情報収集、その失敗
お久しぶりです
試験が終わったのでようやっと再開出来ました
「…………」
しばし、街を、その街を囲む城壁を見ていた。
よし、行くか。
そう決意を固めて、歩を進め、列に並ぶ。やがて順番が回ってきた。
「止まれ、ここは初めてかい?」
「はい、なんせ滅多にはこっち来ないもんで……」
街の入り口にいる衛兵にそう挨拶をする。
ふむ、と呟いた衛兵だが不審そうな顔はしない。元より地方の小さな街ならともかく、交易都市でもあるここに訪れる人の数は多い。衛兵も毎日のようにやって来る顔見知りならともかく、何百と通る人の顔全部を覚えてられない。
なので、ここの街の門担当の衛兵がご新規さん相手にやる事は簡単。
男性一人が都市内に入る事、持ち込む荷物は何か、簡単な都市でやってはいけない事の説明、それだけだ。都市内でやってはいけない事の説明だって当り前の事、「盗みとか殺人はやるなよ」とかいった程度だ。幾ら複数で対応してるとはいえ、いちいち細かい所まで対応なんぞしていられない。
これで大層な武器でも持ってれば話は別だが、彼が持っていたのは厚めの鉈程度。貴族の住む辺りをうろつくならともかく、この程度なら護身用として持っているのはむしろ当然。下位の竜や龍、魔獣に出くわしたら一般人レベルでは、もう観念するしかないが、普通の獣ならまだ助かる道がある。武器を持っていれば。
狼や熊に襲われた時、素手やそこらで拾った枝を振り回すのと、仮にも刃物である鉈を振り回すのとどちらが助かる率が高いかと言われたら後者に決まっている。
都市内に持ち込むのはどうかと思う方もいるかもしれないが、それをやるとなると預かった場合は当然管理を行って、門を出る時にきちんと返却しないといけない訳だ。村の鍛冶屋が打った数打ちの鉈程度ならともかく、護衛を務めるような者の中でも腕利きが持つような値段の高い剣などの武器を預かった挙句、紛失などとなったらえらい事になる。しかも、一本二本ならともかく、全員が数日滞在ともなれば千本二千本といった数に達する。場所と手間を考えれば現実的ではない。
「よし、通っていいぞ」
手早く記録をつけた兵士が許可を出し、男は頭を下げ、街へと入ってゆく。
森で採取した薬草を薬種問屋にて売ると、男は街の中をうろつく。そんな男が足を伸ばしたのは神殿だ。
実は街に来る事が珍しい者はこうした神殿巡りをする者が存外多い。何しろ、ウィンドウショッピングという概念もない世界、神殿はこれだけの大きさの街ならば有名所の神の神殿は立派な建物を持ち、しかも僅かなお布施で中に入り、見る事が出来る。
住民が自由に入れる博物館なんてものもないし、かといって他に立派な所となると貴族が来るような店とか、領主の館といった場所になり、そんな所普通の村人や旅の商人が何もなしに入れてもらえる訳がない。
必然的に金もたいしてかからず、立派な像を見れるという事で神殿に行き、神殿側はこうしたお布施も多数が来ればそれなりの額になる訳だ。
なので、村人と思われる男が神殿内を珍しそうに見て回っていても誰も不審に思ったりもしない。
複数の神殿を回った男が最後の方で足を伸ばしたのは……。
「あれ……」
最後に赴いた先は広さこそそれなりの敷地を持っているようだが、玄関というべき建物自体もこじんまりとしたものであり、立派な装飾などもない。
質実剛健、実用重視と言えば聞こえはいいが、要はありふれたちょいと大き目の倉庫としか言いようがない外見となってしまっている。
そんな外見に首を傾げている男――分かりやすく農夫と呼ぶが――に一人の初老の男性が声を掛けた。
「どうかしたかね?」
「ええ、実は折角街に来たので色々神殿を回ってみてたんですが……ここも教団、なんですよね?」
ああ、とその言葉を聞いて初老の男性は納得した様子だった。
「なるほど、神殿巡りか。まあ、確かに名前だけ聞けばうちもそう思っても仕方なかろうな」
一応司教位を持っているフェデリコだと老人は言った。
「司教様でしたか!」
