火炎の主
お待たせしました
前から随分間があいてしまった理由は……単純に資格試験の勉強しないといけなくなった為です……
ただでさえ時間ないのにいきなり言われても……時間が足りない、というかない
大陸最大の大火山、それがボルシオン火山である。
巨大なカルデラを持ち、その内部に多数の火山を持つその地には多数の火竜が住んでおり、広大なカルデラ内部には人もまた大勢が暮らしていたのだが……今、そこはカルデラの淵を舞台に激しい戦闘となっていた。
「撃て!!」
カルデラの淵はそのまま自然の防壁となる。ボルシオン山のそれならば最早山脈と言っていい。
当然、険しい道なき山脈を乗り越えるとなると、少数の精鋭ならばともかく、大規模な部隊では不可能だ。何しろ、大規模な部隊ではどうしたって大量の食糧その他が必要であり、それらを運ぶ多数の荷車を通せるだけの道が必要になるからだ。
一人一日二食とし、一人分の一食辺り水や梱包含めて一キロと仮定しても百人分を十日分とするとそれだけで二トンに達する。千人分を一月分としたなら六十トンだ。
数日分を精鋭が背負うならともかく、これだけの量を各自が背負うのは無理がある。荷馬車に乗せる訳だが、そうなると今度はそれなりに広い道を通る必要がある。
(だからまあ、今こうなってる訳だよな)
などとカルデラの淵、山脈の山頂付近から山間部の砦に籠る防衛側と、山間の道を塞ぐその砦を攻略すべく攻撃中の軍隊を見ながらテンペスタは溜息をついた。
ただ人同士が争っているなら放置しておくのだが、仮に(ボルシオン)連合軍と侵略軍とするが、連合軍側には竜も混ざっていた。それも明らかに知恵ある竜がいる。上位竜だけではなく竜王まで混ざっているという余所では見られない光景だ。彼らが魔法で支援し恐ろしいまでの正確さと勢いで礫が飛来し、結果、阿鼻叫喚の惨状を呈している。
何しろ、山間部の細い道。
しかも、山を上がっていくものだから上り坂で、砦側の方が上。
上から下へと多数の石が細い道に密集している軍勢の所へ降り注ぐのだからたまったものじゃない。
武装の質においては侵略軍側が明らかに上だが、それでも地形と竜達の支援があるお陰だろう、圧倒している。
(ま、こっちは放っておいても大丈夫だろう)
すう、と音もなく羽すら羽ばたかせずに空へと舞い上がる。
ここまで近くに寄り、力を使いながら眼前の戦闘中の竜王に察知すらされていない時点で、当人ならぬ当竜もまた普通の竜王とは一線を画しているのだがそれには気付いていないテンペスタだった。
そんなテンペスタが目指すのはボルシオンのカルデラ内に存在する火口の中でも一際巨大な火口。内部には溶岩が満たされており、見た目は完全に溶岩の巨大湖だ。そんな火竜にとっては最高の環境にも関わらずこの一帯には他の竜が存在しない。他の火口には竜達が多数生息しているのに、だ。
「さて、ここか」
奥から巨大な力を感じる。
『ああ、そのまま来てくれ』
「……了解」
どうやらさすがに感知されていたようだ。
相手を考えれば父龍と同格、父龍から紹介された「会っておけ」と言われた故に来た場所。
そのまま溶岩湖の内部、マグマへと潜ってゆく。至極無造作に、当り前のように。
そんなマグマの海の奥にそれは存在していた。
後に人より大炎竜サラマンダーと呼称される巨大な竜だった。
その姿は大型の蜥蜴、というのが最もふさわしいだろう。翼もなく、四肢も短い。もし、地上に出れば立ち上がったとして、立ち姿そのものはどこかコミカルな印象を与えるはずだ。
ただし、凶悪そのものの顔。溶岩の中でさえ分かる(あくまでテンペスタレベルの竜の感覚では)爛々と赤く輝く、目つきの悪い眼光。全身を包むのはこれまた赤く、その至る所が発光する岩塊を思わせる鱗。その様は正に所々から煮えたぎる赤い溶岩が顔を覗かせる冷え固まった溶岩塊を思わせる。
口元から見える牙は見るからに鋭く、凶悪。しかも、全長五十m余に達する現在のテンペスタを更に上回る巨体だ。さすがにベヒモスよりは小さいとはいえ、
『よく来たな、風から話は聞いている』
