終焉の鐘2
聳え立つ高層ビル群。
常ならば不夜城の如く、夜遅くになっても明かりの途絶えぬそこは今、完全に沈黙していた。
そんなビルの一つの最上階でルナは黙って外を見ていた。
「会長、そろそろシェルターへの避難を」
「私はいい。それよりお前達こそ急げ。ここからの脱出ルートは私専用の一つだけだ」
「――かしこまりました」
本当はそんなものはないが、そうでも言わないと、この長く仕えてくれている忠臣は従わないだろうと判断しての事だった。
実際、それを聞いてようやく最後まで残っていた執事長とメイドが下がっていく。
何分、長く生きて、長く人の世界で暮らしているとそれなりの立場と生活というものが出来上がる上、関係も出来る。ルナに仕えている者達は以前はともかく、現在は全てがルナが助けた人材だ。長い竜生の中で、人というものが実に未来が読めない存在だと知ったルナは自身が色々と制限をつけた上ではあるが、手の届く範囲で多くの人族を助けて来た。
原因も色々で、親が高名な犯罪者となったが故に他のマスコミにいいようにつけ狙われて生活を破壊された親子を、他のマスコミを粉砕して新たな人生を与えた事があったり、単純に死にかけていた所を救ったりと色々だ。
ルナの感覚でちょっと派手なものであれば不意遭遇戦から戦場となった村から、戦争をやっていた勢力双方を完全壊滅させて生き残りを助けた事もある。ちなみにこの時、ルナはこの地方に伝わるという食材を求めていたのだが、その群生地が戦争で壊滅した事を知り、怒り狂って双方の勢力を完全崩壊に追い込んでいる。
双方共、戦闘を始めたが最後、どこからともなくやってきて、兵器は戦車だろうが戦闘機だろうがぶち壊され、どんだけ攻撃しようと平然とし、司令官だろうが兵士だろうが戦闘に参加していた全員が半殺しの憂き目に遭い、その状態で全員半日以上正座で説教される、というのを一度ならず体験すればそりゃあそれ以上戦うのを諦めようというものだ。
そうして、助けた大部分は幸せだが平凡な人生を送ったが、中には腕の良い料理人が生れたり、高名な学者となったり、希少な食材を獲れる腕の良い漁師となった者だっていた。
だからこそ面白い、とルナは大勢を救ったが、そうした中にはルナに救われた命をルナの為にと使いたいと望んだ者達もいた。そうした者達の一部が彼らだ。
情報で、心で、力で人を支配するからこそ、人の竜王。
「……もっと広範囲にやるべきだったかしらね」
はあ、と溜息をついて窓の外に視線を向ける。
そこから見えるのは巨大な波。
それが猛烈な速度で大地の全てを洗い流しながら迫ってきている。
連合艦隊は文字通りの意味であっさりと全滅した。
それこそ戦闘にも何にもならなかった。
末端の兵士達を苦しませるつもりはなかったのか、海の龍王の起こした波に触れた軍艦は中身ごと瞬時に凍り付き、砕け散った。
その光景を映像で見ていた政治屋達はおおいに軍人達を罵っていたようだ。
もっとも、そんな事をしていられた時間はそう長くはなかった。
そう、巨大な、彼らが想像すらしていなかったような巨大な津波が全てを飲み込まんとばかりに襲い掛かってきたからだ。
最初は沿岸部が被害を受けただけだと思っていただろう。内陸部にさっさと移動していた自分達は安全だと思っていたに違いない。……それが間違っていると気付いた時には、実にみっともない程にうろたえ、慌てたようだ。政治屋もうち以外のマスコミも。
中には慌ててヘリで逃げ出そうとした連中もいたようだが、無駄だ。
成層圏まで覆い尽くすような津波相手にどこへ逃げようというのか。そもそも、あれは津波に見えても、海の龍王の力の顕現だ。
「まったくもって、忌々しい」
自らの従業員達や縁のある者達は自社のシェルターに避難させた。
だが、それ以外にもどれだけ多くの優れた料理人が、優れた漁師や猟師、農家などの人材が今回の一件で失われる事か!
如何に食材そのものは兄に保護してもらったとしても、それらを採り、獲り、捕り、そして調理する人材が大量に失われては意味がない。例え、不味い料理であっても、そこから思わぬ発想が生れたり、それをきっかけに「自分ならもっと美味いものを作れる」と思って料理の道に進む者だっていたかもしれない。
その全ては今、この時にも連合帝国のような例外を除き失われている。ああ、本当に。
「忌々しい!!」
ぎっと睨めば、既に眼前にまで、今にもこのビルを飲み込まんとしていた津波が真っ二つに割れた。
天地を繋ぐ水の壁がまるでかの海を割ったという伝承の如く、二つに割れてビルを、その下に設置されたシェルターを避け、その左右を進んでゆく。
それはここだけではなく、世界中のルナが保護したシェルターに関わる所で起きていた。中には偶然、ルナのシェルターのある場所の地上近辺にいた事で助かった者達もいた。彼らの眼前で水が二つに割れ、避けて進んで、また合流する様を呆然と見つめる者がいた。
「だが……」
神の奇跡を彼らが実感していた頃、それを引き起こした当竜は苦々しい口調で呟いた。
「竜王を止めるのは兄さんにのみ許された権利だ」
だからこそ、どれ程忌々しい話であっても、兄であるテンペスタが許した以上、ルナが海の龍王に対してどうこうする事はない。出来ない。
それをしようとすれば、例え妹であるルナであってもテンペスタは止めるだろう。
「星を統べるもの。……兄様もどうせなら人も統べてしまえば良いのに」
この日、人族はかつての人竜大戦以上の大損害を受けた。
連合帝国は、そこに生きる人々はますます聖竜教への傾倒を高め、自分達が正しい答えをつかみ取れた事に感謝した。
事実、それが当然である程、他の国は消滅していたからだ。
と、同時に……。
「「「「「「「「「「会長!!わ、私は一生会長についていきますッ!!!」」」」」」」」」」
「……これまで通り頑張ればそれでいい」
「「「「「「「「「「承知致しましたッ」」」」」」」」」」
自分達がいたシェルターだけが綺麗に被害を受けていない事を知りえたルナの会社の者達もまた感動で泣き、ルナへと傾倒を深めていたのだった。
戦闘にすらなりませんでしたw
まあ、触れた瞬間に軍艦でも凍結して砕け散るような成層圏を超えて宇宙空間にまで伸びる超巨大津波なんてどうやって防げ、って話だよね!




