竜飛来す
二週間ぶりの更新です
「ふうむ、人との戦いか」
「左様です」
大火竜と呼称されるサラマンダーが普段浮かんでいる場所へは上位竜でさえ行くのが困難だ。
だからこそ、竜王と呼称される竜の内、若い一柱がここへ訪れていた。
(ぐっ、この周囲のマグマ、単なるマグマではないな……大火竜様の御力によって質そのものが変質している)
この場所こそが大火竜の【庭園】と化しているのだろう。
大火竜サラマンダーの許可を得られなければ、最悪戦いに参加する竜達はこのボルシオン火山を追い出されるだろう。さすがにそれは拙い。
「……好きにするがいい。だが、絶滅は避けるようにな……」
「はっ!!」
ほっとした様子で火の竜王が立ち去った後、サラマンダーはぼんやりと考える。
(急ぐがいい。時はもうないぞ……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オーベルニエ帝国。
ボルシオン火山へと侵攻したこの国はそれを綺麗さっぱり忘れたように内紛に明け暮れ、それは内乱へと至っていた。
ただし、王国など周辺諸国がそれに乗じて侵攻を開始しなかったのはむしろその内乱のせいだと言っていい。
内乱というものは誰が敵か、誰が味方か分からない。何せ、元々その国住んでいた者同士で争う事になるのだから、民族などと言い出せば最悪隣人が突如敵となる。一旦狂気に駆られてしまえば、つい先日まで仲良く語らっていた隣人が突然武器を持って殺しに来るのを当然と考えて動き出す。
幸い、というべきかそこまでの最悪には至ってはいなかった。
元々この国は皇帝の権威が凋落の一途を辿っていた。原因は色々上げられるが敢えて上げるならば三代前の皇帝が長く帝位に就きながら政治を放り出して、後宮に溺れていた事が発端だろう。しかも子供も多数作った挙句に、ある日高齢なのに薬まで用いて励んだ結果腹上死でぽっくり逝ってしまった。
当人は満足だったかもしれない。
何せ、特に仕事をする必要もなく、十分美味い食事を喰い、美女を好きなだけ抱いて最後は苦しむ事なく逝けたのだから。
しかし、残された者にとっては混乱はそこからだった。
長年、皇帝が政治を放置した結果、宰相とその一派が権力を握っていた。
ただし、宰相にも弱みがあった。彼自身も皇帝の傍に娘を送り込んでいたのだが、皇女こそ産んだものの男を産めなかったからだ。だからこそ、有力な貴族と結託して権力の維持を図った。具体的には皇子の背後にいる有力な複数の家と連携を図った訳だ。
そうした貴族家にとっても長年、帝国の政治を取り仕切っていた宰相との関係は苦々しい思いを抱いていたとしても必須だった。宰相を排除したとして、その場合、帝国の政治関係は一からやり直しだ。
現在の徴税やその内容、過去どのようにそれらが使われ、どのような公的事業が行われているか……。
もっとも、宰相当人が私腹を肥やすのには余り興味がなかったというのも大きかっただろう。彼はあくまで国を動かすのが楽しかったのであり、汚職や賄賂にはむしろ厳しい程だったのだから。だからこそ、皇帝が女に溺れていても帝国は何も問題なく回っていたと言える。
しかし、ここで第二の、そして混乱の本格的な始まりとなる事件が起きる。
宰相の暗殺だった。
犯人は迷宮入りしたが、一番有力な説は宰相一派と結び損ねた有力貴族の一人ではないか、と推測されている。
これでオーベルニエ帝国は本当の混乱に陥った。
何とか対外的な事もあって皇子を擁する有力貴族複数が渋々協力して皇帝を立てるも間もなく死去。怪我によるものとも、暗殺ともされている。
最終的に実家が特に有力な貴族でもなかった為に趣味の芸術に専念して引っ込んでいた第一皇子を当人の「お飾りでいいなら」という主張を了承して、実質的には大貴族による合議制で運営されているが、それに実質排除された地方の大貴族ほど反感を持ち、分裂寸前だった。
そんな時に行われたのが先のボルシオン火山への侵攻。
帝国西部方面の辺境伯家が音頭を取って、方面軍と辺境軍が合同で首都に了承を得ずして侵攻したものだった。
成功していれば、辺境伯は山脈を超えて他国との連携を取る事が出来て、一気に勢力を増していただろうが、見事なまでに失敗した事で現在の首脳陣はこの辺境伯に首都への召喚命令を出した。
が、当り前だが、「生きて帰って来られる訳がない!」と思い定めた辺境伯が反旗を翻した。
これに対して、合同で軍が派遣されたのを契機に各地で不満を持っていた貴族が一斉に反旗を翻した。一説には辺境伯による暴走が彼らには伝わっていなかった為、単に「首都の大貴族達に対して反抗的な態度を示した辺境伯に対して軍が派遣された」という部分だけが伝わった為だとされている。
いずれにせよこれでオーベルニエ帝国はしっちゃかめっちゃかな大混乱状態に陥っていた訳だが……。
当り前だが、そんな事情、竜達には関係なかった。
その日、オーベルニエ帝国でも有数の都市の一つが壊滅した。
その第一報はその都市へと向かっていた商人の一人から届けられた。
空に多数の竜が舞っていた、竜達の吐く炎で都市が遠目にも真っ赤に染まっているのが見えた、という報告に帝国は震撼した。
「竜達が報復に来たのか!!」
事情を知る者、いわゆる貴族でも権力と情報収集能力を持つ上層部はそう理解した。
だが、真実を明かすという事は「自国の貴族が竜を攻撃して怒らせた」という事実をも明らかにしないといけないのもまた事実だった。その結果、何が起きるのか……最悪恐怖に駆られた民衆が貴族を生贄とばかりに襲撃しかねない。
貴族達は確かに権威を持っている。
だが、彼らはその権威が「高位の竜の群れに襲われる」という恐怖に勝てるとはどうしても思えなかったのだ。
全力でそれを彼らが隠蔽した結果、竜に襲撃を受けたという情報のみが独り歩きを始め……竜のみならず、人の世界でもまた竜との対決意識が急速に高まっていく事になる。
この結果、竜も人も急速に対決姿勢を固めていく事になります
この時に帝国貴族が事情を明らかにして、竜達に許しを請えばまた歴史は変わっていたかもしれませんが




