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竜に生まれまして  作者: 雷帝
人竜戦争編
38/211

大地の王(後編)

何とか日曜には上げたかったけど、間に合わなかった……


 「馬鹿な!!この街を捨てろというのか!!!」


 黄金連山麓の鉱山街、その総責任者である代官の館。その一室で怒鳴り声が響いた。

 幸い、声が外に洩れる事はなかった。さすがに会議の為の部屋という事もあり防音対策はきっちり為されている。

 今、ここでは連続する襲撃への対策会議が開かれていた。もっとも、彼らの大半は王国直轄地を管理する文官であり、或いは商人ギルドの大物達であり、直接戦闘に関わる訳ではない。怒号を上げたのもそんな文官の一人であったが、真っ先に彼が声を上げただけで殆どの者はそれに賛成なのだろう、武官達に険しい視線を向けている。


 「捨てるのではないよ。一時撤退じゃ」

 「同じ事であろうが!」

 「そりゃ違う、単にまだ余力のある内に避難させるだけじゃよ。事が終わった後でまた戻ってくれば良い」

 「で、それは何時になるのかね?」

 「さあ?」


 武官達の責任者、前スクォーフ候エイモンドは飄々とした態度を崩さず、険しい声で問い詰める文官達をいなしている。

 元々、老練なと言えば聞こえはいいが、黄金連山の開発が進むに連れて、戦いは大きく減少した。周辺各国にした所で下手に揉めて黄金連山からの供給を絶たれる事は避けたかったし、この国にした所で市場となりうる近隣諸国との戦争は避けたかった。

 自然とここ長らくは戦いが起きず、老将軍も若い頃に戦場に出たのみ。以後は護衛や後方支援を主体に任を果たしてきた。

 それでも昔とはいえ実戦経験ありという事で敬意は払われている。もっともそれだけでこの街の武を担う責任者を任されるはずもなく、現役時代に錬度を維持する為に行われる模擬戦ではこの老人が指揮する軍勢の方が圧勝を続けていた。

 が、さすがにいい歳になり、引退を考えていたエイモンドに最後の花道として用意されたのがこの仕事だった訳だ。前とついている事から分かるように、侯爵家当主としての立場は既にいい年になった息子に譲っていたエイモンドは「では最後のご奉公といきますかな」とこの街へとやって来た訳だ。


 「エイモンド卿、分かっておられますかな?ここがどれ程国にとって重要な場所なのか?」


 余りに飄々とした態度に苛立ったのか一人がそう言った。

 怒鳴ろうにも相手は王国軍の宿将と謳われるエイモンド、おまけに既に譲ったとはいえ伝統ある侯爵家の当主だった人物だ。そんな相手に怒鳴りつけるのはさすがに拙い。血が頭に昇ってそんな事も忘れて怒鳴っていた同僚の頭を鎮める為にも口を出したのだが、それでも彼も反対なのは間違いないのだろう。どうしても声にトゲが含まれている。

 

 「無論分かっておるとも」

 「ならば……」

 「じゃが、時に量は質を上回るものでの」


 言葉を遮るように真剣な眼差しで言葉を叩きつける。


 「例え百万の敵を打ち倒す軍勢を揃えていようとも、一千万の敵を叩きつけられたら砕けるんじゃよ。今起きておる戦いは正にそれじゃ」


 油断であったり、運がなかったり。

 当初の攻撃こそ大きな損害を出しはしたが、その後は各砦はいずれも精鋭の名に恥じない抵抗を今も尚続けている。 

 しかし、それにも限界がある。

 人は休息を取らずに戦い続けるには限界がある。竜には竜を倒すのに相応しい兵器や魔法が必須だが、幾ら余所の地方都市などに比べ遥かに潤沢な備蓄があるとはいえそれとて矢弾の数には限度がある。一人の精鋭を殺すのに十の兵を要しようとも、相手が千を擁するならそれは誤差に過ぎず、例え千の矢弾を用意していようとも万を叩きつければ不足する。ましてや現実には百発百中など夢の話。現実には十を費やして竜一体など当り前だ。

 既にエイモンドの下には各砦からの悲鳴が届いていた。

 元々、襲撃は南方から行われる事を想定しており(国からこの街へと伸びる道が伸びている)、この為南方、そして最後に避難する先である北方の二つの砦は東方、西方の二つの砦より大きく頑丈だった。この為、東方から駆けたクルスの心配は杞憂に終わっていた。残る西方だが、こちらは指揮官達が東砦に比べもう少し柔軟だったお陰で大半が無事砦へと後退する事に成功し、指揮命令系統を確立していたお陰で持ち堪えていた。

