人と竜、その新たにして歪なる関係
お待たせしました
新章、人竜戦争編の開幕です
後世においてマギアス・エレヒミアという人物への評価は極端に分かれている。
一般的には人の世を大きく発展させた英雄、と言う評価が大半を占めている。
しかし、同時に人を現在の状況に追いやった元凶という声も根強く残っている。
本来ならば、彼への評価は前者のみであってもおかしくはない。残念ながら彼が最初にどうやって「機械」の原型を編み出したのかは現在に伝わってはいないが、「機械」こそが人の生活を劇的に改善したのは紛れもない事実だからだ。
或いはかつてはその辺りの話も人には伝わっていたのかもしれないが、人という種が大量の知識を失う事になったあの事件が起きた時、そして人が大陸から逃げねばならなくなった時まず人は自らが生き延びる為に必要な知識の保持を優先した、せざるをえなかった。その過程で、歴史という今を生きる為に不要な知識が後に回されてしまった。
だから、かつての、人が竜や龍と生きていた時代の事は今の人の世には殆ど残ってはいない。僅かに残るそれすら口伝でかろうじて残ったものが筆記されて残っているだけ。
お陰で、彼の「何をしたか」は名前共々功績として残っているものの、彼が研究していた書物やかつては存在していたという日記なども現在では残っていない。
無論、その当時の事を知る者はいる。
彼が生きていた時代、それ以前から生き続ける存在がこの世界には僅かながら残っている。彼らにもし、聞く事が出来れば……そして、もし、彼らが興味半分にでもマギアスという人物の事を覚えていれば真実を知る事も出来るだろう。何せ、彼らにも多大な影響を与える事になった人物だ。人類が放棄した知識を、おそらくは人が放棄した当時の都市には大量に残されていた書物などを彼らがその後収集した可能性が僅かでもあればと考えるなら、ありえなくはない。
だが、そんな事が出来るはずもない。
そう、今では人が彼らに問いかけるなど酷く困難になってしまった。
その原因こそがマギアスを非難する声が消えない理由だが、あの一件が起きたのはマギアスの死後百年以上経った後の話であり、彼を非難するのは余りにも無責任な話であろう。
『古の歴史を追い求めて~』著:ファイザル・カーンより抜粋
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「引くなあっ!!持ち堪えるのだ!!」
戦場に怒声が響き渡る。
だが、それに応じる声は少ない、いや、皆無と言っていい。それどころか。
「連隊長!無理です!もうこれ以上は…っ!」
「馬鹿者!!諦めるな、まだやれるっ!!」
参謀が懸命に撤退を進言する。
だが、連隊長はそれを拒絶し、その声を聞いた周囲の誰もが絶望の表情を浮かべ……顔を見合わせて頷いた。
そして――。
パン。
そんな軽い音と共に一人の命が失われ。
「撤退する!!」
参謀の声が戦場に響き渡った。
「後退だ、後退しろ!」
「まだ動ける機竜を前に出せ!味方が後退する時間を稼ぐのだ!!」
「くそ、あの連隊長め!!無理だと思ったらもっと早く…!」
そんな怒声が響く中、轟音が響き渡った。
………。
「で、その結果がこれか」
バサリ、とうんざりするような声と共に報告書が卓の上に投げ出された。
ある王国の王宮内の会議室。
そこに王を含めた国の重鎮達が集まっていた。
「連隊長の戦死に伴い、残った参謀が残存部隊をまとめて後退、か」
ふん、と王が鼻を鳴らした。
「どうだかな。確かあ奴は……」
「はい、ダウワーラ公爵一派が押し込んだ男でしたな」
どこか皮肉めいた声だった。
ダウワーラ公爵の一派は元々軍に大きな影響力を持っていた派閥だったが、近年の最新技術の開発によってその影響力を減衰させていた。それは公爵が昔ながらの戦い方に固執した結果、旧来の軍を支持する派閥をまとめる事には成功したものの、新技術の発展によって生まれた派閥を王が支援するようになり、また同時に新技術が軍事面においても大きな力を持つようになってくると当然それに反対した一派の力は大きく削がれる事になる。
それに焦った公爵一派が自分達の派閥の人間を討伐軍の指揮官に押し込んだ、というのが真相だった。
「将校どもも大半は奴の派閥だったな」
「は、これでダウワーラ公爵一派も失脚確定ですな」
「まあ、まだまともな頭を持った連中はいたようだ、そやつらに関してはしばらくは今回の一件がある故無理にせよ、ほとぼりが冷めた頃に戻してやればよかろう」
「その旨を伝えてやれば、従来の派閥から切り崩せるでしょうしな」
何しろ現王が即位する前、王子の段階から延々最新技術に反対し続けてきたのだ。
『そのような海のものとも山のものとも知れぬ怪しい技術などに注ぎ込む金があるぐらいならば、従来の装備の更新と充実に資金を回すべきだ』
