第六話:動き出す者達
当初予定よりアップが遅れた……
冒険者ギルド王都本部の一室に大勢の冒険者が集められていた。
ギルドに大勢の、複数のチームにより構成される集団が集められるという事自体は決しておかしな話ではない。王都は交易も活発且つ大規模ゆえに複数のチームによる護衛部隊が結成されるという事がそれなりの頻度である。
また新人達の教育も積極的に行われている為に、研修の為に新人達が集められる事も多い。冒険者、といっても新人達は最初にこうした研修が義務付けられ、それにかかる費用はギルドに納められるベテラン達の会費によって補われる。一見すれば余計な経費がかかっているようだが、ギルドとしても新人が知識も経験もなしにこの世界に飛び込んだ挙句ゴロゴロ死なれては結果として未来のベテランを失う事へと繋がるからだ。こうした事情から一週間に一度はこうした大勢の冒険者が集まる事があると言っていい。
ただ、今回のケースが常と異なるのはここにいる全員が一流、ベテランと呼べるだけの腕を持っている者達である事にある。
有名なチームもいれば最近名前が売れてきたソロもいる。
一つだけはっきりしているのは、これだけの面子をギルドが召集した、それが必要な事態が発生した、という事だった。
「何があったんだろうな?」
「さあな、大事なのは間違いないが……」
彼らもまだ事情を把握していないのだろう、知り合い同士でひそひそと会話を交わしている。
無論、それだけではなく。
「はじめまして、君がキアラ嬢だね。名前は聞いている」
「こちらこそお会い出来て光栄です」
と、キアラのように最近名前が売れてきた者へと声を掛ける者、或いはその逆。
別に一匹狼を気取る冒険者がいない訳ではないが、彼らとてこうした場は大切にする。一人で集められる情報には限界があるし、一人で出来る仕事も限られている。顔見知りとなっていれば美味しい仕事と見えて、実は危険な仕事、という仕事を請けようとした際に忠告を受ける事も出来る。例外がない訳ではないが、嫌われ者はこうした業界ではまず長生き出来ないのだ。
各自が思い思いに過ごしている中、ギルド職員が入ってきた。
と、同時にさすが、といおうかピタリと口を噤み、各自が手近な席へと座る。既に雑談を交わすどこか緩んだ雰囲気などは欠片もなく、全員が全員表情こそ各自異なるが鋭い視線は共通している。誰もが自分達がこれだけの数呼ばれた、という事の意味を理解しているからだ。
「……皆、迅速に集まってくれた事、まずは礼を言う」
その数人の中の一人、既に老境に入ってはいるが、今尚ピンと背筋の伸びた人物、ギルドマスターが語りだす。老いて長期間の野営など体力的に辛くなったと引退こそしたものの、単純な剣の強さは今も尚最強格の一人と言われるサムライでもある。
その彼の語る内容に全員の顔が険しくなっていった。
セーメの街はその特産物故に知名度は高い。安全度が高い事もあり、駆け出しの頃あそこの護衛役を引き受けた経験のある者もいる。
そのセーメの街が壊滅。死傷者多数。
「火竜ウルフラムと暴食竜ガルジャドか……」
「ウルフラムは性質からして、ガルジャドに卵でも喰われたか?」
「……或いは番が喰われた可能性もあるな。一匹だけと言うし」
ウルフラムは獰猛ではあるが基本的には淡白だ。
なので、縄張りに侵入してうろうろしていれば襲われるが、すぐに逃げ出せば基本、放置される。
え?喰われたりしないの?
