ささやかなる会談(後編)
お待たせしました、後編をお送りします
「しかし、まだハイエルフの方がおられるとは思いませんでした。私も二百年程は生きておりますがお会いするのは初めてです」
「それは分かります。私はあなたの倍以上生きていますが、他のハイエルフの方にお会いした事はありません」
なるほど、と枢機卿は頷く。
「しかし、ご両親や身内の方は?」
「私が生まれた時、傍にいたのは母と兄、二人は同族と言えたけれど、後は三体。家族同然ではあっても話は出来ない相手がいただけでした」
「……そうですか、それは失礼を」
黙って頷く料理長に枢機卿はしばし考える。
(御父上はいなかった、という事か。してみるとご存知のハイエルフの方はお母上と兄君の二人しかいなかったという事か)
残る三体、というのは家族同然でも話が出来ないという点から家で飼われていた猟犬か何かだろうと判断した。
可愛がっている犬や馬を家族と表現する者は枢機卿が知る他の者にも普通にいる。
おそらく、彼女が言っているのもそういう意味であろうと枢機卿は予想した。~匹ではなく、~体というのが多少珍しくはあるがそこら辺は気にする事でもなかろう。
そう考え、話を続けた。
「今はそのお二方とは……?」
「分かりません。私が独り立ちする頃には三体もいませんでしたし、別れてからは一時は兄と思われる相手の話を聞く事もありましたがここ何百年かはそれもありませんし、母に至ってはまったく話を聞きません。多分世界のどこかで生きているとは思いますが」
「そうでしたか……」
どうやらハイエルフの集落、といった話は期待出来そうになかった。
もっとも、枢機卿からしてそれは期待していなかったので落胆する事はない。
むしろ、まだこの世界にはどこかで上位種族達が確かに生きているのだと知る事が出来て満足だった。
(それに)
ちら、と料理長へと視線を向ける。
こうしてみても通常のエルフと大差ないように見える。
よくよく見れば耳の尖り具合などで差があるのだが、少し見ただけでは専門家でもない限り違和感すら感じないだろう。
それが他の上位種族達にも適用されるのだとしたら……或いは人やドワーフ、獣人達の上位種族もまた普通に人に混じって暮らしているのかもしれない。そう考えると、何だか楽しくなってきた。
自分達は上位の種族は世界のどこへ消えたのだろうと思い、探り、中には本気で上位種族の探索を行っている者もいる。その思惑も様々だ。それこそ、単純に一度出会ってみたい、などという珍獣扱いな道楽者もいれば、彼らを探し出す事で再び上位種族の力を自分達にも復活させようと目論む者、中には宗教として上位種族を自分達より神に近い存在として崇める者までいる。
まあ、さすがに枢機卿はそんな連中の同類ではないが、自分達に上位種族並の力があれば今の苦労はほとんどなくなっていただろう、という思いぐらいはある。料理長が戦場で発揮した力を知れば余計に。
しかし、そんなものはないものねだりだ。
あるものでやっていくしかない、それは現場にもいた枢機卿は重々承知している。
その後は割合何でもない会話を交わしていた二人だったがそろそろ、という時間になり料理長が初めて彼女の側から質問をした。
「貴方達は何を考えている?」
「?どういう事でしょうか」
首を傾げた枢機卿に料理長は。
「貴方達は竜の住まう土地を奪い、人の領域とする道を選んだ」
「……それをどこから?」
「私は元々王宮料理長。それも今、王宮にいる者が生まれる前から王宮にいる。話の伝手は幾らでもあります」
一瞬強張りかけた枢機卿だったが、なるほど、と思いを改めた。
ただの人の領域の統一だけでなく、その先を目指す。
今のままでは人は行き詰る。だから竜の領域を奪い取る。それは王国の最重要機密の一つであり、滅竜教団と協調を選んだ理由の一つでもある。