「ええと……申し訳ない、何と及びすれば?」
『ふむ、そうだな……炎とでも呼んでくれ、他の者からはそう呼ばれている』
実際にカルデラ内部に暮らす竜王や竜、人々が呼ぶ際には炎の御方とか、炎様、炎の御前など色々個体や部族ごとに異なるのだが自分の事を呼ぶ時にそんな敬称などつける訳がない。
「分かりました、では炎殿と」
『うむ』
炎さん、と呼ぶのは父龍と同じぐらいは長生きの竜に対して呼ぶのは何か気が引けたし、様をつけるのはまた何か違う気がしたので少し考えた末、そう呼ぶ事にしたテンペスタだった。尚、父龍曰く「火と水には挨拶しておけ。大地は……あいつはダメだ。時間がかかりすぎる」だそうだ。何でも、大地は最長老ではあるのだが挨拶だけで丸一日かかる事すらあるらしい。
「しかし、外で戦闘が起きていましたが、あれは一体?」
『ああ、あれか。なに、ここを自分達のものにしたいという国がまた出てきたというだけだ。広いし、竜が多数暮らしている事から分かるだろうが自然の実りが豊か。おまけに防衛には不自由しないという欲の皮の突っ張った連中には垂涎の的だったのに加えて、昨今は街道としての価値まで見出しおったからな』
「なるほど」
『住人にした所でいきなりやって来た相手に『今日からここは我々の領土だ、お前達はこのまま住まわせてやるから金(税)を払え』などと言われたら反発もしよう』
そりゃそうだ。
テンペスタとしてもそれには頷くしかない。
誰がやったのかは知らないが、余程の馬鹿だろう。新しい領地というものは厄介で、特にそこに以前から住んでいた者達との関係構築は更に厄介だ。時間をかけて信用と、国に所属した方がお得という利を示す必要があるのだが、どうやら最初から傲慢なバカが来たらしい。
彼らが知る訳がないし、調べる気もないが、実際は単に初領地!という事で「舐められたらいかん!」と気負った若者が失敗しただけだったりする。ただし、テンペスタならともかく、サラマンダーにとっては人の未熟な若者も老練な老人も大差ないようにしか見えない訳だが。
それに、サラマンダーは話をまとめたが故にああいう言い方になったが、もう少し言い回しにも工夫はしていた。それでも失敗したという事実は変わらないが。
そして、新領主となるはずの相手を追い出された事で国側も引けなくなった。より強硬な態度でやって来て、それにこちらもより強硬な態度で答える。その結果が、あの入り口での戦争だ。
『この地で我らと共存する道を長年かけて築き上げるのに余所者達は何も関わっておらんからな。どう言いつくろった所で金を寄越せ、という事実は変わらん』
「それを断られたから武力に手を出した、とはいえ竜王達まで動いたとなれば突破は不可能でしょうね」
幾ら武器のレベルに差があるとはいえ、別に剣や弓で機関銃だの戦車だのと戦うというレベル程差が開いている訳ではない。相手の武器とて理解出来る範囲だ。
『一部の特に優れた武装は滅竜教団とかいう組織から購入したものらしい。どんな連中かご存知かな?』
「教団などと呼ばれてはいるが、教義と呼べるようなものはないからなあ」
あるとしたら一つだけ、「竜を殺せ」だ。
他の教義もどきは適当な秩序を保つ為の規則にすぎない。
『ううむ、そこまで恨まれるような事しておったかのう?』
「最大の被害は下位竜達によるものでしょうね」
何せ、下位竜というのはメシを食わないといけない上、知性は獣並。上位竜からすれば「一緒にするな」と言いたい所だが、生憎人から見ればどっちも竜だ。
そんな話をしている時、ふと両者は気づいて顔を同じ方向へと向けた。
『「うん?」』
◇◆
「ええい!らちが明かぬ!」
そう叫んだのは攻める側、オーベルニエ帝国軍の指揮官だった。
この指揮官はかなり焦っていた。
何しろ、今回ここを領地として得るはずだった貴族子息、その親達から「成功した暁には―」と色々と約束を持ち掛けられていた。無論、逆に言えば失敗したら二度と帝国の軍部では浮かび上がれまい。成功すれば大将軍、失敗すれば辺境なり最前線なりに飛ばされてそこで人生を終える事になるだろう。
