第二十七話:成竜編エピローグ
妹竜の話分けようとしたけど、難しい……
いっそ竜シリーズとして完全に分けた方がいいんだろうか…
白氷の竜王は北の氷に閉ざされた大地に生きる竜王だ。
この地は人の生存を阻む。
水を屋外に出せば瞬く間に凍りつき、この地で飲み水を得ようとするならば氷を溶かすしかなく、しかし、氷を溶かす為の燃料となるまともな樹木は存在しない。植物と言えば精々が所、苔類か或いは魔樹、精霊樹と呼ばれる魔法植物がある程度。
そして、魔樹や精霊樹の類の樹木は燃やすのには向いていない。というより、魔樹も精霊樹もいずれも人からは魔物扱いだ。どちらも動かず、攻撃を仕掛けなければ無害なのにその素材が希少な上に価値があるせいで偶に見つかると挑みかかり、そして無数の屍の後、幸運に恵まれた冒険者が討伐するといった具合だ。お陰で、魔樹も精霊樹も人の領域ではまず大きなものは見る事はないが、この地では巨木というサイズのそれらを見る事が出来る。人の手が届かぬからこそ見られる光景と言えよう。
孤高の女王とも呼ぶべき彼女は百年以上前、龍王の一体に口説かれ、子を為した。
「にしても随分と早く竜王になったものね」
「……色々あってね」
そんな彼女は久方ぶりに長男と再会していた。
この地に連れ帰った子はおそらく竜王となる事はない。
それはそれで構わない。
竜王となるからには何かしら強く求める姿があった時であり、それは大抵の場合悲しみか怒りに基づいている。中には互いにライバルとして戦い合い、高めあい、やがて双方戦いの中で竜王へと進化したという話もあるが、いずれにせよ現状に納得していれば竜王となる事なく単なる属性竜として過ごし、やがてこの地に住まう他の属性竜と番となって生きるのだろう。それはそれで構わない。
殆どの竜はそうして生き、やがて滅ぶ。
しかし、最初から知性を有していた二体は別だ。知性があればアレコレと考えるという事であり、当然不満に対して具体的な認識でもって「こうであればいいのに」という思いを抱く。
そうなれば、何時かは……とは思っていた。
だが、前に語った通り、理想の自分を再現するのにはそれ相応の量の属性の蓄積を必要とする。体を縮めるならまだしも、巨体となれば尚更だ。
「全く、何かしらやってはいけない事をやったのでしょう?」
「う、む……」
さしものテンペスタも母親にはどうにも頭が上がらない。
あの父龍に対してはあの時はじめて出会ったという事、父龍自身の初対面の時のノリという事もあって割りと気軽に親というよりは先輩という感じで対応出来たし、鍛錬の時期を過ごす事も出来たのだが母竜の方は卵から生まれて以後、独り立ちするまでずうっと一緒だった。他の弟妹同様、幼少期の知性がなければまだしも、記憶があるのだからどうにも気持ち的に頭が上がらない。今回のように「やらかした」とも言える状況であれば尚更だ。
自然を吸い込んだ事を後悔しているのではない。形を変えても属性は属性、人の目から見れば自然破壊にしか見えなくても竜や龍の観点からすればそうではない。
ただし……あそこでテンペスタが暴走の危機にあったのは紛れもない事実であり、そうなっていた場合集まった属性は拡散していただろう。テンペスタが、いや母たる竜王もそうなっていた場合どうなるかは知らないというか、後者は知ろうとする気がなかった訳だが、その場合は属性が再び世界に定着するには長い時間がかかっていた。鉱毒に犯された大地が再び豊かな実りある地となるまでに長い長い時間を必要とするように、竜の暴走によって拡散した属性が再び世界を構成するまでには非常に長い時がかかる。
「次があれば気をつけなさい」
「……そうする」
母竜が言った事はテンペスタ自身が、というだけでなく、テンペスタが同様の事態に遭遇した場合も込めての話だ。
まあ……竜の長い長い生においても果たして次があるかは怪しい訳だが。
「お前はこれからどうするのです?」
「自分も住む所を探すよ」
おそらく今度は人とは離れた地へ。
長年、そう竜として生きてきたその生の大半をテンペスタは人と共に過ごしてきた。それは竜として生まれ、最初に出会ったキアラという少女がいればこそ。
深い縁を結んだ彼女の存在があればこそ、テンペスタは彼女が生を終えるその時まで人の中で過ごした。
だが、その彼女も、もういない。目まぐるしく変化した人の中での生き方もまた楽しくはあったが、テンペスタもその中で暮らしていれば自身という存在が人の中でどのような意味を持つのか、権力争いだけでなく国家同士の争奪にも絡む陰湿な事態が蠢いていた事も良く知っている、いや、一部は自身がその身をもって体験もした。
