戦乱の幕
親知らず、幸い変な生え方してなかったらしく、簡単に引っこ抜けました
いや、改めて思うけど最近の歯科技術発展したねー……親知らずが素直だった事もあったんでしょうが、麻酔時にちくッ、いてッ、となったぐらいで抜く時はほんと一瞬で痛みも全然ありませんでした。麻酔が解けた後もまったく……
「おかしい」
誰かがそう呟いた。
「竜がいないぞ?」
討伐部隊の指揮官が呟いた。
「竜神様はどちらへ行かれたんじゃろう……」
「何か悪い事が起こるんじゃ」
ある村で村長達が不安げに語り合った。
世界で竜達がある時を境に一斉に姿を消した。
正確には一部には竜達はいる。
例えば、ボルシオン火山。
或いは正真正銘人跡未踏に近い地域に住む竜王級。
だが、上位の竜達は次第に姿を消し、遂にごく一部を除いて全く姿を見かけなくなった。
「「「「「どういう事だ?」」」」」
誰もが首を傾げた。
更に言うなら、機竜の開発にも急ブレーキがかかった。当然だ。まだ下位の竜はいるとはいえ、次第に増えつつあった上位竜の素材供給が一気に途絶えたのだから開発も思うように進まなくなる。
竜王はまだいると思われるが、元より人が到達するのさえ困難な正に深山幽谷。険しい山や深い森、深い谷を越えたその先に待つのは竜種の最強格である竜王。事前に十分な準備をして、多数の機竜や対竜兵器を動員して、それでも尚、勝てるか怪しいような相手なのに、そんな場所ではそもそも辿り着けるかどうかさえ怪しい。
まともな頭を持っていれば、行く訳がない。……まともな頭を持っていれば。
「ひい、はあ」
畜生、あの野郎!
そんな声が聞こえたが、この場にいる誰もが同感だった。
竜に勝てる!
それはいい。
これまで多大な損害を覚悟せねばならなかった下位竜の群れにも勝てるようになったのは良い。
お陰で、最近は街も城壁の外に普通に街が形成されつつある。かつてはもし、下位竜の群れの襲撃などがあれば城壁の外の家などあっという間に破壊され、僅かな金を握りしめて城壁の中に一時的に避難させてもらうのが精々。当然、「城壁の外に住む」というのは下層民、有体に言えばスラムの住人がほとんどだった。
それが昨今は城壁の外でも安全度が高まったせいか、普通の家が広がりつつあった。
これは領主にとっても良い話だった。城壁で囲うというのは安全度は高いが、どうしても竜の攻撃に耐えられるだけの防壁となる為に金もかかるし、建設には時間もかかる。大きな街になるほどそれはより顕著なものになり、街の拡大はより困難なものになる。必然的にこの世界の街というのはある程度の規模になると拡大に歯止めがかかってしまう。
しかし、通常の獣を防げる程度の木の柵程度でよければ、話はがらっと変わる。
人が増えれば、そこには商売の種が広がり、賑やかになる。
これまでは立地は良くても下位竜の襲撃や、それに伴う街の規模のせいで収入が上がらず、そのために街の拡大工事も出来ず……という場所が発展しつつあった。
(けど)
そのせいで、勘違いした領主が増えているのもまた事実であり、それで迷惑をこうむるのは何時だって自分達のような下っ端だ。
王の権威、権力は上がった。
何しろ、機竜を製作可能な工房は全てが王の直轄の工房であり、技術者もまた然り。
王は当然、他の貴族を大きく上回る力を手に入れ、王に対して反感を持つような行動を取れば機竜の配備や納入が後回しにされて民からや身内からの突き上げが酷くなる。最悪、代替わり(強制的)なものが起きる可能性だってある。誰だって、「うちのトップが王に逆らってるせいで、竜に対抗する武器が与えらない」なんて事になれば怒る。それこそ奥さんからでさえ。
「うちの領主も強制的な代替わりになってくれねえかな……」
街中じゃ絶対言えないけど、今は違う。全員が黙って頷いた。
「過去には何度も王様の命令に対しても金がないとか、なんだかんだ言い訳して従わなかったって聞くぜ」
「今回のだって、新しい機竜の配備がないのはそのせいだから、ゴマすりの為に情報収集図ったって話、俺、上司からこっそり聞いたよ」
「「「死ねばいいのに」」」
どうせ力のない地方領主なのに、なんで王様の言う事聞かねえんだよ!そう思う一同であった。
まあ、多少は弁護しておくなら金がないとかいった話は嘘ではなかったりする。ないのだが、金がなかった理由が「うっかり自分好みの美術品があって買っちゃった」とかなんだから裏事情知ったとしてもこの場にいる兵士達の感想は変わらなかっただろうが。
何しろ、機竜の配備は少なく、それらは街の防衛のために用いられる。
となれば、竜王が住まうと言われる深山幽谷の奥深くまで入り込むのは某探検隊よろしく徒歩だ。こんな場所に、馬車はおろか、馬なんぞ持ち込める訳がない。
行けるギリギリまで馬車に乗せて運んでもらい、そこからは食料を背負い、武器を持ち、ロープなどの道具を身に着けて進み続けてきた。それでも何名かが既に倒れ、亡くなっている。
「どこまで来てるか分からねえけど、明日進んで何も見つからなかったら戻ろう」
一人の言葉に黙って皆が頷いた。
何も見つかりませんでした、と言ったらあのクソ領主が喚くんだろうが、その時は「私共ではどうも力不足でしたので、是非領主様にもご出陣頂きたく」とでもおだてて、来させよう。なに、その時はきっと同行した他の連中も、あのクソ領主を置き去りにするのに賛成してくれるだろう……。
そんな事を誰もが考えている時の事だった。
突然視界が開けた。
「えっ?」
「おい……なんだよ、これ……」
そこには多数の色があった。
赤、青、白、黒、緑……大地に、空に多数。
「竜……龍……?」
「こんなにたくさん……」
呆然としていた彼らはとうに無数の上位竜に捕捉されていた事に気づいていなかった。
一つだけはっきりしているのは、彼らの帰還記録が一切残っていないという事実だけだった。
そして、竜の姿が見えないという事が単に嵐の前の静けさでしかなかったという事を人族が思い知るのまであとほんの僅かだった。
無事更新出来ました
いやー前書きに書きましたが、親知らず抜くってんで身構えてたのはなんだったんでしょう……
熱出したりもなかったので、問題なく書けました!




