竜王戦その3
暑いですね
蒸しますね……
幾つもの大砲が連鎖的に爆発した。
事前に「起爆」の仕掛けを組み込まれていた大砲はジェナス高司祭の力ある言葉を受けて、起動。大地とそこに倒れるジェナス高司祭を含めた滅竜教団の信者達を炎と共に吹き飛ばし、竜王の身を抉った。爆炎に飲み込まれた高司祭を含めた生き残りは間違いなく今の爆発で死んだ事だろう。
――ジェナス高司祭はもう長くは生きられないのです。
そんな爆発の光景を見ながら、副官は滅竜教団の今回の作戦に参加した者の話を思い出していた。
元々軍人貴族の嫡子だったジェナスは幼少期より竜に憧れ続け、遂には家を捨て、弟に嫡子たる地位を譲り、教団へと飛び込んだ。
軍人貴族の嫡男として、小さい頃から将としての教育を受け続けてきたジェナス高司祭はたちまちの内に指揮官としての頭角を現した。指揮を執る、というのはある種の特殊技能だ。単純に声をかけて、何かの作業を皆で一緒にやる、という事なら経験のある者も多いだろうが、一つの部隊としてまとまって行動を取らせるというのはまた別の問題だ。
兵士達は命令に従って、動くという事は教えられている。
けれど、命令を下されるのではなく、命令をする、という事になると教えられていない。
この世界で、軍人貴族という軍の指揮官としての将来を約束された貴族がいるのはちゃんとした理由がある訳だ。
そんな国の将来の将軍を約束されたような立場をも投げ捨てて、教団へと入ったジェナス高司祭は教団にとっても貴重な存在だった。滅竜教団に足を運ぶような者は大抵が平民であり、竜によって死ぬ事など滅多にない上、そんな身内がいても教団に対して金で依頼を行う事の出来る貴族はほとんどいなかった。
そして、平民である以上、一般的な鍛冶や商売といった技術を持つ者はいても、軍隊の指揮を執る事に関しては経験のない者ばかりだった。
そんな中で、指揮を執り、指揮のやり方を教育し、それを教団に広める。
それを行ったジェナスへの評価は高まり、若くして彼を高司祭の地位に押し上げた。
教団でも順風満帆と見えた彼は、だが、ある討伐で全てが終わった。
毒龍。
そう呼ばれる長い体を持つ龍がいる。
その中でも特に悪名高い腐毒龍リティオ。
その見た目は青みのかかった鱗に銀色の輝きを纏った美しい蛇体の龍であるが、その全身にまとう美しい銀は強烈極まりない液体毒という龍である。
本来、住処に入り込んだりした相手には獰猛ではあるが、反面滅多な事では住処から出てくる事はない上、その住処も毒の沼地であったり、鉱山の毒が流れ出し溜まり、人が暮らしても長く生きられぬような、そんな人が暮らすには到底向かぬような土地ばかり。
自然と人の足も遠ざかる。
使えぬ土地を命がけで奪って何になるのか、という事で国もわざわざ兵を送り込んだりはしない。
おまけに、昨今では長く生きた毒龍はその体内に大量の毒を溜め込む結果、毒龍が死す時には大地から毒が抜けているという話まで出ている。そんな龍を敢えて危険を冒してまで討伐しようという者はいるのか、というといないでもない。それは毒龍はいずれもその身が希少な薬の素材となるからだ。
だが、討伐に失敗して下手に怒らせれば余計な損害が出る事から、それをやるならまず領主、場合によっては国を敵に回すだけの覚悟が必要なので教団でさえ表立って討伐を行う事はない。
そんな龍が動き出した。
原因は巣立ちだ。親の縄張りで育った子龍はやがて自分の縄張りを求めて、旅立つ。
毒の匂いを感じ取っているのか、大抵あまりあっちへフラフラこっちへフラフラなどせずほぼ一直線に移動するのは幸いだが、今回の場合はそこに別の要素が絡んでいた。
毒龍の素材を欲した者達が金を出した、という単なる欲だけならともかく。此度の移動で被害を受けるであろう地域はかなり広範なものとなる事が予想された。周囲に毒を撒き散らしながら移動するために、どうしても周辺は汚染される訳だが、その被害を受けると予想される地域の中にある河の源泉があった。
一つの河が汚染されれば流域全体に被害は広がる。
このため、それによって被害を受ける複数の領主からも依頼が出た。
滅竜教団としてもそれは見過ごせぬという事になり、新たなる機竜の投入も含めた討伐に出て、見事にこれを討伐に成功したが……その過程で毒にやられた者達の中に、ジェナス高司祭の名があった。
その場での一命はとりとめたものの長くは生きられない。
そんな状況下で発生した竜王討伐の話。
ジェナス高司祭は「これぞ私に与えられた使命!!」と自らの命を賭けての戦いに挑んだのだった。
――そんな話を思い出したのは一瞬だった。
我に返った時にはコッペルマン子爵が指示を出す時。
「この機を逃すな!!砲撃を集中するのである!!」
あれだけの爆発に晒されながら、竜王は苦痛の声すら上げていない。
焼け焦げボロボロになりつつも、変わらず暴れ続けている。
本当に生物なのかと疑問すら感じる。
生き残った滅竜教団の近接型の機竜が今もボロボロの前腕で破壊された。その一撃で黒焦げになっていた前腕がちぎれ飛ぶが、それすら気にする様子はない。
だが、お陰でというべきか完全に竜王の意識は滅竜教団に向いている。
「準備完了!」
「奴の頭部を狙え!一斉射!!」
放たれた砲撃が竜王の頭部へと集中する。
外れたものもあったが、幾つかが竜王の頭部へと着弾するのが確認出来た。
そして、この竜王に対しては攻撃は通用する事がはっきりしている。遂に崩れ落ちた竜王を見ながら、安堵の溜息をついたのだった。
「何とか終わりましたか……」
「奇襲に始まり奇襲に終わったのであるな……我輩達が戦闘開始よりずっと手を出さなかったのが良かったのであろうが……」
二人はそれと同時に何とも言えない違和感を抱いていた。
それは自分達が倒したのは本当に竜王なのか?という事だ。
長い時を生き、人より遥かに高度な知性を誇るとされる竜王。それが果たして、軍勢を揃え、攻撃出来る準備を整えていた自分達をああも容易く見過ごすのか?という事だ。ましてや、自分達が少し前に攻撃を仕掛けて敗北したばかりだ。
これが自分達だったらどうだろうか?