「……アレを持ってこい」
「アレ、ですか?しかし、あれは滅竜教団が試作品といっていたものを無理に脅迫して持ち出した……」
「君?今、無理に脅迫といったかね?」
ガスッ!と鈍い音が響く。
「うぐっ!」
「人聞きの悪い……是非にと願ったこちらに感じ入って提供してくれたのだよ。……いいな?」
「は、はい……」
殴りつけられ、倒れこんだ副官を務める男が渋々といった態ながら頷く。
完全に納得した訳ではないだろうが、普段怒った時、口は出しても手は出さない上官が手まで出した事にかなり内心切羽詰まっている事に気づいたようだ。それ以上反論する事はなかった。と、同時に当人も確かに今の状況を変えるにはアレを使うしかないと納得してしまった事もある。
アレとは大型の大砲だ。
滅竜教団側は竜討伐の為という事でオーベルニエ帝国が兵器を購入する事は了承した。
しかし、さすがに「強力だが、まだ安全性が確保されていない試作品」は提供を渋った。理由は「安全面で保障が出来ない」という一点だ。
だが、見るからに強力そうな大型の兵器はオーベルニエ帝国が侵攻に内心不安を抱いていた事もあり、かなり強硬な形で(国の上の方針に不安を抱いていた)軍上層部が押切り、最終的に「壊れたり、それで被害が出た場合でも教団の責任は問わない」契約書の発行と引き換えに提供に了承させたのだった。
そうして引っ張り出されたのは大砲。
ただし、かなり近代化されたものだ。
具体的にはこれまでの砲が前装式の大筒だとすれば、こちらはビーム砲。まあ、ビーム砲といっても撃ち出すのはエネルギービームなどではなく魔法な訳だが。
「よし、魔力充填せよ!」
「充填開始」
担当に任じられた魔術師がここに来るまでに滅竜教団から渡された取扱説明書を読みふけって覚えた手順に従い作業を行う。その手順はもたもたとしたもので、時折説明書を片手に確認しながらの作業だったので指揮官もイライラしたのは確かだが、急かしても意味がない事は重々理解している。
「発射準備完了です!!」
「よし!目標は上位竜の一体だ!撃ちやすい奴を狙え」
「了解!」
彼らはそれに従い、狙いをつける。
幸いな事にこの大型の砲は手動で動かすのではなく、魔法で担当となる術者と繋いで照準を合わせる動力式だ。お陰で、大勢で必死に動かすという手間をかけずに済む。
そうして、魔術師は滞空して動きの少ない上位竜の一体へと狙いを定める。
「撃ちます!」
そうして放たれた一撃は――見事に上位竜を貫いた。
『ぎゃおおおおおおおおん!?』
胴体を貫通され、もがきながら上位竜が地へと落ちる。
幸いだったのはその竜がいたのは砦上空でも、敵部隊上空でもなかった事だろう。前者ならその体で砦を損傷させ、人員に被害を出していたはずだし、後者であれば幾ら上位竜とはいえ重傷を負った状態で敵の真っ只中に墜落すればさすがに命の危険があった。
無論、だからこそゆったりと滞空していたとも言うのだが……。
慌てて仲間の回収に飛ぶ竜がいる一方で、砦側は驚愕から攻撃の手が一瞬止まり、一方オーベルニエ帝国軍からは大歓声が巻き起こった。
当然だろう、砦にはある程度の打撃を与える事が出来ていたが、こと上位竜相手にはまともにダメージが入っていなかった。少なくとも、撃墜出来る程の攻撃はここまで帝国軍は出来てはいなかった。それが今、明確にダメージを与え、墜落する様を目の前で見せられたのだ。歓声も湧こうというものだった。
「ようし、次弾装填!急げ!!」
「大丈夫でしょうか?」
笑顔となった将軍に対して副官がそれでも口にしたのは、砲の連続発射の問題だ。
『連続発射時の負荷にはまだ耐えられない可能性が高い』
これこそがこの砲の欠点として滅竜教団が提供を渋った理由だった。
安全を考えるなら、一発発射した後、冷却を行った上で発射。一時間に一発程度が望ましい。
しかし、それは砲を多数揃え、更に砲自体の冷却時間も短縮してからの話なのだろう。そうなれば、十門以上の大砲から続けて発射し続ける事も出来る。だが、今ここにあるのはたった一門の砲のみ。これで何とかするしかない。
