王の悩み2
「私は静かに暮らしたいです」
その言葉に私は内心安堵の溜息をついた。隣席していた公爵もどこかほっとした顔をしている。
ブレイズ帝国の生き残りであるフレイア王女は復讐を望んだりはしなかった。
念の為、わざと「国を滅ぼした竜が憎くはないのか?」と振ってみたりもしたのだが。
「いいえ、私はただ哀しいだけです」
なるほど、こんな気質の王女だからこそ皇帝も可愛がり、また最後に逃がしたのかもしれんな。単純に母が寵愛を受けていたから、美少女だから、年若いからだけとは思えん。
公爵の血筋という事で帝宮でも大事にされはしたのだが、何分血筋も良く、母の実家も裕福で力もある。必然的に媚びる者、おべっかを使ってくる者が非常に多かったそうだ。よく分かる。私も第一王子であったから物心ついた頃から下卑た笑みを浮かべてすり寄って来る者には事欠かなかった。
王家に連なる者の中にはそうした連中によって堕落してしまう者もいる。
しかし、我が王家の場合はこれまで例外なく前王宮料理長が王太子の後見役兼教育係を務めてきた。
いやあ、ルナ姉は容赦ないからな。例え王太子だろうが、悪い事をすれば拳骨つきで叱られるし、下手すれば飯抜きだ。
取り巻き連中とてルナ姉には勝てん。
私の時ではないが、昔あるゴマすり伯爵が蹴り飛ばされて、尻の骨は砕けるわ、そのまま空飛んで堀に落ちて危うく気絶したまま死にかけるわで大騒動になったという逸話がある。ちなみにその後決闘を申し込まれたルナ姉は伯爵も参加する条件で人数制限なしで受諾。
腕利きを揃えたはずが伯爵当人も含めた全員が瞬殺で、しかも全員が生きてるのが不思議なぐらいの半死半生という有様。雇われた冒険者連中は全員が引退を余儀なくされた。
以後、冒険者達が決闘の代理人を引き受けなくなったのは有名な話だ。
そんな容赦がなく、力でも権威でも勝ち目のないルナ姉にしつけられた代々の王に馬鹿が早々出る訳がない。
大体調子に乗った所で、王位に就いていようが何だろうが容赦しないからな……。近衛連中でも止められんし、というかあいつらルナ姉の強さを重々知ってるから怒ったルナ姉の前に立つ時は全員が悲壮な覚悟決めて顔は真っ青という有様だからな……。
ゴホン、話を戻そう。
「何か希望はあるかね?」
「出来れば、王女であったという過去は忘れて、一人の貴族の娘としてそれなりに真っ当な貴族の方と婚姻が出来るよう取り図って頂ければ……」
ほう?
そうして探りを入れながら話していて感じた事は……。
(成る程な、この王女、竜に対して憎しみ以上に恐怖が勝っているのか)
おそらくだが、父や母全てを奪った竜に対して怒りや憎しみが皆無という訳ではなかろう。
だが、それ以上に竜が恐ろしいのだ。
如何なる相手も打ち砕きそうな威容を誇った大艦隊を、巨大な帝都をあっさりと壊滅に追い込んだ竜に対する恐怖心が怒りや憎しみといった感情を塗りつぶす程にフレイア王女の心を占めている。
分からんでもないな。彼女らが帝都を脱出したのは帝都が海に呑まれる寸前だったという。
となると、皇帝は敗北も覚悟しての出兵だったという事だろうな。いざとなれば即座に王女だけでも脱出出来るよう、手土産として重要資料と一部研究者を本当に信用出来る飛竜乗りの近衛と共に待機させ、海が押し寄せてくるという報告が入るや即座に王女を連れての脱出を命じた……。
その光景を見た近衛の話によれば海が盛り上がって、帝都に押し寄せ、全てを呑み込んでいくまで瞬く間の出来事だったという。大波が見えてそれから資料を用意させて、研究者を招集し、飛竜の支度をさせて王女に言い含めて飛竜を操る近衛に託して脱出させる……そんな事は不可能だろう。
そんな覚悟を決めねばならぬ程の戦いに兵を出さねばならないほど、焦りを感じていたのか、皇帝。いや、周囲の貴族達やあの地方の滅竜教団が焦ったのかもしれんな。
可能性が高いのは軍人貴族だろうな。
彼らからすれば、同盟を結んだ他二国が着実な戦果を上げているだけに焦りを感じただろう。滅竜教団とて全てが出世欲から無縁ではない。どうしたって人が集まれば出世欲を持つ者は出る。そうした中、他地域の滅竜教団に比べて自分達の所が目に見える成果が上がっていないとなれば……。
そして、皇帝を連中が協力して出兵を要請した。
王家が大きな力を持つ我が王国、合議制だがそれだけに利を示せねば国としては動きづらい連邦。
これに対して、ブレイズ帝国はまだまだ貴族の力が強かった。
もちろん、皇帝の力が最も大きく、主導権を持っていたのは間違いない。
だが、それでも貴族達が協力しあって要請した時、それを無視出来る程の力はなかった……。なまじ王国と連邦が竜相手に戦果を上げたのも大きかったな。これが明らかに国を滅ぼしかねないような話なら皇帝も抵抗しやすく、相手を切り崩しやすかっただろうに。結局、皇帝は自分達にも目に見える戦果を!と求める貴族達の声を却下出来ず、艦隊を送り出した。
しかし、同時に万が一敗北した時を考え、最悪に備えた準備もしていた。
(おそらく、竜の襲撃を受けた連中の話を聞いていたのだろうな)
やれやれ、とため息をついた。
実の所、ブレイズ帝国が焦る必要はまったくなかったのだ。
王国も連邦もそれぞれの地域の過半を制し、まだ幾つか残ってはいるものの大体の目途はついた。
しばらく前にボルシオン火山の竜達の襲撃を受けた国も現宰相らが密かに国王の一族を貴族として保護してもらえる事を条件に内内に降伏を打診してきている。竜による襲撃でただでさえ国内が動揺しているのに貴族達の蠢動がやまぬらしい。
とはいえ、経済で締め上げ呑み込んでゆく連邦共々、まだ完全な統一が出来ている訳ではない。
これに対して、ブレイズ帝国は逸早く全土統一に成功していた。
なのに、軍部は竜の討伐という目立った戦果を求め、皇帝を動かした。
皇帝はおそらくだが、対竜研究に大金を投入している以上、貴族達の声を無視しづらかったのもあるのだろう。いずれにせよ、もう終わった事だし、真実は闇の中だ。
「相分かった。ならばこちらからも良い相手を探そう」
「「よろしくお願い致します」」
王女と公爵二人が揃って頭を下げた。
公爵も孫が復讐を望まなかった事で、後は幸せな結婚をしてくれる事を願うだけで済むようになった。これで彼は息子共々新たな領地経営に専念出来るだろう……。
という訳で王女は復讐を希望しませんでした
ぶっちゃけ王女の内心は「竜怖い、竜怖い」です
あの立派な帝都があっという間にたった一体の竜の怒りで壊滅していくのを間近で見せられた為にそうなっちゃってます




