幕間:対海の龍王2
二度も痛い目を見た王国の内情
さて、司令部と旗艦艦橋の極一部(当然口止めされた)しか知らない国の艦隊と異なり、もっと遥かに落ち込んでいる艦隊があった。
地の竜王に手を出したものの、まったく相手にすらされず。
海の龍王に逸早く手を出したものの、完膚なきまでに叩きのめされた王国海軍だ。
二度に渡って竜王と龍王に痛い目にあわされた王国は当然、トップである王は最早軍を出す気など皆無で、それは国の要職にある者達や軍人も同じだった。
「もう二度とあいつらには関わりたくない」
というのが彼らの本音だったが、そう上手くいかないのが世の常だった。
王国もかつてと異なり絶対王政から立憲王政へと変貌している。
象徴王政ではなく、立憲王政であり、国王の権限は未だ大きいが、どちらかと言えばそれは相談役としての立場だ。本来は議会が民衆に媚びるような政策に走り出したり、或いは野党がまともな政策を出しもせずに重箱の隅をつつくような些細な事で与党を攻撃する事を防ぐのが役目だ。
そうした場合に注意を促し、それでも止まらない場合は対象の議員資格そのものを剥奪する。そうなった場合、対象は以後十年間は政治活動そのものを禁止される事になり、集会や十人を超えるパーティも開けなくなるという厳しい処置を受ける事になる。
しかし、今回はそれが動かなかった。
原因は単純で、地の竜王と海の龍王、二体の行動によって精神的に大きな衝撃を受けた国王は艦隊全滅の報を受けた直後に倒れて意識不明のまま寝たきりになっている。
そうして、ここで問題が発覚したのだが、王の権限はあくまで王が保持しており、王太子がいても王が健在な限りは議会に対して権限を用いる事が出来ないという欠点があった。もちろん、事前に通達があれば王太子らに一時的に権限を貸与する事が出来るのだが、今回の場合、急に倒れた為にそうした事が一切なされていなかった。
結果、歯止めを効かせる事が出来ないまま、民衆の突き上げを受けた王国議会は暴走し、今回のような事態に陥ったのだった。
こうなればやむをえないと宰相ら王国の上層部は「魔法による治療を受けて頂く為に」と称して、王と王太子らを急遽、中央大陸に信頼出来る者達と共に避難させている。
しかし、議会が既に決定し、王がそれに対して拒否権を用いていない以上は軍は動かねばならない。
一時はクーデターも考慮されたのだが、そもそも軍も王に対して叛意を抱いている訳ではない。
加えて、クーデターというものはとにかく準備に時間がかかる。軍といっても一枚岩ではなく、中には馬鹿もいるし、後方にいる自分達は大丈夫だろうと単なる権力闘争に用いる奴もいるからだ。中には「例え間違っていようとも、法に基づいて正式な命令が下った以上はそれに従うのが軍人である」などという者もいる。
信用出来る者を見極め、気づかれる事なく接触して意思を統一し、部下達を取りまとめて、議会を制圧する。
それをやるには余りに時間がなさすぎた。
「勝てる訳ないだろうが……」
ポツリと、どこか寂しそうに呟いたのは他ならぬ艦隊総司令官だった。
もっとも、彼の本来の役職は海軍作戦部長。海軍軍人全体のトップという地位にある。
本来なら本国海軍省の奥にいてもおかしくない彼がここにいるのは表向きには「世界の大半の国の艦隊が集結して戦うのだ。そんな場所で我が最大の艦隊の指揮を執ってみたいのだよ」と嘯いていたが、実状は先の呟きが示すように、勝ち目がないと理解していたからこそ、せめて我が海軍の終焉を現場で看取りたいと願っての事だった。
そう、かつては世界でも最強の一角を担っていた王国海軍も、その力は無尽蔵ではない。
奇抜な兵器を搭載していたとはいえ有力な艦隊を丸ごと失い、更にここで大規模艦隊を失えば、王国海軍の主力はほぼ壊滅状態に陥る。
そして、海軍の性質上、大量の兵士を失えば再建は容易ではない。
もし、国が滅びなかったとしても再建には数十年を要するだろうと判断していた。
そして、現実に被害を受けた軍であるからこそ、兵士達もまた、これから対峙する海の龍王の事をよく理解していた。
だから誰もが暗く落ち込んでいた。
今回参加した各国海軍の中で、唯一全員が遺書を遺してきた海軍でもある。
全員が全員、正にお通夜のような暗い雰囲気だった。
だからこそ、総司令官の呟きにも反応する者はいなかった。誰もが同じ気持ちだったからだ。
「……一応、前回使った奴の改良型も含めて使えそうなものは片端から持ってきた訳だが……どうだ?」
「は……作動に関しては問題ないかと」
効果があるのか?などと無駄な事は聞いたりはしない。
「そうか……なら少なくとも戦いの真似事は出来そうだな」
「そうですな……それらしき事は出来るかと」
彼らは他の国の艦隊にも一切期待していなかった。
当然だろう、相手は海にいるというのに通常の兵器がどれだけまともに使えるというのか。
いや、そんな事はまともな海軍軍人なら皆、理解している。ただ単に、王国海軍と彼らが異なるのは王国海軍は全滅を覚悟し、一方、他国の海軍は大損害を受けるだろうと考えてはいても全滅するとは考えていない点にある。
そして、今回、暴走した政治家達はそうした兵器に関する理解が絶望的に欠けていた。
もし、まともに効果ある兵器を開発出来るにしても、それには数十年単位の時間が必要だという事を彼らは遂に理解出来なかった。
正に葬列の雰囲気を放ちながら、王国海軍はそれでも最期の意地とばかりに整然とした艦隊を組み、航行していた。
上が馬鹿だと下が苦労します




