第二十話:一つの豪雨は止み、種が芽吹く
勤務場所が変わると通勤時間が変わります
往復で二時間、執筆と睡眠に使う時間が減りました……
他が削れないからそっち削るしかないんですよね。地味にでかいダメージです
影響大きいです
さて、一方水中に飛び込んだテンペスタと大地の竜王はどうなったのだろうか?
もし、あの後水の中を見通せる者がいれば、その光景に愕然としたかもしれない。
水中に飛び込んだ時点でテンペスタは即座に大地の竜王から離れた。
そのまま水の属性を操り、大地の竜王を氷の内に閉じ込める。幸い、氷の素材となる水は大量にあるので生成も楽だ。まあ、巻き込まれて湖の生物も結構氷漬けになったりしているが、これはもう運が悪いと思って諦めてもらうしかなかろう。それ以外にも僅かに力を揮う。
(……この一手が上手くいけばいいんだが)
この世界は別に属性に優劣はない。
相性がどうこうという事もなく、火属性は水属性に強いとか、風属性だと火を煽るから火属性の相手に用いると却って相手の力が増すとかそういう事もない。属性持ち同士が戦った場合に勝敗を決めるのは幾つかの要因、戦闘経験や純粋な才能、運や恵まれた肉体、修練度合いといった人族と同じ要素に加え、属性の扱い方の習熟度や上手さ、場所といったものだ。
通常なら勝てないような相手でも自らの【庭】であれば勝てる可能性は一気に高まるし、逆に普通なら勝てる相手の【庭】で戦うなら勝てる確率は大きく下がる。
属性の扱いに関しては大地の竜王の方が上だろう、如何に父である龍王から指導を受けたとはいえ生きてきた年月は圧倒的に大地の竜王がテンペストより長い。その間の積み重ねはそうそう埋まるものではないし、テンペスタはなまじ四属性を全て持つ為にどうしても練習も四分割だ。事実、地の属性の扱いに関しては先程の戦いで敵わない事を重々理解していた。
(もっとも、地の属性しか持っていなかったらもう逃げるしかなかっただろうけどなあ)
同じ属性一つしか持っていなければ、その時は互いの属性に対する習熟度だけが勝負の鍵となる。
そうなれば……どうなっていただろうか?少なくとも、最初の戦闘の段階でテンペスタはボロボロになっていたであろうし、水中に逃げ込み隠蔽という手段も取りづらかっただろう。おそらくはひたすら逃走を図り、今頃は別の地域へと移動していただろう。
……皮肉な事に、そうなっていれば水龍がテンペスタの気配を察知して湖へとやって来る事もなく、結果として軍艦が水龍と遭遇する事も、攻撃する事もなく、当然怒り狂った大地の竜王による攻撃を受ける事もなかったであろうし、そのまま街が襲撃を受ける事もなかっただろう。もっとも全ては仮定の話だし、テンペスタは現実として全属性を有していたのだから意味の無い話でもある。
さて、氷に閉じ込められた大地の竜王だが……これで死んだりするようなら誰も苦労しない。
事実、今も尚、氷を破って暴れようとする動きを感じる。
だが、さすがに周囲が周囲だ。僅かではあっても大地の竜王の【庭】から外れているからそちらの有利不利もない。となれば、湖の中という水の中でなら水の属性を持つ自分が有利だ。
そう考え、氷の中に封じ続ける為に破壊されそうになる氷を更に水の属性を使って押さえ込む。一見すれば氷で固められるのから逃れようとしているように見えるが、その実態はテンペスタの水の属性と、大地の竜王の地の属性のぶつかり合いだ。習熟度の差を大量の水に囲まれているという場所の優位で補っている。
ともすれば浮かび上がる氷を抑え、我慢比べを続ける。
「このまま大人しくなってくれれば……なにっ!?」
突然、一気に氷が沈み出した。
氷は比重の関係で水に沈めても浮かび上がる。複数の属性を用いるよりは一つの属性に集中した方が良いと判断して、大気に晒されないように押さえ込んでいた。それはすなわち上から加重をかけていたという事を意味しており……それだけに唐突な大地の竜王自身が下方へと圧力をかけてきた事に反応が遅れた。
「一体何を……しまった、そういう事かっ!!」
このまま沈めば何があるだろうか?
