第二十一話「双頭の竜」
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唐突だが、特別、とは何だろうか?
誰かにとっての特別になりたい、とは恋人の関係を表すのに使われるが、そうした意味ではなく純粋な生来の才能などによる特別。
この世界においては竜として生まれる、という事は間違いなく世界の中でも特別な存在であると言えるだろう。だが果たして竜の中でも特別として生まれてきたとしたら、果たしてそれは彼らにとって常に幸せをもたらすものなのだろうか……?
テンペスタがそれを見つけたのは偶然ではあるが、必然であったと言える。
その日、テンペスタはのんびりと北方へと飛翔していた。ここまでの道程はあっちへふらふら、こっちへふらふらと正に風の流れるまま気の向くままの漫遊記、といった所か。一応母竜と弟竜に会いに行く予定ではあっても元々巣立てばその長い長い生涯で一度も会わないのも普通に起きる竜の事。母竜に会いに行くのも「特にする事もないから」という理由なのだから一直線に最高速で飛ばす事などやる意味もない。
結果、未だ中央大陸からすら出ていない、という状況になっていた。
そんなある日、テンペスタがのんびりと飛行していると何かが太陽の光を反射した事に気づいた。
「なんだろう?」
これが人の都市ならばまだ分かる。
だが、この辺りは人はいない。あっても精々が所開拓村程度だろう。そんな所に遠くからでも光を反射するものがあるとも思えない。
(いや、もしかしたら湖や池という可能性はあるか)
そう思いはしたものの、意識を向けてもそこからは水の属性を感じない。
むしろ感じるのは……。
「地の属性?」
そうなると金属か或いは何らかの結晶か。
しかし、かなりの規模の山一つが陽の光を反射して光るとなると相当大規模なものか、そう判断していたのだが……テンペスタがそこへと辿り着いた時、その眼前に広がっていたのは彼の想定していた如何なるものとも異なる光景だった。
いや、テンペスタの記憶には確かにそれが何か、それを意味する言葉は存在している。
だが、それは……。
「『機械』、なのか?これは」
羽ばたきすらせず空中に足場があるかのように停止したテンペスタは思わず唖然とした呟きを洩らした。
そう、そこにあったのは『機械』……。そうとしか呼べないもの。
金属の外皮に当る部分はつるりとした明らかに人工的な加工を施されたと思しき形状と滑らかさを有し、その隙間から垣間見えるのは或いは『歯車』であり、或いは『ピストン』であり、或いは『モーター』という、少なくとも最も近い形状の物を探すならそう呼ぶべき何かだった。
テンペスタに【異界の知識】がなければ、それらが意味ある物である事すら理解出来なかっただろう。
いや、個別にならばこの世界にも或いは同じ物を作っている者がいるかもしれない。或いは似たような物があるかもしれない。
しかし、少なくとも体系立ってそれらを組み合わせた兵器なり道具なりはない、はずだ。
というか、ここまで巨大且つ精巧な機械製品を作れるならばとっくにこの辺りには科学によって構築された文明が成立しているだろう。
そして、科学が一足飛びに発展する訳ではない以上、その過程でこの辺りの緑に覆われた大地は、自然に満ちた景色は失われてしまっているだろう。
かといって、古の今は失われた文明!とするにはここは余りに綺麗すぎる。
(一体どういう事なんだ?)
そう考えているテンペスタはこの『機械』のもう一つの異質さに気付かなかった。
テンペスタは知識として機械の存在は知っていたが、それはあくまで知識としてのもの、「知っている」だけであって実物が動いているのを見た事はなかった。
――だからこそそれに気付かなかった。
別段機械に詳しくない者でも、もし、多少なりとも知っていれば、きちんと見ればそれに気付いただろう。
それでも何となしの違和感を感じて首を傾げていたテンペスタの前で突如として、つるりとした山の一部が動き出した。いや、機械自体は動き続いていたが、壁の一部が突如として動き出したのだ。一瞬警戒したテンペスタだったが、その答えはすぐに示された。
山の中腹が大きく展開する……その奥はそれが扉である事を示すようにぽっかりと通路が開き――そして一体の竜がいた。
そこまではまだ想定内だった。
だが、想定外だったのは……。
『ホウ』「客人か?」『ナラバ』「歓迎しよう」
そこにいたのは一体でありながら双頭の竜。
金属質の、いや機械のパーツを寄せ集めたような体を持つその竜が語りかけてきた事だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『マア』「くつろぐがいい」
「………はあ」
どことなく放けたような物言いとなってしまったのは仕方あるまい。
眼前に用意されているのが何か分かる、分かるのだが……。
(何で『和風』?)
