人と竜、新たなる動き
何とか間に合ったかな?
「他の大地、ですかな?」
「そうです」
ルナは滅竜教団主催の宴会の後、枢機卿と話をしていた。
枢機卿だけではなく、久々に会った王子と、そのお付きである大貴族の息子達も二名程来ている。この二人は次代の王の側近予定なのだろう。王子自身は久々に会った王宮料理長と少し話をするつもりだったようだ。それはルナにとっても構わない。彼もまたルナにとっては生まれた時から知っている子供だ。
ルナへの枢機卿からのお礼の言葉、軽い雑談といった事をしている中、ふと、といった感じでルナはそんな話題を持ち出した。
「先だっての話を伺って考えてたけれど、海の向こうに新天地を求めるという考えは思い浮かばないの?」
「……そうですな、考えなかった訳ではありません」
「そうだな、ルナ姉、父上も俺達も考えなかった訳じゃないんだ」
おや、と思う。
どうやら全く脈がないようではない、という事か。
「ですが、断念せざるをえなかったのですよ」
「そうだな、大海を航行出来るだけの船を建造する技術、それを操れる船員そのどちらも足りんし、そして果たして本当に他に大地はあるのか……もし、新たな大地があったとしてもそこまで幾日かかるのか、全く分からん」
「なるほど」
沿岸部を航行するのと大海を航行するのでは全く話が違ってくる。
陸沿いに航行出来るのならばいざとなれば陸に上がる事が出来るし、陸に上がれば水や食料も何とかなる可能性がある。嵐に巻き込まれそうなら避難する事も出来るだろう。先に目指す物があると分かっているならば頑張る事も出来るだろう。
しかし、それらがなければどうか。
行けども行けども果ての見えない大海を渡り、何時陸が見えるかも分からぬ旅路。
日に日に減る食料と水、募る不安。
嵐が起きれば、それを避ける為に島や陸に寄る事も出来ず、ひたすら耐え乗り切るしかなく、船が沈んでも救助も求められず、助かるあてもない。
「旧きハイエルフである貴方はかつて陸があったのを聞いているのかもしれませぬ。しかし……」
「ルナ姉とて、どの方向にどれぐらい進めば新たな大地に辿り着けるかまでは知らぬだろう?」
「……そうですね」
本当は知っているが、それを言う訳にもいかない。
言ってしまえば、どこからそれを知ったのか、という事になる。
(これなら二百年ぐらい前に地図でも描いておけば良かったかも)
そうすれば、今の時代にはさぞ良い雰囲気の古地図となっていた事だろう。
「……竜に聞く事は出来ないかな?あちらとて好き好んで戦をしたい訳でもないと思うんだが」
「……竜に、ですか……」
どこか絶句する様子が感じられた。
「私達が知らないなら知ってそうな相手に聞けばいい。炎や地ならともかく、風の上位竜ならば可能性はあるのでは?」
「し、しかし……」
「このまま竜と戦争するよりは可能性があると思ったのだけど」
枢機卿も王子も、その部下も沈黙した。
四人とも頭ごなしに否定はしない。考え込んでいた。
「……現状では無理ですな」
「だが、悪い提案でもない」
枢機卿が否定し、王子が肯定する。
彼らが下した判断は共通だった。今、現在、新大陸の探索などという事を行う事は出来ない。それには時間がかかりすぎるし、風の上位竜に渡りをつけるにしてもそもそも風の上位竜と果たして会話が可能なのか、会話が可能だとしてその相手が別の大陸の事を知っていると何故言えるのか?
交渉によって別大陸を彼らに探索してもらうにせよ、時間がかかるだろう。
だが、竜との戦争はいちかばちかの賭けなのは誰もが理解している。だからこそ、竜に敗れた時の事も彼ら、統治者は考えねばならなかった。
「……竜との戦いに懸念を表する者と称して、交渉にあたらせるのは可能でしょう」
「風の上位竜の居場所などはそちらの方が詳しいだろうからな。こちらが可能なのは船の建造と船員の育成か。表向き他国との連携や貿易という名目をつければ問題はなかろう」
そんな様子を見ながらルナは考えていた。
(これで可能性の種は蒔けた。後は)
風の上位竜、それに辿り着けそうになったらその上位竜を少し脅して「知っている」と語らせるのがいいかしら?
それとも父に間に入ってもらって、話をつけてもらうのが良いかしら?
そう考えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『もはや我慢ならぬ!!』
そんな声に賛同する声なき声が周囲から幾つも上がる。
ボルシオン火山にある火口の一つ、煮えたぎるマグマに浮かぶ岩の上に複数の火の属性を持つ竜達が集っていた。
いずれも上位以上の竜である。
彼らは憤っていた。
先だって、人族がこのボルシオン火山を攻撃してきた。
長らく彼らが暮らしていた地に、たかだか数百年程度の歴史しか持たぬ国が「ここは我らの領地」などと称して踏み入って来るのに苛立つ若い竜は多かった。そんな若い竜でさえ、我が物顔で侵攻してきた人族の国が誕生する以前からこの地に住んでいた竜は多い。彼らにしてみれば、何様のつもりだ!と怒るのも当然だろう。
それでもいちいち人族を攻撃したりしないのは結局の所、彼らに余裕があったからだ。
静かにくつろいでいる所に親戚の子供がじゃれついてきたりすれば、うっとうしいと思うだろうが多少じゃれついてくるぐらいならば怒るまではいかない。
飼い猫や飼い犬が遊んで!と休んでいる時にじゃれてきたら、苦笑しつつ相手をする事だってあるだろう。
だが、それも前回の戦いで、彼らが用いた兵器が一線を超えさせたと言って良い。古の竜王達はともかく、若き上位竜達にとって自分達の同類が大怪我を負わされたのは衝撃だった。幸い、というべきか、すぐ砲が壊れた事と、周囲の竜達が即座に対応した事から一命はとりとめた。
だが、それまで甘い顔をしていたせいで命に関わる大怪我をさせられた、という事実は大きかった。
『だが、どうする?人族の奴らに我らだけで反撃するか?』
『いや、そもそも人族の奴らここだけで満足しているのか?あの強欲な奴らの事だ、他の竜達にも手を出しているのではないか?』
そんな声が沸き上がる。
それまで静かに沈黙していた竜、この場にいる竜達の中でも最強格の竜王の一体が口を開いた。
『我らだけで終わる事はあるまい。……人には竜の怒りというものを思い知らせてやるべきかもしれぬが、それをやるのが我らだけでは他の属性の竜に迷惑がかかる事もあろう』
故に、と続けた。
『各地に飛べ。他の竜達にも話をするのだ。この地に集まってもらうなりして、竜達の会合を開こうではないか!大火竜様には我から話をつけようぞ』
おお!
と一斉に上位竜達から声が上がる。
かくして竜達もまた動き出す。
竜も動き出しました
既にどちらも止まりません




