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竜に生まれまして  作者: 雷帝
人竜戦争編
56/211

世界種族事情

エルフを明確に書いてなかったあああ!

と前回気づかされた事もあり、今回は世界における異種族の状況です

 「そういえば、本日は先の料理長は来られておりませんので?」

 「ああ、残念ながらなあ……まだ会った事がなかったかな?」

 「ええ、生憎とご縁がありません」


 枢機卿が心底残念そうに言った。

 

 「上位種とも呼ばれる種族など我らエルフ族でも最早伝説の域に近いですからな。一度お会いしてみたかったのですよ」


 上位種。

 この世界に竜族が現れた頃にはいたと伝えられる種族達。

 エルフだけではない。人やドワーフ、獣人にもまた同じような上位種とも呼べる今の種族とは根本的に異なる種族がいたとされる。

 見た目は今の種族と大差なかったようだが、彼らにまつわる話は最早伝説の域だ。

 ハイエルフ、超人、ドヴェルグ、神獣などと様々な呼ばれ方をしているが、一般的にはハイヒューマン、ハイドワーフ、ハイビーストなど単純に全ての種族で高位を示すハイをつけるだけな呼び方をされている。そんな彼らに対して一つだけはっきりしている事は現在一般的な各種族とは根本的に違う力を備えていたという事だ。

 伝説が本当ならば下位竜なら一対一、上位竜相手でも小規模な集団で真っ向から戦い仕留める事が出来たと言われる。

 長大な寿命を誇り、種族ごとに圧倒的な力を誇ったとされる彼らは長い年月の間に竜族が広がるのと正反対に数を減らしていき、今ではまず見かける事などない。

 その長大な寿命を考えるならまだ世界のどこかには彼らは生き残っているのでは、と噂され、事実、この王国にはハイエルフとされる相手がいる。

 種族としては他種族より長命なエルフ族は比較的長らくハイエルフに関する話が伝えられていたが、そんなエルフ族でも本物のハイエルフを目にした事がある者は絶えて久しい。それだけにハイエルフとされる王国料理長の存在がエルフの枢機卿としては気になるのだろう。

 もちろん、滅竜教団の枢機卿としては竜とも戦えたという伝説に関心があるのだろうが。

 

 「竜との戦いにも参加していただければ私としては素晴らしい話なのですがね」

 「無理だろうよ。昔から彼女は料理にしか興味がない」


 枢機卿の溜息混じりの声に、王は苦笑と共に答えた。

 せめて子供ぐらいと思わないでもないが、恋愛関係もまったく話を聞かない。

 それこそ彼女への爵位目当ての貴族の二男三男から、本気で惚れた者まで様々な者が彼女にアタックしたとされるがその尽くが撃沈に追い込まれている。

 

 「種族自体がああいうものだとしたら、だからこそ上位種達は衰退したのかもしれんなあと思ってしまうほどだ」

 「あまり笑えませんぞ、それは」


 そう本気で王が言ってしまうほど、彼女の料理以外に対する興味は薄い。

 逆に料理関係の事で妙なちょっかいを出せば、冗談でも何でもなしにたった一人で軍を丸ごと壊滅させるだけの力を持っている。


 「少なくとも、彼女の力を知ってからは伝説とやらは案外伝説ではなかったのではないかと思えるようになったよ」

 「でしょうな」


 王国で内乱の危機に陥った時に圧倒的な力をもって王国でも当時軍人貴族として名高い人物の率いる一軍を悠々と真正面から突破して、当の軍人貴族を討ち取った。

 もし、彼女が権力に関心があれば、あの時王国は主を変えるか、或いは権力が彼女に集中していたか。それぐらい彼女へ貴族達が当時抱いた恐怖という感情は大きなものだった。それでも彼女はそんなものにまったく関心を示そうとはせず、即効責任を取ると称して当初は王国から完全に身を引こうとしたものだから、むしろ引き留めるのに往生した程だった。

