その後の世界の一幕1
「賑やかですな」
「賑やかになったねえ……」
「うむ」
空の竜王とルナの言葉に、テンペスタは苦笑しつつ頷いた。
一度人の文明が滅びかけて以後、さすがに竜と戦おうと考える奴は……少なくとも国家規模ではなくなった。すなわち、それは軍艦などがほとんど存在しなくなった、という事でもある。
その最大の原因はやはり「使う場所と意味がほとんどなくなった」という事が大きい。
海軍の役割は他国の海軍との対峙、そして航路の維持、上陸作戦など地上攻撃の支援といった点がある。
まず、最初の他国海軍との対峙は、そもそもほとんどの国においては海の龍王との戦いで大半の艦艇が海の藻屑となってしまった。本国に残っている艦船もそれなりの数があったのだが、そちらも超巨大津波によって破壊されてしまった。
しかも、これで大損害を受けた各国は海軍の復旧を……見送った。
もちろん純粋に経済面に大打撃を受けたという事や、造船設備も壊滅状態という事、他の復興最優先という事は間違いなくあるだろう。だが、同時に「多大な資金をつぎ込んで復活させたからとて何になるのか?」という事も間違いなくあった。
何しろ、さすがにもう一度海の龍王に挑もう!などという意見は国家レベルでは最早存在しなかった。そんな事を言う連中はあくまで極少数勢力に留まっていたからだ。
もちろん、輸送船は必要だったし、漁船も一定数は求められた。
だが、航路の維持という面では海賊の被害もまた激減していた。
彼らも船に大被害を受けたとはいえ、彼らが用いる船は軍艦とは違う。輸送船を用いた輸送が再開すれば、当然襲撃が再開するかと思われたのだが……これが予想以上に低調に終わった。いや、ほぼなかったと言ってもいい。
これまた理由は簡単だった。
まず、一つ目として単純に海に出る事を怖れた者が一定数いた。
更に、襲撃をかけるにしてもこれまでのように自由に海を走り回って……という事は出来なかった。決まった航路を通って、決まった航路を襲撃し、決まったルートを通って奪った船を持ち帰る。ルートを外れれば、故障などの事情がない限り、竜に襲われ沈み、誰も生きて帰ってこない。しかも、決まった航路を通らないといけない為、奪った所ですぐに見つかる。
そして、これは密輸も同じだった。
麻薬などは畑も工場も完全壊滅。
運ぼうにも海で潜水艦などを使おうにもルートが厳密に決まっている。
おまけに彼らは嫌という程知る事になったのだが、そうした密輸船が麻薬などを運んで、沈められた結果は海に麻薬をばらまいた事への龍王からの組織そのものへの報復行動だった。
海の龍王、という事から勘違いされがちだが、海の龍王は実は水の龍王でもある。
幾ら組織が内陸部に組織の本部を置こうとも水と無縁の生活を送る事は不可能……という訳で、復活した重武装麻薬密売組織でさえ全員が溺死する事態が相次ぎ、海を使うルートは誰もが怖れて、使わなくなった。
こうなると、唯一、大国の海軍で残った連合帝国としても対峙する相手の喪失は大規模戦力の維持の意味合いを失ってしまう。
他国にした所で経済が復興してきて、造船を再開しても、それらは輸送船や漁船が主体。
さすがに彼らも軍艦を作っても使う場面が限られている事は理解していた。
「多少は出るだろうが海賊?密輸船?そんな相手に空母とかそこまで大仰な船はいらんだろ」
さて、そんな中発展していった船が豪華客船だった。
元々、決まった航路を周航している豪華客船には決まった航路を通らなければならない、という規定は全く問題なかったし、その反面で衛生面で非常に気を配るようになっていった。これまでのような海への垂れ流しではなく、極力浄化設備を自前で揃えて、汚染を減らすよう発展していったのだ。
しかし、そうした設備を搭載するとどうしても空間は圧迫される。
となると、より豪華な設備を揃え、より限られた人数に楽しんでもらう……という船も生まれてくる。
こうした豪華客船の中で一番の人気コースが中央大陸への参拝コースだった。
……参拝というのはおかしな響きかもしれないが、世界の過半が聖竜教徒となったせいで、それが需要として成立するようになったのも、また事実だった。
しかし、大人数で押しかけるのは良くない、という事で大型船が接岸出来るよう港湾自体が整備されたのは中央大陸では一箇所だけだったが……結果として裕福な層が多く押し寄せた。こうなってくると観光業界も黙ってはいないし、ホテルは常に予約で満員という状態だった。
中央大陸の都市近郊に安全な観光ルートを構築した。無論、きちんと了承を得ての話だが。
例えば、回遊型の鉄道路線で割かし安全な下位竜を見物するコースだったり、或いは周辺部の部族と契約して、少数のより奥へと踏み込む観光。もちろん、後者は危険もあるし、お高い。
……普通なら、そうした場合には相手を見下したり、不便だと事前に説明を受けながら文句を喚き散らしたりするような客がいるのだが。このツアーに限ってはそんな客は帰ってこれない。ここでいう「危険」というのがミソで、事前に「ツアーで怪我や死亡しても文句を言わない、遺族も文句を言う権利を認めない」という同意書へのサインが必須だ。
つまり……ろくでもない客の場合、そのまま奥地で見捨てられてしまう。
或いは、肉食系の竜が出た時に守ってもらえない。
念の為に言っておくが、観光会社側も事前に伝える。伝えるのだが……それでも一定数は「どうせ脅しだろ」と甘く考えて、そして帰ってこない奴が出てくるのだ。
もちろん、大物の家族の中にはそれでも文句を言ってくる連中もいるが、そういう声が届く事は絶対にない。
どこの国だって、その責任を問うには当然、現地に人を派遣して、見捨てたという証拠を掴み、その時現場にいた相手を捕縛する必要がある訳だが……何せ、中央大陸だ。部族と言うが、肉食竜相手のツアーなんてものを引き受ける相手となると拳銃だの機関銃だのではまともに歯が立たないし、そもそも軍隊を送るような度胸がある奴なんか誰もいない。
そもそも、現地まで案内すらしてもらえない可能性が高いし、彼らの護衛なしに少数の警察官や刑事だけで奥地に踏み込むなど自殺行為だ。
それは軍隊でも同じ事で、まともに調査する気があるなら軍隊をある程度以上の規模で送り込む必要があるが……中央大陸に誰がそんなものを送りたがるというのか!
結果として、「犯罪要素なし」として、どんなに金持ちや権力者の身内や当人だろうがまともな調査は行われない、という事になるのだった。
そして、今日もまた一人……。
「ひっ……ひっ……」
必死に逃げる若い男がいた。
最近、執筆が不定期になっています
原因は……パワハラですね
昨年末仕事場が変わったのですが、そこでの先輩社員と上手くいかずパワハラに悩まされるように
お陰で、鬱になりかけです……さすがに限界なので上司に現在相談中。これでダメなら本社なりにパワハラ相談ですね……