湖とはいえ、何時までも水があり続ける訳ではなく、如何に深い湖といえど湖底がある。そう、湖の底には大地があるのだ。
テンペスタはここで自分の勘違いに気がついた。
大地の竜王にとって最も現状必要なのは地の属性を生かす場所であり、大地である。
そして、上へと逃れた場合、そこは空中であり風の属性の支配する場所と言える。上へと逃れるのは風と水という二つの属性に優位な地形であり、地の属性を活かすのならばむしろ逆……下、湖底まで沈む事こそが大地の竜王の力を活かす事が出来る。
「くそ、つい上へ逃げるもんだとばかり思い込んでたな」
水が凍り、矢と化す。
大地が隆起し、切り離され砲弾と化す。
場を変え、地上の都市から湖の中を舞台として荒れ狂う。
慌てて魚も魔獣も全力でこの場から離れようとして、瞬時に広がる戦場に巻き込まれ細切れになって散っていく。
こんな戦いが水中で繰り広げられているのだ。無論水上にも影響は出ている。
テンペスタが水を操って攻撃する際には湖の水を圧縮して用いた方が楽な為に水面が渦を巻き、逆に大地の竜王からの攻撃が外れた際にはそれはそのまま水面へと大きく噴き上がる。普段なら漁師の船が巻き込まれて大変な事になっていただろう……別に船が出ていない訳ではない。ただ単に既に出港していた船は街が大地の竜王の襲撃を受けたと察した時点で街から離れる方向へ動いていたし、大地の竜王の襲撃を受けてから慌てて出港しようとしたような輩はとっくにテンペスタとの戦いの余波に巻き込まれて船は転覆してしまっていた。
この期に及んで、今更転覆するような、巻き込まれるような船など残っていない、ただそれだけの話だった。
戦い自体は一進一退の状況に陥っていた。
幸いだったのは互いに相手を殺す気がない、という事だっただろう。
現在の大地の竜王がテンペスタを攻撃しているのはあくまで怒りで我を忘れ、自分の邪魔をする相手をどけようとした結果がヒートアップしている状態。
テンペスタが戦っているのは大地の竜王が落ち着くまで食い止める為……。
もっとも、大地の竜王はなまじテンペスタが戦える為に全く落ち着く様子がなかったが。
こう考えて欲しい。
ある地点に辿りつこうとしたらドアがある。
これを派手に開ければ、ドアはまたしても立ちはだかる。
また、そしてまた……何時しか街を壊すよりもドアを壊す事に意識がいった。本来の目的に対して意識は逸れたが……今度はそれに対して頭に血が登っている状態だ。
目的の棚を壊す事から、今度はそこへ辿り着く為の障害となった目前の扉を壊す事に集中しだしている、といった所だ。
(やってられっか、くそ!!)
予定以上に長々と続く戦いに終止符を落すには状況を大幅に変える一手が不可欠だ。
その一手は順調に接近し……。
(きゅい?)
ようやく戦場は平穏を取り戻すに至った。
テンペスタが水中に飛び込んで早々に放ったのは水龍への呼び出し。
それまでの攻撃に回していた力を全て水龍への守りに使う。
水龍自身は一瞬迷ったようだが、そこは長い付き合い。大地の竜王の方へと進んでゆく。
「……間に合ったか」
そんな水龍の姿にテンペスタはほっと息をついた。
やがて大地の竜王も水龍を認識したのか理性の光が目に戻ってくる。
「よし、今の内にこっちはとっととおさらばさせてもらおう」
水と同化するように姿を隠して上昇し、そのまま静かに上空へと飛び立つ。
高空へと気球のようにゆらりと上昇してゆき、一定高度に到達した時点で加速、離脱する。
(……色んな意味合いで疲れたよ)
これでようやく終わったとテンペスタは思った。
……現実にはこれから何百年も悩まされる相手が産声を上げたのはそれから間もなくだったのだが……今はそんな事は知らぬままに空を駆けてゆくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ロドルフはアロイス王子からの話に唸った。
「……今ではなく、ですか」
「その通りだ」
アロイス王子の話とは「未来に向けた対竜組織の構築」という事になる。
この世界にこと上位竜に関しては自業自得の面が多々あるとはいえ、竜に滅ぼされた、或いは竜によって大切な人を奪われた、といった話は事欠かない。
上位竜絡みとなると大抵の場合は物語で語られるような戒めの話となる。例えば、あるお話の場合はこうだ。
『ある森に静かに暮らす美しい竜王がいました。
樹木を司るその竜王は森を守り、育て、人もまた其の竜王を敬い、共存してきました。
王国は繁栄を極めたとされています。