そう思う者もいるかもしれない。
答えは、しない。
元々属性持ちの竜は豊富な属性のある地では、自らの属性に関係する自然のエネルギーを吸収して生きる事が出来、物理的な食事を殆ど必要としない。ウルフラムならば火属性の活発な地に住めば、それだけで何も喰わずに生きていけるのだ。
人の味を好む竜ならば、嗜好品として襲い喰らう事もあるがウルフラムは人を捕食対象としては見ていないようで人の側からちょっかいを出さなければ意外と共存出来るのだ。縄張り自体も広大な狩場などが不要な事もあって、然程広くない。
だが、このウルフラムが唯一縄張りを出て、執拗に追うのが……番を殺されたり卵を破壊乃至奪われた時だ。
これが起きると如何に匂いを消し、姿を消しても必ず犯人を正確に突き止め、自らか相手かいずれかが倒れるその時まで執拗に追ってくる。
追ってきたとなると卵か番かいずれかが襲われた可能性が高いが、卵だけならば二匹いないとおかしい。
よって、番も攻撃を受けた可能性が高い訳だ。
「となると、現状ではガルジャドとやりあいながら、常にウルフラムの火球に警戒しないといけない訳か……」
誰かが呟いた言葉に皆が顔をしかめた。
それはそうだろう。ただでさえ群との戦いというのは危険だ。一方向だけでなく、複数の方向から攻撃が仕掛けられるとなると危険度は一気に増す。
だからこそソロの冒険者は珍しい。こちらも集団となり、相手が複数であってもなるだけ一対一で戦える環境を整え、或いは一対一が無理でも互いに警戒しあえるようにして少しでも危険を減らすようにしなければ長く生きる事はより困難になる。実際、この場にいるソロ冒険者はいずれもキアラのように人外の相棒がいる者や、ソロ同士で組んだり他の冒険者パーティの応援専門、諸事情により一時的にパーティが解散中な為にソロで簡単な依頼を引き受けるに留めている者などばかりだ。
そして、ただでさえ空からの攻撃というのは回避しづらい。
人の意識というものは前後左右に比べ、上下からというのは意識を向けにくいのだ。
「なのでキアラ嬢、貴殿にはウルフラムを抑えてもらいたい……可能かな?」
だからこそ、ギルドマスターがわざわざキアラにそう告げる。
一斉に視線が集中する中、キアラも頷いた。
飛行の魔法がない訳ではない。ない訳ではないが、この世界の魔法使いは同時に複数の魔法を用いる事が出来ない。つまり、飛んでいる間は他の魔法が使えないので弓や剣で戦うしかない訳だ。しかも踏ん張りが効かない為に剣などの白兵戦武器は実際は加速して体当たり気味に剣を相手にぶつけるしかない。
当然、余程加速して当てないと火竜ウルフラムの鱗は貫けない。そして、通用する程加速するとなると衝撃で剣を手放さないようにするには相当な筋力が必要となり……魔法の勉強をしながらそれを可能にするだけの筋力トレーニングをするぐらいなら弓を使うが、いずれにせよ空を飛ぶ竜を同じように空を飛びながら戦うというのはそれだけ難しい。それぐらいなら、今回は幸い同じ竜の乗り手がいるのだから、そちらに任せた方が良いと考えるのは当然だろう。
「抑えられるか?」
「……ウルフラムがどの程度の強さかによるけれど……今回は大丈夫だと思う」
そうか、と尋ねた冒険者もキアラの言葉に頷かざるをえなかった。
一口に火竜ウルフラムと言ってもその強さはピンキリだ。
上は竜王級から下はやっと巣立ちしたばかりの幼竜までと同じウルフラムでも上と下では雲泥の差がある。
しかし、キアラの判断も根拠のない事ではない。
もし、最強クラスのウルフラムであれば、ガルジャドでは太刀打ち出来ない。少なくともその数はもっと少なく、生き残っているのは十メートル級以上の大物のみとなっているはずだ。
逆に言えば、幾ら攻撃を控えていたとしても五メートル級程度が生き残れたのだから、何とかなるとキアラは判断した訳だ。
「他に疑問や反論のある者は」
そうギルドマスターが言って見回すが、手を挙げる者も口を開く者もいない。
それを確認して頷くと、今度はギルドマスターは地図を広げさせた。
「では、次へ進もう、現在のガルジャドの群の進路だが……」
暴食竜ガルジャドの群はセーメの街での戦闘で多少数を減らしたものの、尚八十余の数を維持し、しかもそのサイズは順調に大きくなっている。脅威としては尚健在、どころか更に増大しつつある。
