暴走の結果
人、という枠の中で最初に異変に気付いたのは誰だったか。
それは名前の残っていない一人のオペレーターだった。
数値を観測していた彼女は、それゆえに異常に最初に気づいた。
「……えっ?」
そこに現れている数字は明らかに予定されているものと異なる数字だった。
上空に飛ばされているラジオゾンデを搭載した気球。
そこから流れてくる状況は明確な異変を告げていた。
「異常発生!」
即座に声を上げる。
オペレーターを引き受けていた彼女もまた研究者の一人であり、危険度にいち早く気づいた。
「どうしたっ!!」
「上空の気圧が急激に下がっています!現在、950ヘクトパスカル!940、930!……900を切ります!!」
「!!いかん、中止だ中止!!システムを停止させろっ!!」
急激な気圧の低下は強力な暴風を引き起こしている事を意味している。
彼らは確かに雨が降る過程で、気圧の低下が起きる事は予想していた。
しかし、それは雨雲を引き寄せる過程で発生するもので、海辺に近いこの地域ならば海面より蒸発する水分も豊富な事から多少の低下程度に抑えられると予想していた。超強力な台風レベルの気圧低下など誰も想定していなかったし、雨雲も時間をかけて引き寄せる予定だった。
実験機でいきなり最大稼働!などという事が無謀な事はスポンサー達も重々理解しており、始動を確認した後、しばらく移動して時間を潰す予定だった。
誰もが数時間後に降雨開始、という予想を立てていたのだ。こんな急激な気圧低下は誰も予想していなかった。
「……システム停止!……!?て、停止しませんっ!!」
「なんだとっ!?どういう事だっ!!」
「これは……サポートAIが魔法による接続を続行っ!?」
「馬鹿なっ!何故そこまで強力な魔法が行使されているっ!!」
メインとなるAIは気象制御を行う魔法を。
サブとなるAIはそのサポートを行う設定にはなっていた。
だが、まさか緊急停止を妨害とみなして、システムを続行する為のサポートとして魔法を発動させるとは思わなかったのだ。
「ど、どどどどういう事だっ!?」
「し、システム的には正常な魔法行使と判断されてるのではないかとっ!!」
つまり、暴走ではなく、ちゃんと正常発動したという事。
それなら納得出来た。一部だけを見て、間違えて停止したりしないようサポートAIにはきちんと指示通りの魔法発動が行われているかをチェックするシステムも備わっている。何せ、研究者ら全員に言える事だが、彼らは魔法に関してはまだまだ駆け出しと言わざるをえない。当然、彼らの知識では上手くいってないと考えるようなケースでも、実際はちゃんと正常に動いているという可能性もある。また、その逆もありえる。
最悪、ちゃんと発動中だった魔法を強引に停止させた為に暴発という危険すらありえるので、彼らは監視の役割を持たせたサポートAIを構築した。
「馬鹿な……じゃあ、この状況で正常だって事なのか……?」
既に観測機器の数値は異常としか言えない数値を示していた。
……そして、世界の一ヶ所でそのような事態が起きれば、繋がっている世界各所にも悪影響を与える。
そう、世界各地にもその影響は波及しようとし。
『馬鹿な事をしているな』
そんな声がその場にいる全員の脳裏に響いた瞬間。
全てのシステムが唐突に停止した。
「……えっ?」
誰かがあっけに取られたような声上げた。
「あ、気象数値……全て正常値へ……?」
「「「……は?」」」
700ヘクトパスカルを割り込んでいた数字が一瞬にして正常な数字に。
そんな事はありえない。
そう思った時に、困惑したような声が響いた。
「どういう事かね?実験は成功したのかね?失敗したのかね?問題があったのならそれは何かね?」
研究者達が焦る様子を見ていたスポンサー達だった。
それに対して何とか分かる範囲で説明しようとした時。
『それについて話しておきたい事がある。全員こちらに来てもらおうか』
そんな再び脳裏に響いた次の瞬間、彼らはその場から全員姿を消したのだった。
次回はテンペスタ視点です




