テンペスタの憂鬱
「困った」
テンペスタは渋い表情をしていた。
なかった事にしようと思えば簡単だ。それこそ方法は幾らでもある。時間を巻き戻してもいいし、全ての記憶を弄りながら死んだり壊れたりしたものを修復するという手もある。問題はそれらをやる為には本体の許可が必要であり、本体は認めないだろう、という事だ。
何せ、分体である当竜がやる気になれない。
そもそも、どちらを止めるのか、という問題がある。
竜が王となる時、そこには大抵、人が絡む。
なにせ、竜だけなら大抵の事は王とならずとも何とでもなる。一時は竜の亡骸を用いた兵器なんてものも生まれたが、あれとて実際は周囲の被害を考えないなら何とでもなるし、最悪さっさと逃げてもいい。
しかし、人が絡むとそう簡単にはいかない事が多く、結果として何とかする為に王となる事が多い。
……まあ、弟竜である氷の竜王みたいに人と全く関係のない所で王となる竜だっている訳だが。
(そうした意味では海の龍王はその始まりから良くなかった)
海の龍王は一人の人族の子供と仲良くなった事からその始まりがある。
その子供は人と竜の違いがありながら、男女として海の龍王を愛した。
海の龍王からすれば半ば苦笑しながらではあったが、それでも両者の間は彼が成人して漁師となった後も続き。
そして、唐突に終わりを迎えた。
その相手が他の人族達に嬲り殺しにされるという最悪の形で。
原因は単純だ、海の龍王が直接加護を与えている以上、漁師としても彼は漁に出れば常に大漁だった。
そして、彼は常に大漁であっても、その結果生み出す事が出来た余裕を彼は海の龍王と過ごす事を選んだ。
だが、それがどう見えたのか。
他が不漁で食事に困った時にも彼は多数の魚を獲ってきて、皆に提供した。
流されて、行方不明になった者が出た時も必ず彼が見つけて来た、生きているか死んでいるかはあったにせよ。
一度や二度なら「そういう事もある」で終わるだろうが、それが毎回となればどうなるだろうか?
例え、嵐で誰もが船を出せる訳がないと震えあがるほど海が荒れ狂っていても、平然と船を出し、魚を獲ってくるか、そうでないにしても平然と帰ってくる相手をどう思うだろうか?
何時しか、漁村で彼は孤立していたが、拙い事に彼はそれを気にしようともしなかった。彼にとっては愛する海の龍王がいれば、その傍にいられれば十分だったからだ。そんな、態度もまた漁村の信心深いというか、迷信深いというか、異質なものを弾く漁村の人々にどう見えていたか。
彼を見ながらこそこそと囁く姿に何かを感じていたなら、異質なものを見る目を向けている事に気づいていたなら、また違った道があったかもしれない。
「あれは人じゃねえ何かだ」
そう言って、彼らは彼を襲った。
不意打ちで殴り倒し、皆で寄ってたかって刺して殴って斬って殺して、バラバラにして焼いた。
骨まで砕き、復活を怖れるようにあちこちにバラバラに撒いて墓の一つも作ろうとはしなかった。
そうして、それを知って、海龍は怒りによって海の龍王となった。
怒り狂える海の龍王は漁村にその姿を見せ、ようやく事情を知って震え、怯え、平伏し、許しを請う彼らを跡形もなく薙ぎ払った。
――だから海の龍王は人が嫌いだ。
特に、自分の勝手な主張を言い立て、それを押し通そうとするような輩には容赦しない。自分の勝手な判断によるレッテルを他者に貼り付けるような輩が大嫌いだ。だからこそ、あの大船団は丸ごと海の藻屑となる運命だった。
テンペスタはそれを知っている。
だからこそ、海の龍王を止める気にはなれなかった。
かといって、人を止める気になるかというと……突然、海に出る事を禁じられたらああもなるだろう、という事は重々理解出来た。出来てしまった。
「……絶滅だけはしないようにしておくか」
しかし、人族は考えもしておらんのだろうなあ、と思う。
「あいつがその気になれば、大陸一つ洗い流す事ぐらい簡単なんだが……」
さすがにそこまではしない、と思いたい。
基本的に、竜王や龍王がやらかした時の後始末はテンペスタの仕事になっている。なってしまっている。
逆に言えば、だからこそ竜王と龍王問わず、誰もが竜神というのを除いてもテンペスタには頭が上がらないとも言える。
今回も既にルナから「絶対、こことここは被害出さずに守ってね!!」とお願いが来ている。
「まったく、頭の痛い事だ……」
深い溜息をつくテンペスタだった。
ルナ・地・空・海・氷「「「「「てんぺすもーん、ちょっとやりすぎちゃったー」」」」」
テンペスタ「…………」