もし、相手が攻撃してこない、案内人を強要されただけと判断しても武器を揃え、何時でもこちらに向かってこれる以上は多少の警戒はするはずだ。
これがもう余裕のないギリギリの状態で戦っているなら、そちらから意識が逸れるのも仕方ないかもしれない。だがあの時、攻撃を受ける直前の竜王は確かにあちらこちらに傷を負ってはいたが、それでも尚、滅竜教団の機竜との戦いを優位に進めていた。
「……これ以上は考えても仕方ないのである。これ以上の話は上の連中に任せるのである」
「了解しました」
確かにそうだ。
その辺の事は上のえらい人に任せてしまおう。
自分達は、ジェナス高司祭共々自分の仕事をきちんと果たした、それでいいじゃないか。
今はせめて、滅竜教団の死んだ者達の遺品を集め、弔ってやろう。それぐらいは大丈夫なはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
滅竜教団と王国の連合軍が竜王の遺骸と戦死者などを回収し、立ち去った後の森において一つの異常が起きた。
激しい戦いが繰り広げられ、荒れ果てた地より少し離れた、森の自然に包まれた一角で地面が揺らいだ。
ボコリ。
そんな音がするような勢いで一つの芽が芽吹いた。
かと思えば一気にそれらは成長し、小山となる。
それらは一つだけではなく、複数存在していた。
もし、ここにコッペルマン子爵らがいれば、驚愕に叫んでいただろう。なぜなら、それらは彼らが必死になって倒したばかりの竜王、それが地上に見せていた片鱗と同一のものにしか見えなかったからだ。
人族の誰もが知る由のなかった事だが、この竜王は植物のような性質を持っていた。
遥か深く、大地の中に自らの意志総体とでも呼ぶべき本体を持ち、肉体を実として実らせ、必要に応じてそれを遠隔操作の形で動かす。
そう、あの地上で滅竜教団と王国軍が必死に戦い、打ち倒した竜王。それは竜王にとっては幾らでも替えの効く器でしかなかった。
戦いが進み、予想外に破損した自らの実に対して、「これはもう使えないな」と判断した竜王本体は頭部が破壊されたのを機に操作を打ち切った。
これで、尚、自分を探して動くようならばまた実を生み出して攻撃する必要があったが、素直に実を回収して帰っていった。この竜王にとって、それ自体は気にする事もない。森の実りを得て、帰るならばそれは正当なる収穫。
狩りとごちゃ混ぜになっている面はあれど、戦い勝ち取ったそれにどうこういうつもりはまったくなかったのだ。
だが、竜王は知らない。
竜王の討伐に成功したと思い込んだ王国軍が再び押し寄せ、森を荒らし、再び戦う事になる事を。
機竜を持ち込んでいなかったために王国軍が苛立った竜王に徹底的に粉砕される未来が待ち受けている事を。
今回出てきた腐毒龍は黄金竜外伝その1に出てきた龍と同じものです
という訳で戦闘決着!
案外さらっと流れてる印象あるかもしれませんが、その点はご容赦下さい……
どうしても現状仕事を優先せざるをえない状況でして……
というよりですね。暑くて、蒸して、効率が思い切り悪化してます。頭が働きません!!最近ではいっそ諦めて、夜勤の後は夕方まで寝て、それから出かけるまで仕事やってみたりもしてますが、そうなると時間制限が加わるんでやっぱり暑い時間帯も仕事しないとあかんかったり……
クーラーが古いから不調なのも痛い。いい加減新しいのを買うべきなのでしょうか