しかし、ある時、其の国の王がある伝説を耳にします。
世界樹でもある彼の竜王の心臓こそが世界樹の実であり、それを喰らえば不老不死を得る事が出来る、と。
周囲の止める声も聞かず、欲に駆られた王は竜王の心臓を得るべく、軍を送り込みます。
しかし、それは竜王の怒りを買う事となりました。
王自慢の軍隊は瞬く間に地の底へと沈み、王国もまた森にのみこまれ滅びる事となったのです』
こんな具合だ。
上記のお話ならば「だから必要以上に欲をかいてはいけない」という戒めの締めへと繋がる。
しかし、もし、これが現実に起きていたとしたら……この物語の中に生きる人々、その中で生き残った者達で竜に対して恨みを抱いた者はいただろう。
自分達は竜に対して敬意を持ち、共存していた。何故一緒くたに滅ぼされなければならないのか。
そんな思いを抱く者は必ずいただろう。
確かに国王は国の代表、顔かもしれない。
確かに王が決めた事とはいえ、それに従って軍を送り込んだ国は悪いのかもしれない。
いきなり軍を送り込まれて、命を狙われた相手が怒るのも当然かもしれない。
国が誕生するずっと以前から生き続けてはいても、人の事情など興味のない竜に人のそうした事情を把握しろ、考えろ、というのは無茶な話かもしれない。
けれど、それでも……。
それでもなまじ形ある相手だけに恨みを持ってしまう事だろう。
或いはそれは王に反対した廷臣かもしれない。
何も知らず、何時かを夢見て励んでいた若き行商人かもしれない。
竜王に対して敬意を払い、崇めていた猟師かもしれない。
理不尽に自分の大切なものを奪われた者達は、もし生きていれば、国が残っていたならば愚かな選択をした王を恨み、場合によっては反乱なりで王を倒す事によって自らを納得させる事が出来るかもしれないが、その憎む対象となる王どころか国自体が既にこの世のものでなければどうだろうか……?
そうであれば憎む相手は一人、いやこの場合は一体というべきかもしれないが、竜王しかいない。
怒りをぶつける相手がいて、怒りを晴らす相手がいればそこで止まれる。だが、相手がいなければ理不尽だと、八つ当たりだと理解していようとも生きている相手にその気持ちは向かう。
アロイス王子はそう語る。
(いや、それは私も同じか)
ロドルフもまたそれを理解する。
もし、ジュール王子が生きていれば、彼は王子に対して怒りと憎しみを抱いていただろう。
何故、大地の竜王が怒りを抱いたのか、それを教えられれば当然の話だ。ジュール王子があの場に赴くなどと言わなければ、大地の竜王の子と思われる水龍に対して攻撃が仕掛けられる事はなく、必然的に大地の竜王が怒る事も、その後の襲撃も起こらなかったはずだ。
だが、そのジュール王子がいないが為に自分は竜王を憎んでいる。
頭で理解出来ても、感情が納得出来ない。
「成る程。ですが私達では竜王は倒せない」
「そうだ。だから今ではなく、未来に託す」
竜を憎む者はいても、彼らの間に連携はないとアロイスは語る。
「或いはあるのかもしれん。そんな組織が既にな」
「……成る程。それも含めての話ですか」
自分達が最初にそんな事を思いついたなどと自惚れるつもりはない。一人では到底敵わないから協力者を求め、複数で討伐を目論む、というやり方は強者に挑む方法としては容易に思いつく方法であり、ごく当り前に用いられてきたやり方だ。弱い国同士が強国に対抗する為に同盟を組む、というのも基本的にはそれと同じなのだから。
こちらから動けば、そうした組織からの接触も起こりうるだろう。
「今、私達が復讐として行動を起こす事は難しい」
その通りだろう。
大地の竜王に勝てる要素はまるでない。
その大地の竜王は湖がしばらく荒れたが現在は帰還しているらしい。
その【庭】へと攻撃を仕掛けた所で……今度は国が滅ぶ未来しか見えてこない。
「だから私が動いて、組織を作り、或いは統合する……」
未来へと願いを託し、何時か竜を打ち倒す。
「果たせますかな?」
「分からんな」
所詮は夢かもしれない。
そもそもここで苦労して組織を作った所でそれがずっと自分達の思いを受け継いでくれるとも限らない。
短期間で崩壊してしまうかもしれないし、そもそもの理念を忘れ果ててしまうかもしれない。
けれどももしかしたら残って、或いは思いを引き継いだ誰かが自分達の願いを叶えてくれるかもしれない。
「……夢、ですな。馬鹿げた、雲を掴むような僅かな可能性に全財産を賭けるような」
「その通りだ。しかし、播かない種が芽を出す事はない。それに……」