「となれば無理をさせるしかなかろう」
「……はッ」
これまでは明らかに優位にあった為にどこか落ち着いた様子だった竜達と、竜を崇める部族の者達。
それらが明らかに緊迫感が高まり、このまま総攻撃に出てきそうな気配すらある。こんな状況でのんびりやっていたら、それこそ折角の盛り上がった状況が一気にマイナスへと叩き落とされる。それが分かるから、副官としても止めれない。
「再度充填開始!発射態勢整い次第、順次射出せよ!!」
ちらり、と上司を見て叫ぶが無言で頷く。
彼もここからはどれだけ早くどれだけたくさん撃てるかが勝負なぐらいは理解している。
発射準備が整い次第、次々撃ち放つ。
二発目も見事に上位竜へと着弾。これを地面へと叩き落とす。
こうなると、さすがに上位竜ひいては竜王も危険性を理解し、砲を破壊すべく動く。そして、帝国側は「そうはさせじ」と必死に食い止めようとする。その膠着状態を狙い、更に撃つ。このような状況だと帝国軍の上に落ちてくる竜もいるのだが、それに潰される者が出ても尚、酷い興奮状態になっているのか群がり、トドメを刺そうと蠢く。まるで象に群がる蟻のように。
進もうとする者と止めようとする者。
先程までとはそれぞれの立場は逆になっているが、争いは激化している。
というか、遂に攻撃は竜王へも飛来しつつあった。
さすがに竜王というべきか、或いは上位竜の防御を貫いていたのを見たからか、自らも魔法を放ち、攻撃を防ぐ。だが、これとて驚きだ。竜王ともなれば普通は魔法など使わずとも自然と纏う魔力だけで攻撃を弾いてしまうものが、わざわざ防がないといけない……。
それが何と新鮮な光景な事か!
だから彼らは砲撃を加え続け、兵士もまた更なる熱狂を持って攻撃を行っていた。
五発を超える頃には指揮官の頭から危険性の事は忘れ去られ、十発目が撃ち出された時には最後まで慎重だった副官の頭からも注意事項は消えていた。
「なんだ、十分使えるじゃないか」
そう思い、次々と連射して。そしてその瞬間がやって来た。
そう、滅竜教団は竜と戦う為に集う者達。
そこには竜と戦う者への支援を惜しまないという事も含まれる。無論、正当な対価は要求するが。……現実とは世知辛いものだ。
しかし、今回、彼らはこの砲を提供する事を酷く渋った。竜の群れと戦うような事態にも関わらず、だ。そして、この砲の半ば以上強制的な提供をさせられた後、教団の者は誰もついてくるとは言わなかった。そう、竜と戦うというのに、だ!
それでも帝国の実力を知らしめるという目的のあった帝国軍は対竜の専門家である彼らへの協力をそれ以上は求めなかった為に気づかなかった。
それは十三発目の事だった。
発射しようと魔術師がその意志を砲へと伝えた瞬間、破滅は起きた。
後に更に後方にいた補給部隊の者は偶然見たそれを閃光と、広がる光の華、そして轟音と称した。
制作者である教団の警告通りに限界を迎えた魔導砲は、その欠点として連続使用を行うと破壊に用いられる魔力の一部が砲の内部に残留するという問題を抱えていた。この為、その魔力の放出に一定の時間を必要としていたのだが、連続使用された結果、その魔力はどんどんどんどん溜まっていき、遂に砲の耐久限界を突破、砲自体を破壊し、溢れだした。
しかもこれは滅竜教団すら気づいていなかったが、連続発射によって一発目より二発目、二発目より三発目の魔力残留が大きかった。結果として、数発分の砲撃魔力が周囲を根こそぎ粉砕。
大爆発となり、周囲を粉砕した。
指揮官はまだ幸せだっただろう。何しろ、調子に乗って、そして気づかぬまま「光?」と感じた次の瞬間には「熱い」と感じる暇すらなく消滅したのだから。
むしろ、少し離れた方が悲惨だった。
「ぎゃああああああ!!!!!」
「あ、熱い、あちいいいい!!!」
「いてえ、いてえよお……」
「うあ、うが、ああああああ……」
焼かれ、炙られ、吹き飛ばされ。
なまじ少し離れていた為に真っ白に焼けた体を抱えながら、まだ息が残ってしまっている者。