それがダウワーラ公爵一派の主張であり、当時は健在だった有力な王位継承候補であった現王の叔父を支持する一派の主張でもあった。
いや、それだけならいい。
現在主流となっているとはいえ、当時はまだ確かに実績を持たぬ技術であったのは確かであり、現王にとってはある種の賭けでもあった。もし、開発に成功すれば不利でもあった状況を引っくり返して王位を手繰り寄せる事が出来るだろう半面、失敗していれば自身が追い落とされる事になるであろう事は明白だったからだ。
つまり、当時としてはその意見は決して国内の軍の兵士含めて少数意見などではなく、むしろ大勢を占めていた。下っ端の兵士達が自分達の命がかかっている状況において「何か訳の分からん使った事すらないもの」よりも「これまで使ってきた信頼出来るもの」の方を支持するのは当然だったとも言える。
事実、当時は現王でさえそれも仕方のない事と割り切っていた。
しかし、兵士達が実際に新技術の成功を見た時、素直に褒め称え、新技術の支持に回った時……ダウワーラ公爵らは乗り換える事が出来なかった。
それは次の王位を巡る争いにおいて、彼らの派閥の敗北を認める事と同義だったからだ。
しかし、事は急速に進んだ。
実の所、先王の弟であり現王の叔父というのは確かに年齢的には親と子程に先王と年の離れた兄弟であり、政治的には先王を支えてきた実績を残す有能な人物だった。
だが、それだけに政治のドロドロした世界に飽いていた人物でもあり、愛妻が体調を崩し気味であった事から先王と現王と語らい、自身を押す勢力が不利になった所を見計らって先王の退位と現王の即位。それに伴う自身の引退と後継者への引継ぎを電光石火で終わらせると愛妻の静養を理由に田舎へと引っ込んでしまったのである。
一歩間違えれば自身を押していた派閥から恨まれかねない行動であったが、きっちりと自身の派閥の中でも時代が見える者は現王に推薦し、そもそも現王にした所でながらく実質的な宰相を務めていた叔父の影響を受けた官僚を軒並み排除などという真似をすれば国政に支障を来たすのは確実。
実はダウワーラ公爵当人にも「勝ち目はないから、自身の引退と引き換えにご子息の排除をしないよう取引をしてはどうか。そこの交渉は自分が受け持つ」という旨をきっちりと行っていた。そうした自身の後始末をきっちり行った故に貴族家からの恨みを残さず自らの身を引く事に成功している。
その鮮やかさに関しては現王も見習わなくてはと思いを新たにした程だ。
しかし、ダウワーラ公爵は一族を抑えきれなかった。結果として徹底抗戦すべきだと断ったのだから何も言えようはずもない。
そうして、一気に劣勢に陥った公爵は残る影響力を駆使して、自派の勢力の影響力を維持しようとした訳だがそれも失敗した訳だ。
後がない事は連隊長も理解していたはずであり、だからこそ決して無能ではなかったはずの彼も引き際を見誤ったのだろう。
「まあ、これでダウワーラ公爵家の存続と引き換えに、公爵当人には引退してもらうとしよう」
「「「ははっ」」」
次の公爵は自家の権勢を取り戻す為に全力で現王を支持するだろう。
これで今回の会議の議題は終了したのか……だが、誰も立ち上がる者はいない。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……それで現実逃避はお済になりましたかな?」
これまで黙っていた禿頭の老人がボソリと呟いた。
「……分かっておるわ!!ああ、終わりだ!!」
苛立たしげに王がバン!と掌を卓に叩きつけた。
実の所、ここまでの会話を行いながら、笑みを浮かべている者は一人もいなかった。
誰もが苦虫を噛み潰したような顔をし、自分に言い聞かせるような口調だった。
そして、老人が呟いた通り、誰もが自分達の行為が現実逃避の一環であると、大規模な災害において僅かな生還者の生を喜ぶように悪い中から少しでも良い点を探そうとしただけであると認識していた。というか、そうでもしないとやっていられなかったとも言う。
「ダウワーラ一派のバカ共め!本来なら全員縛り首にしてやりたい所だ!!」
王の吐き捨てるような口調を否定する者はいない。全員が全員苦い顔で同意を示していた。
これが通常の兵力を動員しただけなら問題はなかった。おそらく全員がダウワーラ公爵一派を排除しての今後の予定にほくそ笑んでいた事だろう。
が、今回は討伐対象が問題だった。
上位竜。
そんなものを相手するのに最新装備を持って行かないなどという事はありえない。
散々開発やその後の配備予定にも邪魔をした癖に、残った政治力を駆使して予備兵力の多くを動員させ、挙句に大敗を喫した。