ガルジャドの成長速度というのは竜として見ても異常であり、だからこそ結果として手遅れとなりやすい。
その群の進路はセーメの街を壊滅に追い込んだ後、現在は海方向へと進行中である。これでそのまま海に突っ込んで溺れて全滅、或いはそのまま泳いで何処かへ行ってしまうというなら国としては良いのかもしれないが、結局それは余所で被害が発生するというだけの事。出来れば片をつけておきたい所だ。
そして、ガルジャドは泳ぎは苦手だが、それだけに海に出れば進行方向を変更ぐらいはする。そうなると……。
「どちらの方向に進むかが問題だったが偵察隊の確認では……」
せめて人の少ない地域へと向かってくれれば良かったのだが……残念ながらその願いは叶わず、ガルジャドの進路は再び国内へと向かった。
或いは餌のより豊富な地域へと本能で察し、動いたのかもしれない。
人がいない地域というのはいる地域に比べて自然が豊かか、或いは荒野かのいずれかだが今回は反対側は荒野故に開拓が為されていない地域だった。確かにそれではより豊かな方向へと向かったのはこちらとしては困るが、ガルジャドにとっては当然の事だろう。
「……もっとも近くの街へと到達するまではおよそ五日後と推定されている」
だが、続けられたその言葉にはざわり、とざわめきが起きる。
「……ここから俺達が出発して、到着可能なのは?」
「最低三日だな」
既に想定されていたのだろう、冒険者の一人の言葉にギルドマスターは即答する。
その言葉に全員が一斉に立ち上がり、チーム毎にまとまり、リーダーが仲間との軽い会話の後に詳しい事情を確認する為に前へと進み、残りのメンバーは準備の為に部屋を出てゆく。
ギルドのメンバーもそれを咎めたりはせず、簡潔に必要事項を述べていく。
急げば三日、と言っているのはギルドマスターの事故、彼らの準備の時間も含めて述べている事をベテランは察していたが、それでも早く動いた方がいい。
人というものは数日間の急ぎの旅をしてすぐに戦える程、頑丈ではない。ましてや相手は竜。
早めに到着して、前日はしっかり休息を取り、戦いに臨む必要がある。
「おお、そうじゃ。すまぬが、キアラ嬢には先行をお願いしたいのだが……」
「了解です」
ガルジャドの襲撃先となった街は既に警告は為されているが不安と混乱が発生している事は疑いない。
国も冒険者ギルドへの応援要請だけでなく、主に騎士から為る増援部隊の派遣は決めているが、国は図体が大きいだけに決定や準備にも時間がかかり、間に合うかは厳しい所だ。
それだけに冒険者達だけでも間に合う事を事前に連絡しておいた方がいい。
その為に、空を飛ぶという圧倒的に高速の伝達手段を持つキアラは一足先に飛び立つ事になったのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
さて、かくして飛び立ったキアラとテンペスタであるが偵察隊が用いたような低レベルの飛竜とは比べ物にならない速度で飛行していた。
竜王と下位竜、最大の違いは知性の有無であるが、その両者には魔法においても明確な差がある……何故だろうか?
実はその答えとは……暇だからだ。
何だそりゃ!とは言わないで欲しい。
例えば、今回の事件の片割れである火竜ウルフラムを例に考えてみよう。
彼らは攻撃された場合の執拗さを発揮するなどの一部除き動物的な知能しかない。
そして、属性持ちの竜は基本、属性の強い地では食物も必要としない。
必然的に特に争う必要もなく、マンションの如く同じ火山に複数の家族が相互不干渉を保ったまま共存する事になる。
稀に入り込んできた別種の竜を追い払ったりするが、相手だって火山なんて地域に住む気で入り込んできた可能性は低い。火山というのはその性質上、草も生えず暑く、時には熱すぎ、場合によっては噴火や溶岩の危険もある。場所によっては硫黄が噴出し、一般的な動物にとっては毒にしかならない火山性ガスの溜まりに入り込めば死ぬ。
そんな過酷な地に平然と住めるのは火属性持ちの竜程度。
普通の動物はおろか、普通の下位竜もそんな所に好き好んで暮らしたいとは思わない。
結果、火竜ウルフラムという竜は日がな特にする事もなく、腹が減る事もなく、のんびり寝て、番といちゃいちゃして、偶に体を動かす程度で過ごせる生活をしている訳だ。
……動物ならそれでいい。
けれど、人並の頭を持っていたらどうだろうか?