「なに、うちは他とはちと司教と言っても違うでな。かしこまる必要はない。ほれ、じゃから儂にはお付きの者なんぞおらんだろう?」
「はあ……私はテンプと」
ま、茶でも飲んでいくといい。そう言って建物へと入っていくフェデリコ司教の後に続くテンプだった。
確かにお付きなどは他の神殿と違いついていないようだが、敬意は払われているようでフェデリコ司教が傍を通ると皆、一時仕事の手を止めてお辞儀をする。ただ、そのお辞儀も一礼をしたまま『司教様が通り過ぎるまで頭を上げない』といったものではなく、顔見知りに挨拶をするといった印象だ。
「元々うちは竜らを討伐する為の組織じゃからのう。とはいえ組織になるとある程度上下というものは決めないといかん」
当初は将軍とかそういうものを設定するかと考えていたらしい。或いは隊長とか。
しかし、国の軍部に苦情を言われたらしい。
「はあ、でもそれって」
「そう、言いがかりみたいなもんさ。とはいえ、頑張って偉くなってやっと将軍と呼ばれるようになった者達から泣きつかれてはね」
気持ちや気分の問題だったらしい。
当時の教団としては別にあくまで組織の上下を決める為の呼び名であった為にあっさりと変更。その際、「なら司祭や司教なら問題ないだろ」となったそうだ。
「いいんですか、それで」
「まあ、今更じゃしのう」
結局、それによって戦闘司教だの、会計司祭だのと呼ばれる内にそれを耳にした組織外部の者が他と同じ宗教組織と考えるようになり何時しか教団と呼ばれるようになったというのが実情なのだとか……。
「なんでまあ、うちはどこかを崇めるとかそういうのはしとらんからなあ……崇める訳じゃないから神殿みたいなもんもいらん。ここは本当に訓練施設やら竜退治の受付やら倉庫やらが置かれているだけなんじゃよ。そうなると見た目もあんなゴテゴテとする必要もなくてな……」
「はあ」
滅竜教団。
その実体はかくの如し。
それぞれの責任者が誰か、それをはっきりさせる為に司祭や司教といった名称を用いてはいるものの、実態は宗教要素皆無の実務集団だった。まあ、現実問題として竜や龍などといった単体では下位の相手でさえ人を遥かに超える身体能力を持つ相手に挑むのに宗教的熱狂など無意味どころか害悪でさえあったという事も大きい。
確かに下位の竜や龍に対して恨みを持つ者は決して少なくはない。
だが、恨みに任せて突っ走るようなバカは竜との戦いでは長生き出来ないというのもまた真実。
というより、フェデリコ司教も語る事はなかったが、実の所言っても叩きのめされても治らないバカは最初から捨て駒として処分してしまうという裏の現実もある。一丸となって戦っている最中に一部の部隊に暴走されてはそれこそ全体が危機に陥る。それなら最初から切り捨てる事前提で部隊を構築しておいた方がいい。
「なるほど、滅竜教団は教団と名はついていても傭兵……いえ、騎士団といった方が良いのですね」
「はっはっは、騎士団とはまた!まあ、騎士団というほどお行儀よくはないがのう」
そこら辺は仕方あるまい。
貴族階級出身で、儀礼も求められる騎士団に対して、滅竜教団は完全に実戦ありきの組織だ。騎士団が実戦ではそうも言ってられないにしても、普段の訓練などがお綺麗なものになるのは仕方ない部分がある。他国の賓客を迎える典礼においてのお飾りを務める事も求められる騎士団と、現場のみでそんな場に招かれるのは最上位の現場を離れた僅かな者達だけの滅竜教団では当然の話だ。
などと言っている間に彼らの足は訓練場と思われる場所へと辿り着いた。
「ここは?」
「ああ、近道なのでな、わしの部屋はほれ、ここの反対側なんじゃよ」
どうやら休憩中らしく、武器を持ちつつも手にお茶などを持ちつつ談笑していた者達がフェデリコ司教の姿を見て、手にした飲料などを地面に置き、一礼してくる。
そんな場所のど真ん中を突っ切りながら、ふとフェデリコ司教が立ち止まり、テンプの方へと向き直る。
「ああ、そういえば確認しておきたかったんじゃが」