 だが、いずれの砦でも「このままではもたない」、そう判断した指揮官達が増援なり補給なり或いは撤退なりの指示を求めていた。

 各砦から必死に駆けた伝令達から詳しい話を聞いたエイモンドはだからこそ、決断せざるをえなかった。

 

 「例え万金を積もうとも、この黄金連山が買い取れぬように無理なものは無理なんじゃ」


 深い溜息をエイモンドは吐いた。

 その言葉に一同も押し黙らざるをえない。いや、彼らとて(大半の者は)分かってはいるのだ。エイモンド卿がここまで言うという事は本当に軍は限界なのだろう、という事は。それでも黄金連山が生み出す莫大な富と、その富を生む場所を任されているという責任感や放棄した場合の処罰、失脚などが頭に浮かぶ為に決断出来ずにいる。

 エイモンドはいい。

 彼はどのみち引退した身、世間から完全に身を引いて隠遁した所で別段生活に窮する訳でもない。引退する身である以上、出世競争に参加しないエイモンドは現在の軍上層部からすれば競争相手になりえないのだ。有力な侯爵家の先代という事もあり、悠々自適の生活が待っているだけだ。

 しかし、他の者は違う。

 これからまだ出世競争が待っているし、そもそもここへと配属された時点で数年上手く回せば栄転が待っているはずだった。或いは自らの商会の規模と資産を拡大出来るはずだった。それらが全てパーになるという事をなかなか受け入れるのは困難だという事だ。

 かつての自分だからだろう、決断出来ずにいる様子にエイモンドは一つ息を吸うと更に言葉をつづけた。


 「このままでは我が国は一時的に黄金連山からの収益を失うかもしれん。この街が機能を失い、破壊されるやもしれぬ。だが――このまま放置しておけば砦に詰める精鋭達の全てと、熟練の信用出来る工夫達の全てもまた失う事になるのだよ」

 「……………分かった」

 

 遂にその言葉が出た。


 「代官殿……」


 この街に領主はいない。現場最高責任者として街にいるのは王より権限を委託され、管理を行う管理権限代行主席官、略して代官。

 当然、大臣にも匹敵する重要職であり、しかし、ここでの撤退は彼の失脚は免れまい。それでも。


 「街は作り直せばいいが、人まで失ったら王国は立て直せなくなりかねん」


 その言葉に万感の思いが込められていた。

 無論、その陰には自分の命が惜しいという事だってあるだろうし、エイモンドがそこまで言う以上は本当にどうしようもないんだろう、というある種の信用もある。どのみち失脚するにしても、下手にここにいる面々に多数の死者が!なんて事になればもし、自分が生き延びたとしても死は免れまい。

 最悪の中で少しでもマシな結果を、と望むなら道はないとも言える。


 「では、その方向で……」


 進めると他の文官や商人が俯く中、声を出したエイモンドと軍の面々だったが……一つ想定外があった。

 それは極めて単純な事、『全ては遅すぎた』。


 ズン、と。


 大地が揺れる。


 「何だ?」


 微弱なものではなく、明らかに大きな体感する揺れ。

 それに、一同がある者は不安げに周囲を見回し、またある者は慌てて立ち上がる。そして、またある者は窓から外を確認し、またある者は扉にさりげなく近寄る。


 ズン!


 勘違いではない。

 そう告げるかのように更に揺れが新たに響く。

 一体この揺れはなんだ?疑念、恐れ、そうした感情が入り混じり、誰ともなく声を上げづらい雰囲気が形成される。

 互いに顔を見合わせ、様子を伺う。


 ズン!!


 更に揺れが酷くなる。

 籠る感情が次第に恐怖へと変わりだしている。

 そして、それはここだけではなく、防衛を続ける砦でも同じだった。急に下位竜の襲撃が途絶えた事から周囲を見回す余裕が出来た分、警戒を強めていた所にこれだ。特に最大規模を誇る北砦は一際揺れが激しい事もあり、悲鳴すら上がっていた。

 そんな中、外を見ていた誰かが疑念の声を上げる。


 「山が……動いてる?」 


 呆然とした声に「どういう意味か?」と首を傾げながら、それでもこの揺れの原因が分かるのではないかと誰もが直感的に感じて、窓へと殺到する。

 その視線の中、注目を浴びる黄金連山は……。


 ズズズズズッ!!!