殿を務めた結果、兵こそある程度まとまった数が生還したものの、機竜に関しては動員数の八割が未帰還、残る二割も何とか帰還出来ただけの状態という惨憺たる有様だった。軍事上の意味合いで言う全滅、その場合は全部隊の三十パーセントの損失をもってそう呼ぶが、そうではなく、正に文字通りの意味での全滅と言っていい。
これは単純に部隊指揮官が「最早後がない」と撤退時期を誤った事もあるが、矢張り相手が人ではない、という部分も大きいだろう。
「陛下……」
「分かっておる!……この場だけだ」
側近の一人の言葉に渋い表情ながらそう王は答える。
これが反逆罪とかいうなら確かに即効ダウワーラ公爵家は取り潰して、当主は処刑だろう。だが、そうではない。結果的には大失敗して国に損害を与える形となってしまったし、それまでも散々王のやる事に反対していたのは事実だが、別にそれ自体は珍しい事ではない。
大体、失敗する度に怒鳴りつけて厳罰を与えていては人がいなくなる。少なくとも、怒鳴られる事処罰される事を怖れて失敗を隠すようになったりするよりはマシだ。
王のやる事に反対していたから処断していたのでは、周囲に残るのはイエスマンのみだ。
ダウワーラ公爵とその取り巻きのやった行動は確かに利権を手放せず、無理に功績を上げようとした結果、国に損害を与える事になりはしたが最初から損害を与えようと思って行動した訳ではない。連隊長こそ最後の最後に愚かな行動を取ったようだが、それまではきちんと功績をあげた者を任命していたし、参謀らも極力まともな人選を行っていた。兵らの武装も可能な限り最高の武装を用意していた。出来る限りの準備を整え、しかし相手の戦力を絶望的なまでに見間違えた、という訳だ。
国防に迅速に影響のある状態に国を陥らせたならまだしも、この為だけに周辺各国にも散々根回しした上、国防に影響ないレベルでの戦力抽出も見事なまでの見極めであり、それら全てがダウワーラ公爵の手腕というのだから余計に腹立たしい。
「素直に屈服しておれば将来的に使えたものを……」
そう、ダウワーラ公爵は決して無能ではない。
もし、彼が自身の落ち目を理解して、王に跪く道を今からでも選んでいればしばらくは閑職に回さざるをえなかっただろうがその内、引退前までにはそれなりの役職に戻っていたはずだ。そうする事で軍部の掌握と王家の寛大さも示す事が出来ていただろう。
軍人としては大失敗してしまったが、それ以外なら十分使える人材がダウワーラ一派にも大勢いたのだ。
王が怒っているのはそうした人材の確保も何もかもパーになってしまったという面もある。
「いずれにせよ当面は戦力を整えなければならん」
金も時間も人材も……。
「時間がかかる間に技術開発を進めよ。今はそれしかあるまい」
「承知致しました」
禿頭の老人が頭を下げる。
以後は各自がこれから担当すべき分野の割り振り、更に人材に関しても推薦を出す事などを決定し、その場の会議は終了した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「忌々しい竜どもめ……!」
禿頭の老人は自らの聖域とでも言うべき研究所へと戻った後、そう呟いた。
周囲には老人の側近とでも言うべき面々がいる。
彼らに共通しているのはその眼。いずれもがどこか狂信的な色合いを秘めている。
「竜には死を」
「神に背く竜どもには死を」
竜への敵討ち。
そんな思いから始まったかつての集団。
だが、思いを繋げるのは難しい。
我が子を竜にて失った故にスポンサーとなっていた大商会が代替わりした事で資金を打ち切り、或いは親を友を殺された父が熱を入れて加担していた行動故に母が辛くさびしい思いをしていたのを見た子が父が老年に入ったのを機に隠居させて自身も抜ける。
そうした行為は枚挙に暇がない。
これで新たに入る者、入ってくる資金が減少を上回っていれば問題ないのだろうが、生憎そうもいかない。
竜との住処の住み分け、機械の発展は下位竜の撃退にも効果を発揮し、更に被害は減少する。結果として、竜を滅ぼすという意思は次第に削がれてゆく。
……そんな中、宗教化していったのは一つのやむをえない道であったとも言えよう。
(……そう、利がなければ竜と好き好んで対立する者がおらんのなら、竜と戦おうという者がおらんのなら戦う利を示してやれば良いのだ)
老人は部下達と別れて歩みを進め、そうして奥まった一角でそれを見上げる。
(さて、質量双方での竜の確保こそが国の力を決めるとなれば……果たして人は欲と他国の脅威に耐えられるかな?)
その眼前には『機竜』。
討伐された下位竜の遺骸を切り開き、機械を埋め込む事で半生体型の戦闘兵器へと生まれ変わった彼らの傑作が静かに佇んでいた。
活動報告で書いた通り……新小説ネタが思い浮かんでアレコレ書いてました
まあ、さすがに三つ目はやばいので当面凍結ですけどね!