「なんでしょう?」
「お前さん何物かね?」
そう告げた瞬間、周囲の者達が整然たる構えでテンプへと武器を向けた。
◆◇
儂ことフェデリコの目の前で一見朴訥と言ってよいテンプと名乗った青年が周囲に疑念の視線を向けている、ように見える。
「はて、これは一体」
「誤魔化さずとも良い話じゃよ。そもそも、こんな状況で焦りすら見せておらんお前さんが単なる農民?冗談にも程がある」
苦笑した顔で言えば、ああ、とでも言いたげな顔になる。
そう、周囲の戦士達はいずれも鋭い殺気をテンプとやらに向けている。
下位竜相手の実戦を潜り抜け、最低でも下位竜と一度は戦い生き延びた猛者揃い。駆け出しの本当の訓練生は既に避難済。そんな猛者達に竜を相手にするかのような殺気と共に本物の刃を向けられ、尚平然としている相手?そんなものが普通の農民など冗談にも程がある。無論、殺気に気づけぬ程に鈍感なだけ、という可能性もあるが、それにしたって十人を超える戦士から抜き身の刃を向けられて平然としているのはさすがにありえないだろう。
事前に異常に気付いて、お茶の準備をするよう命じた振りをして、且つ少し遠回りして時間を稼ぎ、準備しておいた甲斐があったというものだ。
「してみると、既に不審に思われていたという事ですか。どこで気づかれましたか?」
誤魔化すのも限界と悟ったか、テンプとやらは平然とそんな事を口にする。
さて、これが余裕なのか、それとも諦めによるものなのか。後者ならば然程気にする事もないのだが、前者であればこの危地にあっても何とかなるという事でもあり、いささかならず気が重い。周囲の戦士達もそれが分かっているのか、全員気を抜いた様子はない。
「ああそれは簡単じゃよ」
そう、それに気づいてしまえば人ではない事はすぐわかる。
「お前さん、呼吸をしてないじゃろ?」
そう告げるとしばらくポカンとした顔になって、しばししてポンと手を叩く。
「そういえばそうだったな。生物とは呼吸が必要なのだった」
失敗したな。
そんな事を呟く彼の声に思わず苦笑が浮かぶ。
……「生物とは」と言っている所を見ると、どうやら単純にこれが本体ではない故の余裕らしいと悟ったからだ。と、同時に戦慄も走っていた。これが作り物で、操っているとしたら。人にそのような魔法の技術はない、はずだ。
では何者かと考えるなら……。
「……上位竜、いや、竜王か?」
ぼそりと呟いた儂の声に周囲の者が色めき立つ。
恐怖で浮き足立ったりしておらんのは幸いだが……一部顔が強張った者もおるな。あの二人は確か、上位竜同士の争いで家族や恋人を失った者じゃったか。
……うむ、怒りに我を忘れて飛び出したりはせんし、発言を求めもせんか。ま、そんな事をするようなら即刻前線からは外す手続きをするところじゃが。
「そこはノーコメントだな。しかし、何時気づいた?」
そうあっさりとは答えてくれんか。
まあ、ここまで流暢に会話できるだけの知性を持つとなるとまずもって竜王級と見て良いじゃろう。
「最初からじゃよ」
「ほう?」
どこか面白そうに呟く。
「初対面の時、儂はそれなりに気配を消して近づいたのだが君気づいていたじゃろう?」
事実全く驚く様子はなかった。
幾ら引退したとはいえ儂とてかつて下位竜と戦っていた。最前線からは引退した今でも習慣で鍛錬は怠っておらん。これがまだ猟師というなら気配敏感なのも分からんでもないが、ただの農民。竜狩りには奇襲が極めて重要な為に気配を殺す技術は必須だというのに、そんな経験と技術を持つ儂にいともあっさり気づいてみせる農民。そんなものいてたまるか。
「そうなるとどうしても警戒せざるをえなくての。少し長めに話をさせてもらったんじゃが……その内、君の異常に気付いたという訳だよ」
別に親切でも何でもなく、単に違和感を感じて警戒していただけの話。