 遂に上へ、上へと動き出していた。

 エイモンドでさえその光景には絶句せざるをえない。

 山一つではない。見える限り全ての黄金連山そのものが動き出していた。


 「山が……動いとる」


 それは誰の呟きだったか。

 ゆっくりと、に見えるがそれはあくまで相手が巨大な故にそう見えるだけの話。実際にはより近距離の北砦などは凄まじい勢いで壁が生まれ、激しい振動が砦を崩壊させていく事から遂に総指揮官は街のエイモンド司令官の許可を待たずに北砦の放棄を決定、急ぎ脱出を図ったが、後にこの巨大な振動とその後起きた衝撃によって北砦が崩壊した結果、全兵力の三割を喪失した事が判明している。

 北砦はそんな状況故、落ち着いて見ていられなかった為に全貌を知る事はなかったし、街の距離でもまだ足りなかった。

 全てを見る事が出来たのは距離の関係上、南砦のみであったがそこで一人の兵士が呆然と呟いた。


 「……………亀?」


 凄まじいとしか言いようのない巨体であったが、彼らの距離からは黄金連山と呼ばれた山々がその甲羅の上に乗っかっている、或いは甲羅の一部である事が分かった。

 亀の如く四足が伸び、更に首が出てくる。

 その様は正に甲羅に閉じ籠っていた亀が足を伸ばして立ち上がり、首を伸ばしたようにしか見えなかった。実際は、頭部は竜のそれであったのだがそこまで意識が回る訳もなく、またそこまでの違いが分かったかどうかも怪しい。

 いずれにせよ、巨大極まる亀の如き竜、後の世に大地の竜ベヒモスと呼ばれる事になるそれは身体を起こし、そして。


 ゆっくりと一歩を踏み出した。


 ボオォォォォォォン……


 それは奇妙な音だった。

 何かの楽器を鳴らすような、少なくとも人が考えていたようなズシンといった地面に響く音でもなく、低く響き渡る音が波紋のように広がっていく。

 もし、この時上空からこの竜を見下ろす事が出来ていれば、正にその通り。波紋の如き波のような何かが広がっていった事が分かっただろう。これによって酷い振動が大地に生じ、街も他の砦も大混乱に陥るが、それでも大地に巨大な穴が開くでもなく、またこの超重量を支える脚が地面に振り下ろされたにしては異様な程に小さな振動ではあった。何しろ幾つもの山が背中に乗っかっているような相手だ。脚もまた軽く持ち上げただけでも軽く百メートル以上の高さから落ちてくる。衝撃波さえ生まれてもおかしくない状況であったが……。

 更に周囲に幾つもの小さな影が生じる。

 塵から凝縮され、ベヒモスの周囲を警戒するかのように多数の飛竜が生み出されたのだった。

 後に知られる事だが、このベヒモス、小回りが利かない部分をこうした操り人形とでも言うべき存在達を生み出す事で補っている事が判明する。軍勢を生み出すもの、それこそがベヒモスの力の一端だった。

 もっとも、この時のベヒモスの思考を知る事が出来たら、唖然とした者が多数いたかもしれない。何しろこの時、当のベヒモスはといえば……。


 (あー……なんかもぞもぞして目覚めた) 

 (なんか近くにいるし、追っ払おうとしても逃げないしなあ、自分がどっか移動するかあ)

 (あ、昔馴染みに引っ越ししたって伝えとかないとなー)


 そんなのんびりした思考であり、結果、古よりの知り合いである火、風、水の竜王の頂点に立つとも言える三体の竜と龍に連絡役を送る事になる。

 尚、この時風の大嵐龍王の下に人型を送った理由だが。

 

 (娘さんが人型してるみたいだから)


 だったそうである。

 ただ、この移動による被害は甚大なものだった。

 当竜自体はこの後、大陸を移動して結局海へと姿を一旦消すが、進路上或いは進路近傍どころか進路から相当離れた距離からでも振動が響き、黄金連山で栄えていた国は黄金連山を喪失したという莫大極まる財政的な損失だけでなく、この移動によって人的、都市構造的な面でも甚大極まる損害を受ける事になる。

 何より痛かったのは黄金連山そのものが竜の一部であり、黄金連山が失われたという事を国上層部が把握するのが遅れたという事だろう。この為、国上層部は次第に増える被害に対して、黄金連山の収入を前提に財政出動を行い、結果として国家財政が破綻に追い込まれ、国自体が崩壊する事になる。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 「成る程、それでは黄金連山からの魔鉱石の供給は最早見込めないと考えねばならんな……」


