幕間:対海の龍王8
海の龍王がきれた時、彼女の様子を見ていたのはテンペスタと空の竜王だった。
そして、二体共頭を抱えたくなった。
空の竜王は普段舞うより更に上へと向かった。これから起こる事を見ないという意思表示として。
テンペスタはくるりと背を向けた。同じく、「私は何も見なかった」という意思表示として。
もちろん、この両者は視線を向けるのをやめたからとて、海の龍王が何をしようとしているか、するのかが分からないという事などないが、敢えてここでそういう姿勢を取った事に意味がある。そして、もちろん、海の龍王は彼らのそうした姿勢を把握し、理解した。
そう、この時、海の龍王を止める事の出来る二体がそれを放棄した瞬間、この後の結末は決まった。
『……ふざけた真似をしてくれる』
声が海域全ての人族の脳裏に響き渡った。
怒りの籠ったその声には、まるで物理的な現象が伴っているかのように、彼らにのしかかった。
何かしら拙い事が起きた。
そう感じた各国海軍は急ぎ問い合わせの連絡を行った。
【おい!お前なにやったんだ!!物凄く怒ってるみたいなんだけど!?】
言い方は違えど、総じて問い合わせの内容はそんな感じだ。
さて、問われた側は、困った。
当り前だ。自分達の攻撃で海の龍王が怒ったとなると、どう考えても開発した国の責任が問われる事になる。そして、国が責められた時、真っ先に責任を取らされるのが自分達なのも理解していた。それで他国が納得するとは到底思えないが、「やるだろうな」と妙な信頼はあった。
したがって、当然政治士官は正直に答える事に反対した。
幕僚達も同じく反対した。
司令部要員達も意見を求められて反対に票を投じた。
結果。
【使用した兵器の詳細に関しては機密に属する為答えられない】
さて、こんな回答が返ってきて、納得するだろうか?
弱小国はそれでも黙らざるをえなかった。
しかし、強国は黙ってはいなかった。結果、喧々諤々のやり取りが……。
『何をくだらぬ事をしている』
起きる前に怒りに満ちた声が響き渡った。
『それにしてもやってくれる。まさか我が海に毒を撒くとはな』
この言葉で、隠そうとする努力は無駄に終わった。
当然ながら、怒りに満ちた詰問の声が通信に乗って飛び交い、相手はしらばっくれるという事が起きた訳だがそれも現実から逃れようという逃避行動に過ぎなかった。怒り狂う龍王がすぐ傍にいる状況では何かしていないと正気を失いそうだったからだ。
事実、息苦しさから気を失う者、無形の重圧におかしくなる者などが既に一部では出始めていた。
人なら誰だって、飢えた巨大な獣の前に生身で放り出されたら、恐怖に震えるだろう。
しかし、そんな生易しいものではない。まるで魂が凍えるような寒気が全身を襲い、愚かな事をした相手を責め立てる事で、その声を聴く事で意識を逸らそうとしても彼らの体は次第にガタガタと震えが止まらなくなる。それはいずれの艦隊の指揮官達にも等しく襲い掛かる。
だからこそ、分かる。
(ああ、今まで竜王達は俺達に感情なんて向けてなかったんだ)、と。
だって、今、怒りに触れた事でこんなに体が抑えても抑えても震えが止まらない。
きっと俺達は手を出してはいけない相手に手を出してしまったんだ、誰もがそれを頭ではなく、本能で理解していた。もし、今の彼らが上層部に竜を討てと命じられた瞬間に戻れたなら、即座に上層部に銃を向けるだろう。こんな相手を敵とするぐらいなら、奴らを敵とした方がマシだと確信出来るが故に。
だが、時間は巻き戻らない、少なくとも彼らには。
そうして、巨大な津波に全ては呑み込まれた。
◆
「あ”……」
声がざらつく。
「ごご、は……」
ぼんやりとした頭で周囲を見回す。ボロボロになった……艦橋?
テンペスタもキアラ以後はまともに個人には感情を向けていません
かつてのテンペスタならともかく、今のテンペスタが一人の個人に感情を向けるのは相手にとって危険すぎる為です