何せ、普段滅竜教団を警戒する所というのは基本、国や領主だ。警戒理由も明快、幾ら竜に対して振るわれるものとはいえ、国内部に重武装集団がいるのだから一定数警戒する者が出るのは当然。しかし、彼らは権力者なのだから専門のプロを用いるか、もしくは抜き打ちでの監査を正式に行うか、もしくは正規の衛兵を張り付けるか。少なくとも、こんな素人丸出しの一人に諜報活動なんぞやらせたりはしない。
だからこそ、フェデリコも却って警戒した。
「よく分かった」
そう言って、彼は笑った。
「次からは気を付けるとしよう」
次の瞬間、突きこまれた刃が全身に刺さり、結果それはあっさりと形を崩して崩壊した。
「……土塊で作られた人形か」」
ふう、とため息をつきフェデリコに戦士達の一人、隊長格を意味する司祭の称号を持つ者が問いかけた。
「よろしいのですか?こちらが気づいた理由なぞ教えて」
「なに、どのみち覗き見するだけなら幾らでも手があろうよ」
次からは対策を取って来るのではないか、そんな疑問を込めた言葉だったが、フェデリコはあっさりそれを流す。
視点を飛ばすだけなら猫でも鳥でも土塊で作れば良い。
声を聴くのも同じだろう。あれだけ精密に、見た目だけなら普通の人にしか見えない人形を動かしたのだ。おそらく彼の狙いは滅竜教団の者と話をする事、それ自体が目的だったのだろう。
(むしろ竜王級の竜が儂らに興味を持って動き出した……その方が問題じゃな)
これまでは竜は自分達に興味など持たず、一方的にこちらが調べるだけだった。
だが、今回それが覆された。
竜の魔法が人のそれを遥かに上回るのは覆しようのない事実。人の構築した防壁など薄紙に等しいと考えておかねばなるまい。
(願わくば、一体の気紛れな竜王単独の行動であってほしい所じゃが……)
もし、そうでないならば。
竜という種自体が彼らに対して警戒を抱き始めたのなら。
ただちに上へと緊急報告を上げる事を決めたフェデリコだった。
◆◇
「失敗したな」
やれやれ、とテンペスタは頭を掻く。まさか、こうも早々にばれてしまうとは。
「話聞いて、教団とやらに入る方法を聞き出して、中に潜入とか考えてたんだがな」
いやー失敗失敗と呟きながら、都市から遥かに離れた、それこそ都市の一番高い領主の塔から天気の良い日ならうっすら見えるかも?という程度には離れた山脈の、更にその奥の一角で体を起こす。
あくまで自身の人に関する知識は自らの持つ異能「異界の知識」も含めて、純粋な知識だ。自分が人として暮らして生きた記憶ではない。上位竜ともなれば属性があれば生きられる、それは呼吸すら不要という事。そもそもそうでなければマグマの奥深くに居を定めるなど出来る訳がない。つまり、上位竜として生まれたテンペスタには生まれつき「呼吸を行う」という経験自体がなかった。
知識としては知っていてもやった事がない為、思い浮かばなかった故の失敗だった。しかし。
「……呼吸ってどうやればいいのだ?」
口を開けてみたが、そもそも竜の口ははっきり言ってしまえば戦闘用や見せかけの代物。一応物は食べられるが、喉の奥を通過した時点でそれらは属性へと分解され、竜の体には肺だの胃だのといったものはそもそも存在しない。必要ない器官なのだから当然なのかもしれないが……。
「参ったな……ただ覗き見するだけでは何時そういう会話をするか分からんし、聞き出す事も出来んから面倒なのだが……」
声だけ知ってそうな者に届けるという手もあるが、そう何度も使える手でもない。うっかり答える者もいるかもしれないが、普通は声がすれば振り向いて確認しようとするだろうから確実でもない。
情報集めを図っていきなり開始早々につまづいてしまったテンペスタだった。
見づらいという意見があるので、一旦黄金竜の外伝を来週で全削除します
その後で、外伝として別にまとめて上げる予定です
今回明らかにいたしましたが、上位の竜は普通の生物と異なり、呼吸も食物も不要で数少ない竜王ともなると長い事同じ地に位置する事で僅か数百年の間にその地を豊かにし、地の属性持ちの竜王ならば鉱物すら豊富に産出します。そういう通常の理とは外れた生物です