だが、目の前の人物はこの王国が生まれたその時からずっと王宮にあり続けた人物だ。それこそ王本人やその家族、大臣や騎士団長に至るまで彼女に頭の上がる者などいないだろう。実際に竜との戦いに赴いた者やたまたま聞いてしまった下っ端なども含めれば幾ら機密といえどそれなりの数の者が加わっている。
さすがに身元不明の相手にポロリと洩らすような者はいないだろうが、秘密を誰にも話せず持ち続けるというのは案外辛い。その点、目の前の王宮料理長は彼らにとっても話しやすい。つい口も軽くなるという事か。一つ一つは断片でも複数からぼやきや愚痴、悩みなどを打ち明けられれば大体の形は読み取れるというもの。
「そうですな、しかしそれを為さねば……」
我が子達を養う事も出来なくなる。
今回の戦争で人の数は多少は減った。だが、人を減らす事が目的の戦争ではない。遠からず限界は来る。
たとえ、上位竜達と戦ってでも奪いとらねば人は……。
「理解していますか。今はまだ奪う土地があっても、勝利した所で何時かは奪う土地もなくなる」
「それは」
「あなたがたのやっている事は先送り。それが悪い事ではないけれど、それ以外の手も考えねば奪った土地を開発してもやがては再び限界が来るでしょう。それもそう遠くない内に」
竜の住む領域というのは恵みの宝庫でもある。
上位竜自体は自らの領域を過度に荒らさねば、怒る事もない。下位竜でさえ属性竜は穏やかな竜が多い。だが、竜がいればこそ多くの人はその恵みに感謝して、取りすぎないように、乱獲しないように意識して共存してきた。その竜達を追い払えばどうなるか。
おそらく、節度なき回収だろう。
「そして、限界が来た時、次に来るのは何?足るを知る、今ある物で我慢出来ないのなら何時かは貴方達に待っているのは人同士で争う世界でしょう」
「……それは」
その時こそ今は一つにまとまっている種族同士がまず争う事になるだろうという事は簡単に予想がついた。
人が、エルフが、ドワーフが、獣人がまず同族でまとまり、自分達が生き残ろうと争う。それまで竜という共通の脅威を相手にまとまっていた者達が今度は自分とは異なるものを持つ相手に対して排除の感覚を持ち、排除された者がまとまって争う。
そんな未来が来るかもしれない。
「それでも」
今は。
「目先と言われようとも生きる時間を稼ぐために竜から奪うしかないのです」
「そう……でも一つだけ。もし」
竜が共に戦うようになり、貴方達がそれに敗れた時、貴方達はどうするの?
その質問に枢機卿は答える事は出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最後の問いに枢機卿が答える事はなかった。
その彼が屋敷から去っていくのを窓から見送り、料理長は考える。
(答えなかったけれど、竜と本物の殺し合い、生き残りをかけた戦いを繰り広げる未来が来たのなら)
その時は竜達とて止まらないだろう。
竜とて無抵抗な訳ではない。排除されそうになり、殺されそうになれば、単体で敵わないとなればまとまり、人と竜や龍との戦争が待ち受けている。上位竜以上の知性を持つ竜達はそれが出来るだけの頭を持っているし、下位竜達も竜王ならばある程度制御出来るだろう。いや、一部の魔獣でさえ協力するかもしれない。
彼女は魔獣にも時に酷く高い知性を持つ存在が生まれる事を知っている。魔獣の王とでも呼ぶべき彼らは竜王の領域で共存しているがそれだけに竜と人が戦争となれば竜の側につくだろう。竜が排除された後、次に排除されるのが自分達である事は間違いないのだから。
そして、勝利したならば竜達は人を追い払おうとするだろう。一部の長年自分達と共存してきた少数の者達はともかく、国として残すような真似はしないだろうし、その結果竜が支配していない山野に追い払われたりすればどうなるか。
(一度、父や兄に相談してみましょうか)
そう考えた王宮料理長、ルナだった。
王宮料理長もかくして独自に動き出します
さて、そのころテンペスタは何をしているのでしょうか?