 当初は王国から受け取っていた屋敷その他も軒並み返却ないし売却して旅に出ようとしていた。

 王国からすれば、建国来王家の料理長を務めていた彼女に他国に行かれてしまってはそれこそ一大事だ。当人が興味がなかったとしても今の王宮を建造前から長年仕事の場としていた彼女は王宮の構造や現在の警備体制に長年の勤務で知る事になった国家の暗部などを山のように知っている。

 何せ、現王が父から聞いた話では王の書斎に呼んで「申し訳ないが緊急」として、当初予定より早く到着した他国からの使者のもてなし料理を頼んだ事があったそうだが、その時彼女はとにかく急いで欲しいという話を聞くや無造作に書斎の中にある王すら知らなかった隠し扉を開いて、出て行ったそうだ。

 先王もあまりといえばあまりの光景に仰天して硬直していたらしい。

 

 『無論、確認はしたんでしょうね?』

 『開け方が儂にも分からんから彼女を説得して聞き出したがな……』


 という情けない会話を父と交わした事がある。

 先代王宮料理長からすれば「便利だから」使っただけらしいが、王の書斎にそんな通路が王すら存在している事を知らなかったのは大問題だった。

 とはいえ、緊急脱出用としては確かに便利なのも間違いない事実で、結局通路内からは開けられないような細工が施されているのを確認した上で、王専用の通路として現在も残されている。

 そんな彼女が他国へ行ったりしたら……。

 そして、「隠しメニューや食材」を報酬に聞き出すような真似を他国にされたら……それこそ王国内部の重要機密はダダ漏れだろう。

 この時、誰一人として力ずくで、という事を考えなかったのはそれだけ彼女が怖れられていたという証だろう。 

 

 (あの時は泣き落としまで使って何とか国内に留まってもらったからな……)


 もちろん、それだけではないが……。 

 

 「まあ、国内にはいるのだ。ご縁があれば会う機会もあるだろう」

 「そう願いたいですな」

 「いっそ料理を頼みに行かれてはいかがかな?それなら話ぐらいは聞いてくれるであろう」

 「ふむ……」


 しばし枢機卿は考えた後頷いた。


 「そうですな。一度それでお会いしてみますか」

 「……ああ、一言忠告しておくが、その際余計な事は言われないようにな?」


 もし、料理だけでなく協力要請なぞ言い出して、そっちが本命なのかと思われたらその時点で二度と会ってくれなくなる可能性すらある。

 だから本気で王も忠告していた。

 枢機卿もしっかりと頷いて答えた。


 「分かっております。此度はあくまで美味い料理を喰いたい。そういう目的で赴こうと考えております」


 うん、と頷いた後ふと王は思う。

 もし、竜がいなかったならどうなっていたのだろうか?と。

 エルフもドワーフも獣人も人と共に竜と戦ってきた。

 エルフ族は長く生きた知識と魔法で、ドワーフは様々な技術で、獣人はその優れた知覚や肉体能力で。

 小規模な集落を森や山に作って、自分達だけで生きるという選択をこの世界は与えなかった。そのいずれにも竜やそれに付き従うように動く魔獣が存在し、だからこそ彼らは人と共に生きる道を選んだ。

 人もまた竜相手には彼らの力を求め、何時しか人と共に混じって彼らが生きる事は当り前になっていった。今では人族の中に当り前のようにエルフもドワーフも獣人も含まれ、誰も違和感を感じたりはしない。

 だが、竜がいなければ……彼らは人と何時か衝突していた可能性は高いだろう。

 人にとって竜がいなければ、森の恵みや鉱山を開発するのに邪魔な存在となるのは彼らであり、衝突は避けられなかっただろう。


 (少なくとも共存などという今の姿はありえなかっただろうな)


 ふと王は自らの王妃、王国の名門侯爵家の長女でもある兎の獣人である彼女の事を思い出し、僅かに苦笑を浮かべた。

王宮料理長に関しては外伝、黄金の料理長をご覧ください

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