「今、手を出した所で雲を掴む可能性すら存在しない」
そう、今の人の力では、もしこの国の力全てを結集したとしても大地の竜王一体にも勝てない。
「そして、それを行うというなら私がそれを行う代わりに処刑を免除という事ですか……」
「正確には身代わりだな。誰も処刑なしでは今更収まりはつかんよ」
死刑囚の誰かがロドルフとして処刑される事になるのだろう。
そして、もしロドルフが生きていて、どんな活動をしているかを掴んだとしても……それだけでは有力者達が動く心配はない。夢に過ぎない、だからこそ夢かと嗤う事だろう。
くっくっくっ、とロドルフから笑いが洩れる。
そうして笑いの発作を治め……。
「お受けしましょう」
そう言った。
「良いのか?ここで死んだ方が楽かもしれんぞ」
そうかもしれない。
これまでの豊かな生活を失い、妻子を失い、友人達を失い、育った街を失った。
そして、これから名前を失い、過去すらも失う事になる。或いは、命を失った方が楽かもしれない。
王となるアロイス王子の援助は受けられるだろう。だが、これからの自分の仕事は各国を回り、竜によって奪われた者を探し出し、繋がりをつけ、組織として編成してゆく事だ。自国ならばそう苦労もしない。これから王となる人物がバックにいるのだ。そうである以上、私以外の協力者を探し出し、国内で基本となる組織を作るのはそう難しくはあるまい。
簡単なら何故私が生かされたのか?
そんな事は分かりきっている。王子が私、ロドルフに期待しているのは組織の構築だ……民衆ではだめだ。それを支える組織、例えば商会などを設立してそれを運営、という事であれば私より優れた者もいるだろう。だが、それは利益を求める為の組織であり、我々が求めるものとは違う……そして、生き残った役人達では下っ端に過ぎて経験も知識も圧倒的に足りない……。
処刑そのものはあっさり終わった。
儀式とも言える処刑自体は派手だったものの、元々私に責任があると考えていた者は国の重鎮達にはいなかった。罪を減じる代わりに死んだ事にして裏で何かをさせる、というのも歴史においては珍しい事ではない。それを可能とするべく専門に動く者もいるようだ。
死刑囚から比較的私に似た者を選び出し、憔悴させる。
薬で声を出させないようにした上で、身奇麗にはしても明らかにやつれた顔をしている男を遠目に見ただけなら余程親しい者が傍で見ない限り私だと分かりはしないだろう。いや、そもそも処刑を見物した大半は私の顔など知りはしない。知らないからこそ見世物として見る事が出来る。
これから私は他国を回る。
他国を回る以上、この国の支援をまともに受ける事は出来ない。或いは間者と勘違いされ、旅の何処かで誰にも知られる事なく殺される事になるかもしれない。表向きせめてもの情けとして妻や子達の眠る墓に共に眠るのは別人であり、私自身はおそらくどこかで見取られる者もなく野垂れ死にして、骸を野に晒すか運が良ければ無縁の人物として適当な墓に名前もなく埋葬されるといった所か。
だがそれも一興。
ほんの一年前には考えさえしなかった。
どこかで今の状況を楽しんでいる自分がいるとロドルフは自覚していた。
竜に関する話を求めるだけならばそう苦労する話ではない。
しかし、そこから生き残りを探し出し、そうした人々を組織の一員として組み込み……役割を与える。
少し志を同じくする仲間が集まり、その中から深く同調する者が現れる。
また或いは推測はされていた竜に恨みを持つ者達からの接触も発生する。
かと思えば、主導権を握ろうとした者達の駆け引きのせいで、折角構築されかけた連絡網が台無しにされてしまう事もある。
けれど――何時か必ず。
何時か必ず自分達の思いを受け継いだ誰かが竜を打ち倒す。
その思いを抱いて再び歩き出す。
そうして彼の、ロドルフが倒れた後も彼の思いを受け継いだ者達がまたそれを広げ――やがてそれは複数の竜退治を目指す傭兵団や、それに金を出す商人らも飲み込んで一つの「滅竜工房」と呼ばれる竜退治とその資材を活用するべく研究を行う者、その討伐を行う為の為の資金・資材の調達を専門とする集団を組み合わせた表と裏二つの顔を持つ組織として結実していく事になる。
実は新しい勤務場所の案外近くにヤーさんの組事務所がある事をつい最近知った
……店とかに来てる人の一部はそうなんだろうか?
とりあえずトラブルにはなっていない……次回はワンピの二次を上げる、なんとしても!それから草原での攻略戦ヲ・・・