成竜となる前の幼竜であった頃でさえそれだったのだ。それより遥かに強大な力を持つ竜王となった今のテンペスタであればどのような騒動を巻き起こす事になるか。
そして何より、テンペスタ自身が自身の力を馴染ませる必要を感じていた。
これが長年生きて、自分自身の存在を高め、溜め込んだ属性という力を持って竜王へと転じたならその必要性はない。長年積み上げてきたそれらは既にその竜王の力であり、血肉と呼ぶべきものとなっているからだ。
だが、テンペスタは自然から力を取り込んで竜王となった。
赤ん坊がいきなり大人となったような、制御が難しい力が自分の中で荒れ狂っている感覚を他の誰よりもテンペスタが感じていた。
特に最大の問題は加減が分からない事だ。これまでと同じ感覚で一の力を振るったつもりが、十では効かない勢いで発現している。これに慣れるには相応の時間が必要だろう。そして、それに慣れた頃には……おそらくテンペスタの事を直接覚えている人もいないだろう。精々が所、伝説伝承の中に残るぐらいだろうと推測している。
「そうかい……いい所はあったのかい?」
なければお前もこの北の大地に暮らすかい?と言外に告げる母竜だったが、テンペスタは既に良さそうな地を見つけていた。
「そうかい。じゃあ何時かまた流れの中で出会う時が来るまで」
「その時まで」
そう告げ、テンペスタは飛び立ち、ゆっくりと上空を旋回してから中央大陸へと飛んでいった。
その後ろ姿をしばらく見詰めていた母竜だったが、やがて彼女の感覚をもってしても見れなくなると自らの築き上げた庭園へと戻っていったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うん、ここはいい」
中央大陸へと舞い戻ったテンペスタは目星をつけていた地に降り立ち、満足げに頷いた。
だが、もし、人がいれば到底その言葉に賛同する事は出来なかっただろう。
ここは天之階梯とも称される中央大陸に聳える巨大な中央山脈の中でも一際険しい一帯。
そこは北の大地同様、一年を通して雪と氷に閉ざされた極寒の地であり、常に荒れ狂う暴風は目まぐるしく天候を変える。ほんの僅かな間に見事な晴れ間が猛烈な吹雪に変わり、迂闊に人が入り込めば確実に命を落とす。遠目に見て尚階梯と称される程の切り立った険しい山肌は人を拒絶するある種の結界でもある。
だが、四属性を持つ竜王であるテンペスタにはこの地の違う姿が見える。
水の属性が雪と氷という形をもって常に満ち溢れ、風の属性が強く流れている。
風が雲を押し流し、雲の上へと出ずとも常に陽(火)の光を浴びせてくる。
険しい山々は地の属性が活発に働いた結果でもあり、今尚成長する山々は地の属性が零れ落ちんばかりに満ち満ちている。
人はほどほどの属性が生み出す緩い温度や風に期待するようだが、竜にとっては荒々しく激しい属性の流れこそ快適。
(どこかの竜王がいてもおかしくないと思っていたが、いなかった。良い土地だな)
実際にはこの地は四属性が入り乱れた土地故に、四属性を持たない竜達にとっては別の、もっと特化した土地の方が良かっただけだ。
風の竜ならば父である大嵐龍王がそうであったように空中そのものを自らの庭園とするか、或いは雪すらない高き岩山を根城とする。
火の竜ならば火山地帯や遥か天空の彼方、より陽(火)の光を浴びる場所を遊弋する。
水の竜ならば湖や海、大地の竜ならば森林地帯。
他の竜も火水風地、全ての属性が荒れ狂うこの地はイマイチ暮らしにくいのだ。
そんな事情はさておき、テンペスタはゆっくりと氷のように固くなった雪の上へとその身を横たえる。
さて、それではゆっくりと考えるか、この地にどのような自らの庭園を構築するかを。
構築し終える頃には自らの力にも慣れるだろう……。
心地良い氷点下を大きく下回る氷雪吹き荒ぶ嵐の中、テンペスタは体を伸ばし、自らの二番目の住処と定めた地に横になった。
そうして、テンペスタという竜の名と姿はこの時から数百年の間、歴史からその名と姿を消す。僅かに一部の伝承においてテンペスタらしき姿を今に見る事が出来るが、それすら遥か古代の神話とでも呼ぶべき断片的なものであり、当時の詳しい事態がどうであったのかを知る者はいない。
そして再びその名が人の物語、記録に現れるのは……「人竜戦争」と呼ばれる壮絶な人と竜の戦争の時代である。
短めですが、成竜編終了です
次回から人竜戦争編へと突入していきます
キアラとテンペスタの最初の頃の冒険とかもその内書いてみたいような気もします。久しぶりにキアラの名前を書いたら、あの二人が貴族として迎えられるまでの暴走や騒動、解決(結果として)などが浮かんできて……
書くとしたら、外伝でしょうけどねえ……




