大地の王(中編)
長くなったので一旦中断
次回後編にて……
黄金連山。
魔鉱石の塊というべきその山はこの国とそれにかかわる商人ギルドにとっては富の源泉であり、職人達にとっても重要な場所だ。
当り前の話だが、他国と差をつける、というのは難しい。どうしたって他国は自分の国の産業や職人、商人を一定レベルで保護しようとし、同時に結びつきを強める。その為、関税などで他国の産品の輸入は必然的に割高なものとなり、他国に輸出出来る物となると長い時間をかけて「~ならあの国の品!」と言われる程に質を高め、安定した品を送りだせるレベルとなっているものか、或いは割高であろうと欲しがられるような名工の作、そして他国では早々真似して作れないようなその国独自の品だ。
そんな品が簡単に作れたら、どこも苦労はしない。
結果として職人達は自国の発展を願う。大抵の職人達にとって商売が出来るのは自分の国の中だけであり、貧しい国だと自然と自分達も貧しい生活しか出来ないからだ。
何が言いたいかというと、黄金連山麓の鉱山街。
そこにはこの国の職人達が丁寧に作り上げた武器も兵器もたっぷり揃っていた。
商人達もこの街を守る為に採算は度外視で金をつぎ込んでいたし、国もまた警備兵は精鋭を揃えていた。しかし……。
「火力を集中しろ!次が来るぞっ!!」
「くそったれ!!これで何回目だ!!!!!」
「十回目から後は数えてねえよ!!それより手を動かせ!!」
「やってるよ!!!」
街を守る東西南北に位置する四つの砦の全で怒号が飛び交っていた。
「今度は……下位竜ヴォーパルに同じく下位竜ザイベル!!!」
「はあ!?ヴォーパルってザイベルにとってはご馳走じゃねえか!!何で一緒に攻めてくんだよ!!」
「今更だろうが!!撃て!撃て!!」
四つの砦、その全てに対して激しい攻撃が加えられていた。
その攻撃してくる相手の全てが下位竜。
奇怪なのは襲撃してくる群が複数の種類の下位竜が混じっているという事、それが何度も何度も続く、という事だった。
これが単種類の群れならば分かる。或いは複数の下位竜の混成体であっても一度なら分かる。前者ならば下位竜の中には季節や或いは何等かの原因(主に餌不足)で大移動を行うものがおり、そうした群れの進路上に鉱山街があったのだと考える事は出来る。
或いは後者であってもそれまで住んでいた場所が災害なり他の下位竜の襲撃なりで住めなくなった為に逃げ出した集団が複数合流して、と考える事も出来る。
だが、そのいずれにも今の状況はあてはまらない。種類は複数。それぞれが戦列を組み、互いの長所を活かした軍勢として攻撃を仕掛けてくる。かつての時代ならとっくに戦線が崩壊し、砦は陥落していただろう。
『竜王か?』
誰もがそんな疑惑は抱いていた。
けれども、それを抱いた所でどうにもならない。何しろ、叩くべき竜王がどこにいるかも分からず、そして、もし相手が竜王なのだとすれば到底太刀打ちなど出来ないのだから……。
今出来る事はひたすら手を休めず攻撃を続ける事のみ。
「魔法用意!!爆裂弾発射の後、足を止めた所へ叩き込め!!」
面倒なのはひるみもしない事だった。
だから、攻撃を加えて倒す事で、その体を障害物としてそれに続く個体を止める。一体が止まればその後ろも止まり、それが連鎖する事で渋滞が生まれる。一旦渋滞が生まれてしまえば、即座に動く事は困難になる。普通ならば。
生憎、即奴らは動き出す。
攻撃のタイミングもシビアなものになるだろう……。
「まだだ……まだ…!」
焦る事はない。
奴らを集団と考えるから失敗する。考えたくない話じゃあるが、奴らは一個の個体。そう考えれば辻褄はあう。自分達が互いに戦い合うならばどうだろうか?集団で戦うなら、想定外の動きを味方がしてしまえば、例えば味方が抑えている傍を抜けようとして敵に押されてよろけたらどうなるだろう?当然、すり抜けようとした者も足を止めてしまう。態勢を立て直せると分かっているなら足を止めずにそのまま駆け抜ける手があるだろうし、或いは倒れると分かっているならそれまで味方が抑えていた敵を攻撃しなくては味方がトドメを刺されてしまう。味方は果たして、そのまま倒れてしまうのか、それともよろけただけで持ち堪えるのか、持ち堪えるとしてよろけるのは右か左か……。
