳥だって聞いてたのによ。まさか、白豚だったなんて。まんまと騙されたぜ!」
〝白鳥〟と〝白豚〟…………コイツ、なに言ってんだ?
フィコマシーのイメージイラスト(ミュシャ風)は、LED様よりいただきました。ありがとうございます!
寒い季節に食べる肉まんの美味しさは異常……。




