幕間劇:滅竜教団とサラマンダー
長らくお待たせしました
うっかりパソコンをつけたまま出かけたのが運の尽き
必殺勝手に再起動で、一度書きかけが消えました……
竜による偵察行為。
この報告は即、滅竜教団本部に最速で届けられ、緊急会議が行われた。
「最低でも知性ある竜による偵察行動と見られる活動あり、か」
「ゆゆしき事態だな」
ここに集まった者達は表の立場としてはいずれも大司教以上の位を有している。
もっとも、滅竜教団の性質上、会議の場は華美な装飾も何もない中央に最高幹部たる枢機卿が座す円卓が設けられ、それを半円上に囲むように大司教達が座している。おまけに彼らの恰好は立場を示す為の飾りなどはついていても、間違いなく街中ですれ違って「この人、教団のお偉いさんなんです」と言っても信用してもらえまい。
何しろ、世間一般の教団のお偉いさんという言葉に裏付けされるような年経た温厚そうな老人といった者は極一部。
ある者は年齢的には既に初老といってもいいかもしれないが、服の上からも分かる筋肉が盛り上がっている。
またある者は中年の、見た目はくたびれたおっさんだが、その眼光は鋭い。
かと思えば若者がおり、見るからに歴戦といった印象を与える消えざる傷があちらこちらに残っている。
どこぞの傭兵団だの騎士団だのと言われた方が余程納得できる面構えの強面達の集団だった。
「ま、言ってもしょうがねえ。で、どうするよ?」
「そうですね、相手を警戒して一時こちらの計画を停止するかどうか、それが重要でしょう」
そんな強面の一人、どこの山賊団の頭だと言いたくなるような面構えの男がそう言えば、深窓の令嬢とでも呼んだ方がいいような女性がそう答える。
「そうですな、とはいえ答えは決まっているでしょう?」
「「「続行だな」」」
恰幅の良い見た目穏やかそうな男性がそう尋ねれば、他の者が口々にそう答える。
彼らは何時かは竜や龍が警戒するのではないか、そう考えていた。それが遂に来ただけの話だった。
「やはりアレだな。先日の大火山で使った奴がうちのだとバレたんじゃないのか?」
「やれやれ、わざわざあの国に使わせる為に仕込んだというのに」
「頭のいい竜は本当に頭いいからな。あそこに本当に知性ある竜がいるならそれもありだろうさ」
どこからともなく深いため息が漏れる。
ただでさえ自然災害にも例えられる強大な竜達なのに、そこに知性まで加わったのが高位の竜だ。おまけに欲というものが薄い為に縄張りに踏み込もうがちょっとやそっとでは出てこず、上手くちょっかいをかけれても怒りに任せて追ってくるという事もほぼない。
沈黙が漂う彼らの視線は自然と卓の中心に設けられた世界地図に向く。
「……互いに必要以上に干渉しあわず、しなくて済む世界なら良かったんだけどな」
「単なる恨みで動くような奴なら適当な下位竜の群れにでもぶつけておけばいいからのう」
そうではない、竜自体を絶滅!などと考える者であっても滅竜教団という存在があればこそ、裏でそうした組織を立ち上げる事は難しい。
例えば、竜に恨みのある者が組織を立ち上げたとして、実績も何もない少数の組織に対してどれだけの者が資金を提供し、また或いは人が集まるだろうか?もし、そうした対竜組織が他になければともかく、世界的な歴史も実績もある巨大組織が既にあるのに?
もし、それが出来る存在がいるとしたら、それこそ絶対的なカリスマを持つ天才だろう。
ただ、カリスマを持つだけの者なら怖れる事はない。そのような輩は過去にもいた。だが、幾ら崇拝者がいた所でただ数が多いだけの者達が滅竜教団が長い時間をかけて築き上げた人と道具双方の技術を上回る事はなく、しかも絶対的な指導者によって導かれている為に指導者が死ぬ(自然死かどうかはさておき)と共に変質するか、消滅していくかしていった。
そんな絶対的なカリスマを持っていなければ、死をも怖れず竜と戦うなどという真似をさせられなかったからだ。
ただの天才でも問題はない。
竜と戦いうる兵器を作るなら滅竜教団が取り込んでいけばいいだけの話だ。幾ら兵器を作っても単独で竜と戦える訳がないし、兵器を作るには莫大な金がかかるのだから。
カリスマと天才の融合だけは警戒すべきであり、だからこそ教団はそのように動いてきた。
「確かに竜と戦う事は我々の共通の認識ではあるが……」
「だからといって誰彼お構いなしに戦いを挑んでは人の生活圏そのものが滅ぶからな」
「戦うにしても、一つずつ確実に……という予定だったのだが」
ここで一同は深いため息をついた。
「もう時間がないからな。ハイリスクハイリターンを強制されるとは思わなかった」
「機械なんぞを生み出しおったバカのせいでな!!」
吐き捨てるように一人が言った言葉に周囲が頷く。
至極当り前の話だが、滅竜教団の技術者よりも普通の技術者の方が圧倒的に多い。そして、彼らは竜と戦う兵器ではなく、普通の道具を作る。それらが成果を出し始めたある時から、急速に滅竜教団の前身であった竜狩りの受けられる数の限界に迫りだした。
当時は竜狩り達は今ほど組織だったものではなく、小規模の個人経営者というべき討伐団と依頼をまとめる簡単な組織があるだけだった。
だが、技術の進歩により人が増え、更なる開拓が進むにつれ、自然と下位竜との衝突も増加した。正確には人が下位竜達の縄張りに入り込んでいった訳だが、被害も次第に増大していった。そう遠くない内に竜狩りが対応の限界を迎えるのは目に見えていた。