それらは分からない。
分からないからこそ動きを止め、一人が動きを止めれば後続も動きを止める。
動き出すにしても、一人が再び動き出してから、また次がそれを見て動き出し、その次がまたそれを見て、と動くためにどうしたってズレが生じ、それが混雑を引き起こす。
けれどもこれが自分の体だったら。
右の頬を殴られたとしても持ち堪えられると思えば、足で踏ん張りながら手を使って反撃を試みる事も出来るだろうし、倒れるにしてもすぐ立ち上がれるよう手足を動かすだろう。
目の前の群れも同じだ。相手を群れではなく、一体の手や足だと思えば……。
「今だっ!!!砲手、撃て!!!!」
射手が構えた砲台、そこから放たれた爆裂弾は正確に下位竜達が動き出すその出鼻をくじく形で着弾。
爆裂弾自体は小型で小回りの利く下位竜ヴォーパルに対しては効果があったものの、より大型でその分皮膚も強靭なザイベルに対しては然程の効果をあげる事は出来なかった。しかし、小型故に小回りが利くヴォーパルを仕留めれば十分だった。というより元より爆裂弾はその為に撃たれたもの。
ならば、ザイベルにも当然、それ相応の攻撃が用意されている。
「動きが止まったぞ!続けて対装甲弩弓放て!!」
大型の竜を狙う為の弩弓。
重量もあるそれらはどうしても動きが鈍く、小型の獲物を狙うには向いていない。だが、動きを止めた所を狙うならば話は別だし、大型なだけに威力もまた大きい。
放たれたそれらは期待通りの威力と結果をもたらし、下位竜ザイベルは倒れたのだが……。
「くそっ、またか……!」
「いえ、でも引いていきますよ!」
歓声が上がる中、指揮官は内心「想像通りなら、本体は無傷って事か?」、現状を見れば、そう考えざるをえなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふうっ」
砦所属の精鋭部隊に属する一人、クルスは疲れの籠った溜息をついて座り込んだ。
普段ならそんな事をすれば怒鳴り声が飛んできてもおかしくはない。だが、今は誰もそれを咎めない。
「……大丈夫かよ」
「……何とかな」
何故なら周囲には彼と同じような状態の面々が幾らでも転がっているから。クルスに対してそんな声をかけてきた同僚もまた疲れた様子で壁に寄りかかるように座り込み、その制服は薄汚れている。普段はこんな制服を着ているのは訓練の後ぐらい。即効で洗濯行きだ。汗でべったりとまとわりつく肌着も気持ち悪いし、泥や血で汚れた制服だって着替えたい。しかし、それ以上に今は休みたいという気持ちの方がクルスの中では上回っていたし、それは皆も同じだ。
いや、それどころか普段は怒鳴りつけるであろう隊長でさえ身体を投げ出すようにして寝転がっている。普段はパリッとしている彼の制服もまた泥だらけ埃だらけで汚れているが、誰もそれを気にしない。
「くそったれ、何なんだよあいつら」
誰かの声が響いた。
内心でクルスも同調するが、それに応じる声はない。別に声の主に反感を持っている訳でもなければ、反対な訳でもない。ただ、そんな声を出す事すら億劫なだけだ。
声の主も同意の声を求めていた訳ではないのだろう。喚き散らす訳でもなく、そのまま沈黙を保っている。
そんな中、「ふっ」と声をかけて、寝転がっていた隊長が起き上がった。
「おい、誰か装備の状況や在庫に関して知ってる者はおらんか?」
部隊長、グランビア=コロンバルディが周囲にそう声をかける。
鬼だの人でなしだのと普段は部下から言われている男だが、こんな時は誰より頼りになる男。
見た目は線の細い優男でありながら、タフでしぶとい。だからこそ、下手に精鋭である事に拘り、引き時を誤り、結果としてそれぞれの率いる部隊において壊滅的な損害を受けた他の隊長達に対して、部下をきっちりと生き残らせてくれた男。その後は駐屯場所、鉱山街から突出する形で周囲を警戒する四方に設けられた砦の一つに籠り、必死に撤退してくる他部隊を掩護し、動ける者で部隊長を失った者は自分の部隊に組み込み、ひたすら戦い続けてきた訳だが……。何しろ、他の部隊長達はこんな時も見栄、プライドという奴を捨てきれなかった。