ここは余りに異質だった。
眼前に用意されているのは自らの異界の知識に照らし合わせれば、異界の様式の一つである事が分かる。
さすがにサイズは竜に合わせて巨大なものとなっているし、下に敷かれているのも見た目こそ畳に見えても、その実微細な金属繊維によって編まれている。
ちゃぶ台も表面こそ木目加工されているが、中身は完全に金属の塊である事が分かる。お茶はともかく、湯呑みはただ土を焼いたものではなく、土そのものを変質させて生み出された頑丈なもの、壊そうという意図を持って扱わない限り、普通に扱えば竜が握った所で壊れる事もない。
全てが異界。
この山も、この部屋もこの世界からすれば全く異なる世界を少しでも再現するべく作られている。
疑問を感じつつも焼き物の質感を持つ湯呑みを持ち上げ、呑む。
『……』「……」
「……なにか?」
じっと見詰める双機竜の様子にテンペスタは問いかけた。
『イヤ』「初めてなのだ」
「というと」
『マネイタノハ』「他にもいるが」『ユノミトチャヲ』「初見で普通に」『ノンダノハナ』
どこか感慨深げな様子だった。
テンペスタはそこまで疑問に思わなかったが、これまで双機竜が見てきた竜・龍はいずれもテンペスタとは違っていた。
双機竜は自身も旅をしていた時期があり、その際に幾度となく他の知恵ある竜・龍と遭遇していた。
その時、彼らが悪い訳ではないが、湯呑みに苦心して再現した茶を注いだ所で首を傾げていたからだ。そもそも知恵ある竜クラスに飲食という概念を持つ者が少ないという事もあるが、この世界の東方にもお茶の木に相当する植物こそあれ、こうした産物が存在していなかったからだ。
だから場合によっては器である湯呑みごと食われてしまう事すらあった。
だが、テンペスタは違った。
確かに当初こそ首を傾げていたが、それはあくまで「何でここにこんなものが?」という疑念であり、これが何かを聞く事もなく普通に両前脚を用いて器を持ち上げ、お茶を呑んだ。
言葉にすればたったそれだけの事だが、それだけの事を双機竜はその長い生で初めて見たのだった。
そんな事とは知らないテンペスタからすれば、双機竜の気持ちは分からない。彼にしてみれば、知識に基づいた当然の事だったのだから……。
「そうなのか?」
『アア』「初めて見る」
作り物めいた眼でありながら、どこか懐かしさを湛えた眼だった。
どことなく居心地の悪さを感じながら、テンペスタは思わず、といった風情で呟く。
「と言ってもな、これ××××の物で、やり方は」
途中でテンペスタは口を閉じた。
双機竜の眼に宿った熱情に気付かず気圧されたからだ。
(何かおかしい……こんな目をどっかで見たような)
そう感じはしたものの、正体が分からない。
どこか見覚えのある光、と感じるのだが……ただ一つだけはっきりと感じたのは。
(この光が宿っている相手を下手に刺激しない方がいい)
という事だった。
(どこだ、どこで何時自分はこの目を見た)
懸命に記憶をテンペスタは探る。
困った事にこれに関してはテンペスタの経験が邪魔になる。
普通の竜ならば相手の目を見た事など限られた機会しか存在していない。何百年と生きた竜でも、実際に他者の目を見た回数に限れば一回もない、という事だってある。何せ、竜が住処と決めたなら人族は好んでその領域に入り込んだりはしない。相手が知恵ある竜、上位竜となれば尚更だ。
そりゃあそうだろう。
まだ下位竜ならば守る為には戦わないといけない事だってあるし、まだ勝ち目も見出せる。
しかし、属性を持つ知恵ある竜なんて誰も相手にしたくない。竜殺しと称される者達でも、いや、竜殺しと呼ばれる程に竜というものを知っているからこそ、彼らは知恵ある竜、上位竜の縄張りには近付こうとはしない。無茶と無謀を彼らは良く理解しているからだ。そして、竜相手にそれが理解出来ない奴は死ぬ、必ずだ。
どうしてもその領域に入り込まなければならないにしても、節度ある態度で行動すれば上位竜とて問答無用で殺したりはしない。ちょっと家で食べる分の山菜を採りに入ったとか、縄張りとなっている端の方で猟師が獣を狩ったぐらいじゃいちいち竜は動いたりしない。
動いた所で、人もバカじゃない。竜が一声聞こえる所で警告の吼え声を上げれば即気付いて逃げ出す。
結果、ますます相手の目を見る機会はなくなる訳だ。
ところが、テンペスタは生まれてから人の一生に相当する時間を人族の都の中で過ごした。
竜にとってはその長い長い竜生の一部でしかないとはいえ、数十年という年月は決して短い訳ではない。
当然、相棒であった彼女のそれ以外にも多くの目を見る機会があり、その中にはただ力で潰せばいいという訳にはいかない相手というのも確かにいた訳で……。
別に相手が強いから見ない方がいいという訳ではなく、悪い人物ではなくても下手に目を合わせると色々と面倒な人物というのは必ずいる。美辞麗句を連ねて延々とお世辞を言われてもテンペスタにとっては鬱陶しいだけだ。そう、キアラが寿命を迎えんとしていた頃、彼女の屋敷に訪れていた騎士達もそうだった。