毎日毎日する事もない、空腹を抱えるでもなしに、ゴロゴロするしかない日々。
働いて疲れているなら偶にはそんな日もいいだろう。
だが……そんな生活が一年中どころかずーっと続くとなると話は変わってくる。
考えてみて欲しい。何か特にする事もなく、本などの暇潰しが可能なものも何もない。遊びに行く友人などもなく、食事の楽しみも呑みに行く楽しみもない。する事といえば寝る事、番とやる事ぐらいで竜王級であれば普段は番すらいない事も多い。
数年単位で眠る種もいるが、眠りを必要としない種すらいる。
結果、竜王のような知恵ある竜は自然と暇潰しを兼ねて人の真似事をしたり、魔法を弄ったりする事になる。
で、結局長々と何が言いたいかというと、テンペスタもまたそうした状況からは逃れられなかった、という事だ。いや、むしろなまじ王都という面白そうな事がいたる所に転がっている場所だけに、それに加われないというのは寂しいというのがあったようだ。
『人に変身する魔法とかないのか?』と思うかもしれないし、確かに変身魔法自体は存在する。が、この世界どういう訳か変身魔法に関してはサイズを変える事に成功した試しがない。人が竜に変身しても人サイズの竜になり、竜が人に変身しても巨人にしかなれない。無論、戦闘力は全く変わらない見た目だけの魔法なので人ならまだ別人への変装で……と思うかもしれないが、この魔法、ただでさえ悪い魔法の中でも燃費が特に悪い。
それぐらいならまだ幻影を作り出す魔法で、細かい制御をし続ける方が可能性があるとされているが……こちらも対象の動きに合わせていちいち修正しないといけないので実用レベルのものではない。
話を戻すが、とにかくそうした諸事情の結果、テンペスタもまた魔法弄りに精を出し……。
「……また速くなってない?」
『飛行に魔法を応用してみた』
と、下位の飛竜より遥かに高速で飛行が可能な改良された魔法を併用して飛行していた。
それでいて、きっちり乗っているキアラも保護されているのだから、竜の規格外という奴をキアラはつくづく実感していた。自身が魔闘士という魔法を用いて白兵戦を行う術者であるだけに魔法というものの燃費の悪さも、その改良というのがどれ程難しいのかも重々理解しているからだ。
魔法を長時間持続させるというのは難しく、魔法を新たに生み出す、或いは改良するとなれば人であればそれこそ国家の設立した大規模研究所レベルに一流と呼べるだけの魔法使いを何十人も集めて十年単位の研究が必要だ。
もっとも……。
(まあ、今更だよね)
人にとっては一生をかけるだけの研究素材。
竜にしてみれば粘土細工の如し。
そこら辺の人と竜の違いという奴を思い知らされているキアラにとっては悩むような話ではなかったが……。
「この分なら余裕を持って到着出来……たね」
というより、早すぎる。
馬車で街道を飛ばして三日。
王都近郊の都市ゆえに整備された街道を全速で飛ばすとして一日に馬車の場合百から百五十キロ程度、最大で二百に満たない程度。三日で四百から五百キロ。
ただし、これは街道を走った距離であり、道は都市間を一直線に結んでいる訳ではない為、空を真っ直ぐに飛ぶ事が出来ればより短くなる、とはいえ……。
「さすがに一時間は早すぎると思うんだ……」
別に早くてダメという訳ではない。
事実、キアラの到着に一時「竜が来た!」とパニックがおきかけたようだが、すぐにそれは歓声へと変わった。
緊急事項として発表された竜の群の襲撃予報。
王都近郊の街であり、セーメよりは防壁や道具も揃ってはいるが守りきれるのか、という不安は誰もが持っていた。
そこへ訪れた増援部隊の連絡……例えそれが限られた人数ではあっても不安に苛まれていた人々には嬉しい連絡だったのだ。
再び王都へと戻ろうとしたキアラとテンペスタだったが、その時ふとキアラが呟くように言った。
「セーメの街、生存者とかいないか確認してから帰ろうか。思ってたより時間大きく余っちゃったし」
『いいよー』
思えば、それが後のアレが起きた原因、その始まりだった。
【ドラゴンファイルNo.2】
暴食竜ガルジャド
脅威度:B
討伐危険度:E~Cまで
発生すると極めて高い危険度誇る竜の群。
この為、発見されると迅速な討伐隊が組まれる程。
群発生初期の個々が小さい間は討伐の危険度も低い
しかし、巨大な種となると、全身鎧を着ている成人男性でも丸呑みにしてしまう事が可能となり、一気に危険度が増す
溶解液故に鎧を着込んでいても中身は無事では済まず、また大きな動きの出来ない体内に加え岩でも鉄でも呑み込む体内は極めて強靭性が強く、剣を動かしても内部からはまず脱出不可能。故に飲み込まれた人は外部からの救助が間に合わなければまず助からず、助かっても瀕死の重傷を負う事が少なくない。
しかし、その怖れられる最大の理由はこの竜の暴走と、その通過後にしばしば発生する大規模な疫病の発生の為。
竜による襲撃を受けた直後に発生する為に国としては下手な上位竜よりも怖れる竜である。
この竜の発生の原因は人族の間では未だ不明だが、その実態は属性を持たないが故に食事を行い自然に満ちる魔力を取り込むしかない通常種の下位竜の群が飢えによって変異したもの
これによって如何なる物質からも食事として取り込む事によってその物質に含まれる魔力を取り込む事が可能となっている。呑み込まれた岩などが溶けるのはこの為
しかし、同時に属性竜同様の巨体化の要素も得てしまった為に常に食事を必要とするようになってしまっており、やがては必要量に食事が追いつかなくなり、自壊の道を辿る竜である
当初は昨日にはアップ予定だったんですけれどね……
予定がずれてしまいました!