お陰で、彼らは誰も生きてここまで辿り着けなかった。指揮官が真っ先に戦死しては部隊そのものが崩壊する、だからこそ逃げ時を見失ってはならない訳だが、それでも『精鋭である』という事に誇りを持ち、それを捨てきれなかった彼らは結果として、撤退の時期を見誤った事を責められる恐怖、部下を置いて真っ先に逃げ出す事への羞恥をすてきれず殿を務めていずれも倒れていった。お陰で、今、この鉱山街を守る結界の要を為す四つの砦の一つで指揮官だった者はグランビアだけになり、彼がやむをえず全体の指揮を執り、その配下で数人の部下を管理していた者がより大勢を指揮する羽目に陥ってしまっている。
それでも彼は懸命に指揮を執り続け、未だ砦は陥落していない。こんな戦場だ。誰もが「生き残らせてくれる」相手に従う。
だからこそ、グランビアの声には即座に応じる声があった。
「補給担当です。投射兵器の備蓄が前線用のものはそろそろ在庫が3割を切りそうです」
「同じく、武器に関しても潰れたものが大分……後方からの補給がないと、あくまでこのペースで、と仮定した場合ですが三日が限界かと」
ろくでもない報告にクルスも溜息をつく。
それでも自分達の所はまだマシなのだと知るが故に他の砦の部隊の事が心配になる。
そう、砦は四方にあった。ここは所詮四つの砦の一つにすぎない。幸い、結界が未だ健在である以上、他の砦がまだ陥落していない事ぐらいは分かるのだが。
もし、その一つでも抜かれたら――。
そんな考えが浮かび、背筋が汗以外の何かで冷たくなる。
鉱山街自体にも最終防衛線としての城壁は存在していたが、鉱山街成立初期と異なり防衛網が安定したと思われていた今では駐在する戦力も砦に比べて少ない。備蓄されている食料や装備などは各砦に送られる前に一旦ここの本部に集められる事から砦より遥かに多いが、幾らそれらが多くても使う者が不足していればどうしようもない。普段鍛錬を積んだ事もない鉱夫らを動員した所で、ただ力任せに振るのが関の山。それでどうにかなるなら、訓練など必要ない。
ここが健在でも他が抜かれてしまえば結界は崩れる、そうなれば鉱山街は。
そんな考えを僅かに身震いして振り払い、グランビア隊長の会話に集中する。
「備蓄は定数だったな」
「はい、何時もどおり」
グランビア隊長は備蓄に関してはやかましい男で、不足が起きれば必ず叱り、充足を満たす事を命じていた。他の部隊の連中が「誰が奇襲仕掛けてくるってんだよ」、と細かい事を気にするグランビア配下の者を気の毒がっていた事も知っている。
そう、今なら分かる。何時の間にやら精鋭部隊とされていた自分達であってもどこかで「危険になるほどの襲撃なんてある訳ないさ」と規律が弛緩してしまっていた。
……それを知っているだけに不安が募る。
自分達もずっと砦に詰めている訳じゃない。砦はあくまで軍の管理する場所であって、食事なんかも軍が一括で提供する。何が言いたいかというと……まあ、花街だの酒場なんて砦内部にはないって事だ。だからってそういう楽しみまで排除したら幾ら精鋭部隊だからって不満が溜まるのは分かり切っている。だから、定期的に部隊ごとに交代で休暇をもらって、鉱山街で遊ぶ。他の砦の連中も同じような状態だから、そういう場、特に酒場で会った時なんかには積極的に一緒に酒を酌み交わして情報交換する。
何かやばい事とか、問題があったりなんて事だってあるからだ。それがそこだけの問題であればいいが、余所でも起きるような事態なら放置する訳にもいかない。
だからこそ、他の備蓄状況がここより甘いという事をクルスは知っている。知っているからこそ「今、他が陥落寸前となっているのではないか」「既に陥落して、今この瞬間にでも結界が崩れ去るのではないか」と恐れている。
