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竜に生まれまして  作者: 雷帝
人竜戦争編
68/211

説得(竜)

 一体の竜。

 それは言葉にしてみればそれだけで、天空に座する数多の竜や龍がいる前では埋もれてもおかしくない。

 だが、誰もが一度空を見上げれば、その姿から目を逸らす事が出来ずにいた。そしてそれは竜達もまた同じだった。

 竜達の中には複数の竜王がいた。

 その竜達でさえ固まっていた。彼らはいずれも属性に長けた竜であり龍だった。だからこそ、目の前のたった一体の竜が何をしたのか、そして眼前の竜がどれほどの力を持っているのか漠然としながらも理解したからだ。

 漠然と、というものになったのは仕方ない。

 火の竜王達は彼らの頂点とも呼ぶべき大火竜サラマンダーを知っている。

 圧倒的というも愚かしい強大なる火の属性。

 サラマンダーの炎をボルシオン火山そのものとするならば、例え火の竜王であっても燃えさし程度でしかないだろう。それぐらいの逆らう気の欠片も起きない程の圧倒的な差があった。

 だが、それに似た感覚を眼前の竜から感じていた。正確には相手が巨大にすぎて、自分達の力では相手がどのぐらい巨大なのか把握できないというべきか。


 彼らがそう感じたのは他でもない。

 彼ら全員の一斉攻撃、一つの都をこの大地から跡形もなく消し飛ばすつもりで放ったはずの一撃があっさりと消え失せたからだ。いや、正確には吸収されてしまった。

 だが、それが余計に彼らを脅えさせる。

 『吸収』と言えば簡単だが、実はこれは容易い事ではない。

 当り前だが、竜が放った力は竜達が属性を束ねて放った力だ。ただ燃えているだけの炎は何にでも使えるが、火のついた松明を投げつけられたらどうだろうか?或いは、そこらに転がっている石と、投げつけられた石でもいい。誰もが受け止めるという事を考えず、普通は避けるだろう。

 当り前だ。それらは受け損なえば怪我を負い、下手をすれば命に関わる事すらある。地面に落ちた後、今回の場合は着弾した後ならばどうとでもなるだろうがあなたなら『数百に及ぶ火炎瓶や投石、猛毒の薬品類を一斉に投げつけられて、それを受け止める』っという事をする気になるだろうか?

 分厚い装甲に覆われた戦車ならそれらを受け止めても平然としているだろう。

 だが、数百の生身の人で、完全武装の戦車に勝てるだろうか?

 おそらく、二度同じ事を繰り返しても相手は平然としているのに対して、相手が本気を出せば簡単に潰される。ただ逃げるしかなくなるのが落ちだろう。相手が反撃してこないという甘えの上で声を上げるぐらいならばまだしも、もしかしたら相手が問答無用で攻撃してくるかもしれない。それが分かって、尚その前に立てる者はそう多くはないだろうし、やるにしてもそれは命を捨てるのを覚悟してとなるのは間違いない。

 それぐらい眼前の一体の竜に対して力の差を理解し、感じ取ったからこそ、他の上位竜や竜王達は動けずにいた。

 

 『やれ、間に合ったか』


 そんな考えをなまじ属性というものを理解しているからこそ動けない数百の竜達を前にテンペスタはといえば安堵していた。

 もちろん、その声が響いた事で竜達はいずれもがびくりと体を震わせていたのだが。

 

 『さて、少し話をしたいが、お前達のまとめ役は誰かな?』


 そう声をかければ少し間を置いてだが、数体の竜達がテンペスタの前へとやって来た。

 赤、青、翠、黒。

 それぞれ火、水、風、地を象徴する色合いであり、まず間違いなくそれぞれの属性の竜達を束ねる竜王達なのだろう。

 人の世界から見れば、彼ら竜王というものが決死の覚悟で挑む相手なのはテンペスタも理解しているが、今、彼らに対して警戒心を抱く事はなかった。理由は単純、彼らに自分をどうこう出来る力はないと感じ取っていたからだ。

 もっとも、そのせいで相手は余計に怯えてる訳だが……。


 (強者の余裕とでも見られているかな?まあ、いい)