ここで竜狩り、正確にはそれらを緩やかにまとめていた組織は決断を強いられた。
すなわち、変わるか変わらないか、という事だ。
影響の低い分野であれば多少の問題があっても組織は続けられるだろうが、下位竜の被害はそんな放置出来るものではなく、このままいけば各国が動いて竜を狩るという仕事は各国がバラバラで軍が対応する事になるであろう事も簡単に予測できた。そうなった時、竜狩りはどうなるか……軍の一部として吸収されるか、それとも軍に完全に奪われて解散に追い込まれるか……。
そして竜狩り達は変わる事を選び、それに成功した数少ない組織となった。
現状を変える事に、強固な組織に組み込まれる事に現役で最前線に立つ竜狩り達に不満がなかった訳ではないが、命がけで下位竜に挑む彼らには竜を狩る、という事に譲れない思いがあったからか、組織に組み込まれる事に渋々ながら、しかし割と迅速に同意したのだ。手が回らず、被害を受ける者を目撃した者が出始めていた事も大きかった。
彼らの中には自分の家族が被害を受けたからこそ、竜狩りになった者も決して少なくはなかったからだ。
こうした世の変化に変われなかった組織は意外と多く、当時は大きな権限を有していた古くからの徒弟制度を頑なに守った鍛冶ギルドは、後に商人ギルドの後押しで成立し、安定した品を多数生産する事を目的とした冶金ギルドに次第に押され、後に解散の憂き目に遭っている。
無論、改革の過程で多大な苦労と改革に反対する者の排除が起きている訳だが。
「いずれにせよ人の世界が広がるのはもう止めようがない」
「そうだな、ならば少しでもそれに貢献するしか道はあるまいて……」
今更、後には引けない。
だからこそ、自分達はあの王にも協力しているのだから……。
◆
『活気のある事だ』
先だってルドラの息子から聞いた話を思い返して、深いマグマの奥で大火竜サラマンダーは思う。
人に比べて自分達はどうだろう?
人の呼ぶ所の大海龍リヴァイアサン、大地竜ベヒモスそして大嵐龍ルドラ。
まだリヴァイアサンは多少は関わる気がある。自らの保護下にある者達だけにせよ、動く意志がある。
だが、ベヒモスとルドラはどうだろう?ルドラはもう何百年も結界と呼ぶべきか、巨大な嵐を作ってそこから動く様子がない。ベヒモスは言うまでもない。長い長い間寝続けて、久方ぶりに起きたかと思えば移動してまた動かなくなった。
そして、自分もまた似たり寄ったり。火口内にただ浮かび続けるだけ。もし、ただ竜があるだけの存在ならば自分達が人から離れるというのも手だろう。本当の意味での竜は人と違い、むしろ人にとって酷な場所ほどその住居として好む。リヴァイアサンも気分転換か、二百年程前に今の海域に居を移すまでは遥かな深海で暮らしていた。
他の竜王達とて自分達が声をかければ住居を移す事には了承を得られるだろう。
『だが……』
それは竜が本当に何もしていなければ、の話だ。
人は余りにも発展しすぎた。
自らにとって邪魔になる、或いは狩る対象でちょっと狩りづらい相手になれば即、竜呼ばわりだ。下位竜などと人が呼称する相手などは知性ある竜ならば同じ竜とは認めはしないだろう。属性の浄化すら出来ない連中は動物に過ぎない。
そんな下位竜も含めた獣と人のルールもまた崩壊の兆しがある。
更に更に大地竜の背中を削った際はともかく、普通の鉱山での廃棄物による汚染も着実に広がっている。
『だからこそ、竜王の役割も増している訳だが、人はその竜王を邪魔者として見始めている』
まあ、竜の役割を知らねばそう思っても仕方あるまいと分かっていても溜息が出る。
それを理解しながら、積極的に動く気のわかない自分の心にもまた。
『いや、だからこそ』
ルドラは子を為したのか?と思う。
気に入った竜がいたのは確かだろう。
だが、千年を遥かに超える長い長い時の中、ルドラが気に入った相手が一体だけとは到底思えない。なのに、これまで子を為そうとしなかったルドラは子を為し、しかも……。
『あのテンペスタと名乗る若竜、あれは』
ルドラの、間違いなくこの海と大地と空に生きる命で最も風の属性に長けた存在がその属性を存分に使い、何をしたのか。
無論、偶然も作用したのだろうが……。
『それだけではあるまい』
若いからこそ、彼の竜は今、動いている。
ただ、世にあり続け、無意識の内に成している作業のみを惰性で為す自分達と異なり、今の世に懸念を感じ動いている。
若竜から聞いた生まれたての幼竜の頃の話もそれを補う。あのルドラが支配する嵐の中、今正に我が子が育っている島へと偶然難破船が辿り着く?ありえない。
ルドラがその気になれば、難破船を嵐の外へ追い出すなり、沈めるなり自在だったはずだ。子を為す事だけが目的で、子には興味なかったというなら分からぬでもないが、人の世で育った我が子に対してルドラはその後入念な力の使い方を教育している。
それがなければ、あのような竜王が生まれる事もなかっただろう。竜王へと生まれ変わる時に彼は竜王と為る事なく果てているはずだ。
『ふむ』
サラマンダーは静かに呟き、深い思考へと入っていった。
今回間話というか、幕間のお話です
次回より、いよいよ過去に出てきた王国が積極的に動き出します
……その予定です