 渋い表情で王が唸った。

 隣国で起きた大混乱。隠す術すらないこの巨竜の移動は迅速に伝達された。

 最初の一報は超巨大な竜の出現を告げるもの。

 これによって一斉に軍は臨戦態勢に入った。

 次第に続報が入るに連れて、詳しい情報が入り、この日遂に黄金連山そのものが移動を開始した、という情報が手に入ったのだった。

 

 「それにしても何て怪物だ。竜という奴ら本当に生物か?」


 王の苦々しい言葉に報告を行う者も返答しようがない。

 バサリ、とやや乱暴に王が食卓に報告書を放り出し、それを回収する。尚、食卓なのは単純に夕食を取ろうという時に緊急の報告!として届いた為だったりする。

 区切りがついたとみるや、王の所に食事が運ばれてくる。何しろ、この後下手すれば徹夜で王は仕事をしなければならなくなる可能性もある。食べれる時に食べておくのは臨戦態勢中の軍だけでなく、立場上その最高指揮官である王もまた同じだった。

 やれやれ、食事が不味くなるような話を聞いたと思いつつ運ばれてきたスープに目を向けた王は少し目を見張った。


 「む?今日の食事はこれは……?」


 頬をくすぐる湯気に気づいて、怪訝な声を上げる。

 王に提供される食事というのは基本、冷めている。原因は単純で毒見役が毒見を行い、更に遅効性の毒である可能性を考慮してある程度時間をおいて毒見役の様子を観察する事になるからだ。自然と料理が出来てから王に提供されるまでに一時間は間があく事になり、料理は冷めてしまうので基本王へと提供される料理は冷めても美味しいものが大前提となる。

 とはいえ、王とて内心では偶には暖かいものが食いたいと思う。

 しかし、だからといってそんな事の為にこっそり王城を抜け出すなど出来る訳がないし、もし、下手に我侭を押し通して暖かい物を食った挙句に毒殺されました、では間抜けにも程がある。

 無論、抜け出そうと思えば抜けられない事はなかろうが(王しか知らない抜け道ぐらいある)、それでは護衛の者に迷惑がかかる。ましてやもし、王がこっそり抜け出して外で怪我でもしようものならその責は護衛の責任者に及ぶ。黙って抜け出した王が悪いのに、咎められるのは部下であり、良くても解任。悪ければ斬首という事になる。解任であってもいきなり職を失う事になる為、収入が減少し、ある程度の所領を持つ貴族ならばともかく低位の騎士などであれば家族共々路頭に迷う事になりかねない。さすがに、王も「暖かいものが食いたい」、という理由で部下の、それも王の身辺警護の責任者という職務を行う以上信用出来る腕が立つ者が処刑される危険を冒す気にはなれない訳だ。

 なので、王も暖かい食事は昨今すっかりご無沙汰だったのだが……この城では例外がある。


 「そうか!久々に前料理長が腕をふるってくれたか」


 どこか嬉しそうな様子で王が声を上げた。


 「はい、昨今の情勢からお疲れであろうと登城されまして」

 「うむ……戻ってきてくれると嬉しいのだがなあ」


 嬉しそうに暖かいスープを口にし、その素晴らしい美味に顔をほころばせる。

 先代の料理長は長命のエルフ種の中でも特に長命とされるハイエルフとされており、ここ数代の王に仕えてきた。

 未だ若々しい姿を保つ彼女の事に想いを馳せ、ついぼやいてしまう。実際、王も幼い頃には先代料理長に「自分が大きくなったら奥さんになってくれ!」と求婚した事もあるぐらいだ。その正に金の輝きをまとうというべき、絶世の美女っぷりを思い出して、ふとそんな幼い頃の事も思い出し、軽口を叩く。

 

 「さすがに今はそこまで色ボケしていないのでしょう?」

 「ああ、それは無論」


 ぼんやりと返事を返した所で、慌てて声の主に視線を向ける。

 そこには正に黄金の輝きがあった。 

 今も尚変わらぬ美貌を誇る金の女性、かつて起きた国の在り様すら変えた大規模な騒動の結果、彼女の提供する食事に限り一切誰も、そう、大貴族と呼ばれるような連中から暗殺ギルドのような連中でさえ手出ししなくなった先代料理長がそこに柔らかな笑みと共に立っていた。


次回は何故彼女の料理には誰も手出ししなくなったか、の過去の騒動のお話予定です

大暴れの回予定です

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