 どうせ本当の事だし。


 『さて、すまないな。邪魔をして』

 「いえ……」


 返答したのは火の竜王だ。

 元々声かけをしてまとめたのはボルシオン火山の竜達からだという事を知っていれば、そうおかしな話でもない、か。


 『止めたのは他でもない。お前達が焦りすぎていると判断してな』

 「それは、どういう事でしょうか?」


 テンペスタは幼い頃ではあったが、それなりの時間人と共に過ごした時期があった。

 その時の経験は人の世界の大変さを知る事にも繋がった。

 もちろん、それは今の世の事ではないし、今となっては妹竜であるルナの方がテンペスタより遥かに詳しいだろうが、それでも分かる事がある。それは竜の世界と人の世界では圧倒的に決定に至るまでの時間が違う、という事だ。

 竜ならば上位竜達は竜王の決定に従う。

 上位竜と竜王ならば上位竜が束になっても敵わないのが竜王だからだ。

 そして、竜王の数は少なく、また移動速度は人に比べて圧倒的だ。それこそ人が下位竜と呼ぶ中でも人が調教可能な極一部の空を飛ぶ飛竜種を含めても上位の竜達の速度は他を圧する。下位竜ではそれほど長時間延々と飛び続ける事が困難だし、かといって馬などを用いた移動は更に時間がかかる。

 しかも、貴族達が集まるとなると馬を潰すつもりで、幾度も馬を途中の街で変えつつ突っ走る危急の伝令などとは比べ物にならないほど時間がかかる。彼らが使うのは大型の馬車であり、それらは高速でぶっ飛ばす仕様にはなっていない。大体、幾ら厳選された馬を使った所で大型の馬車を引いて、伝令同然の速度が出せる訳がない。

 つまり、オーベルニエ帝国の場合、ボルシオン火山に攻め込んで敗退し、更にその後街一つが滅んで、そこでようやっと焦った連中が招集をかけて会議を行うにしても伝令を各地に飛ばし、主だった貴族がそれを受け取って、後に回せないような急ぎの用事を済ませて指示を出した後帝都に向かい、到着。ある程度揃い次第会議を開始するとしても竜達なら移動に一日、代表を決めて送り出すのに一日、集まって話をして決定するのに一日の三日あれば済むような話でも集まるだけで一月かかる事などザラだという事だ。

 しかも竜達の場合は「報復するかしないか」「それに参加するかしないか」だけで参加しないならそれはそれでやる奴だけでやればいいと割り切れるのに対して、人の場合はもっと複雑だ。

 もっとも、今回はテンペスタはそこら辺の複雑な部分は差し引いて、移動に時間がかかる事だけ説明する。


 「……なるほど、そうすると私達は随分待ったと思いましたが人にしてみればまだやっと集まったばかりという事ですか」

 『まあ、そうだな、それに』


 代表を決めたりもしないといけない可能性がある。

 竜であれば老いた上位竜や竜王はより強大になってゆくが、人族はそうはいかない。老いた者はどんどん体が衰え、長旅が不可能になって寝た切りになる者もいる。

 人族の場合はお詫びとして贈り物を用意しないのは恥だから、そうした物を用意し、馬車を連ねてボルシオン火山まで移動して「すいませんでした」と頭を下げるのにもまた時間が余計にかかる。


 「なんと面倒な」

 『まあ、そういうな。我らに我らのやり方があるように人には人のやり方がある』


 呆れたように四体の竜の内、風の翠竜王が口を開いたが、テンペスタは苦笑したように答える。

 こうした会話は他の竜達にも聞こえるように声を届かせていたが、どの竜や龍も翠竜王の感想と似たり寄ったりのどこか呆れた様子を示している。


 『そういう事なのでな。奴らに謝る意志があるかを確認する故、謝る気があるならもう少し待ってやってくれぬか?』

 「承知しました。謝罪する気があるのならば待ちましょう」


 それを確認してテンペスタも安堵する。

 竜は寿命が長いからか気長だ。一年程度は平然と待てる。

 ただし、その分謝罪すると約束しておいて、破ったらその時の怒りは巨大なものになるだろうし、その時はテンペスタも容赦する気はない。


 『では確認してくる故、少々待て』


 そう告げて、テンペスタは帝城へと降下してゆくのだった。 

年取るとどんどん無理が効かなくなります

こうして書いてて、竜が羨ましくなりますね。若い時分は徹夜した翌朝、友人達とそのまま遊びに行ったりする事も出来たんですが、昨今ではまず無理……

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