ささやかなる会談(前編)
本当は一話で終わらせるつもりで書いてましたが……
どうしても長くなりそうだったので二話に分けました
さて、ここか。
王宮のすぐ近くにあるこぢんまりとした屋敷の前に枢機卿は立っていた。
王宮からすぐ傍にあるという時点で、この屋敷の持ち主が相当な立場の人物である事は確定な訳だが、事実建国以来王宮料理長を勤めていた侯爵の位を与えられたハイエルフである。それも当然と言えるだろう。何よりこの土地に屋敷を設けた当時はまだ王国は遥かに小さかった。
(しかし、この国は華美に走った面がないとは思っていたが、そうか、ここが原因か)
他国では権力を誇示すべく豪華絢爛な屋敷も王宮の傍に家を建てられるような立場の者には多いのだが、この王国においては王宮を含めて華美とは程遠い落ち着いた雰囲気の屋敷が圧倒的に多い。
それはおそらく、建国来ずっとここにあり続けたこの屋敷が関係しているのだろうと枢機卿は思う。
なにせ建国来、何代にも渡って王の信頼を受け続けてきた、王が口に入れる物を作るのだから信頼がない訳がない、そんな相手の屋敷だ。その当人の隣に華美で派手な屋敷を作っても悪目立ちするだけだろう。この屋敷は確かにこじんまりとした屋敷ではあるが、そこには何百年にも渡って手入れを受けながら住み続けられた屋敷の持つ重みがある。
そうなると、王宮の周囲にある大貴族の屋敷もまた、そうした落ち着いた雰囲気の上品な屋敷として並んでゆく。
伯爵や子爵といった貴族がその外側に屋敷を構えるにせよ、公爵や侯爵、辺境伯といった大貴族達の家の傍に華美で派手な屋敷を作るのは……それがまた次、次と続いてゆく。
そんな屋敷に出入りする者達、商人達も華美な装いや建物は控えるだろう。
下手に派手で、華美な服装だの屋敷だの選んだら、最悪ご機嫌伺いに赴いた顧客より立派な服を着こんでいました、などというマヌケな事態すらありえる。
かくして、王国の首都は今のような落ち着いた雰囲気が漂う街へと成長していったのだろう。
(その始まりがこの家であり、その主がハイエルフ様とは何とも感慨深いものがあるな)
入口にいた騎士と思われる者が扉を開く。
「どうぞ、枢機卿様」
「おお、すまんな。この屋敷は門番はおらんのかね?」
「おりませんな。何分この屋敷に盗みに入るような馬鹿はおりませんので……」
苦笑いで騎士が答える。
この騎士も先触れとして、あの後王から伝令役として前王宮料理長の下へ向かい、そのまま入り口で待ってくれていたらしい。
敷地そのものは結構な広さがあるため、門から玄関まで歩きながら、騎士に先程の話を聞いてみれば、王都の盗賊ならどんな性質の悪い奴でもここに盗みに入る者はいないらしい。それどころか、流れの余所者がここに盗みに入ろうと企んでいる事がばれようものなら闇から闇へと葬られているという噂さえあるという。
そして、それは事実だろうと騎士は告げた。
「間違って食材を駄目にしようものなら料理長様なら地の果てまでも犯人を追いかけて仕留めるでしょうからね」
「無論、その途中で勘違いから複数の組織が壊滅させられるでしょう」
料理長が現役を退く原因となった暗殺事件の際にもそれは噂ではなく、単なる事実である事を裏の世界に知らしめる事になった。
当時勢いを増していた新興の暗殺組織があっさりと壊滅に追い込まれてしまったからだ。
その組織は複数の国にまたがる相当大規模な組織で、王都へと支部を設けた際もそのバックの大きさから下手に王都の既存組織も手が出せずにいたのだが……彼らは暗殺組織がよりにもよって王宮料理長の作った料理に毒を仕込んだという話を聞いて、密かに祝杯をあげたという。
予想通りというべきか。ここからは王国の騎士も知らない話だが現在、その組織は既に存在しない。王都のみならず他の国にあったものや本部も含めてだ。根こそぎある日忽然と一つまた一つと支部が本部が壊滅して幹部といえるだけの力を持つ者は誰一人として生き残れなかった。