全身大火傷を負ってしまった者。
爆風に吹き飛ばされ、複数の骨がへし折れ、体から飛び出している者。
無数の重傷者が呻き声を上げていた。救いがないのは場所が場所故に、軍の中枢を為す精鋭のいる場でそれが起きた事だろう。
そして、更にそれに追い討ちがかけられる。
竜達からすれば自分達すら害する事が出来る何かを連中が持っているという事を既に理解していた。
光が飛んできていた方向で大きな爆発が起きたのは理解していたが、だからといって脅威の存在を認識しながらそれで手を止めるなどという事は彼らの頭には存在せず、そのままそれは容赦のない追撃となって襲い掛かった。
指揮系統が本来受け継がれる順序どころかまとめて吹き飛ばされた為に大混乱に陥った命令系統。
誰が次の指揮官なのかそれすら誰もが分からない。
先程まで竜に痛撃を与えていた攻撃は途絶え、そして今、先程まではどこか悠然と余裕を持ち、手加減すら感じられた攻撃をしてきた竜や龍達が今は明確な攻撃意識を彼らに向け、先程までとは比べ物にならない苛烈な攻撃をしてくる。
結果、先陣の者達が一歩引いた。
引かれた一歩は後ろの者の停滞を招き、更にその停滞は後方に至る程、前が停止した為に更に下がり、それが少しずつ増幅して……。
遂にそれが決壊した。
「う、うわああああああ!!」
一人が悲鳴を上げて逃げ出した。
先陣は一歩引いただけだったが、後方に至る程広がったそれは彼の位置では部隊ごとの後退が叫ばれる、叫ばねばならない程になっていた。
すなわちそれは専門の高度な訓練を受けた騎士でもない彼には「負けた」そう感じられてしまったのだ。
一人の逃走は、騎士がそれを咎め斬る前に更に周囲のそれに波及し、後方の逃走は今度は逆方向に前方からの逃走も招く。
そこにあるのは「自分達だけ置いて行かれるのでは」、という恐怖だ。
竜なんてものに好んで挑むような事、滅竜教団の者でなければ普通いない。それは彼らとて同じ事。
逃げ出したくなるような恐怖を抑え込んでいた規律、軍への恐怖を眼前に迫った恐怖が上回った時、彼らは逃走を選んだのだ。
「どけ、どきやがれ!!」
「ま、待て、逃げるな……ええい、貴様ら逃げれば斬、ぎゃ!」
「うるせえんだよ!!邪魔するな!!」
「待ってくれ、置いていかないでくれ!!!」
「早く、早く逃げろおおおお!!!」
一旦崩壊した軍を留める手段など古今東西如何なる名将であれ持ってはいない。しかも、肝心の最高指揮官は既に戦死済。立て直す余地もないままにただひたすらに逃げ出そうとする彼らに、一本道であった事が更なる災いを招く。
押し合い圧し合いしながら前方にいた者が今度は最後尾となり、しかし先陣を任される程の者達故に彼らは優秀だった。
だからこそあっさり追いつき、しかし、道が細い故に塞がれて逃げれない彼らは焦燥に駆られながら前を押し、前は更に前を押し、将棋倒しが起きた。
「ぎゃ!!」
倒れた者は後から後から押し寄せる者に踏みつけられ、全身の骨を砕かれ、肉塊と化す。
どろどろの血と肉で足を滑らせた者がまた更なる被害を招き、そこへ容赦のない竜の追撃が加わり加速度的に被害は増す。
最終的にオーベルニエ帝国軍は竜の激しい追撃もあり、この戦いに投じた方面軍一万の実に九割までを失う事になる。
それはオーベルニエ帝国に更なる内紛を招く事になる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんな崩壊する軍勢。それを離れた所から監視する者達がいた。
「存外もったな」
「ああ、だがやはり無理があったか……」
「十分だ、これでこそあの程度の国に、わざわざ試作品を運び込んだ甲斐があったというものだ」
そうして、彼らは静かに姿を消したのだった。
ボルシオン火山のイメージ=超巨大な阿蘇山、ですね
今回料理長の最終編をお届けする予定でしたが本編が進んでないという部分もあり、本編を投稿しました
テンペスタが今回を機にある方法で街へと潜入、情報収集を図ります
……あ、人化とかそういう手段ではないのでそこはご安心を




