戦争一幕
いよいよ戦争開始です
オーバーロード、という言葉をご存知だろうか?
念の為に言っておくが、某豪奢な黒衣をまとった骸骨の魔術師、とは何の関係もなく過負荷という意味だ。
潜水艦にも安全深度と限界深度がある。ここまでなら安全に潜れる、ここからは水圧で潰れる可能性があるからこれ以上は駄目。どんな道具、どんな兵器にも安全係数が取られていて、それを超えてもすぐに壊れる事はないが、何時壊れてもおかしくない、という状況にはなる。
だが、このオーバーロードにはもう一つ意味がある。
無理をさせる、という事は同時に普段では出せない力を強引に引き出させるという事でもある。
これが人であれば「限界を超えろ!」と言われても「はい、わかりました」と即、安定して出したり出来る訳がないが、機械ならば話は別だ。機械は自分が壊れるような出力でも「出せ」と指示を受ければ、命令に従って出すだけだ。
「第四陣対空射、撃て!奴らを近寄らせるな!!」
轟!!
命令に従い、強烈な属性の力が砲口から放出される。
しかし……。
「第三砲破損!!」
「爆発により死者一名、負傷者三名!!」
「負傷者は後退させろ!!第五陣構え……撃て!」
オーバーロードによる安全基準を超えた圧力によって、砲が破損する。
それでも破損が砲だけであればまだいいが、何せ圧力に負けて砲が破損する訳だから、結果として砲を構成するパーツが飛び散る。勢い良く飛来したそれは竜の肉で出来た部分はまだしも、圧力を抑えつけているのは金属が多く使われていて、それが高速で飛び散るのだから怪我人、当たり所が悪ければ死者が出る。
だが、それでも攻撃を止める訳にはいかない。
「竜は落ちたかっ!!」
「二つよろけながら後方へ下がった模様!!速度が速くて、照準が追い付きません!!」
「くそったれ!!数を減らすなッ!!三つ以上破損した中隊は統合させろッ!!」
「後方からの補充はどうした!!急げ!!」
地上を往く竜であれば速度は限られる。
もちろん、極一部には地上であっても高速で動ける竜や龍がいない訳ではないが、それをやれば一体で突出する事になる。機竜は空中より地上戦用のものが多いためにそうなれば袋叩きになりかねないと、そうした竜も理解して自重している。
機竜一体一体は上位竜に劣るが、傷をつける事は出来るのは確かだ。そんな機竜が群がってくれば竜とて危険だ。
なお、機竜に空中戦が苦手なものが多いのは素体として下位竜を使っている機竜が多いだけでなく、人が操っているというのも大きい。この時代、まだまだ人が空を飛ぶというのは本当に極僅かな例外な魔術師の技術に過ぎなかったからだ。兵士達が空へ舞いあがっても、平面ではなく立体での機動が要求される空では混乱してまともに戦えないでやられていく者が多かった。
それを補うのが、対空砲部隊。
対空用の砲を搭載したそれ専門の機竜もいない訳ではないが、そちらは機竜部隊への配属。ここにはいない、というかいても身動きが取れない。ずらりかつ整然と砲が並び、撃ち続けているような状態では機竜に対空砲を載せた意味がない。あれは通常の機竜に混じって、動き回りながら空を舞う竜の動きを牽制するためのものだ。
しかし、こうやって盛大に竜を攻撃していれば当然、空を飛んでいる竜の側からも目立つ。となれば当然……。
「竜からの攻撃来ます!?」
「!攻撃やめ!!防御!!」
機竜ほど機敏には動けず、攻撃を受ける可能性がある以上、対応策自体は考えられている。
攻撃に使う属性の力を防御に回す。
実の所、攻撃の力を防御に使ったからとて、砲の攻撃力を防げるほどの防御力もない。それでも素早く動かす事の出来ない砲兵隊に出来る防御手段となればこれぐらいしかなかった。
「ドラゴンブレス来ます!!」
ズガアアアアアアアン!!
轟音と共に大地が揺れる。
「損害報告!!」
「直撃を受けた第二陣は……砲、人員全て消滅!第一陣、第三陣にも多少の怪我人が出た模様ですが、こちらは死者は確認されず!!」
「ぐっ、やはり防ぎきれなかったか……だが、余波を防げただけマシとしよう」
そう、防御態勢でも直撃を受けた場合は「諦めろ」と告げられていた。
防御、その目的は直撃を受けた場所以外への損害を防ぐためだった。指揮官はそれを知らされていたから、予想通りの結果に内心では小躍りしたい気持ちだったが、さすがに状況を考え、それを表に出す事はない。幾ら予想通りの結果を発揮して、損害を最小限に食い止めたとはいえ、第二陣が丸ごと人員ごと消滅したのも事実だからだ。
(ふん、だがそれがどうした!!元より竜相手の戦いで無傷で済むと考えるのが間違っているのだよ!!)
指揮官の男は若い頃、仲間達と共に下位の属性竜へと挑んだ事があった。
村を荒らすでもなく、穏やかに過ごしている竜相手に戦いを挑む事を止めようとする村人達(竜を怒らせて村に被害が出る事を怖れた)を叩きのめして、自信満々に挑んだ彼らだったがパーティは壊滅し、男も死を覚悟した時、下位竜は進化によって上位竜へと生まれ変わり、知性を得た竜は彼を見逃して、去っていった。
戦いが終わった後、男は勝手に竜を怒らせる事をした、という事で捕まる事を警戒して国を捨て、また冒険者を続ける事も出来ないと他国で滅竜教団へと入り、以後暴走する事もなく淡々と前線の指揮を執り、昇進を重ねてきた。
(俺達は、俺は今、竜と戦っている!)
脳裏に蘇るのは、傷だらけの彼を放置して立ち去っていく竜の後ろ姿。自分達は命を賭けた戦いを挑んでいるつもりで、その実相手は戦いとすら認識していなかった。
(竜よ、俺は、人は今、竜から敵として認められるまでになったぞ!!)
「怯むな!!砲撃を集中させるのだ!一門で一体を狙おうなどと考えるな!!十門、二十門で一体を狙うつもりで撃つのだ!!」
後の記録に、砲兵隊のこの部隊の事は僅かに断片が残るのみ。
『出陣した竜王の一体による攻撃において壊滅。本陣に生存者なし』、と。
これが砲兵隊の全てではなく、幾つもある部隊の一つです
少数精鋭な竜に対して、人は数で挑んでおります