一部のバカはさておき、真っ当な頭を持っている連中は礼節をもって、自国の英雄としてキアラを訪れていた。
そんな相手だからこそ、下手に追い出す訳にもいかず、結果としてキアラも無理のない範囲で面会に応じていた訳だ。
それらも含め、キアラが生きていた間にテンペスタが目を見た人の数だけで何千何万という数に及ぶ。
そうして、竜に比べて力がない人だから刺激したって問題ないと考えるのは早計だ。例えば子供、竜という相手の危険性が分かっていない子供は大人が滅多な事では万が一竜を怒らせたら、と考えてかテンペスタが顔を合わせる事はなかったが、それでも人の都にいた時間が時間だ。結構な数との触れ合いを結果として体験する事になった。
人の中で暮らす、というのは間違いなくテンペスタにとって大きな経験になったが、同時にその中で生活するにはただ力があればいいという訳にはいかなかったのだ。
そんな数多の記憶を探るテンペスタの前で双機竜は二つの頭を駆使してひたすらに愚痴を語る。
熱心に聴いていた訳ではないが、それでも竜の頭はそれを聞き取り、理解してしまう。世の中、他人の愚痴を聞くのは大抵の場合、心が疲れるものなのだが……。
双機竜曰く。
「自分は元々この世界の住人じゃない」
「転生してこの世界に来た」
「前の世界で最後に覚えてるのは格好つけて橋の欄干に立ってみせたら風に煽られてバランスを崩した瞬間」
「多分、あの後谷底に落ちて死んだ」
「目が覚めて最初は喜んだよ!助かったのか、って」
「すぐに単純に助かったのとは違うって分かった。でも、転生とか竜とかって分かってやっぱり最初は喜んだ」
二つの口から流れるように、いや、まくしたてていた双機竜はここで始めてその口が止めた。
お陰で懸命に記憶を探っていたテンペスタも注意をそちらへと向ける。そうして、一気に警戒を内心で跳ね上げた。
『ダガ』「すぐに」『ゼツボウシタ』
テンペスタはその姿を認識すると共に自身に違和感を感じた。
自分の中には数十年経とうが未だその記憶の全てが鮮やかに蓄積されている。なのに、未だ自分があの目を思い出せないでいる。
……該当する記憶を無意識に避けている?
そんな思考を宿すテンペスタの前で双機竜の独白は続く。
『ワタシハ』「体は竜でも」『ココロガ』「人だ」
だから。
『ヒトノココロデハ』「数百年一人は」『モタナイノダロウ』
竜の精神は強靭だ。
考えてもみて欲しい。幼少の頃僅かな時間を母といれば兄弟姉妹で過ごし、十年と経たぬ内に独り立ちして以後は偶々、番を見つけるまで数十年数百年を単体で過ごす。
これが動物並の知性しかないのならまだ問題はないだろう。
しかし、竜はそうではない。テンペスタのような幼少時から知性を持つのは極僅かとはいえいない訳ではないし、そうでなくても知性を持った後でも百年以上の年月を普通に生きる。その間、誰と話しをするでもなくたった一体でいずこかへと思考と考察を重ねて生きる。テンペスタは偶々人の中で暮らしたが、もし、ただ一体で生きたとしても別に寂しくなったといった事はなかっただろう。
今でこそ、共に過ごした彼女の事を思い出して時折懐かしさを感じるが、だからといって会えなくて心が壊れそうになるといった事はない。
だが、双機竜は肉体と精神のアンバランスさを抱え込んでしまった。
だからこそ、少しずつ……少しずつ。
それに気付いて、そうしてそれに気付いたからこそ連鎖的に引っかかっていた目の輝きも思い出したテンペスタに双機竜は語りかける。
『オマエナラ』「分かるだろう?」
「……」
同意を求められた時、だからだろう、一瞬詰まった。
そう、あの輝きは……。
だが、その一瞬は疑念を持たせるのに十分すぎた。
『?マサカ』「違うのか?」
「ッ」
『オマエハ!!』「違うのか!?」
そう、あの目は……狂人の目。
テンペスタは知る由もないが、双機竜の二つの頭は正気と狂気双方が同居している形の現われでもあった。
普段は正気でありながら、時に猛烈な狂気に襲われる。
そう、今のように……。
勝手に相手も自分と同じだと勘違いし、勝手に裏切られたと怒る。
そうして怒った瞬間に即座に正気から狂気へと切り換わり……。
『「ころす」』
拙いとテンペスタが双機竜に対して防御の姿勢を取った瞬間、背後からの一撃がテンペスタの態勢を崩す。
「なっ!?」
双機竜の力の発動は感じなかった。
なのに何故!?
そう思いつつ、眼前の双機竜の口に光が灯る。
驚きつつも、テンペスタも体が動く。
体の結晶が幾つか同時に輝き、発せられた四つの色とりどりの光がテンペスタの口の前へと集束。
次の瞬間放たれた両者のブレスが至近距離で激突し、大爆発を起こした。
時間がないとなかなかまとまった書く時間が取れませんね……
別所の二次創作も明日か明後日には完成させて、あちらへ送信予定です
あと、文中での表現ですが具体的な異界の名に関しては和風洋風ぐらいは読者の方に伝わりやすいかと思う、というかその方が描写しやすいので出てきますが、具体的な国名、日本とかそういう部分に関しては敢えてぼかしております
ご了承下さい