「……刃は間違いなく潰れているのだな?」
「……はい」
グランビア隊長が何を言いたいのかは皆理解している。
今回の敵は――消えるからだ。
透明になって攻撃してくるという事ではない。倒すまでは間違いなく確固たる存在があり、攻撃を受ければ怪我を負い、場所によっては命を落とすというのにやっと倒した相手はまるで幻のように消え去るからだ。お陰で通常なら使える、先頭の個体を倒す事で後続の動きを阻害するという手が使えない。
しかし、直接相手に叩きつけた刃が潰れているという事は……消えるにも関わらず、実体はあるという事。
その癖、綺麗さっぱり消えてしまう為に、困った事にその素材を回収して何かに活かす、という事も出来ない。本来ならば死体を積み上げるだけでもバリケード代わりとして使えるというのに!それすら出来ない為に余計に砦の物資の消耗が激しいものとなる。
「よし」
しばし考えて何かを決断した様子のグランビア隊長が頷いた。
「クルス隊員!!」
「えっ?」
突然名を呼ばれた事で驚いてクルスは声を上げ、その後慌てて「はい!」と返事をする。
「本部に伝令役を命じる。内容は撤退命令の許可を求む、だ」
「「「「え!?」」」」
思わず、という感じでクルス当人を含めた周囲から声が上がった。
「た、隊長!撤退って…!」
「今なら、今ならまだ物資に多少の余裕がある。後退する時に追ってきても迎撃を行いながら街へと逃げる事は可能なはずだ」
その言葉には誰もが黙る。
それに続く言葉が理解出来てしまったから。
「だが、陥落寸前になってからの脱出となればそうはいかん。……余裕がある内に脱出しなければならないが、だからといって無断で砦を放棄する事など出来ん」
これもまたその通りだ。
これがまだこの砦が単独で存在するものであり、砦の維持・放棄が砦の指揮官に与えられているならば指揮官の「これ以上は無理」という判断をもって放棄、撤退が可能だ。だが、ここは鉱山街を守る結界を構築する四つの砦の一角。街にはそれらを統括する総司令部が存在し、その司令官の許可なしに勝手な後退など許されるはずもない。それをやってしまえば、それは結界が崩壊するという事を意味し、
結界。
新たに開発された魔法技術の一つ。
これまでは魔法を一定時間以上維持し続ける事は困難であると思われていた。何といっても魔法という分野の研究は殆ど進んでいなかった点がそう判断されてきた原因としては大きい。少数しか魔法使いがおらず、過去の魔法使い達がのんびり研究などという環境はなかなか得られなかったからだ。
だが、ある程度研究が進み、その中でゴーレムのような魔法は土や岩といった素材に魔力を込めている事が分かってきた。その最初に籠めた魔力が切れるまでがゴーレムの活動時間である事も。そうして開発されたのが再充填機能を兼ね備えた結界装置だった。大型で、複数の魔術師を作業にあたらせる必要があるが、そのお陰で攻め寄せている相手は一方向からのみ攻撃を加えてきており、この砦も持ち堪える事が出来ている。
「クルス、お前確か身体強化系の魔法が使えたな?」
「あ、はい」
「だからお前に命じる。全力でもって司令部へ向かい、撤退許可を得てくれ」
「……分かりました」
強化系の魔法を普段から使っている者は実は案外少ない。大抵の者は魔法が使えるなら、派手な攻撃魔法を登録した板を背負おうとするからだ。クルスの場合は砲手である為、大型の弩弓を場合によっては身体強化して少しでも早く動かす為に組み込んでいたからだった。
当然、強化された肉体と普段の肉体との間にはズレが生じ、慣れていない者と慣れている者とではその効果にも大きな違いがある。
一番こうした肉体強化に慣れているのは近接戦闘役なのだが、そもそも動けるなら前線から引き抜けるような状態ではない。クルスが命じられたのは自分の担当の砲台が先の攻撃で壊れてしまったからだという事は当人が一番理解していた。
「頼んだぞ」
「はい!」
立ち上がる時にかすかに地面が揺れたような気がした。
次回、大地の王が姿を見せる予定
それと金の彼女も(