「ではどうぞ。中で料理長殿はお待ちです」
「ああ、ありがとう」
本当は前、がつくのだが騎士にした所で生まれる前から王宮料理長をしていた彼女に前をつけるのを完璧に忘れていた。
もっともこれ、現在の料理人どころか現在の料理長でさえうっかり自分が王宮料理長である事を忘れるという現実があったりする。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(いよいよだな)
そわそわと枢機卿は体を揺らす。
ハイエルフ、エルフ達の上位存在とも言われる彼らは世界から姿を消して久しい。枢機卿を務める彼も既に二百を優に超えているが未だハイエルフに会った事はない。それだけ今の時代においえは上位種族達は姿を消してしまった。
いや、正確には少々違うか。
枢機卿が聞いた話では彼らは今の種族に溶け込んでしまったのだという。
数を減らした彼らは伴侶に普通のエルフを選び、そして何時しか普通に特別は溶け込み、消えていったのだと。そんな消えていった伝説の種族と会えるという事に枢機卿は年甲斐もなく興奮していた。
無論、彼とて理解している。別段相手の外見が特異な外見をしている訳ではあるまいと。もし、見るからに通常のエルフと異なる容姿をしていたならば、とうに彼女がハイエルフ種族である、という話が広く広がっていただろう。それでも尚、話を聞く事に彼は期待していたのだが。
「ん?」
良い香りが漂っていた。
気づけば口の中に唾液が溜まり、溢れだしそうになっているのに気づき、慌てて飲み込む。
「お待たせした」
「いえいえ、こちらこそ突然に」
ふと見ればカートを押しながら女性が入って来た所だった。
匂いはそのカートから漂ってきていたようだ。
「料理を作って欲しいという事だったから、一度食べてみるのがいいと思ったからね。簡単なものを作ってみたよ」
「それはありがとうございます」
元々折角なので滅竜教団の会合で料理を、という話だった。
昨今滅竜教団は竜王討伐に成功したという事もあり、王国に複数の重要人物が集合している。竜討伐の中心組織である滅竜教団とこれを機に関係を深めよう、と考える者は多い。貴族であれば自身の領地での竜被害に対しては常に警戒せざるをえないし、商人であれば竜の素材を安定して入手可能な組織との交流を望む者は多い。
このため、滅竜教団としても定期的に会合という名の交流パーティを開かざるをえないというのもまた事実であり、今回はその中でも大規模なものになる。滅竜教団の大物達に加え、大貴族や大商人を招いてのものになるので前・王宮料理長を招くというのは至極納得のいく話だった。
それならば間違っても料理にケチをつけるような馬鹿も出る心配はないし。
たまにいるのだ。けなす事が、文句をつける事がグルメである自分が料理人のために出来る事!などと勘違いするような者が。
料理自体は王宮から連絡が来てからの時間に、現在の時間帯も考えてか簡単なものだったが、実に美味だった。
「これは美味しいですな……!やはり是非うちで料理をお願いしたく」
「そう。日時や集まる人数、出来れば年齢層や食材も知りたい所だけど?」
「それは無論。日時は決まっておりますが、それ以外は判明次第で構わないでしょうか?」
と、料理のお願い自体は本当なのでそちらは至極真面目に話が進む。
おおまかに決まった所でゆったりとした時間が流れ。
「そういえば少々お伺いしても構いませんかな?」
「なあに?」
仕事が終り、プライベートの時間となる。
お盆になり、台風五号以後先月のような暑さはなくなった感じです
また暑さがどこかで復活するのでしょうけど……
とりあえず先週末には整体、今週末に鍼灸行って体調を整える予定……というか肩や腰が改善するといいなあ




