幕間:対海の龍王3
今回は感想で希望のあった王国の裏事情をば
「まさか、このような事になろうとはな」
王太子は深い溜息をついた。
既に父王は王位継承の儀に用いる国宝共々信頼出来る家臣や嫡男と共に中央大陸に「魔法による治療を施す」という名目で脱出させた。更に次男坊も留学という名目で帝国に脱出させ、この随行員の中に密かに長女も混ぜている。
本当は妻も脱出させたかったのだが、当人の「貴方を一人見捨ててはいけません」という強い意志によって断念している。
……何気にちょっと嬉しかったのも事実だ。
(色々と想定外ではあったな)
王国内部において、ここまで竜に対する攻撃が支持されるとは王太子には想定外だった。
王自身の昏倒にも王太子は内心、王による停止命令の欠点(現王か、王の権限委託処置なしには発動不可)を突く為に薬を盛られたのではないか、と疑っている。
まず想定外だったのは被害を受けた軍だった。
海軍の失態を突くべく、陸軍空軍が動いた。すなわち、予算の分捕りだ。
王太子からすれば「今やるような事か?」と苦言を呈したい所だが、今だからこそ、とも言えるだろう。何年も経って、落ち着いた頃に「そういえば…」と持ち出してもインパクトは薄く、予算争奪における武器としての効果は薄れてしまう。
そして、こうなってしまうと海軍も引く訳にはいかなくなってしまった。
海軍部長当人は反対だった。
しかし、彼は海軍の代表であり、海軍という組織を守らねばならない立場にあった。ましてや部下の文官達からの突き上げが重なっては裏で嘆きつつも、表立っては強硬な立場を崩す訳にはいかず、それが結果として自身が軍艦に乗り込むという、死を覚悟した行動に繋がったと言える。
これらを後押ししたのが軍産複合体だった。
実は、軍事予算は先王の代から徐々に削減されていた。
無論、ちゃんとした理由があり、帝国との軍事競争が長年続いた結果、軍事予算への多額の国費投入により民間部門では他国のの追い上げが激しく、このまま争い続けたなら経済面技術面で遅れを取る可能性が指摘されるまでになっていたからだった。
この為、先王は自身の統治の最後に、同じく軍事予算の増大に頭を悩ませていた帝国との電撃的な和解を宣言。
王と皇帝という両国トップによる世界をあっと言わせた和解劇だった。
これによって、軍事予算を互いに削減を始めた。一旦流れが出来れば、軍事予算を次々と他の省庁が削り取っていった。
もちろん、一気に進んだ訳ではないが、1%の削減でも軍事予算が1兆ならば100億という額の削減になる。これだけの額となればあちこちに影響が出る。
しかも、実際にはより大きな削減率となった為に、軍産複合体は大きな影響を免れなかった。
もちろん、表向きは反論出来ない。
軍事予算が他方面に回された結果として、民間部門自体は活性化しており、それらを声高に否定する事は出来なかったからだ。
だが、そこへ転がり込んできたのが龍王との戦いによる海軍の大損害だった。
その前の軍事兵器の新規開発といい、彼らにとっては久々の美味しい仕事だった。
……だから、だろう。
彼らはいわゆる「二匹目のドジョウ」を狙って動き出してしまった。
先の戦いを知る彼らは海の龍王と再度戦えば海軍は甚大な被害を受ける、と判断したのだ。当然、被害を受ければ幾ら陸軍空軍によって抑えられるとはいえ海軍を一定レベルで再建せねばならず、それによる特需が期待出来る……人員の被害を無視すれば、だが。
だが、それでも彼らはその方向で動き出した。王に対して何等かの干渉を行ったとすれば彼らではないかと思っている。
最後に影響を与えたのが一つを除くマスメディア群だ。
現在のメディア業界はルナが率いるフェガリスキアグループが一強と言っていい。
だが、他が決してそれに準じる立場に満足している訳でもない。
そうして、立場の逆転を狙うというなら同じような意見を発信するのは避けたいと思うのが当然だろう。同じ発言をしても、世界的に著名な学者と、無名の学生とでは前者が目立ち、後者はそれに隠れてしまう。それでは意味がない。
だから、他のマスメディアの各グループは一時的な連合を組んで、フェガリスキアに対抗する形で情報を流した。
フェガリスキアが冷静な苦言を述べたのに対して、軍産複合体からの資金援助も得た彼らは大々的に世論を煽った。
そして、人は苦言や叱責よりも、甘い言葉に乗せられてしまった。
更に、漁師達のデモに、それに同情した民間人多数が加わり、そこへ混ぜられたサクラによってデモ隊は暴徒化した。そして、この時、公然と反対する政治家や企業に対する襲撃まで行われるに至った。ここに至って、さすがに拙いと勘づいた軍も協力して鎮圧を図ったが、既に盛り上がり、暴走を開始した民衆の制御は不可能になりつつあった。
ここで献金という名の賄賂を受けた政治家らが一気に動き出した。
内心では反対する政治家も、襲撃が起きて家族にまで危険が、となると公然と動くのは難しくなる。
次第、次第に王国内は海の龍王への再度の攻勢一辺倒に塗り替えられていった。
「せめて、王家からの公式発表が出せれば良かったのだが……」
こちらは王国の法が邪魔をした。
国王はあくまで政府を監視する為の存在であり、王家自身が公式発表を行う、すなわち政治的行動を行うのは禁止されている。
これは現在の法が成立した割と初期に、その法に反発して自らの政治的影響力を取り戻そうと活動した国王がいた為だ。せめて有能な王だったらまだしも、そんな風に反発して自らの権力をと考える王が傑物な可能性は割と低い。そして、実際、自分は有能だと思い込んだ無能だった。
結果、次期王となった息子に幽閉されて、王家による直接の政治的行動は禁止された訳だ。おまけに下手に王太子などを迂回して影響力を及ぼす事を警戒されたのか、現王にそうした権限が集中している。お陰で、父王が倒れた状況では王太子に出来る事はなかった。
「ままならぬものだ」
改めて王太子は深い溜息をついたのだった。
大雑把なものですが、こんな感じで王国も結局、暴走しちゃいました
もちろん、陸軍や空軍、軍産複合体やマスメディアは「自分達には影響ない」と思っての行動です
もし、自分達にまで攻撃が来ると知ってたら、さすがにやらなかったでしょうねえ




